#24/598 ●長編 *** コメント #23 ***
★タイトル (NKG ) 01/12/11 23:33 (221)
CROSS TALK【改訂版】(8/13) らいと・ひる
★内容
美凪が遠出をしたいと言ったので、二人は隣町にあるショッピングモールに行
くことにした。
最近できたばかりのそこには100近くの専門店が入っている。ウインドーシ
ョッピングだけでも飽きさせない作りとなっているらしい。
その中の一つのアンティークショップに二人は入る。
目を輝かせながら、あれこれ見て回る美凪に葵は聞いてみた。
「へぇー、美凪ちゃんってアンティークものとか好きだったんだ」
「まあね」
「サトちゃんと趣味合うかも」
「あの人は単に懐古趣味なだけでしょ。私は日本の古いものは好きじゃないから
ね」
「あ……ははは。まあ、そうかもしんない」
「うちの母さんね。ローマに住んでたことがあるらしいんだけど、その影響を私
も受けてるみたい。あそこも古い都でしょ。西洋の古いものへの憧れが、小さい
頃から刷り込まれているんだろうね」
「へぇー」
「これでもわたしクリスチャンなんだよ」
そう言って美凪は首にかけていた十字のペンダントを出す。
銀色で、ずっしりとした感じの渋みのある色合い。
「わぁ、なんかすごい年代物だね」
「これね、本当は母さんのものだったんだけどね。私がまだ幼い頃に、すごく気
に入って、欲しがって、しょうがなくくれたものなの。銀でできてるから、かな
り高価なものらしかったんだけど」
美凪はそのペンダントを大事そうに両手で握りしめる。
「そうなんだ。なんとなく惹かれるのもわかる気がする」
「母さんがなくなった今となっては形見になっちゃったけど……あ、ごめん湿っ
ぽい話になっちゃって」
「いいって」
「ところでさ、葵のご両親ってどこに住んでる?」
美凪は話を切り替えるつもりでそう言ったのだろう。
「え……」
だが、予想外の言葉に葵の思考が停止させられる。心のどこかで安全装置が働
いたようだ。
「寮に入ってるってことは、実家からだいぶ遠いってことでしょ。寮に入るの反
対されなかったのかなって」
「う、うん。実家は神奈川……反対はされなかったよ」
叔母の夏江が今住んでいるのは神奈川である。葵にとってはそこが実家である
ことには間違いない。
「ホントはね、あたしも寮に行きたかったんだ。家にいるの嫌だったからね。で
も、家すぐ近くだから、父親に反対されてね」
「そうなんだ」
「葵がちょっと羨ましいかな。ご両親にも反対されていないみたいだからね。で
も、それはそれで寂しいのかな」
「……」
「葵?」
ぼーっとしていた彼女を美凪は不思議がる。
「う、うん。ちょっとだけ寂しいかな」
夏江さんと会えないのは寂しいかな、葵はそういう方向に思考を誘導させた。
「やっぱり。でも、わたしの場合はかえってその方が気楽でいいかもしれない」
「そう?」
「そうだよ。やっぱり家庭の事情が複雑だとさ、いろいろあるんだよ」
「……」
葵は何も言えない。
「あれ? そういえば葵って前に「育ちが普通じゃない」って言ってたことあっ
たよね?」
美凪は古い記憶を思い出したかのように、急にその話題に触れる。
「……」
葵の表情は固まり、思考は遮断される。
「ねぇ、あれって……」
そこまでいいかけた美凪の言葉が止まる。ようやく彼女は、葵の表情の不自然
さに気づいたようだ。
「あ、別に話さなくてもいいよ」と彼女は付け加える。
「ごめん」
葵は何も考えないようにして謝る。どうしてこうなるのかは彼女自身もなんと
なく気づいているつもりではあった。
気分直しと、お昼の時間でもあるということで、どこかお店に入ろうというこ
とになった。
二人一致で、パスタの専門店で食事をすることにする。
葵はカルボナーラ、美凪はペスカトーレを注文した。
店での会話は、学校のことや最近の話題など差し障りのないもの。
食事が終わり店を出て、数軒まわって二人は帰ることにした。
駅までの道の途中にある公園で、幼い姉妹を見かける。
5才くらいと8才くらいの輪郭のよく似通ったかわいらしい女の子だった。
「もう! あゆみいい加減にしなさい!」
「やだ! やだ!」
幼い姉妹は何か言い争っている。
「かわいいね。いいよね、喧嘩できる姉妹がいるなんて」
美凪は女の子を優しい目で見つめる。
「……」
葵の頭に蘇る記憶の断片。思い出したくないもの。認めたくないもの。
彼女は思わず女の子から目をそらしてしまう。
「あゆみ! お父さんとお母さんに言いつけるよ」
「もう! お姉ちゃんなんか知らない!」
そう言って妹らしき女の子は駆け出していった。
-『葵! お父さんとお母さんに言いつけるよ』
-『もう! お姉ちゃんなんか知らない!』
葵の中で、流れてきた言葉に記憶の一部が一致する。それと同時に、一気に溢
れてくる記憶化された情報。彼女は軽い目眩を起こす。
葵は頭の中は一種のオーバーフロー状態となったのだ。
「どうしたの葵!」
頭を押さえてよろめく彼女の身体を美凪が支える。
「……ごめんなさい」
葵は無意識に謝る。だが、この言葉は美凪へかけたのではなく、記憶の断片が
あふれ出たものだった。その事に彼女自身も気づいていない。
「気分悪いの? あ、あそこのベンチで休も」
公園内にあるベンチを指差し、美凪は葵の身体を支えながらそこまで一緒に歩
いていく。
「今、冷たい飲み物買ってくるから」
ベンチに葵を座らせると、美凪は近くにある自動販売機の所まで駆けていった。
葵はベンチに座りながらぼんやりと空を仰ぐ。
「おまたせ。これ一口飲んだ方がいいよ」
美凪から渡されたのはスポーツドリンクであった。葵は、ごくごくと喉を鳴ら
しながら一気に飲み干す。
そのおかげで彼女は、身体の中の細胞が一気に活性化したような気分になる。
「ありがと」
美凪にお礼を言うと、葵は再び空を仰ぐ。
そして、浮かび上がってくる記憶を頭の中で整理した。
どれも、自分が無理矢理閉じこめていた記憶である。
お母さんの事、お父さんの事、お姉ちゃんの事、自分が逃げていた事。
「大丈夫?」
美凪が心配そうに聞いてくる。
葵は思う。今また、この記憶を閉じこめても再び同じことが起こるだろう。だ
ったら、誰かに話してすっきりさせた方がいいのかもしれない。
「だいじょうぶ……ねぇ、ちょっとだけ話聞いてくれない」
葵のその言葉に、美凪は先ほど姉妹を見ていた時と同じような優しい表情をす
る。
「いいよ」
その返事に葵は安心して吐息をつく。
「わたしね、ちょっとだけ嘘ついてた」
「嘘?」
「実家は神奈川だっていったけどね、そこは叔母さんの家なの。わたしね、7年
前に家出してからずっと叔母さんのとこで暮らしてたの」
「家出?」
「そう家出。ちょっとした姉妹喧嘩で家を飛び出して、近くの叔母さんの家に行
ったの。うん、でもそれはいつもの事だったの。いつもは一晩泊まって、次の日
には帰ってたから。でもね……7年前のその日だけはいつもと違った。だって、
次の日には帰る家がなかったんだもん」
「帰る家がないって……どういうこと?」
「嘘みたいな話だけど火事で全焼」
「親とかお姉さんは?」
「お姉ちゃんと妹は他の家に引き取られていったみたい。お父さんとお母さんは
ね……亡くなったらしい」
「らしいって、そんな人ごとみたいに」
「わたしね、家出して、次の日そういう事があったって叔母さんから聞いて、何
もかも信じられなかったの。だから、ずっと閉じこもってた。なんにも食べない
でお葬式にも出ないでずっと……そしたらね、身体悪くして入院することになっ
ちゃったの。それを見かねて夏江さん……叔母さんがね、わたしの面倒見てくれ
るって言ってくれて、わたしはそれにずっと甘えてたの。でも、やっぱりそんな
のよくないって思って、お金の事は今はどうにもならないけど、せめて叔母さん
の生活の負担にならないようにって、寮に入ったの。公立の方がお金はかからな
いんだけど、ここの学校って奨学金制度ってのがあって、それで寮にも入れるっ
て聞いたから」
「葵ってやっぱり見かけによらずよく考えてるんだね」
「ううん。ほんとは考えてなんかいないよ。だって、7年前の事は考えないよう
にすることで、わたしは自分を守ってきたんだから。閉じこめる事でわたしはわ
たしっていう人間を保ってきたようなものなの。でもね、今回のことで、ちょっ
としたきっかけでそれが壊れてしまうってことは思い知らされた。わたしってや
っぱバカなんだよ」
葵は自分を責め立てる。そうすることでしか、過去の過ちを償うことはできな
いと思っていたのだ。
「まあ、あんまり思い詰めない方がいいよ。葵はバカなんかじゃない。わたしも
あなたも時間が解決してくれるのを待つしかないんだよ。お互いゆっくりと考え
ようよ。……ね」
「うん」
心的外傷。
葵の古傷はじくじくと痛んだ。思い起こすたびに心が押しつぶされそうになる。
思春期を迎える彼女の精神は、ただでさえ不安定でいつ壊れてもおかしくはな
い。それに加え心的外傷が彼女の心を苦しめるのだ。
その対処法の一つが思考を停止することだった。考えないようにすることで、
現実から逃避できる。ある程度記憶を閉じこめることでそれは効果をもたらして
いた。
しかし、記憶が解放された今、思考を停止することさえままならない。
眠れぬ夜を過ごして葵は最悪の朝を迎える。
「おはよ、御陵さん」
「あ、おはよ」
学校での朝の挨拶。葵は元気に言葉を交わす。
悟られないように、心配をかけないようにと。
「葵っち顔がやつれとるやんけ」
恵美香に笑われる。いつも近くにいる恵美香には、葵の体調の変化などお見通
しのようだ。
「そ、そうかな」
「おまけにクマできとるよ。こっちきいや」
そう言って腕をつかまれお手洗いまで連れて行かれる。
「ホンマはアルコールやといいんやけど」
そう言って、恵美香は自分のハンカチを蛇口の熱いお湯が出る方で湿らせる。
そのハンカチを葵の目の下に、しばらくもみほぐすようにあてた。
「応急処置や、睡眠はしっかりとったほうがええで」
「あ、ありがと」
そんな日が何日か続くと、さすが恵美香も干渉せずにはいられないようだった。
「なあ、なんかあったんやろ。夏江さんとかに相談してみたんかいな?」
恵美香には、夏江の家で暮らしていたことだけは教えてある。だが、彼女の性
格からか、積極的にそれ以上の事は聞かれなかったので、姉の事も両親の事も話
していなかった。
「ううん」
葵は首をふるので精一杯だった。夏江にどう相談していいものかと、考えてし
まう。実際、叔母は彼女に気を遣って姉や両親に関することには7年前のあの日を
除いて一切触れてはこなかったのだ。
葵もそれに甘えていたのもある。だから、今さら何をどう相談したものか。
寮に帰って夕飯を食べた後、ロビーで電話をかけようとして躊躇う。
叔母への気遣いもあったが、本格的に相談するにしても寮の中で話を聞かれる
のは恥ずかしい。そう葵は思った。
彼女は、薄い上着を羽織ると近くのコンビニエンスストアにある公衆電話まで
行くことにした。初秋とはいえ、夜になるとかなり冷えてくる。
「はい、もしもし御陵です」
『もしもし、葵です』
「あれ? どうしたの、今日は外から電話かけてるの?」
『だって、ナンバーディスプレイの表示が『コウシュウ』になってるから』
「え? でも、寮の電話もいちおう『公衆電話』なんだけどな」
『お金かからないんでしょ? もしかしたら一般の回線かもしれないよ。電話の
外見だけがそういう場合ってよくあるからさ』
「そうなんだ」
『で? 今日はどうした?』
夏江は少し心配そうな様子で聞いてくる。やはり、1週間に1度しかかけない
人間が立て続けでかけると心配するかもしれない。
「うんとね。変な相談……というか、わたしの今後の事?」
『何? 進路相談? 私立の付属だから簡単にあがれるわけじゃないの?』
「まだ、早いよ。進学相談は。簡単にあがれるわけじゃないのは本当だけど……
今日はね、そのことじゃないの」
『何? なんなりと話しなさい』
直接、相談にのってくれとは言いにくかった。
身内であるというのと、7年間一度もその話題に触れなかったという甘えもあ
る。
「うん。なんていうかね」
葵はこの学校に入る時点で決心したはずである。もう夏江には負担をかけない
と。
結局、葵はとりとめのない話に終始させた。