#2/598 ●長編 *** コメント #1 ***
★タイトル (CWM ) 01/12/01 00:30 (145)
夢想武闘会(中) 憑木影
★内容 01/12/17 23:49 修正 第2版
「私はあなたほどではないにしても、若いころはそれなりに強かった。公式の試合は
五十数回経験してますが、負けは一度もありません」
だろうねえ、とジークは呟く。さっきの短刀での突きは、並のものであれば間違い
無く死んでいたはず。
「その私がたった一度だけ、勝てなかったことがあるのです」
ふむふむと、ジークは頷く。確かにいくら強くても、世の中には色々なことがある
ものだ。
「それは公式の試合ではなく、いわゆる野試合でした。そして賭け試合でもあったの
です。それは無謀な賭けだったのですが、私はその時自分を過信していました。私は
その試合に負け、賭けたものを失い、武道をやめました。つまり、それが私の最後の
試合だったのです」
ジークは杯から、ぐいと酒を飲む。そして、アッキに尋ねた。
「何を、賭けたわけ?」
「妻の命です」
「そりゃあ」
ジークはふうと、息をつく。
「馬鹿なことしたもんだねえ」
「まったくです。私は慢心していましたから。その試合に負けて、妻を失い、腑抜け
となった私は道場を閉めました。その私を憎んだのか私への反発として息子は放埓三
昧の生活をおくり、諌める気力を失っていた私は息子との縁を切ったのです」
「で、おれに何しろと?」
アッキの瞳が強く輝き、ジークを見据えた。
「私の負けた相手と戦ってほしいのです。そうしなければ、妻の魂は解き放たれませ
ん」
ふうん、と言ってジークはアッキを見る。
「じゃ、その相手のところへいこうか。今からいけるとこ?はやく片付けたいんだよ
ね」
「それが」
アッキは突然、言い淀んだ。
「なによ、はやくいこうよ」
「いや、行くといいますか。その相手がいる場所はこの世ではないのです」
「この世じゃない???」
そう、と静かにアッキは頷く。
「夢の中なのです」
「なんだよ、それ。だめじゃん」
はあ、とアッキは力なく頷く。
「じゃあさ、あんたは負ける夢を見て武道をやめたっての?夢のせいで妻を失ったの
?」
「その夢の直後に妻は死んだのです」
はっ、とジークは笑いとばした。
「偶然だろ」
「病も怪我でもなく、夢から目覚めると妻は死んでいたのですよ。しかも…、」
ジークは言葉をさえぎる。
「どうでもいいけどさあ、夢の中の相手、しかもあんたの夢の中の相手じゃあ、闘い
ようがないよ。ふむう、期待して損した」
いえ、とアッキはジークに短刀を差し出した。先ほどの短刀である。よくみると、
とても凝った造りを持つ、美しい短刀であった。名の有る刀工が造ったに違いない。
「夢の相手であっても、あなたは会えます」
「んな馬鹿な、どうやってそんなことできるのよ」
「この、短刀」
アッキはジークの目の前に短刀を突き出す。
「この短刀には魔が宿っているのです。私がこの短刀を手に入れたときに私はその話
を信じていませんでした。この短刀の前の持ち主は、私にこういいました。この短刀
を枕の下にいれて眠ると、夢の中にこの短刀に宿る魔があらわれると。私は面白半分
でそれを試したのです」
ジークは少しうんざりしたように言った。
「それで魔と会って、そいつと賭け試合したって訳ね」
アッキは頷く。
「それでおれもその短刀を枕の下にいれて寝ろというのね?」
アッキは頷く。
「でも、寝ろっていわれてもなあ。そうほいほいと眠れるもんでも」
けれど、とアッキは言った。
「眠そうですよ、とても」
確かに。
疲れきった体に、適度な酒。眠るために必要なものは、揃っていた。ジークはしか
し、本能的にやばいものを感じている。断ったほうがいいと思った。でも、眠りを欲
する疲労と酔いが別の答えを求めている。それと、ジークは面倒くさくなっていた。
「んじゃ、寝ようか。その短刀を枕の下におくのね」
ぱあっと、アッキの顔に明るさが宿る。礼をいいながら、アッキはジークを客用の
寝室へ案内した。
ジークは寝床に入り込んだ後にも色々語りかけようとするアッキに、うるさそうに
手をふる。
「金貨十枚。忘れないでよ」
はいはいというアッキの答えを聞きながら、ジークは眠りの世界へ堕ちていった。
そこは林の中だ。ジークは気がつくとそこにぼんやりとしながら、立っていた。
むくり、と闇色の左手から何かが起き上がる。それは、漆黒の肌を持つ小さなフェ
アリーであった。体長10センチほどのそのフェアリーはジークにとり憑いた魔が、
ジークの左手の黒砂蟲を使って身体を作り出した姿である。
ジークの左手は黒砂蟲でできていた。黒砂蟲とはメタルギミックスライムと呼ばれ
る魔法生命体の一種であり、それは生き物の体の一部を食らうと、その食った体の部
分を擬態しながらその生き物と共棲するという性質を持った存在である。
ジークにとり憑いている魔は若くして死んだ魔族であり、その魂はアイオーン界に
帰ることができなかったため、地上をさ迷っているのだがジークの体が居心地がよか
ったのかとりついたまま離れない。そして時々、ジークの左手を使って自分の体を作
ったりする。名はムーンシャインといった。
「よお、ムーンシャイン」
「なにが、よお、よ」
ムーンシャインは、小さな足でジークの耳を蹴る。そして、そのままジークの肩に
座った。
「痛てて、なんだよ、ムーンシャイン」
「あんたは、なんだってそんな馬鹿なことにばかり、首をつっこむのよ」
「まあ、つっこんだっていうかなあ」
ジークは茫洋として答える。
「眠かったのだわ、つまり」
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿、大馬鹿のでぶやろう。悪魔の豚。もう、どうしようもないわね、
あんた。ねえ、ちょっと、どこにいくのよ、こら!」
ムーンシャインは、ぽかぽかジークの頭を叩く。ジークは痛て、痛てといいながら、
歩いていく。
「いや、あっちのほうが明るいからさ」
「知らないよ、ここに棲む魔と出会っても」
「いや、その魔と戦わないと、金貨十枚がさ」
気がつくと、林を抜けていた。とても美しい風景が目の前に広がる。
エメラルドグリーンに輝く水を湛える池があった。
その池の中央には、小さな島がある。色とりどりの花の咲き乱れるその小さな島は、
楽園という言葉を連想させる美しさがあった。そしてその島の中央には、白亜に輝く
小さな建物がある。
ジークの足元から金色の橋がその島へ向かって延びていた。ジークの耳元で、ムー
ンシャインがぽつりと言う。
「なんだか、いやな感じのところね」
「え、綺麗なとこじゃん」
「何いってんのよ、魔の気配がこんなに濃いのに」
ぽつり、と冷たいものを頬に感じて、ジークは空を見上げた。
「雨?」
空は晴れていた。しかし、沸いてでるように黒い雲が広がってゆく。瞬きする間に、
空は雨雲に覆われていった。
「あらら」
ジークは慌てて、橋を渡り島へ入る。白亜の建物の軒下についたときには、雨は土
砂降りになっていた。
つい、とジークの目の前で白亜の建物の扉が開く。
そこに姿をあらわしたのは。
「あんたが、」
ジークは絶句した。
そこに立つものの美しさに、言葉を失ったのだ。
流れるように長く黒い髪、そして黒曜石のように輝く瞳、肌は雪のように白く、唇
は深雪の中に一滴垂らされた血の色である。
そしてそのこの世のものとも思われぬ妖艶な笑みは、まさに『魔』のものであった。
屍衣のような純白の長衣に身を包んだ、その女の姿を持つものは、優雅に一礼する。
「ようこそ。よくぞおいでくださりました。さあ、雨がひどいですから、どうぞ中へ
入ってお休みください」
ジークは躊躇無く建物の中へ入る。ジークの耳元で、あーあとムーンシャインが呟
く。
「魔にとりこまれちゃったよ」
「ていうかさ、よく考えたら、おまえも魔だろ」
「何いってんの、あれにくらべたら」
何か?とその女の姿をしたそれはジークを振り向く。いやいやと、ジークは手を振
る。
「別に、何もありません」
ジークは客間らしき部屋へ通された。広い窓が四面にあり、そこから美しく輝く池
と花々が見える。ソファに腰をおろしたジークの前に、酒の支度がなされた。
「ええと」
ジークは目の前に座った魔に呼びかけようとするが、呼び方につまる。まさか魔と
呼ぶわけにもいかない気がした。
「レイラとお呼びください」
レイラと名乗った魔は、にっこりと微笑む。