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★タイトル (AZA ) 01/01/26 00:33 (200)
対決の場 16 永山
★内容 05/04/30 22:10 修正 第2版
「ふん、そう主張するのなら、言い直そう。君はホームページで、私や警察に
ついて書いているね」
「書いている」
「認められるまで続けるつもりか」
「分からない。人間、いつ死ぬか分からない。自分も道半ばで死ぬかもしれな
い。貴様だってそうだ」
この男は芯からニヒルなのか、ニヒルな雰囲気を装おうとしているのか。遠
山は後者だと判断し、軽口を叩いた。
「君より私の方が、その確率は高いかもな。何といっても、刑事をやっている
のだから」
またも黙り込む伊盛。刑事の台詞を、現実味のあるものとして受け取って、
返す言葉がなかったのか。遠山はもう少しつついてみることにした。
「それとも、君も日常的に、危険に身をさらしているのかな。たとえば、いつ
警察に追い詰められるか知れない、連続殺人犯としての日々を送っているとか」
「仮にそうだとしよう。日本の警察は、連続殺人犯を目の前にしても、発砲で
きまい」
「状況次第さ」
言いながら、手が無意識に懐の拳銃へ伸びる。これほど長期に渡って携帯す
るとは、思いも寄らなかった。
銃の感触を確かめたあと、遠山は毒殺事件について尋ねた。
「君の通う大学には、青酸系毒物なんかも置いてあったっけな」
「管理は厳重だから持ち出せるものか。キャンパスも離れている」
「私は毒物があったかと聞いただけだ。君がやったとは言ってない」
「自分も、大学の薬品類を持ち出すのは、部外者には無理だと言っただけだ」
「君は何学部?」
「医学や薬学じゃないことは確かだ」
はぐらかす伊盛。嬉しそうににやりと笑った。遠山も負けじと笑みを浮かべ
る。
「そうだろうな。医学部の人間が、一週間も暇があるとは思えない」
「自分の学部も、本来は忙しいんですよ」
伊盛の試す口ぶりに、はっとなる遠山。
(このやり口は、ヂエのパズル? いや、これだけでは何とも言えない)
己の過剰反応を戒め、かぶりを振った。ここは、当たり障りのない返事にと
どめておく。
「忙しいのに、わざわざ島に来たのは、私には理解できない」
「忙しければ、殺人鬼なんかやっている暇もない」
「伊盛君は、この偶然をどう感じている? 君が絵を見たいと思ったのと、殺
人犯が私達警察によこした指示にあった日付が、見事に合致した偶然を。そし
てその事件の捜査には、私がいるんだ。君が恨んでいる刑事である私がだ」
「自分が犯人であれば、何の不思議もない訳だ。動機もある。姉の無念を晴ら
すためという立派な動機が。アリバイは調べたかな? あとは物的証拠ってや
つだけだ!」
挑戦的な啖呵に、遠山は顔をしかめた。彼の豊富な情報や乏しい経験に照ら
し合わせても、ここまでやるのは犯人らしくない。まさしく、警察への反感が
なせる業ではないか。
「これを見てくれるか」
遠山は閃きで、今日手にしたばかりのヂエのパズルを見せた。相手を睨みつ
けるようにして、反応を観察する。
「面白そうな問題だ」
淡々とそれだけ言うと、伊盛は目を上げた。視線がぶつかる。遠山は迷った。
(芝居がうまいのか、こいつはヂエではないのか)
判断材料にするつもりが、却って不確定要素を増やしてしまった。遠山の予
想とは大きく異なる結果を示されたためとも言える。
「これをどうしろと?」
「解けるかね」
伊盛がヂエならこれみよがしに解いてみせるのではないかという淡い期待は、
簡単に霧散した。
「さあね……コンピュータに解かせてみるのも、面白いかもしれない」
「そうか」
遠山が紙を仕舞い込むと、伊盛は唇を突き出し、疑問を露にした。
「今のは何だったのか、説明を求める。捜査に関係あるとは思えない。関係な
いことに時間を費やしたのなら、それは警察の怠慢で……」
「関係はあるさ。捜査上の秘密を簡単に漏らすことも警察の失態につながるか
ら、今の時点では明らかにできないがね」
パズルの解き方に関して民間人の近野に助けてもらいながら、遠山はしゃあ
しゃあと言い放つ。一連の事件の捜査に当たる内に、徐々にではあるが経験を
積んでいっている証と言えた。
潮時と見て、遠山はお引き取り願うことにした。
「さて、ご協力をどうもありがとう。ひとまず、戻っていい」
四人目には吉浦を呼んだ。異変が起きるまで食堂内での様子を尋ねたが、調
理に当たっていた彼からは、遠山の期待に添う返答は得られなかった。そして
島に住む者達の人間関係を聞いたり、食材の仕入れに関して質問を重ねたりし
たあと、食料品の扱いに百二十パーセントの注意を配るよう念押しして、帰し
た。
替わって志垣を呼び、同じく人間関係を中心に聞いた。二人の話を統合する
と、麻宮家に仕える人達は長らく入れ替わりがなく、主従関係も横のつながり
もおおよそ良好。唯一、ギャラリーでバイトをする榎はその寡黙さもあって、
若干浮いた存在らしい。そんな彼でも、管理人の淵を通じてコミュニケーショ
ンが取れるから問題はない。
「過去に、島で大きなトラブルが発生したことはありませんでしたか」
「それは、今度の事件が、麻宮の家や雅浪島に根ざしているという意味でしょ
うか」
不安の色を隠しきれない志垣に、遠山は肩をすくめて気安く応じる。
「数ある可能性の中の、ほんの一つに過ぎません。犯人がこの島を名指しした
からには、疑ってみる価値はあると思いましてね」
「そうですね……どうかしら、島の中では、せいぜい酔客同士のいざこざが、
何年かに一度か二度ある程度で、犯罪とは無縁でしたからねえ。もちろん、台
風で船の到着が遅れたり、逆に島から出港できなくなったりというのでしたら、
いくらでもありますけど、そういうハプニングは勘定に入れませんでしょう?」
「まあ、そうですね……いや、念のために。船の遅れに絡んで、客から抗議を
受けたことは」
「ありますよ、そりゃあ。だけどそういうときの皆さんは苛立っているだけで、
一通り不平不満をこぼしたあとは、あきらめも着いて大人しくなさいますね」
先ほどとは一変して、リラックスした口ぶりの志垣。まるで、井戸端会議で
もやっているかのようだ。
遠山としてもこの方が好都合だ。有用な情報というものは、往々にしてこう
いう世間話からもたらされる。これがたとえば支配人相手だと上品すぎて、多
分ここまでざっくばらんには話してもらえないだろう。
「あなたには不愉快な話になるかもしれませんが、宿のサービスで客から文句
を受けたことは、なかったですか」
「なかったと言えば嘘になります。何年もやってますとね、色々なお客さんが
見えますよ。チラシにあった料理の写真と魚の種類が違うとか、釣果が全然な
かった、どうしてくれるとか、やれ夏なのに寒い、やれ冬なのに温い、果ては
個展をこんなところでするなと」
「ははあ、確かに殺人事件に発展する類のものではなさそうだ」
不謹慎にも思わず苦笑する遠山。最後の項目にうなずける点があったから。
彼女を帰してから、遠山は少し思慮し、淵と榎を揃って呼んだ。
「絵の取り引きや貸し借りでトラブルねえ……そりゃあったよ」
髪をきっちり整え、身だしなみのいい淵は、テレビに出て来る何とか評論家
風だった。それが、口を開けばべらんめえ口調なのだから、少々違和感がある。
「だが、数えるほどだし、どれもつまらねえもんさ。いや、俺は管理が仕事だ
から、商売の方には直接関わっちゃいねえが、絵の搬出・搬入には、あとで傷
がどうこうってことにならねえよう、うるさいくらいにチェックしてる。それ
でもトラブルは起きる。借り受けること自体、難しいんだがな。ほら、何しろ
こんな離れ島、管理が万全じゃないだろうと頭から決め付けやがる。運び込む
には海を渡らなきゃなんねえってのも、嫌われる理由だ。ああ、あと、一遍だ
け、贋作騒ぎがあった。まあ、オープンしたての頃だから五年ほど前になるか
な、麻宮家に対する嫌がらせに過ぎなかったんだけどよ。質の悪い噂を広める
奴がいるもんだ。もちろん、今はそんなことは一切ねえ」
「淵さん、ちょっと」
遠山は手を上げ、淵の長広舌を遮った。
「その贋作の噂の出所は判明したのですか」
「ああ、土地絡みでごたごたを起こした会社があってよ。そこの連中の仕業さ。
とっくにけりは着いてるから、今日の殺しとは関係ねえだろう」
淵もまた、先回りして意見を述べる。もっとも、これには遠山も同感である。
(動機について他の目もあるんじゃないかと聞いて回ったものの、どうもぴん
と来ない。結局、ヂエは俺に対する恨みから、一連の犯行をやっているのか。
これは、自分の手で捕まえないと、面目丸潰れだぜ)
「女性は毒殺された見込みなんですが、絵画関係で即効性の毒物になり得る物
って、ありますかね。青酸カリのような」
「そりゃあ、即効性とは違うが、あるよ。絵の具、ありゃあ毒だ。カドミウム
や鉛なんかでできてるから、人が経口すれば死んじまう恐れ充分だ。でもな、
食えたもんじゃねえ」
「はあ」
「自殺する奴が無理して飲み込むならまだしも、殺しには使えないだろうよ。
その辺は、あんたら警察の方が詳しいんじゃねえのかい?」
目玉をぎょろりとさせ、問うてくる淵。遠山もある程度は知っていたが、こ
こは淵達がどれだけ知っているのをか試す意味が強い。
「あと、銅版画も酸を使うが、酸は酸でも普通は硝酸だからな。わざわざやば
い酸を使う奴なんて、いねえだろう。そもそも、うちと銅版画は全く縁がない
がね。ま、一応、あの面城薫に聞いてみるといいよ、刑事さん」
「なるほど。面城さんはどんな人ですか」
「そうさなあ、若くてハンサムで、今風な感じで、私は好きじゃねえな。ただ、
絵描きとして売り出すなら、ああいうのはやりやすくていいねえ。ビジュアル
的に頭抜けてっから、大きなセールスポイントになるだろうさ」
そういうことではなく人柄を聞いたのだが……と思いつつ、流れを中断せず
にいこうと思い直した遠山。
「面城さんは麻宮レミさんと親しいようですが」
「ああ! お嬢さん、惚れてるのかね? 多分、才能に惚れ込んでいるんだろ
うけれど、その内どうなることやら」
「いつ頃から、あちらの屋敷に居座る、いや、出入りするようになったのです
かね、面城さんは」
「さあ、よく覚えてねえが、単なる出入りだけなら、最初っからだったよ。作
業場が地下にあるの、刑事さんはご存知ねえか?」
「あ、いえ、知っています」
「寝泊まりするようになったのは、二ヶ月ほど前だったか。個展のため、絵に
かかりっきりになる必要があって、食事の世話なんかをお嬢さんがするように
なったんだ。そうなると、絵描きの方もいちいち部屋に戻るのが億劫になるの
かどうか知らねえが、あっちに移った。とまあ、こういう次第さ」
遠山は気に掛かったが、いい加減、本題に戻らねばならない。吹っ切った。
「その……面城さんは、麻宮家に対して感謝こそすれ、恨みを持つようなこと
は決してないんですね?」
「馬鹿なことを。そうに決まってるね」
自明の理だとばかり、追い払う形に手を振り、鼻で笑う淵。
「ですが、麻宮家に取り入って、楽して利益を得ようと考えているかもしれな
いんじゃあ? そのために不正を働くようなことは、面城さんに限ってあり得
ますか、あり得ませんか?」
「絵が全く売れねえようだったら、あの男もそうしたくなるかもしれん。だけ
どね、刑事さん。あれの絵が人気あるのは、事実です。自分も信じがたいが、
こうやって島までわざわざ足を運ぶ人が、毎週数名、必ずいる。麻宮家の力添
えがあったとは言え、これは脅威的なことじゃねえか」
「現時点では、面城氏の将来は安泰だと?」
「そうだねえ、かなり手堅いね」
「……淵さんはかつて、画商をやっておられたんですか」
ふと思い付いて聞いてみる。
「分かるかね? 結構稼いだもんだよ。しかし、十年……ああ、覚えてねえな。
だいぶ昔に足を洗った」
(「足を洗った」と表現しては、画商が悪事ということになってしまう)
遠山は思ったが、特に指摘もせず耳を傾ける。
「他人様の顔色を見て、頭を下げ続けるのが、急に馬鹿らしくなっちまって。
バブル景気で、絵の何たるかをてんで分かってない輩だらけの時分だった。い
っそ落書きを高く売りつけてやろうと、何遍思ったか知れねえ。でもな、でき
ねえんだよ。良心てもんは、変に残ってるもんだ。ああ、刑事さん相手にこん
なこと言うとは、お恥ずかしい」
不意に照れて、頭を掻く管理人。要するに、絵が好きなのだろう。だから今
も、絵の仕事に携わっている……。
遠山は話題を換えることにした。
「榎君の働きぶりはどうです? 本人がいると、言いにくいかもしれませんが」
口を閉ざして退屈そうな様子も感じさせず、ぼんやりと宙を見据えていた榎
が、かすかに頭を動かした。隣に座るこの大柄なバイト学生の肩を、淵は一つ、
どんと叩いて、そのまま手を載せた。
「言いにくいことなんか全然ねえ。よく動いてくれるよ、こいつは。最初は、
こんなへんぴなところへ学校休んでまで働きに来るとは奇特な奴だ、どうせ変
人に違いあるめえとにらんでいた。事実、無口な野郎で、取っ付きにくかった
けどよ」
遠慮会釈のない淵の物言いに、榎は笑うでもなく怒るでもなく、表情を変え
ずにいる。たまに首を縦に振るが、それも極わずかな幅の動作なので非常に分
かりづらい。
――続く