#1157/1158 ●連載 *** コメント #1156 ***
★タイトル (sab ) 22/10/14 17:00 (117)
ニューハーフ殺人事件21(改) 朝霧三郎
★内容 22/10/23 10:34 修正 第3版
副題:緊張しやすい男は肛門性愛に走る?
黙って固まっている水戸光男に、
「あなたは固いなあ」と斎藤警視が水を向けてきた。
「表情が硬い。ちょっとでも階級が上だと、もう、リラックス出来ないタイプ?」
「はぁ」
「という事は、ちょっとでもトキメキのある女だと緊張しちゃうタイプでしょう」
「はぁ?」
「損な性格だな。トキメキがある女だったら、でれーっとしてにたーっとして
迫っていけば相手もリラックスするのに。
ルパン三世が「ふ〜じこちゃあん」と迫って行く様に。
あなたみたいにがちがちに固まっていたら、相手も緊張するでしょう。
池袋署に、関根啓子巡査という綺麗な子がいるんだって?
そういう子にも、「ふ〜じこちゃあん」って、でれーっと、
迫って行けばいいんだよ。
なんで、あなたがそんなに固いのか分かる?」
「いやっ、」
「それは、君が、尾状核的な性格、フロイト的に言えばタナトス的な性格だからだよ。
秩序や厳密さを求める性格というかなぁ。
だから上司にも可愛い女の子にも緊張して杓子定規に接する。
もっと海馬的になればいいんだよ。
海馬的世界なんて、ぽちゃぽちゃした、おっぱいとかお尻とか、
エロスの世界なんだから、でれーっと出来る」
一方的に斎藤警視が水戸光男と明子巡査を説教する様になって、
気まずい雰囲気が漂いだした。
斎藤警視は今度は明子巡査に水を向けてきた。
「君、精神分析的にはどうなのかね。
どうして水戸さんみたいな堅物が発生しちゃうのかね」
「それは…、やっぱり、「母へのおねだり」だと思います。
「母へのおねだり」というのは何時でも愛されていないとダメだから。
愛されていないと思った瞬間に、幼児、1歳ぐらいの時に遡る感じで。
1歳ではなく胎内にまで遡れば、そこは、おっぱいをくれたりくれなかったりする
世界ではなくて、へその緒でつながっていて何時でも栄養がもらえる
万能感のある世界なんですけれども。
そこまで行かなくても、1歳ぐらいだったら、
泣けばすぐにおっぱいをくれる感じだから、
まあまあ何時でも愛がもらえる状態で。
という訳で、母胎方向に遡って行くのだから、
「死への欲動」であって、あと、肛門性愛的になるんだと思います。
だって、男根期から肛門期に退行しているのですから」
「ほー、そうすると、水戸さんみたいなのが、アネロスに走るって事?
京都の事件も池袋の事件も水戸さんみたいなのがガイシャかも」
「そんな、私はそんなんじゃあ」
「いや、あたながっていうんじゃなくて、あなたみたいな固いタイプが、って事だよ。
あなたは独身らしいねえ。何か理由があっての事?」
「そんな個人的な事…」
「個人的な事って。…君の天下り先だけれども、おたくのデカ長にも相談されて、
私も心当たりを当たっているんだよ」
「そりゃあ、ありがたいですが」
「しかし、そんなに固い性格じゃあ、あなた、どこに行っても、
いくら天下りと言っても再就職だから、相手先の若い人間に使われる訳だから、
辛いんじゃないかね」
「それは仕事ですから、辛抱します」
「そうかね。まあ、もっと、エロス的、海馬的人間だったら、楽だと思うんだがね。
しかし、生まれ持った性格だからしょうがないか」
ギーっと椅子を引いて斎藤警視は席を立った。
「じゃあ、私はこれから別の会議があるので。
君のフロイトの話は面白かったよ」と明子巡査に言った。
「池袋署に行く様になったら、もっとその手の話をしたいね」
「はい」
「じゃあ失敬」
斎藤警視がパーテーションのドアから出て行ってしまうと、
「全く嫌な感じですね。東大だか認知科学だか知らないけれども」
と明子巡査が言った。
しかし、光男は太ももに手を付いて、眉間に皺を寄せていた。
(何で俺は固いんだろう。なんで、関根啓子に「ふ〜じこちゃあん」
とでれーっと出来ないんだろう)と光男は思う。
「俺は、何で堅物なのかな」と光男は言った。
「精神分析の文脈で言えば、
やっぱり、1歳の頃、母に愛されなかったから」
「えぇ?」
「母に愛されないで大人になると、ものすごい、相手が愛しているかどうかを、
チェックする様な性格になるんですよ。
彼女との会話を録音しておいて、単語一個一個から、
愛があるかどうかをチェックする様な事をするんです。
「母へのおねだり」だから。ちょっとでも愛がなかったらダメだから。
(俺は録音なんてしないが。しかし関根啓子巡査への態度はそんなんなのかも
知れない)と光男は思う。
「岸田秀という心理学者がいるんですが、
自分は母親に愛されなかった、と50歳になって言い出すんですね。
母親とは二十歳の頃に死別しているのに。
母親は自分を家業の跡取りとしか考えておらず、愛してはいなかった、
利用する事だけを考えていた、と言うんです。
だから、ギターでも何でも買ってくれたが、勉強に関するものは買ってくれなかった、
それは、学業の道に進まれると跡取りに出来ないからだ、とか。
それで、50歳になって、ノートに線を引いて、左に「母は愛していない」、
右に「母は愛している」と、
当時の言葉を思い出して書くんです。
そして愛していなかったと結論する。
心理学者でも、「母へのおねだり」って事に気が付かないんですね。
そんなノートに書かれた単語なんて愛とは何の関係もないし。
愛なんて、おっぱいやお尻みたいなぽちゃぽちゃしたもので、
おっぱいが出たり出なかったり、うんちが出たり出なかったり、
決して何時でもあるものでもないのに。
それをノートに書くとか、録音しておいて後でチェックするとかするんだから。
おっぱいは出ない時だってあるんですよ。
それこそ、斎藤警視の尾状核的みたいなチェックの仕方ですね。
1か0かでチェックしていて。
海馬的だったら全体的に俯瞰するけれども、
尾状核的だったら、チカチカ1か0かでチェックするからおかしくなる」
「なんだ、明子君も尾状核とかに詳しいの」
「あの実験は結構有名なんで、心理学科の学生はみんな知っているんですよ。
それに心理学科も最近は認知心理学とか認知科学に近付いているから近いんですよ」
「へー」
「尾状核的だと、関根啓子がちょっと冷たいと、
「あれ、今おっぱいが出なかった、絶対に愛していない」とノートに書くんですよ。
でも、1歳の時に愛があれば、「今はたまたまで出なかったんだなあ」で
済むんですよ」
「俺は、何でそんな性格になってしまったのかなぁ」
「1歳の頃、母の愛が足りなかったから。
斎藤警視に言わせれば、ストレスで尾状核的になったから」
「じゃあ、お、俺はどうすればいいの」
光男は情けない顔をして明子巡査を見た。
「ミツさんもフロイトを勉強すれば自己客観視出来る様になって楽になりますよ」
「へー。そんなもの?」
「そんなものですよ」