#3220/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 3/15 2:49 (198)
秘密のアクセスマジック 6 亜藤すずな
★内容 06/05/07 02:57 修正 第2版
だけど、あたしの手のひらからは何も出ないし、江山君の指にも変化はない。
ううん、確かに血は固まりつつあるようだけど、これは当然の現象。見る見る
うちに治っていくのとは、全然違う。
「……やっぱり、無理よ。ねえ」
「おかしいな……」
指を机に押し当てたまま、考え込む江山君だけど……。何か、心配になって
きちゃった。
「ね、手当てしましょうよ」
「そうだ! 杖だ。杖、持って来てるよね」
「は? はあ、それは持ってるけど」
「それを手に握って、もう一度、呪文を言ってみて」
「……これでおしまいよ」
そう念押しして、あたしは杖をポケットから取り出した。
「いくわよ……ラスレバー・ハーモニー!」
今度は実は、さっきより真剣さがなかった。それなのに!
「あ−−」
一瞬だったけど、あたしの手のひらから金色っぽい、光る粉が出て、すぐに
消えたの!
「今の見えた?」
そう聞いてくるということは、江山君にも見えたらしい。
「見、見えた」
「何か……凄い……。あ、あ」
今度は江山君が驚いたような声を上げた。
「指! ほら、傷がふさがってるよ!」
「ほ、ほんとに?」
真実だった。江山君の指にあった傷が、フィルムの逆回しをするみたいに治
っていく。あたしから見てもよく分かった。
「完全に元に戻ってる……」
江山君は指をさすった。
思わず、あたしも手を伸ばし、さわってみた。うん、間違いない。治ってい
る。信じられないけど、今目の前で起こったことなんだ!
「いつまでさわってるつもり、僕の指」
「あ、あ、ごめんなさい!」
あわてて手を戻す。赤面したように、自分で感じた。
「信じられないわ、まだ。こんなのって」
恥ずかしさを紛らわせるために、あたしは早口で言った。
「やっぱり、思った通りだ。きっと、攻撃の方もできるよ。試せないけどさ。
はは、わくわくしてきたよ」
おしゃべりがなめらかになってる江山君。と言うよりも、興奮して、早口に
なっているのかも。
あたしの方は……じっと手を見つめている。何だか、うれしいような、気味
が悪いような、宙ぶらりんな気持ち。
「あっと、熱中しすぎた。時間、大丈夫かな」
江山君が目覚まし時計を見やって言った。五時三十分ぐらいになっていた。
「大丈夫じゃないわ。早く帰らないと」
「送るよ」
自然な調子で、そう言ってくれた江山君の表情は、とても楽しそうだった。
「結局、この前の再現はできなかったね」
道すがら、江山君が残念がった。
「かえって、よかったわ。あたし、あんな恥ずかしい目はもう嫌だもの。それ
よりもあんな魔法みたいな力を持てたなんて」
「みたいな、じゃないよ。本当の魔法だよ」
江山君はそう言うと、左手の人差し指を立てた。うーん、何度見ても不思議。
自分がやったこととは言え、こんなきれいに元通りになるなんて。
「どのぐらいの怪我までなら治せるのかなあ」
「レベルを上げていけば、たいていのはいけるようになるよ、多分。ゲームを
進めれば君のレベルも上がるのか、それともこっちの世界でレベルを上げるよ
うな行いをしなくちゃいけないのかは、想像できないけれど」
「修行僧みたい」
自分で言って、おかしくなった。くすくす、笑いがこぼれてしまう。
「今日さ」
江山君の口調が改まっていた。
「飛鳥さんの家に行ったの、飛鳥さんの友達二人が帰ったのを見てからにした
んだ。でないと、よく分からないことに巻き込んでしまうかもしれないから」
それで思い出した。
「あたしも考えてたの。誰まで話していいのかなって。やっぱり、話さない方
がいいかしら」
「飛鳥さんが危ない目に遭ったんだから、なおさらだよ」
「警察に届けた方が……。信じてもらえないかな?」
「その可能性が高いよ。それに警察がもし動いても、それに合わせて相手は活
動を止めるような、悪い予感があるんだ。関わってる連中にしたら、事情を大
げさにしてしまうことはさけるだろうからね」
「いざというとき、恐いわ」
江山君の方へ、自然にそっと寄り添う。
「僕を頼るのは勝手だけど」
苦笑いを浮かべている江山君。どうして?
「一番頼りになりそうなのは、君自身の魔法じゃないかなあ」
「そんなの−−分からないわよ」
そこまであたしが言ったとき−−。暗くなりつつある往来に、浮かび出るか
のごとく人影が。
「来たわ」
自分でも意外なほど、冷静で低い声。
「朝、あたしを襲った人よ」
江山君がうなずく。
そのとき、唐突に人影が口を開いた。
「フロッピーを−−いや、Reversalを持っているのだろう」
その声口調から、朝と比べるとやや沈着冷静さを欠いていると感じられる。
「どうしても渡してもらわねばならない。私にはもう余裕がないのだ。実力を
行使する。覚悟しろ」
暗くてはっきりしないけど、その右手には包帯が何重にも巻いてある様子。
「人を傷つけてまでほしい物なのか?」
江山君が言った。人影が、にやっと笑ったように思えた。
「おまえは誰なのだ。その話しぶりからすると、Reversalのことを知
っているのだな? おまえが持っているのか? よし、おまえの方を痛めつけ
てやる。そして必ず、Reversalのある場所を白状させてやる!」
男は、包帯を巻いた手を前に突き出し、何やら唱え始めた。
「僕が真空の膜とやらにつかまってる間に、破壊魔法を試すんだ。いい?」
「え、ええ。だけど、江山君、大丈夫?」
「分かんないけど。きっと君が助けてくれるさ」
逆の立場ならよかったのに……と、こんな状況でもそういう想いを描ける自
分に感心してしまう。
「う……来たみたいだ。これ、本当に−−」
口をつぐむ江山君。彼の眼は、あたしに任せたと言っているよう。時間は長
くかけられない。一瞬の内で決めよう。気持ちを集中させ、杖をかざして相手
に向ける。「その杖は!」と男が叫んだような気がした。
そして呪文。男の顔に恐怖の色が浮かんでいた。
「ラスレバー・リパルシャン!」
呪文を叫び終わると同時に、変化が起きた。杖の握りと言っていいのかしら、
丸くなっているところが明るさを持ったかと思うと、何かが生まれてくるかの
ように何本もの光線が、杖の中から外に射し抜けてくる。暗がりを裂くように、
赤い線は伸びていく。それは一瞬の内に、相手の身体を突き抜けていった。
あっけなかった。男は叫び声も上げず、その場に倒れた。そしてその額のあ
たりから得体の知れないもの−−変な表現だけど『黒く光る』って感じの球体
が浮かび出た。額を抜け出すと、ふわふわふらふら、空中をさまよい始めた。
と思った瞬間、球体は粒状に霧散し、そのまま目に見えなくなってしまった。
無言でその様子を見守っていたら、背中の方から江山君の声がした。
「まじで……窒息しそうな気がした」
「あ、大丈夫だったのね! よかった……」
「助かった。飛鳥さんの方は無事?」
「あたしは平気。それより、さっきの黒い人魂みたいなの、見た?」
「ああ。ますます分からないな……。そうだ、あいつはどうなったんだろ?」
江山君が倒れている男に近づこうと、一歩を踏み出したそのとき。
「う、うーん」
うめき声がしたかと思ったら、倒れていた男が上半身を起こしたの! 死な
せる気なんて全然なかった(恐いし)けれど、こんなに短い間しか気絶させら
れないの? あまり役に立たないわ、この魔法。
足を止めた江山君。あたしもとっさに身構える。
男があたし達の方を振り返った。緊張。
けど、そのまま視線を外されてしまった。それから男は一言、
「あ……れ? 何で、俺、こんなとこで寝てんだ?」
と、ぼそぼそとつぶやいた。
あたしはすぐ、「どうなったの?」と江山君に小声で聞いてみた。
「分かんないけど……どう見ても、何も知らないって感じ……」
「……演技じゃないわよね」
「さあ……」
そんな会話をしてる間に、男は立ち上がった。
「あれ? 何で包帯なんか……」
そう言って、男は右手の包帯をきれいに取り去った。その下から現れた手は
……どこにもただれた形跡などない様子。
そのまま、男はあたし達がいるのとは反対方向に歩いていく。
「あの」
声をかけようとした。けれど……かけられない。きっと、あの人は−−今の
あの男の人は、何も知らないのだ。
「すべての原因は、黒い人魂、かな」
「江山君、どういうこと?」
「あの人にも、ゲームソフトのキャラクターがとりついていたんじゃないかな
……。飛鳥さんが魔法使いになったみたいに」
「それって、あの人魂のやつのせい? あれが抜け出たら、元に戻れるの?」
「想像だから、断定できないよ。ただ……君は自分の意志があるんだろ?」
「もちろんよ」
「だけど、あの男の人は違ったようだよ。あやつられていた、そんな感じじゃ
なかったかい?」
「それは思ったけど」
じゃあ、あたしは何なのだろう?
「悪のキャラ、えっとジャドーだったな。ジャドーはこの現実の世界でも悪者
らしい。とりついた人間をあやつれるほどにね。それに対して、プレーヤー側
のキャラクターは、そうじゃないってことかな」
「……これで終わったのかしら?」
「サングラスの男がどうなったか分からないけど、当面は大丈夫じゃない?
杖はそのままだね。魔女の服はどうかな?」
「見てみるわ」
かばんを地面に下ろし、我ながら落ち着きのない手つきでチャックを開ける。
「あっ」
思わず叫んだあたしの声と、江山君の声とが重なった。
どうして驚いたかって? もちろん、魔女の服が制服になっていたから。も
う一着持っている制服は、今、自分が着ている。着ている制服にどこにもおか
しなところがないことを確認。やっぱり、元に戻ったんだわ。
「服、戻ってるね」
「じゃあ、本当に終わったのかしら? 何もかも」
少し、寂しい気がする。あのフロッピーディスクを拾ってから、短い間に、
色々と不可思議な出来事があったけど、今夜、ううん、今で終わり? 服が戻
ったってことは−−ゲーム イズ オーバー?
「さあ……。杖は残ってるんだよね。魔法の力は残ってる?」
言われてみて、気になってきた。すべてがもう終わったのなら、魔法だって
消えていて不思議じゃない。小さな声で唱えてみた。
「ラスレバー・ハーモニー」
すると−−金色の粉がふわっと手からこぼれ、すぐ見えなくなった。
「やったね!」
江山君がはしゃぐように言った。
「魔法は残ってる。素敵な置きみやげかもしれないよ」
「え、ええ。そうね」
あたしは、何となく変な気持ち。うれしい反面、魔法が残っているというこ
とは、まだ全部が終わったわけじゃないのかなあという不安もよぎる。
でも。何だろう、ほっと安心できた。偶然にさずかった魔法だけど、手放し
たくない。何よりも、これがきっかけで江山君と深く知り合えたし、これのお
かげであたしも彼も助かったんだもの。
「まっ、いいや」
不安は吹っ切る。すべては終わって、魔法をもらったのだと、今は素直に受
け取ろう。それに……。
あたしは江山君の顔を見た。
「ん?」
「あ、何でもない」
適当にごまかす。あなたと一緒にいると、こんなにも楽しいのはどうして?
どんなにつらくても平気でいられる気がする。
これも魔法? だったら、なおさら素直に受け取らなくちゃね!
−−Period1.終