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★タイトル (AZA ) 01/02/16 08:57 (200)
対決の場 18 永山
★内容 05/04/15 18:05 修正 第2版
「我々の把握していない謎の人物が島に潜んでいて、殺しをやったというのか」
「考えてみる値打ちはあるだろ? 今まで警察を弄んでくれたヂエが、こんな
簡単な理屈で尻尾を出すのはおかしいと思う。伊盛達はヂエの用意したミスリ
ードのための駒かもしれない」
考え込む遠山。麻宮は感心した風に首を縦に軽く振ってから、転じて批判的
に言う。
「しかし、林の中に潜むというのは、いまいちね。警察が本気になれば、あっ
という間に見つけ出せるわ。そうでしょう、遠山君?」
「あ、ああ、そうだとも。現状では人数がちょっと足りないかもしれないが、
それでも限られた狭い土地に隠れるのは、自らを追い込む行為だな。そういう
隠れ方こそ、ヂエらしくないと言えないか?」
最後の問い掛けは、近野に向けてのもの。問われた心理学講師は、余裕あり
げに人差し指を振った。
「林を捜索しない内からそうも大言を吐くとは、偉そうだねえ。林以外のどこ
かかもしれないんだぜ」
「どこがある?」
遠山は近野に聞き、次いで麻宮を見た。島の若き女主人は、首を傾げるのみ。
近野が口を開いた。
「船を根城にするのはどうかな。小さな船を島の裏手に横付けし、縄梯子を掛
ければ、行き来できる」
「下から縄を投げるの? 誰かが固定してくれなきゃ」
「事前に一度島に来て、林に入り、適当な場所から縄梯子を垂らす。そのとき
はこれだけで立ち去り、今度の事件に合わせて、小船で乗り付けるという手が
ある」
「分かったわ。だけど、結局はそれも見つかりやすいのには変わりない」
麻宮の反論は、なかなか理に適っていた。それが遠山を感心させる。彼女も
戦力になるかもしれないなと、半ば冗談半ば本気で考えた。
「いや、島に上陸している間は、梯子を引き上げて隠しておけば、簡単には見
つからないだろうさ。それに、ヂエが乗ってきたのは船は船でも、潜水艦かも
しれないしね」
「真面目に言ってるのかしら、それ」
「ヂエならやりかねないと、自分では感じているんだが。この説の欠点は、潜
水艦なんぞを購入したら目立つし、恐らく記録が残る点だな。ボートと違って
そこらに転がっていないから、おいそれと盗む訳にもいかない」
「いつまで空論で遊ぶつもりだ、近野」
そろそろやめさせようと、遠山が口を差し挟む。
「操縦できる奴なんて数少ないに違いないから、犯人がそんなことをしたらす
ぐに発見できるさ。だいたい、島の周囲に、潜水艦を沈めておけるほどの深度
はないだろ」
「では、現実的な考え方を示そうか。一番ありそうなのは、島の人間がヂエに
協力している、もしくは協力させられているケースだと思う」
「私どもは、決してそのようなことは」
色めき立つのは布引。こらえきれずに口を出したのがありありと窺え、今は
もう膝の上の拳を握りしめている。
近野は詫びる風に頭を下げ、言い足した。
「これは現段階では想像に過ぎません。無論、島の方々全員という訳ではない
し、脅迫の結果、強いられていることも充分に考えられます。そこであなたや
麻宮さんの証言が必要になってくる」
「私のですか」
かすかに眉を寄せ、静かに反問する布引。対照的に、麻宮は遠慮のない声で
応じる。
「証言て言われてもねえ、何にも知らないわよ、私は」
「自分自身のことではなく、こちらで働いている人や面城氏のことについて、
聞きたいんだ。彼らに一番近くて接しているのは、麻宮さんであり、支配人の
布引さんでしょう。きっとよく把握しておられるはずだ」
近野の言い様は、布引はどうか分からないが、麻宮の自尊心をくすぐったか
もしれない。饒舌になった。
「確かにそうだけれど、私が自信を持って言えるのは、面城君だけね。他の人
達についてもある程度は知っていても、布引さんには叶わないから」
「じゃあ、面城氏の言動で、ここ一ヶ月ほどの間に変化はあったかい?」
「元々は喋る方なのよ。それが寡黙になっていったのは、関係ある? 追い込
みに入っていったからでしょ」
「面城氏のパターンがそうなら、無関係だ」
「そうね。これまでも絵を描くのに集中を始めたら、普段の生活でも口数が減
ったわ」
「他に何かなかったかい? 気を悪くしないで聞いてほしいんだが、人を隠す
としたら地下室は有力な候補だ」
「不気味なことを言うわねえ。地下室は広いから、そりゃあデッドスペースは
いくらでもあるわよ。うまくすれば、人ひとりくらい、訳なく隠れられる。で
も、地下から地上に出るには、階段に通じるドアを使わなければいけないの。
いつ私や他の人が降りてくるか分からない階段をよ。首尾よく見つからずに昇
れたとしても、その先に長い廊下が続いてる。誰にも見とがめられずに外に出
るのは、実質不可能じゃないかしら」
「この想定では、犯人は今日から地下室に出入りを始める。夜、皆が寝静まっ
た頃に、入ってくるのかもしれない。警察側に気付かれて見張られない限り、
身を隠すにはこれで充分だ」
「じゃあ、見張る?」
「それは遠山が決めるさ。――な?」
唐突に向き直って、近野は下駄を預けた。預けられた遠山は戸惑いを覚えた
が、とにかく感じているままを告げた。
「面城さんに会って、話を聞きたいな。まだお目に掛かっていないだけに」
「無理な相談ね。好調の波に乗っているのよ」
言葉足らずだったが、面城の絵のことだろう。
「個展用に描く必要は、もうなくなったんだろう?」
「注文が舞い込むようになったの」
「本当に? 離島で個展をやったからって、名前が売れるとはとても信じられ
ないんだが」
「そうじゃなくて、私の売り出し方が結実し始めたのよ。最初は名のある展覧
会に入れてもらって、名前を、存在を覚えてもらう。実力はあるから、評論家
からお言葉をもらえば、弾みが着く。うちが広告を出している雑誌に頼んで、
簡単なインタビュー記事と写真を載せる。専門誌等で期待感を煽る。新星・面
城薫が個展を開く。しかも孤島で。一体どんな物になるのだろうと興味をかき
立てる」
「ちょっと待ってくれよ。そんなに流行っているようには見えなかったぜ、個
展会場の客入りを見れば」
苦笑を我慢できないという感じの近野。
「主だった賓客は、開催間もなくしてお見えになったのよ。今は波が去って、
注文が来るようになったの。八日間も休めない人は当然、絵そのものが欲しく
なるものよ」
「その数をさばくために、面城さんは絵に取り組んでいるのか」
遠山は半ば呆れ口調になった。
「違うわ。精神が絵に立ち向かえる最高の状態なのよ。だから描いている」
「要するに、描けるときに描いておこうってことだな」
近野が髪を手櫛で後ろに流しながら、断定調で言った。
麻宮は何か言い返したそうに口中を動かしたが、結局発声はなかった。
そうしてできた微妙な間を埋める形で、遠山が口を開く。
「麻宮さん。殺人事件よりも優先する芸術はない」
「私の尺度では正反対ね。真の芸術は何事にも優る」
出鼻をくじかれた。二の句を継げないでいる遠山に、麻宮が妥協案を示す。
「でも、私の島で殺人事件を起こされるのは、不快極まりない。面城さんから
話を聞くことが必要なら、一度だけ認めましょう」
「……面城氏の親御さんは、どこでどうしているんだい?」
遠山は不意に気になって、そんな質問を発した。面城に対する麻宮の態度が、
保護者のそれとだぶるように感じたからだ。
返って来たのは、簡潔かつ具体的な答だった。
「ご両親とも健在で、九州の方で染色業の経営をされているわ」
「いや、そういう意味ではなく、我が子が離れ小島で絵を描くことに対して、
積極的に賛成しているのかってこと。家業があるのなら、なおさらだ」
「家業と言っても大きな染色工場で、二代目が継がなきゃならない掟はありま
せん。ご両親も、薫君の進路に期待を寄せているわ。だからこそ、私も安心し
て後押ししているの」
本当だろうか。麻宮が独善的に都合よく解釈している見込みもありそうだ。
ただ、差し当たって事件とは関係なさそうなので、遠山は聞き流すことにする。
(きれいさが増した分、お嬢様ぶりに拍車が掛かった感じだなあ。それでも、
俺の一番好きなタイプには違いない……。絵描きの存在が気になるが、今はと
もかく事件解決を最優先に)
当たり前のことを忘れぬよう、決意を新たにする遠山。
「それじゃ、面城氏に会わせてほしいな。いつなら空いている?」
「聞いてみないと分からない。なるべく、絵の邪魔をしたくないのよ」
「だから、君がうまく見計らって、段取りつけてくれよ。一回でいいんだ」
「やってみるけれど、とにかく今すぐは無理よ」
面城の扱いについて一段落すると、それを待っていたかのように嶺澤が口を
開いた。
「遠山警部。姿さんを殺したのは、本当にヂエなんでしょうかね」
「何を今さら言うんだ。ヂエの指示した島に来て、殺人が起きた。新たなパズ
ルも届いている」
「しかし、ヂエがやったという証拠と言いますか、メッセージがありません」
嶺澤の言う通り、これまでは遺体に刻まれた文字や携帯電話等によって、明
らかなつながりが認められた。
一方、姿晶の毒殺は、事前にパズルの出題があったものの、その解と被害者
のつながりは全く分からない。
「調べてみよう。遺体に、姿さんの持ち物や部屋も。そうすれば、何か見えて
くるかもしれない」
「それがいいですね」
同意した嶺澤は、島の女主人と宿の支配人に頭を下げながら振り向いた。
「麻宮さん、布引さん、ご協力をお願いします。他の方にはなるたけ迷惑の掛
からないよう、充分留意して行いますので……」
「私からは何も……」
布引は、嶺澤の視線を麻宮へとスルーパスした。
「布引さん、協力して差し上げて。必要に応じて、部屋の鍵をお貸しするよう
に」
麻宮は支配人に命じたあと、対象を刑事二人に移した。
「誰か一人、立ち合うことを認めてもらえるかしら」
「それは……」
「信用してない訳じゃないわ。宿を持つ者として、責任があるのよ。見届ける
義務があると思わない? それに、そちらにとっても何かと都合がいいでしょ
う。宿の案内や説明ができる者がそばにいれば」
「分かった。認めるよ」
時間がもったいないこともあって、遠山はさっさと承知した。
「ただし、被害者の部屋と持ち物を調べるときだけにする。いいね? 遺体の
方は、我々二人でいいだろう」
姿晶が一週間前より泊まっている八号室に向かったのは、遠山と嶺澤両刑事
に志垣を加えた三名だった。立会人を求めてきた麻宮や支配人の布引は、それ
ぞれ多忙なため、志垣に白羽の矢が立ったという経緯である。
「志垣さんには、できればドアの辺りにいていただきたいんですが」
現場での経験が乏しいせいもあろう、遠山は面と向かって、邪魔になるから
とも言いづらく、穏やかに指示を出した。志垣は心得たと言うよりも、なるべ
く関わりたくないという風に身を縮こまらせ、廊下に立ったまま、ちらちらと
中を覗くにとどまった。どうであれ、遠山達にとっては都合がよい。
「考えてみれば、兵庫県警の管轄ですなあ」
「考えるまでもなく、その通りだ。雅浪島は兵庫にあるんだから」
まずは部屋自体に異変が起きてないことをざっと確かめつつ、嶺澤と遠山は
やり取りをした。
「不可抗力とは言え、あちらに無断で現場に手を着けるのは、少しばかり気後
れしますよ」
「あとでの言い訳やら説明やらが面倒なのかな。だが、島がヂエの一連の犯行
の新たな舞台になるのは、事前に分かっていた。当然、大場警視が通達をして
くれたはずだから、そんなにややこしくはなるまい」
「だといいんですが」
これまで様々な事務処理に当たって来た嶺澤の憂鬱さ加減は、遠山には理解
しにくいものであった。
「よし、部屋には異常なし。持ち物を調べよう」
志垣に聞かせる意味もあって、針のある声で告げる遠山。嶺澤が旅行鞄の代
わりらしいスポーツバッグを、クローゼットから引っ張り出した。
「これ以外、特に見当たりませんねえ」
「ふむ。志垣さんは、姿さんの持ち込んだ物をご存知ですか」
「あ、はい? 何でしょう?」
質問を予期していなかったらしく、志垣は裏返り気味で慌て口調の返事をよ
こした。やむなく、同じ質問を繰り返す遠山。
「普通なら、私にはお答えできませんけど。だって、私は主にお屋敷の方にい
ますから」
一旦区切り、半歩、部屋に足を踏み入れる志垣。
「ですが、姿さんは一週間前からお泊まりでしたので、だいだいのことは分か
ります。荷物はスポーツバッグと、大きめのカメラがあったと思います」
「……ああ」
言われて思い出した。今日、島に着いて初めて会ったとき、姿晶がカメラを
持っていた事実を。
――続く