#4105/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 8/27 9:19 (200)
記憶喪失症 3 永山
★内容 20/08/30 22:26 修正 第2版
背景説明には、アベルが当たった。それが終わったとき、フランクは初めて
安心した。
「確かに奇妙な話ですね。調べてみる値打ちは、充分でしょう」
「最初は、私は乗り気じゃなかったんだが」
肩をすくめ、苦笑を漏らすアベル。
「このところ、足場が浮ついているような気がしてならなかったんだ。少し、
視点を変えたかったし、取り組む気になったよ」
「いいですね。手がかりになれば、もっといい」
「ああ。それより……」
アベルは何か言いかけて途中でやめると、フリージアへ視線を移す。
「少し、席を外させてもらうよ。待っていてほしい」
「いいわ。私も急いでるんだから、早くね」
覚悟を決めたように、フリージアはあっさり答えた。
フランクとアベルは連れだって、別室に移動し、戸をぴたりと閉めた。
「ロビンソン博士が何を発見したんだって? 一刻も早く知りたい」
「……フリージアの前では、まずいですか?」
「うむ。彼女を取り巻く状況が、魔玉のせいだと確定した訳ではないからね。
たとえ関係あるとしても、なるたけ、一般の人を巻き込みたくない」
「分かりました」
一つうなずき、納得するフランク。そして、軽く咳払いをしてから、おもむ
ろに始めた。
「ベラ=カスティオンの体内から取り出した魔玉の輝きの変化を、星の運航と
比較しながら、ロビンソン博士に観察し続けてもらっていた訳ですが、星との
関連はないと思われる、というお話でした」
「……それが有力情報かい?」
脱力したように顔をしかめるアベル。
「関連がないというのも情報の一つには違いないが、有力とは言い難い」
「ああ、すみません。続きがあるんです。魔玉の変換は、一種の周期性はある
のだそうです。でたらめではない、何らかの規則性が」
「ほう」
「規則性を解き明かすために、観察を続けると博士はおっしゃっていますが、
その仮説として、ある特定の惑星を地球に置き換えればいいのではないかとい
うご意見です」
「惑星を、地球に……?」
一度に飲み込めなかったらしく、アベルは首を振った。
フランクはかすかに笑って、再度、口を開く。
「自分にはよく分からないのですが、地球から見える星空と、別の星から見え
る星空では、違うことがあるんだそうです」
「ああ、そうだね。何光年か何十光年か、とにかく相当の距離が開いていれば、
星の位置関係が違って見えるのは物の道理だ」
「それで、地球でない別の惑星から観測すれば、星の運航もまた違ってくると
かで……要するに、ある惑星から見た星空を当てはめれば、魔玉の変化にぴっ
たりと合った規則性を見出せるかもしれない、ということです」
「なるほどなあ」
感嘆するアベル。
「しかし、間違いなく大仕事だ。簡単には見つけられそうにない。私も博士の
力になりたいね」
「それがいいですよ。カインの動きも、現時点では休止状態のようですし」
フランクが気さくな調子で言うと、アベルは不意に、きょとんとした。
「どうかしたんですか、アベル?」
「……フランク。話が見えない」
「え、何がです?」
つぶやくアベルに、目を見開くフランク。
「教えてくれ。カインとは何のことだ、フランク?」
「……アベル、ふざけているんですか?」
長身を折り曲げるようにして、アベルの目を見つめるフランク。だが、から
かいの色は見つけられなかった。
実際、アベルは声を高くした。
「ふざけているつもりはない。カインとは何のことなのか、説明してくれない
か。ロビンソン博士が何か見つけたのか?」
「ち、違います。アベル、本当に分からないんですか? 忘れてしまったので
すか?」
大きな手で相手の肩を掴み、揺さぶるフランク。内心、激しく動揺していた。
「カインは、魔玉の力を用いて、様々な悪事を働いてるじゃありませんか。私
達が魔玉について研究をしているのも、彼を止めるために……」
「彼と言うからには、カインは人間の、男なんだな?」
「アベル! どうしてしまったんですか? カインは元は人間でしたが、魔玉
の力で今は異形の力を得て……。カインが現在のようになったいきさつは、あ
なたの方が詳しいはずですよ? あなたと同じ研究者だったんでしょう、カイ
ンは! 生物学のエリートだって」
「……分からない。君が何を言っているのか、自分には分からないのだ」
額を押さえるアベル。苦しげに目を細めた。
フランクは、どうすべきか迷った挙げ句、やっとのことで次の言葉を脳裏に
浮かべ、うめくように告げた。
「アベル……あなたは疲れているようだ。しばらく、休むことをお薦めします」
警察の建物を出たフランクは、待たせていたフリージアが近寄ってきたのに
相手をせず、考え込んだ。深いため息が混じる。
丸一日考えて浮かんだ手段が、コナン警部に相談するというものだったのだ
が、当ては完全に外れたのだ。
(コナン警部まで、カインのことを忘れているなんて、進じられない……。そ
れなのに、魔玉そのものや魔玉の者達による事件は覚えているらしい。どうな
ってるんだ? 魔玉の、カインに関する記憶だけが抜け落ちてしまう……記憶
喪失の類だとは、考えにくい)
腕を下から引っ張られ、思考は途切れた。
「何があったの? 随分、ショックを受けてるみたい」
「ショック……そうだな。忘れてはいけないことを、みんなが忘れているんだ
から」
「忘れてる?」
フリージアが立ち止まった。行き場のない彼女は、所持金が底を見せている
こともあって、アベルの家に泊まり込んでいる。
「それ、私と同じじゃあ」
「ん? さあ、どうだろう。フリージアさんは、自分のことを両親や友達−−
とにかく、知り合いの人みんなから忘れられてしまった」
「そうよ」
すでに立ち直っている様子の彼女は、強い調子でうなずいた。
「一方、僕の周りでは−−まだアベルとコナン警部の他、数人の警官にしか確
かめていないんだが−−、ある人物のことを完全に忘れてしまっている。記憶
を消されたみたいに」
「……似てるけど、違うわね」
肩を落とし、うつむくフリージア。
「全く逆だわ。ひょっとしたら、解決の糸口になると思ったのに」
「そうだね、全く逆、正反対……」
また歩き始めたが、何かが引っかかっている。フランクの足取りは重い。
「正反対ということは、つまり、フリージアさんの知り合いの人達が、アベル
やコナン警部の立場と同じで、カ……ある人物とあなた自身がやはり同じ立場
になるんじゃないですか?」
「はい? どういう意味です?」
「だから、ある人物……Kとします。Kもフリージアさんも、周りの人間から
忘れられた存在になっている点は、共通しているんじゃないかな」
「……そうかもしれないけど……」
納得しがたいように、小首を傾げるフリージア。髪先を指でいじりながら、
続けた。
「フランク、あなたはどうしてKのことを覚えているのかしら?」
「それは……」
答に詰まる。
(言われてみれば変だな。何故、自分だけが覚えているんだ? まさか、自分
の記憶の方が間違いなのか……そんな馬鹿な! アベル達と自分との違いが、
何かあるのかもしれない)
根を詰めて考え始めたフランクは、間もなく、一つの推測を得た。
(−−ああ。あるじゃないか。自分とアベル達は、根本的に異なるんだ。アベ
ル達は人間で、自分は……人造人間)
唇を噛むフランク。どうしようもない事実に、嘆くよりもむしろ、笑い出し
てしまいそうになる。
情動が顔に出たのか、ふと気付くと、フリージアが不思議そうな目つきで見
上げてきていた。
「一体、どうしたの? 難しい顔をしたり、目を細めたり……」
「いや、何でもない。確かめたいことができた。悪いんだけど、フリージアさ
ん、アベルのところに戻ってくれますか」
「? いいけど。あなたはどこへ行くのよ。アベルに言っておくのがいいんじ
ゃなくて?」
「ロビンソン博士のところと言ってくれれば、分かります」
軽く手を挙げ、彼女と別れるフランク。
(自分が人間でないことと、関係あるかもしれない。確かめるには、ロビンソ
ン博士に聞くのが一番だ)
車を拾ってのロビンソン邸までの往復は、急に思い立って実行するには、ち
ょっとした散財だったが、それだけの価値はあった。
(ロビンソン博士も、カインの記憶が完全に欠落していた。博士の家族は旅行
中だったから、アニタさん達がカインを覚えているかどうかは聞けなかったが
……。これは多分、フリージアの身に起こったのと同じ事態が、カインにも起
きたんだ。カインが創り出した魔玉の者に、カイン自身の意志によって何らか
の特殊能力をかけさせた)
帰りの車中、フランクは考えをまとめるのに忙しかった。
(特殊能力とは恐らく、その対象となった人物を、人々の記憶から消し去る…
…。僕の記憶が無事なのは、最初に推測したように、人造人間と人間の差違な
んだろう……。
知り合いみんなから忘れ去られる状況は、フリージアのような一般の人にと
っては、とてつもない孤独感を味わわされる訳だから、害にしかならない。だ
が、カインには利益があるんだ。自分の存在を人の記憶から隠せるとなると、
これまでとは比べ物にならないほど、大胆に行動できるだろう。いや、それど
ころか、アベルや博士、コナン警部の記憶からカインの存在を消し去ったこと
で、魔玉の謎を解明されても、ある種の安全弁を設けたようなものになる)
現在、すでにカインによって追い込まれている気がしてきたフランクは、車
がアベル宅の前に着くや、料金を払うのももどかしく、転がり降りた。
「アベル!」
戸を開け、叫んでみてから、どう説明していいのか分からないことに気付く。
アベルはカインの存在を忘却しているのだ。せめて魔玉の者を生み出す「敵」
の存在を覚えてくれていればいいのだが、それさえ消えているらしいから、説
明は困難極まりないだろう。
「フランク! 帰ったのね!」
戸口をくぐったときの勢いをなくしたフランクのそばへ、フリージアがうろ
たえたように髪を振り乱し、走ってきた。
「ど、どうした?」
「アベルさんたら、またどうかしちゃったみたいなのよ! ロビンソン博士の
名前を出しても、全然要領を得なくて。ひょっとしたら、Kみたいに、ロビン
ソン博士という人のことも、すっかり忘れちゃったんじゃないのかしら?」
頭の中が真っ白になったフランクだったが、どうにかショックをこらえ、確
認に走る。
アベルの寝室に駆け込み、ベッドの縁に辿り着く。
アベルは起きていた。書籍から顔を上げ、のんびりした口調で言う。
「やあ、フランク」
フランクの忠告通り、休養を取っているアベルは、外見上、何ともないよう
であった。肌の色などは、ここ数ヶ月にないほど、健康的なつやを取り戻して
いる。目の周りにあった隈も、ほとんど消えていた。
フランクは、自分を忘れられてはいないのだと知って、安堵した。知らぬ内
に魔玉の者によって、フランク自身が標的にされることがないとは言い切れな
いだけに、本当に安堵していた。
「アベル……あなたが懇意にしていた博士、いわば恩師のような人です。その
人の名前を言ってくれますか?」
「……少し前、フリージアが言葉に出した人のことだね。すまない。分からな
いのだ。ロビンソンなんて人は、自分の記憶には欠片もない」
弱々しく微笑むと、アベルは首を振った。
「スティーブン=ロビンソンですよ? 本当に、忘れてしまったのですか?」
「ああ、申し訳ないが……どうやら、私は健忘症になってしまったらしい」
「そ、それは違う! ……と、思います」
フランクは、どのように説明すべきかを、未だ決めあぐねていた。
「アベル、あなたは魔玉という物が存在し、それを研究していること自体は、
覚えておいでですね?」
「もちろんだ。だが、いつ忘れてしまうか知れない」
「弱気にならないでくださいっ。いいですか、魔玉の者の能力によって、記憶
を失わされてるんじゃないかと、僕は推測したんです」
フランクは、フリージアがいることも忘れ、ありったけの単語を尽くした。
興奮しているせいもあって、話は何度も行きつ戻りつしたが、どうにか説明を
終えた。伝わったかどうかは分からないが。
「−−どうです、アベル?」
恐る恐る、ベッドに横たわるアベルを見やる。
アベルは瞼を閉じ、深くうなずいた。
−−続く