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★タイトル (AZA ) 95/12/27 12:12 (134)
床下の散歩者事件 3 桐鳩 吉太
★内容 03/06/01 11:57 修正 第2版
冬休みを迎えた優馬荘は慌ただしさを増していた。学生は皆、帰省するため
である。服部もその支度に忙しかった。
そこへ−。
規則正しいノックが三度あったあと、
「いますか?」
という声がかかった。年齢のよく分からない男の声だが、服部にはそれだけ
で充分だった。
「おじさん? 開いてるけど」
「それでは」
入ってきたのは、見た目の茫洋とした、そして恐らく中身も似たようなもの
であろう、存在感に乏しい感じの男。かなり高価そうなスーツを着ているが、
何故かしら七五三のように見えてしまう。
「部屋の中の方が寒い気がします」
服部よりも年上なのに、やけに丁寧な物言いをする。
「そうかもしれない。あんまり、日当たりよくないから」
服部は適当なところで支度を切り上げ、客へ向き直った。
「で、おじさん、何の用です?」
「この間、電話をしたとき、君が話してくれたあれが気になってね」
「あれって……おじさんも、あの音の一件に興味が?」
「『も』とは、他にも誰かいるんだね?」
そこで服部は、御厨先生が同じように興味を示していることを話した。
「−−でも、何がそんなに興味を引くんだろう? 御厨さんもおじさんも……」
「服部君。確認したいのだけれども、その御厨先生は、昔、ここの住人だった
よね? 何号室?」
「えっと、確か……二号室。そう、葛井さんと同じ部屋だったんだ」
「ふぁ」
服部のおじは、奇妙な音をこぼした。
「ど、どうかしましたか?」
「あ、いやいや。こ、これは凄いかもしれない」
「凄い? 何が?」
分からない。服部は首を振った。
「わ、私が犯罪に興味あって、色々と調べているの、君も知っているよね」
「ええ」
おじさんの変人ぶりは有名です、とまでは口にはしなかった。しかし、定職
にも就かず、過去の事件に首を突っ込んでばかりいるのは充分、奇人の部類に
入ると、服部は思う。
「この間、ここに電話したのも、伏線のつもりだったんですが、話がそれて、
言い出せなかったんだよねえ。……昔ね、七年前になるけど、この近くに住む
ある女性が失踪しているんです。季節もちょうど、今頃。その人、複数の男性
と付き合っていたんだけど、内一人は当時、優馬荘の住人でした。−−御厨剛
という名前」
「え?」
「君のいう先生も御厨。下の名前は分からないけど、珍しい名前だから、同一
人物かもしれない。さて、どうしてその御厨さん、そんなに興味を持つんでし
ょう? 昔、自分が住んでいた部屋から、土を掘っているような音がするだけ
で」
「それは……」
うまく答えられなかった。
「こういう見方、できないものでしょうか? 御厨は女性をこの真下の部屋、
二号室で殺した」
「そんな馬鹿な」
笑い飛ばそうとした服部だが、顔の筋肉がひきつってしまう。御厨が示した
関心は、普通じゃなかった。
「遺体を始末しなきゃならない。そこで、畳をひっぺがし、穴を掘ります」
「他の人に聞こえる」
「君、さっきまで何をしていました?」
「はあ?」
「帰省の準備ですよね。事件当時も同じですよ。他の部屋の住人は、みんな帰
省していた。誰も聞きとがめる者はいません」
服部のおじは、大きく手を広げた。
「穴は二メートルも掘れば充分です。人ひとりがすっぽり、埋められればいい
んだから。で、土をかけ、畳を戻す。土の余りはこっそり捨てておく。これで、
遺体は目に触れることはありません。それから七年、御厨は事件を忘れかけて
いたでしょうね。だけど、ふと耳にした学生の会話から、御厨は、改めて危機
が迫っていると知る。昔、自分がいた部屋の床下を、葛井という女性が掘って
いるらしい。理由までは分からないが、そのままにしてはおけない。遺体−−
恐らく、白骨−−を見つけられたら、自分の身が危なくなる。さあ、どうする
か?」
「……本気で言っているんですか?」
恐る恐る、おじに尋ねてみる服部。
「証拠はありません。だからこそ、今日、ここに寄せてもらったんです」
「どういう意味?」
「御厨が本当に殺人を犯しているのなら、何としてでも葛井さんの行動を止め
に来ると思いませんか? そういう行動に出るのに、最も適しているのはいつ
でしょうか。私の閃いたところでは、君達、他の学生が帰省していなくなる今
の時期です。葛井さんは多分、残るはず。思う存分、穴を掘れるんですからね
え」
「じゃ、じゃあ、御厨先生が」
「早ければ、今夜にでも来るんじゃないですか。そして最悪の場合、二号室に
押し入り、葛井さんを……」
「ど、どうしよう」
「私は見張るつもりです。そして、もしも御厨が現れれば、話をつけましょう」
そう言うおじの姿は、相変わらず茫洋としていた。だが、それでも服部にと
って、普段と比べると数倍も頼もしく見えた。
三日後、服部は葛井の部屋に招かれた。
「本当にどうもありがとう」
紅茶に、そんな感謝の言葉が添えられて、服部の前に差し出された。大人の
女性と面と向かって話す機会に恵まれていない服部は、顔が赤くなるのを感じ
てしまう。
「い、いえ。僕は別に。おじさんが……」
「それでも、服部君があの音を聞いてくれていなきゃ、事件は解決しなかった
のよ。感謝しなくちゃね」
僕が聞いていなかったら、そもそも、御厨の耳にも届かなかったんですけど
……とは、もちろん言わない服部だった。
御厨剛は、葛井の部屋を窓の外から覗き込んでいるところを警官−−服部の
おじが呼んだ−−にとがめられ、その瞬間、顔面蒼白になったという。そして
案外、あっさりと過去の罪を自供した。その供述通り、優馬荘の二号室の床下
から、白骨化した遺体が掘り出された−−。
「最初は信じられなかったけど、本当に出てきて……びっくりしちゃったわ」
「あの……葛井さんは、どうして穴を掘っていたんですか?」
言いながら、部屋を見渡す服部。現在、畳は元に戻されている。
「大家さんには内緒よ。……私の父が、焼き物をやっていて。焼き物って、陶
芸のことよ。それで、父は若い頃、ここに住んでいたのよ」
「ここって、優馬荘に?」
「違うわ。その頃はこのアパートはなくてね。元々、私の父の土地だったのよ、
ここは」
「へえ?」
「それが、色々と事情があって、土地を手放さざる得なくなった。それでも、
陶芸は続けていたんだけど、どうもうまくいかない。土が変わったからじゃな
いかと思い当たってね。それで、自由に動ける私が乗り込んできた訳」
なるほど、と思う服部だった。何故、独り暮らしの女性のくせして、醤油が
なかったのか、分かった気がした。
「じゃ、昔はここの土で、焼き物を作っていたんですか」
「そういうこと。思った通り、うまく行くようになって、父も喜んでいたわ。
私の方は、腕に筋肉が着いちゃって、たまらないわ」
と、葛井は腕に力こぶを作ってみせた。
「まだ掘るつもりですか?」
「うーん、どうしよう。さすがに、死んだ人が埋まっていたとなると、ちょっ
とね……。一号室か三号室に移りたいところだけど、それは無理だろうし、や
っぱり、大家さんに言うしかないかしら」
「大変ですね」
「まあ、何とかするわ。それよりも、もう一人、あなたのおじさんて方にもお
礼したいわ。来られないのかしら?」
「今、ちょっと忙しいみたいで。来年になれば、いいみたいです」
「ぜひ、いらしてくださいと伝えておいてね。何だったら、私の実家の方でも
いいし。えっと、何ていう名前だったかしら?」
「池原、です」
服部は、多少は誇らしく思って、おじの名を口にした。
「池原篤志。いい大人なのにフリーターの、変な人ですよ」
「一応、私もフリーターなんだけど……」
−−終わり