AWC 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (14/17)  悠歩


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★タイトル (RAD     )  01/12/15  20:19  (186)
【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (14/17)  悠歩
★内容                                         01/12/28 16:14 修正 第2版
 女が砕け散るという優一郎のイメージ。それが間もなく現実と一致する。
 そんな瞬間になってからである。
「麗花お姉を殺した、化け物だ!!!」
 衝撃的な美鳥の言葉だったが、優一郎は狼狽するゆとりが無かった。美鳥の言
葉より、女の見せた行為の方が遥かに驚きだったのだ。
 美鳥の拳が寸前までに迫る中、女はゆっくりとした動きで左腕を水平に上げた。
それは己が生命の危機に際し、優雅と言うよりは緩慢な動きと見える。強大な破
壊力を込めた拳を受けるにも、ましてや避けるにはあまりにも遅すぎた。
 しかし紙一重、まさしく紙一重と呼ぶに相応しい瞬間、100%に近い形で現
実化しつつあった優一郎のイメージは否定される。
 水平に上げられた腕を、美鳥の拳が打つ。
 なぜ明らかな殺意を顕わにした美鳥が、致命傷を与えるのには難しい腕を狙っ
たのか。答は極めて単純である。美鳥は女の命を奪うべく、身体の中心へと拳を
向けていた。それを直前で女が体をかわし避けたのである。
 言葉に表せば、至極簡単ではあるが、それは恐るべきスピードであった。朧の
力を限界までに発揮し、常人を大きく凌ぐ速度で襲撃を行った美鳥。女は更に上
を行く速さで美鳥の拳を交わした。それを肉眼で捉えることが出来たのも、優一
郎に特殊な能力が備わっていたためなのかも知れない。
 しかし驚愕すべきは拳を避けた女のスピードではない。
 如何に致命傷とはならずとも、美鳥が渾身の力を込めた拳をまともに受けたの
だ。女は腕を失って当然であった。
 が、女の腕は水平に上げられた状態のまま、微動だにしていない。しかもその
腕には力を入れた証である、筋肉の緊張は見られない。それだけでも驚愕するに
は充分であったが、続いて女の身体に起きた現象に比べればごくささやかなもの
であった。
 まさしく「剛」の文字そのままな美鳥に対し、「柔」の動作でそれ制する麗菜。
鍔迫り合いのような状態が5秒ほど続いた後。
 突如、余裕の見えていた麗菜の左腕が、明らかにそれと分かるように緊張を始
める。音が聞こえて来そうなほどの勢いで、腕全体に血管と筋が浮かび上がる。
 みし、みし、と骨が軋むような音がする。遂に女の腕も美鳥の力に屈し、折れ
るのだ。と優一郎は思った。だが違う。確かに女の腕は曲がった。力が加えられ
たのとは逆方向、つまりは美鳥へと向けられて。
 おぞましい光景であった。女の腕は肘関節と逆方向へ曲がりながらもなお、美
鳥の力を押さえていた。肘ばかりではない、五指までもが関節を逆へと曲げる。
つまりは左腕全ての関節が裏返ってしまったのだ。その腕のみが、もとの倍ほど
の大きさとなって。同時に周囲の空気が圧力を有す。先刻、女が放っていたもの
を更に上回って。
「離れろ! 美鳥」
 女の身に起きた異変がどのような意味を持つのか分からない。しかしこのまま
では美鳥が危険だと予感し、優一郎は走った。
 優一郎の予感を裏付けるかのように、それまで美鳥に力を送り続けていた音風
が膝を地に落とす。
 空気が震える。
 それは比喩などではない。
 手にした光輝く剣の切っ先が小刻みに震えるのを、優一郎は確かに見た。
「ふん」
 短い声が聞こえた。
 その場に居合わせる五人、優一郎、美鳥、音風、真月、そして麗菜とは全く別
の声が。女が発したように聞こえた。
 声と共に、女は手を振るう。
 裏返った関節に従い───すなわちは、背中側にと不自然な方向へ。
 風がろうそくの炎を掻き消すがごとく、優一郎の手中から剣が消える。軽く振
るっただけ女の手が巻き起こした風は、優一郎の【日龍】の力をも凌いでいたの
だろう。
 一瞬にして徒手空拳となった優一郎だったが、足はすぐに止まれない。その足
を止めさせたのは、突如巨大化した───正しくは急接近してきた美鳥の背中で
あった。考えるより先に、優一郎は美鳥を抱きかかえる。そして自らの意思に反
し、突進を後退へと変えざるを得なかった。つまりは美鳥を受け止めることによ
って、優一郎も飛ばされてしまったのだ。
 飛ばされながら優一郎は出来るという確信もないまま、と同時に逡巡もないま
まに、自分の背中にネットをイメージする。
 後にして思えば、失われた剣を出現させるよりも簡単であった。失敗していれ
ば五体を無事には済ませていなかったであろう勢いで地面に激突していたはず。
それをイメージよりもさらに柔らかい感覚が、二人を包む。優一郎と美鳥は、特
に大きな怪我もなく殺人的な勢いを停止させた。これには音風のサポートもあっ
たのだろう。
「美鳥お姉さん!」
 真月を抱えたまま駆け寄ろうとする三女を、優一郎は手で制止した。まだ油断
はならない。
 わずかに手首を動かしただけで、これほどの力を見せたのだ。もしも女が本気
で向かってきたのなら、この場に居る四人、いや能力の覚醒を果たしていない真
月を除く三人で応戦しても太刀打ち出来そうにない。
 女を見据えたまま、優一郎は再度失われた剣をイメージする。先刻より時間を
掛けて剣は出現したが、その輝きは数段低下していた。連続的に力を使うことに
不馴れなためか、あるいはそれが限界なのか。優一郎は己が力の底の浅さを悔し
く思う。
 相変わらず女は背を向けたままであった。逆方向に曲がった不自然な関節は元
へ戻っている。しかし車へと進めていた足は止められ、いつ攻撃に転じてもおか
しくない。
「私が………」
 低い声で囁いたのは美鳥である。
 自分が先に攻撃をする、という意思表示らしい。だが、それはたったいま、失
敗をしたばかりである。優一郎同様、美鳥の手に宿る朧の輝きもその光度を落と
していた。
 片腕をわずかに振るっただけ、しかも背を向けたままに優一郎たちを退けた女
である。もし攻撃の意思を持ってこちらを振り返ったのならば、その勝敗は火を
見るより明らかだった。
 が………
「おねえちゃん………」
 女の行動より先に優一郎たちの注意を引いたのは、その場の緊張感にそぐわな
い寝起きの声だった。
「音風、真月を連れて安全な所へ!」
 叱責するような厳しさで、美鳥が叫ぶ。長女を失い、今では姉妹の最年長者と
なった次女が幼い妹を守ろうとして上げた厳しい声。
 しかしそんな美鳥の思いに対し、返ってきたのは短い悲鳴にも似た音風の声で
あった。
 続いて、小さな影が優一郎と美鳥の間をすり抜けて行く。
真月だ。
 想像だにしていなかった行動に、少女を守ろうとしていた年長者三人が誰一人
それを止めることが出来なかった。
 女から発せられる圧力は衰えを見せない。弱き者であれば、直接手を下すまで
もなく、死をもたらすであろうと思われた圧力。が、それは間違いだったのかも
知れない。あるいは真月が特別だったのだろうか。
「おねえちゃん」
 再び真月が言った。少女の肉親である、美鳥でも音風でもなく別の女性、麗菜
へと向けて。
 あまりにも無防備に、親しみを込めた声だった。それは少女の保護者たる三人
ばかりではなく、敵であるはずの女からも戦意を削いだのだろうか。
 にわかに圧力が消失する。
 相変わらず女は、こちらへと背中を見せたままである。が、明らかに真月の呼
び掛けへの応えだと分かるよう、先刻優一郎たちを弾き飛ばすため振るった腕を、
少女へと振っていた。
 もう女が向かって来ることはないと優一郎は知る。少なくともいまは。



 冬は近い。
 ふと、そんなことを思う。数時間前には、厳しい残暑をその身で感じていたこ
とさえ忘れ、優一郎は漠然とした意識の中で考えていた。
 漠然───そう、優一郎の五感は全てを漠然と捉えていた。いや、実際には優
一郎の五感はフル稼働をしていた。常識を超えた、あまりにも膨大で非常識な各
情報の処理にあたった脳は現実逃避にも似た働きを示す。美鳥の話す言葉に傾け
られていた耳は、その片隅で捉えていた夏から秋のものへと変わっていた虫の音
をクローズアップさせる。
 目の前を上下する小さな背中。今夜の騒ぎの渦中に在った真月のものだ。優一
郎らに血も凍る思いをさせたあの女との接触も、真月には楽しいひと時であった
らしい。恐ろしい異形の力を持つ女も、幼い少女にはもうこの世に亡い長女──
真月にとって母にも等しい麗花の面影のみを見せたのだろう。
 その真月は、疲れて眠っていた。幸せそうな寝顔で。彼女に幸せを与えた女、
麗菜に代わりいまはわずかに年長の姉、音風の背に負われながら。本当なら、こ
の中で唯一の男性である優一郎か、あるいは姉妹の最年長者である美鳥が背負う
べきなのかも知れない。だが音風がそれを認めなかった。病弱な上、身長もさし
て真月に勝らない音風が強く、妹を背に負う役目を主張したのである。
 微笑ましい姿である、と優一郎は思った。知らず知らずのうちに、口元が緩む。
「聞いてる?」
 怪訝そうな問い掛けとともに、仔馬の尾のような髪が優一郎の視界を踊る。横
を歩いていた美鳥が、優一郎の顔を覗き込んだのだ。
「あ、ああ………」
 曖昧に返しながらも、優一郎は気が重くなるような現実へと意識を戻す。
「あの女………あの人が麗花さんの、本当の妹」
「たぶん、ね。私も今まで会ったこと、なかったから」
 この言葉は正しくない。
 異形化した田邊との戦いの後、優一郎が麗花とともにもう一人の麗花と遭遇し
ていたことを美鳥は知らない。しかし先ほどの遭遇の際、美鳥は確かに言ったの
だ。
『アンタは、アンときの!!』
『麗花お姉を殺した、化け物だ!!!』と。
「どうかしたの?」
 いつの間にか横から覗いていた顔が消え、代わりに優一郎の視界一面を埋め尽
くす大きな瞳。優一郎の前に回り込んだ美鳥の瞳だった。
「………なんでもない」
 上手く音にならない声を発し、目を逸らす。近づきすぎた美鳥の顔に照れたか
らではない。己の脳裏に浮かんだ、不吉な思考が読まれてしまうことを怖れてだ
った。
 優一郎の視界が拓ける。そこを占拠していた美鳥が、優一郎の横へと並んだか
らである。
 音風に負われた真月の小さな背中を見ながら、二人は再び歩を進める。
 暫しの沈黙。
 虫たちの声が救いだった。
 もし、聞こえてくるものが三人の足音だけであったのならば、この沈黙は凶器
となっていたであろう。
 わずか数日の間で、あまりにも多くのことがあり過ぎた。
 朧月の姉妹たちとの再会、美鳥から知らされた朧の秘密。真月を探していて再
会した麗花と瓜二つの女。しかし女は圧倒的な力を見せながら、それを優一郎た
ちに向けることなく真月を無事に返した。その女、師岡麗菜は麗花の実の妹なの
だと聞かされ、得心をする。
幼い時に別れることになってしまったが、それでも姉妹は姉妹。朧月家の麗花が
愛した妹、真月を麗菜も愛したのだろうと。
 けれど美鳥の言葉の矛盾に気づいた優一郎は、その裏にまだ隠されている真実
を一部垣間見た。
 麗花を殺したのは実の妹である、麗菜なのだと。
 考えたくはないが、朧月家の火事そのものも麗菜の仕業なのだろう。
 師岡の家に留まった麗菜と、一族、朧の血筋を守るため、朧月家の長女となっ
た麗花。血の繋がった姉妹でありながら、違う姓を名乗ることになってからの十
余年。二人の間に如何なる愛憎の心が生まれ育ったのか。優一郎には計り知れな
い。
 ふと気づけば、己の口元の綻んでいるのを優一郎は知る。
 目に映っているのは真月の背中。
  それを背負うのは真月に最も歳の近い姉、血を分けた実の姉、音風。
 そう、朧月家四姉妹の中に在って、音風と真月だけが血の繋がりを持った姉妹
だったのだ。
  たった今それを美鳥から聞かされたばかりであったからだろう。
麗花と麗菜のことを知ったばかりであるからだろう。
 14歳とはいえ、小学生と見間違えるほどに小柄な少女。加えて病弱な体を持
つ音風が疲れて眠る妹を背負う姿が、とてもいじらしく、そして嬉しく思えたの
だ。




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 続き #44 【OBORO】 =第4幕・異形胎動= (15/17)  悠歩
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