#3221/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 2:51 (199)
ホワイト・バレンタイン 1 寺嶋公香
★内容 23/02/10 21:10 修正 第2版
/主要登場人物/
三井秋奈(みついあきな) 古松秀一(ふるまつしゅういち)
神谷華織(かみやかおり) 沢田耕助(さわだこうすけ)
矢代舞子(やしろまいこ) 尾崎直貴(おざきなおたか)
笠井智美(かさいともみ) 所沢(ところざわ)
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数年来の想いを打ち明ける決心をして、小降りの雪の中、家を出た私を一番
に待っていたのは、信じたくない光景だった。
学校の玄関辺りが、異常なぐらい騒がしいなとは思いつつも、さして気にと
めずにドアを押したところ、彼の姿が目に入った。朝、いきなり会うなんてラ
ッキーな反面、ちょっとどぎまぎ。いっそ、ここで渡してしまおうかとかばん
の中に手を伸ばしかけたそのとき。
「おおっ、秀一が受け取ったぜ、神谷のチョコレート!」
男子の冷やかす声。
え? 神谷さんが古松君にチョコレート?
「すっげえ。手渡しとは参ったよな、秀一?」
「神谷さんもよくやるなあ。度胸がいいというか」
まだ続いている男子のはやし立てる声。
そこへ、神谷さんの凛とした声が響いた。
「今日はバレンタインデーよ。私の自由でしょ、好きな人に贈り物をするのも、
どんな渡し方をするのも。それにどう応えるかも、古松君の自由。それがうま
くいったからって、そんなにうるさく言わないでほしいわ」
私が後ろから呆然と見守っていると、神谷さんはストレートのロングヘアを
なびかせて、古松君に向き直った。
「ありがとう、古松君。私に恥をかかせないでくれて! これから、もっと親
しくなりたいわ」
「あ、ああ」
神谷さんのきっぱりした態度に、古松君も少し気圧された感じ。でも、うれ
しそう……。手にはしっかり、リボンで飾られた小箱。
私の中二のバレンタインデーは、一大決心で幕を開け、そのわずか一時間後、
最悪の形で幕を下ろした。
雪がやんだお昼休みには、すでに噂が広がっていた。
「神谷が古松に告白したんだって」
「うわぁ、大胆だな。それで古松の方は?」
「プレゼント、すぐに受け取って、オーケーしたのよ」
「ああいうタイプ、好みだったんだ、古松君て」
「お似合いと言えば、お似合いかもしれないな」
等々。耳にしていると、涙が出そうになってきた。
「おーい、秋奈」
いつものように、舞子がやって来た。給食を終えると、いつも一組から飛ん
で来て、私とおしゃべりする仲。
「あれ。まだ終わってなかったんだ。あんたの好きな物ばかりだと思ったから、
とうの昔に食べ終わったかと」
空いている前の椅子に座り、身体を半分、こちらに向ける舞子。
「元気が出なくて……。舞は噂、聞いていないの?」
「あ、古松君が神谷さんの……ってやつね。聞いたけど、本当なの? 本当だ
としたら、秋奈がショック受けてるの分かるけど。バレンタインデー当日って
毎年、こういう噂が流れるのに、本当だった試しがないような」
「本当なのよ。今朝、玄関で私、目撃しちゃってさ」
「げ」
身を引くようにして驚く舞子。
「そりゃあ……最悪だったわね。寄りによって、好きな子が他人のもんになる
ところを見せつけられるとは」
「そうなのよ……」
ちっとも食欲がわかない。もう残そうっと。立ち上がって、さっさと食器を
片付ける。
席に戻ると、また舞子が聞いてきた。
「チョコはどうしたん?」
「まだ持ってる」
手渡ししようと、一生懸命作ったプレゼントは、まだ制作者の手を離れない
でいるなんて。
「どうするの? 自分で食べるとか」
「うーん」
悩んでしまう。
「下駄箱に入れるだけ入れようかなとも、思ったんだけど……結果が分かって
いるのって、むなしい気もして」
「ふむ。やっぱり、同じクラスで同じ部、小学校も同じだったというのには、
かなわないのかねえ」
古松君はバスケットボール部に入っていて、神谷さんはそこのマネージャー。
クラスは二人とも四組。
私の方は、一年のとき、古松君と同じクラスになっただけ。他に接点はなか
ったと思う。
「私のことは置くとして」
嫌な思い出を早く忘れようと、私は話を換えにかかった。
「舞の方の首尾はいかがあいなったか、聞かせてもらおう」
「どうせ、だめもと。気にかけてくれてたら、それでよし」
達観したような言い方してるけど、舞子のターゲットは先生だから、気楽な
のは当然よね。まあ、本気になっちゃうと泥沼かもしれないけど……舞子は本
気なのかしら?
「でも、あれだけたくさんもらうとこ見たら、ちょっと自信が揺らぐわ」
「尾崎先生、そんなにもらったの?」
「二、三人での集団攻撃が二回に、個人攻撃が数回、あとは職員室の机とか下
駄箱とかに、わさっと山盛り」
しっかりチェックしているらしい。
「分からないなあ。二十五だっけ? 十は離れてる」
「歳の差なんて、ってやつ。同学年なんて、がきでがきで」
「そうかなあ」
その意見には首を傾げたい。みんながみんな、子供っぽいってことはないで
しょうが。
「古松君は、それなりにいい線いってると思うよ」
私の気持ちを慮ってか、言い足す舞子。うれしいけど、なぐさめてもらって
も、もう他人の彼氏なのよね……。
落ち込んで、会話に間ができたところへ、うまく沢田君が来てくれた。
「舞子、辞書、返してくれよ」
一年のときから同じクラスの沢田君は、舞子の幼なじみということで、親し
く話せる仲。で、私も舞子も頼りにしちゃっている。何がって? 頭いいから、
沢田君。ルックスもそこそこいいのに、かなり厚手のめがねをして、損してる
んじゃないかしら。勉強しすぎが原因かも。
「辞書って……ああ、古文の」
「そうだよ。六時間目なんだ」
「わーった。取ってくる」
舞子がばたばたと出ていくと、急に静かになった感じ。
「何の話、してたのさ? 何だか落ち込んでいるみたいだ」
「今日、落ち込むとしたら、理由は一つしかないんじゃない?」
「……なるほど。男子でも肩身の狭い思いをしてる奴、たくさんいるよ」
数を競って喜んだり落ち込んだりしてる男子といっしょにしないでほしい…
…。私のは、特に深刻なんだし。
「そう言う沢田君、どうだったの?」
「四つ」
「案外、もてるんだ」
「案外、ね。でも、実状は、部の後輩から三個で、もう一個は舞子からだから、
全部、義理チョコだな」
そこへ舞子が戻って来た。
「はい、これ。ありがとね。ところで、義理チョコと聞こえたけど」
「そう、義理チョコの話」
沢田君は古文の辞書を小脇に抱え、かすかに首を動かした。
「もう一個、三井さんからもらえると計算していたのに」
「あ……忘れてた」
そうだった。去年、日頃のお礼にと、あげたんだっけ。
加えて三日ぐらい前に、本命だの義理だのと、女子のほとんど全員が大騒ぎ
していたもんね。そのとき、舞子が沢田君に、「一個ももらえなかったらかわ
いそうだから、今年もあげるね」なんて言っていたように思う。話の流れで、
私もあげるって言ったような……。でも、頭の中は古松君のことでいっぱいだ
ったから、生返事しちゃった。
「がっかりしたなあ」
「ごめんね」
「謝ってくれるぐらいなら、失恋の腹いせも兼ねて、試しに俺とつきあってみ
ない? とりあえず、デートでも」
「−−沢田君なら、いいよ」
優しいし、お世話になってるし。
「え? いや別に、半分冗談のつもりだったんだけど」
途端に、苦笑いと共に、顔を赤くしている沢田君。
舞子が横で怒っている。
「耕助! 秋奈はね、今、望みがなくなって落ち込んでいるのよ。そんなとき
に、冗談半分で誘いをかけなさんなっ」
望みなし……そこまではっきり言わなくてもいいじゃない、舞子。
「ご、ごめん。ただ、義理でもチョコがもらえた方がうれしかったなー、と」
「今年の秋菜にそんな物、期待したって、無駄よ」
話す舞子は楽しそう。
「本命にかかりきりだったもんね」
「へえ?」
めがねの奥の目を見開く沢田君。
「じゃあ、本命にふられた……。そりゃ落ち込みのレベルが違うか。それにし
ても、三井さんをふるような相手って?」
「それはねえ」
「言うなぁ!」
皆までしゃべろうとする舞子を、急いで押さえる。沢田君と古松君、結構、
よく話しているのよ。今はクラスが違うから、さほどでもないみたいだけど、
もし沢田君に言ったら、古松君に伝わるかもしれないじゃない!
「無理に聞きたいわけじゃないから、いいよ」
沢田君、あきれて笑ってる。
「それよりも驚いたのは、古松だよな」
沢田君は、あっさりとその名を口にした。無論、他意はなく、噂になってい
る友達、ぐらいの感覚なんだろうけど。
「いくら部のマネージャーってことでよく話をするからって、つきあうかねえ。
あれは相当、難物だぜ」
理由はよく分からないけど、神谷さんと沢田君の仲はよくない。同じ塾に通
っていて、そこでも学校でも成績上位を争っているせいかな?
やがて、雰囲気の変化を感じ取ったのだろう、沢田君が首を傾げた。
「ん? 何かおかしいな」
「……秋奈、もう言っていいじゃない。耕助なら」
「うん。あのね、沢田君。私の本命……古松君なの」
「……ほんとかよ、おい」
片手を頭に持っていく沢田君。ついで、髪をかき上げながら、沢田君は声の
音量を下げた。
「三井さん、もう渡したの?」
「ううん、まだ。渡せないかも」
「あいつ、神谷をオーケーしてるもんな。ま、健闘を祈るよ」
迷った末に、五時間目と六時間目の間の休みに、こっそり、下駄箱へ向かっ
た。誰もいないとこを見計らって、なおかつ足音をなるべく立てないようにし
て、古松君の靴入れに向かう。
いざ、入れようとして、こんなところに食べ物を置くなんて、ちょっと問題
ありという気がしてきた。下駄箱の空間って、あんまり広くないし。放課後ま
で待って、古松君の机に入れた方がいいかな。
ちょうど、人が通りかかった。それをきっかけに、私は今、下駄箱にチョコ
レートを置くのは取りやめにした。
教室に戻る途中、待ちかまえていた舞子が、好奇心を隠さず聞いてきた。
「ね、ね。どうだった? 下駄箱、いっぱいだったとか」
「入れてない」
「えー、何で?」
不満そうに、頬をふくらませる舞子。あなたが怒らなくたって。
「放課後、机の中に入れようと思って」
私は、わけを手短に説明した。
舞子は何か言いたそうだったけれど、授業開始のチャイムが鳴ったので、何
も言わずに一組の教室へ引っ込んだ。
この授業で今日最後。ただでさえ苦手な古文なのに、今は放課後のことを考
えてしまって、全然、身が入らない。居眠りするよかいいかもしれないけど。
幸い、当てられることもなく、平穏無事に終了。担任からの連絡もすぐに済
んだ。掃除当番じゃないから、あとは教室を出るだけ。沢田君が事情を聞きに
来るかもと思ってたけど、杞憂に終わって一安心。舞子の方も部活で、私につ
きあえないことを残念がってたけど、こっちとしては一人になれて、ほっ。
問題なのは、四組の方かもしれない。四組の掃除当番が掃除し終わったら、
日直の人が教室の前後の戸を施錠し、鍵を職員室に返しに行くはず。誰にも見
られずにチョコレートを古松君の机に入れるには、その鍵を取ってきて、教室
を開けるしかないのよね。
−−続く