#5059/9229 ◇フレッシュボイス過去ログ
★タイトル (AZA ) 08/07/18 20:42 ( 51)
登場人物の出会い 永山
★内容
先日観ていた深夜アニメで、こういうのがありました。
主人公Xと特殊な能力を持った登場人物Yが、空から降りて(落ちて)来る。
そこは下宿屋。前の下宿を追い出されたばかりで住むところを探していたXは、
その下宿に住むことになる。何とその下宿には、Yと同じような特殊能力を持
つ者が暮らしていたのだ。
……工夫がない。登場人物の出会いを、一から十まで偶然で片付けている。
昨今のテレビアニメを観ていると、主要登場人物同士の出会いを、この手の
偶然で済ませる作品が、やけに多い気がします。
無論、偶然の出会いから生まれる物語というのも、ありです。ですが、それ
は出会う二人の内、少なくとも一人は一般人でなければいけないと思う。この
地球で珍しいはずの、特殊能力を持った存在が、たまたま出会うというのは、
物語作りの放棄に近い。
※「特殊能力を持った」を「特別な事情を抱えた」にすれば、現実社会で終始
する作品にも当てはまります。
特殊能力を持った者は引かれ合う(好きになるの意ではない)、という法則
を導入した最初の作品は、『ジョジョの奇妙な冒険』(荒木飛呂彦 集英社)
のスタンドでしょうか? あのような法則が、自分の作品世界にも当てはまる
のだ、と主張する作り手もいるかもしれません。
でも、読み手からすれば、楽をしているなと感じる部分が大きい。上記の法
則――個人的にスタンド理論と呼びたい――は、大変便利です。便利であるが
故に、乱用することを避けねばならないのではないか。乱用が許されるのは、
この法則をメジャーにした(かつ、もしかしたら編み出した?)荒木飛呂彦た
だ一人ではないか。
推理作家の佐野洋が、『推理日記1』(講談社文庫)で書いていたことを、
長くなりますが引用します。同書P145より。
<小説を考える際に、何人かの男を登場させたとしよう。その男たちは、ある
いは政治家であり、銀行員であり、学校の教師だった。普通に考えれば、彼ら
は互いに、何の関係もない。
ところが、ここに一人の女を登場させる。その女が、政治家とも、銀行員と
も、学校の教師とも寝た――となると、この三人の距離は、たちまち、近くな
ってしまう。つまり、推理小説の人間関係を考える上に、女は、万能接着剤な
のである。
万能接着剤や釘などを使わなくても、材木と材木を噛み合わせ、しかも、絶
対に離れないという方法で家を建てるのが、腕のよい大工ではないだろうか。
(略)
だから、この万能接着剤を、決して使うべきではない、とは私は思っていな
い。しかし、使うならば、あまり大っぴらではなく、最小限に止めておくのが、
大工の腕であり、誇りではないだろうか。……>
およそ三十年前に書かれたエッセイであるためか、同性愛のケースには触れ
ていませんが、論の大筋には無関係ってことで。
要約すれば、「作家たる者、登場人物AとBを知り合わせるために、工夫す
る努力を忘れてはいけない」といった感じかしらん。
努力が徒労に終わることを恐れず(笑)、執筆の際には念頭に置いておくべ
き原則の一つだと思います。
ではでは。