#19/598 ●長編 *** コメント #18 ***
★タイトル (NKG ) 01/12/11 23:33 (196)
CROSS TALK【改訂版】(3/13) らいと・ひる
★内容
* *
夏江が家に戻った時はもう午前11時を過ぎていた。彼女はダイニングにある
テーブルの椅子に腰掛けてぼんやりと宙を見つめる。
「あ、おはよう。夏江さん」
寝室のドアが開いて寝ぼけ眼の葵が歩いてくる。
「……そうだね、あんたも無事だったんだよね」
夏江は目を細めながら必死で涙をこらえる。
「どしたの?」
葵は事情がわからないのか首を傾げていた。
夏江は深く息を吸い込むと、椅子から立ち上がって彼女の両頬を包み込むよう
に手を添える。
「葵。よく聞いて。これからわたしが言うことは嘘でも冗談でもないの」
「?」
彼女は再び首を傾げる。
「昨日サイレンが鳴ってたの覚えている?」
葵は首をふる。そして不安そうな表情を浮かべた。
「そう。じゃあ、遠回しに言うのはやめるね。兄さんの……葵の家で火事があっ
たの」
彼女の瞳が開かれる。
「香苗と柚花は無事よ。だけどね……」
そこから先はなかなか言葉が出ない。いつもの夏江なら喋ることでこんな苦痛
を感じることなどないのに。
なかなか喋らない彼女に痺れを切らしたのか、葵は言葉をしっかりとかみしめ
るようにゆっくりと問いかける。
「おとうさんとおかあさんは?」
それと同時に夏江の瞳からぼろぼろと涙がこぼれてくる。彼女はどうにもでき
ず葵を強く強く抱きしめた。そして、絞り出すように告げる。
「亡くなったわ」
部屋の空気が一気に張りつめていく。それは抱きしめた葵の身体からも感じら
れた。
しばらくして、無言で抱きしめていた夏江から逃れるように、葵はするりと抜
けるとそのまま寝室へと戻っていく。
「あ、葵?」
しばらくあっけにとられてながら、彼女はその後ろ姿を見つめていた。
ドアが閉まり、鍵のかかるような音がして、ようやく夏江は葵の行動の異常さ
に気づいた。
「葵?」
ドアを軽くノックして夏江は彼女を呼ぶ。
「葵。開けて」
返事はない。
「葵? まだ話は終わってないの」
まるで誰もいないかのように、ドアの向こう側は静まりかえっている。
「つらいかもしれないけど、聞いてちょうだい」
はじめはドアの向こうで泣き崩れているのだろうと夏江は考えていた。だが、
その気配すらない。
「葵!」
どんどんどん、と少し強めにドアを叩く。
「葵! 葵!」
それから二日、その扉は開かれることはなかった。
* *
目が覚めると見慣れないベッドの上だった。
葵は恐る恐る周りを見回す。
「どう。気分は?」
ベッドから少し離れた椅子に見慣れた顔はあった。それは叔母の夏江だった。
「ここ、どこ?」
「病院よ。あんた少し風邪気味だったんだね。2日あの部屋に立て籠もって、私
もやらなければいけない用事があったから、ついあんたのわがままを放って置い
たんだ。さすがに3日目に入ってヤバイかなってドアぶち壊したらあんた倒れて
てね。病人のくせに2日も飲まず食わずでいたら、そりゃ病状は悪化するわな。
そんで緊急入院。あんたはそれでここにいる。その後もまた大変だったんだけど
ね」
「あ……」
目覚めた直後で曖昧になっていた葵の記憶が戻りつつある。夏江の口から何を
聞かされたのか、自分が何から逃げようとしていたのか、そんな記憶も呼び覚ま
す。
ふいにずきりと頭が痛む。逃れられない何かが迫ってくるように、彼女は頭を
抱える。
「葵」
優しげな夏江さんの声。ふわりと心が包み込まれる。
「もうなにも言わない。葵の気持ちは少しはわかるつもりだから」
「夏江さん……わたし」
「葵もそれ以上言わないでいいよ。それからね。あんたが居たいだけあの家に居
ていいよ」
「え?」
「あんたが気の済むまで私の家にいていいよってこと」
それは葵の望んでいること。あそこにいれば余計なことを考えなくて済むのか
もしれない。
「いいの?」
葵は震えそうな唇で問い返す。
「手続きの段取りはついてる。あんたがそれでいいなら、その方向で話は進む」
「……うん。お願い……します」
「ただし、私から一つ条件がある」
「……なに?」
「今回のことは許してあげる。でもね、これからのことはきちんとしてもらわな
いと困る。そう、困るのは私じゃない葵の方だけどね」
「困る?」
「今回のことは見逃す。でもね、これから……今からね、どんなにつらいことが
あっても目を逸らさないこと。絶対とは言わないけど、あんたにはこれからまっ
すぐに物事を見つめられるようになってほしいの。私が面倒みるからにはそれは
守って欲しいの。そうじゃないとあんたダメになっちゃうから」
「まっすぐ?」
「約束……できる?」
「……たぶん」
「無理しなくていいけど、努力はするのよ。それがわたしからの条件」
「わかった」
「じゃあ、あんたは今からわたしの家の子だよ」
* *
それから数年が経ち、すくすくと成長した(それでも小柄な身体は母親似なの
か)葵は私立中学の受験を目前に控える。これは彼女のたっての希望で、その学
校というのは夏江の母校でもあった。寮があるというのも、理由のひとつである。
彼女は保護者である彼女にこれ以上迷惑はかけたくなかったのだ。
「今までわがまま言ってごめんね。でも、これが最後のわがままだからさ」
クリスマスケーキと一緒にされたバースディケーキを食べながら葵は夏江にそ
う告げる。その日はクリスマスイブでもあり、葵の12才の誕生日でもあった。
「なーに、ナマイキな事いってんのよ。あんたガキなんだから、まだまだわがま
ま言ってもいいんだよ」
夏江は笑いながら、彼女のおでこをこづく。葵は、彼女に迷惑をかけているこ
とは十分承知していた。だからこそ、寮のある学校への進学を望んだのだ。
「でもね、あたしがここにいると、夏江さんにめーわくが……」
「それも今さらの話だよ。あんたが一人前になるまで面倒見るってんだよ」
「だって、あたしがいるから夏江さん、婚期を逃してる気が……」
「……あ、あんた、喧嘩売ってるの?」
夏江に結婚の意志がないことは知っていた。それでも葵がいる限りは気楽な一
人暮らしがままならない事に負い目を感じてはいたのだ。
それは家を出る理由のひとつでもあった。ただ、私立は公立よりもお金がかか
る。その事を知っていた葵は、応和学園の奨学金制度に目をつけた。必要な書類
はすべて葵が自力で書き、どうしてもというものだけ夏江に手伝ってもらった。
それでも負担しなくてはいけない金額に関しては、葵は律儀にも借用書を夏江に
無理矢理に渡したのだ。もちろんそれを受け取ることを拒みはしたが。
葵の律儀さ、真面目さは、多少いい加減な性格である夏江の反面教師的影響も
強いが、今は亡き両親やケンカ別れしたままの姉に対する負い目が、かなりの割
合で性格形成に関わっていたのかもしれない。それに何よりも夏江との「約束」
が大きく影響していたのだろう。
入学式から1週間ほどして夏江に電話した葵は、こんな話をする。
「でね。そのサトちゃんって子が超おかしい子なんだよ」
「なるほどいいコンビになりそうだね。それ以外は友達できたんか?」
「うん。まんべんなくクラスの子とは仲良くなれそう。けど」
「けど?」
「ひとりだけとっつきにくい子がいるんだ」
「ま、どこのクラスでもそういう子はいるんだよね。イジメとかあるの?」
そう聞かれて、葵は数日前のことを思い出す。
彼女はクラスでは1、2を争うほどの美少女だった。入学当初から男子は何か
と話しかけ、彼女はそれを煩わしそうに突っぱねていた。そんな様子が一部の女
生徒には不評だったらしく、彼女は女子グループに呼び出しを受けたらしい。陰
湿なイジメに発展しなかったのは、彼女の頭の回転の速さと、度胸の据わりよう
だろうか。ある者たちは彼女を陥れようとして、逆に返り討ちにあったらしい。
「イジメというか……逆に返り討ちにしてるみたい」
「面白いじゃない。仲良くなれたらなっといた方がいいかもね。数人は友達なく
すかもしれないけど」
夏江は軽く笑った。半分は冗談のはずだ。
「でも……なんか人を寄せ付けないっていうか、『私に構わないで』みたいなオ
ーラが漂っている感じでさ」
「そういう子を攻略するのがまた楽しいんじゃない」
「こ、攻略??」
「いや、こっちの話。で、葵はその子のこと気に入らないの?」
「え?」
葵はなんとなく彼女の事が気になっていた。もし、自分の立場に置き換えれば
というのもあるが、それ以上に時々見せるその子の寂しげな表情が気になったの
だ。
今や彼女は完全に孤立し、男子さえも話しかけなくなってしまっている。
悪い子ではなさそう、というのが葵の直感ではあった。
* *
西原という苗字は、鈴木とか佐藤とかそういうものに比べればよくあるという
わけではない。だが、同じ学校に同じ苗字の人がいてもおかしくないと葵は思っ
ていた。
しかし、まさかあの二人が兄妹だったとは、彼女にはまったく予想がつかなか
った。
顔が似ていないのは、半分しか血が繋がっていないせいだろうか。きっと西原
先輩の方が前妻の子なのだろうか、と葵は色々と想像を巡らす。良くないことと
はわかっていてもついついそんな事を考えてしまう。
あの日以来気分が晴れない。教室で美凪を見かけるたびにもどかしい。
仲の悪い兄妹の構図は葵の中の古い記憶とオーバーラップする。思い出したく
ないこと、認めたくないことが心の中で葛藤を繰り返す。
「葵っち、気分悪いの?」
朝からずっと暗い顔をしていた葵を見て、放課後、恵美香がそう聞いてきた。
「うーんとね。気分悪いのとは違うんだ」
葵はなんとか笑顔を作りそう答える。
「体調が悪いんやないなら、まあええけどな」
葵の返事を恵美香は軽く受け流す。あまり人の心にズケズケと踏み込もうとし
ないのが、彼女の良いところでもある。
「ごめんね、サトちゃん。気を遣わせて」
「それは別にええや。あ、気分悪ないなら駅前商店街につき合ってくれへん?」
「うん。それはいいけど」
「そや、今日も文芸部はいかんでええの?」
「……」
葵は言葉が出ない。行きたい気持ちはあるのだが、どうにも西原の事が気にか
かってあそこでの話に入り込めそうもないのだ。別に彼を避けているわけではな
いのだが。
「まあ、とにかく行こか」