AWC ホシが誰かは知っている、が 4   永山 智也


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#3104/5495 長編
★タイトル (AZA     )  95/ 6/29   1:36  (199)
ホシが誰かは知っている、が 4   永山 智也
★内容                                         03/06/01 13:59 修正 第2版
「まず、当たり前だけど、神取さんとその奥さん、それから知子さん。知子さ
んのクラスメイトがたくさん来ていました。いちいち列挙するのは大変だから、
こちらのリストを見て」
 と、デウィーバーは一枚の紙を持ち出してきた。ワープロの印刷文字が並ん
でいる。ざっと見て、十余名といったところだろうか。
「これ、誰が作ったの?」
「知子さんらしいよ。警察に言われて、招いた友達を全部書いたそうです。そ
のコピーをもらいました」
「分かった。これについては、あとで知子っていう子に聞くとして……」
 私は名前のリストを受け取ると、折り畳んでポケットに仕舞った。
「他には?」
「他は片岡博好さん、緑川千鶴子さんの二人だけだよ。片岡さんは親戚で、知
子さんから見れば……。何て言うのか分からないけど、知子さんの母親の姉の
息子さん」
「叔母の息子だから、従兄弟って言うんだ」
 私は念のため、頭の中で確認してから、そう言った。ややこしい表現をされ
ると、単純な間柄でも自信がなくなってしまう。
「ああ、それです、イトコだ。片岡さん、十九歳で大学一回生。緑川さんは知
子さんの今の家庭教師で、大学三回生。歳は聞いてないよ」
「なるほど、エチケットか」
 私が笑うと、デウィーバーはぱちりと音がしそうなウィンクを返してよこし
た。
「まあ、大学三回と言えば二十一ぐらいだろ。この二人、同じ大学なのかな?」
「そう。でも、片岡さんと緑川さんは、お互いのことを知らなかった。緑川さ
んが知子さんの家庭教師を始める前までは」
「待った。片岡は神取氏の家にちょくちょく顔を出しているのかい? そうで
ないと、いくら緑川が家庭教師になったからって、顔を合わせるとは思えない
が……」
「ああ、忘れてた。片岡さんは、現在、神取氏の家に泊まり込んでいるのです」
「泊まり込んで? 家出でもしているのかっ?」
「違う違う」
 私がびっくりしているのに、デウィーバーはのんびりと否定してくれた。
「自分の家よりも、神取さんの家の方が、大学に通うのに便利だから……」
「ああ、そういうことか」
 納得してから、事件の話に戻る。
「この二人も、知子に懐かれているのかい?」
「そう、懐かれている」
 デウィーバーは新しく覚えた言葉を使うのが嬉しそうだ。
「特に、片岡さんのことは兄のように慕っていると聞いたよ」
「ふうん。これで全員?」
「そうだよ。ああ、もちろん、僕もいたけど」
「結構。ここからが本題なのだが……神取氏を殺す理由を持っていそうな人物
は、この中にいるだろうか? 君の知っている範囲でいい」
「残念だけど、それについてはさっぱり関知していない。そもそも、神取さん
が殺されること自体、信じられないのだから」
「うーん、奥さんあるいは娘さんとの仲が悪かったとか、片岡を下宿させるこ
とに反対していたとか……」
「聞いたことがないよ。もっとも、神取さんが日本に戻ってから、そう何度も
出会っている訳じゃないから、断定できないが」
「そうか。動機についても、こちらで調べよう」
 それから私は、人の出入りについて、相手から詳しく聞き出した。聞き終わ
って、
「うん、今日のところはこれでいい」
 と、私は腰を上げた。
「どうにかなるのか、京極?」
 さすがに興奮したような口調で、デウィーバーはまくし立てた。
「まだ分からない。でも、君を信じる。とりあえず、こうして解放されたんだ
から、それだけでも前途有望さ」
 元気づけの言葉をかけてやる。本人が気力を失ってしまっては困る。実際、
デウィーバーは参考人として事情聴取されたものの、現在は家(大学から貸与
された住宅)に帰されている。当然、見張りは着いているのだろうが、こうし
て自由に話を聞き出せるのだから、ずいぶんと楽だ。
「京極」
 家を出るとき、デウィーバーから声をかけられた。
「何だい?」
「来てくれて嬉しかったよ」
「私もだ。けれど、再会の祝杯は、今度の事件が片付いてからにしよう。これ
からだ」
 私が親指をぐっと突き出すポーズをすると、デウィーバーも同じポーズをし
た。
「ああ。これからだね」

 パーティ出席者の内、神取道隆氏の遺体が発見された時点で神取邸にいなか
ったのは、緑川千鶴子と知子のクラスメイト三名だった。緑川は午後一時過ぎ
に、クラスメイト三人は午後二時ちょうどに、それぞれ神取邸を辞している。
「その前に、神取氏はどうやって殺されたのか、言ってくれなきゃ」
 理恵子さんが言った。手は忙しく動いており、気のない風ではある。それで
も答えておく。
「つてとコネを駆使して手に入れた情報によると、神取道隆氏は撲殺されてい
たそうだ。凶器となったのは、氏の部屋に置いてあったブロンズ像。血は拭わ
れていたけど、ちゃんと検出できた。拭うのに使われたとみられるちり紙も、
部屋のごみ箱に捨ててあったという話だ。発見は午後四時五分頃。自室で倒れ
ているのを奥さんが見つけている。奥さんが氏の部屋に行ったのは、お茶を入
れたので呼びに行ったとのこと」
 メモを見ながら喋っていると口の中が渇いてきたので、アップルジュースを
飲んだ。今日の昼飯はアップルジュースとハンバーガー。事務所に戻っていな
がら、どうしてこんな食事なのだろう。
「パーティの席上、殺されたのじゃなかったのね」
「あれはデウィーバーの日本語のミス」
「それより、死亡推定時刻は? 聞き出せなかったの?」
「まさか。デウィーバー自身が警察から聞かされて知っていたよ。検死では午
後一時から三時なんだそうだ。でも、午後二時半の時点で、娘のパーティに顔
を見せていたから、二時半から三時までに絞り込めている」
「だったらもう、緑川千鶴子と友達三人は除外ね。撲殺ということは、死亡推
定時刻に現場にいなきゃ、なし得ないんだから」
「警察もそう考えているようだ。だから、容疑者は残る十二人の中にいるはず
だ。氏の奥さんか、娘か、片岡か、デウィーバーか、それとも娘のクラスメイ
ト八人のいずれかか。もちろん、気持ちとしてはデウィーバーは真っ先に圏外
に置きたいのだけれども」
「クラスメイト八人が犯人なんてことはあるの?」
 ぱたんと、ファイルが閉じられる音がした。ふと見れば、理恵子さんの視線
がこちらを向いている。私は背筋を伸ばした。
「まずないだろう。と言うのも、知子も含めた彼女達九人は死亡推定時刻――
つまりは犯行があったと思われる三十分間、ずっと一緒にいたそうなんだ。い
や、それどころか午前十時にパーティが始まってから、どういう形にしろ一人
きりにはなっていない。クラスメイト八人と知子は、お互いのアリバイを証言
し合っている」
「トイレなんかは? ああ、そうか。二人以上、連れだっていってるのね?」
「ご名答。例外なく、複数でトイレに行っている」
 年齢層の違いこそあれ、さすが女性のことは分かっているな。変に感心して
しまう。
「共犯の可能性は?」
「可能性だけを論じれば、ゼロとはできない。だが、動機が皆無だ。知子に父
親を殺す動機はないし、クラスメイト達はなおさらだ。そんな彼女達が協力し
て神取氏を殺すはずないねえ」
 かぶりついたハンバーガーから、レタスがはみ出た。そこからさらにソース
が滴り落ちそうなので、慌てて口を持っていく。
「そろそろ私もお昼にしようかしら……。じゃあ、さらに容疑の範囲は絞れる
わね。奥さんか片岡かデウィーバー氏。デウィーバー氏が犯人だったら、うち
の儲けにならないから、二択の問題になるわ。奥さんか片岡の二人、どちらも
アリバイがはっきりしていないんでしょう?」
 理恵子さんは手作りの弁当を机の上に置いた。やや子供っぽい柄の布包みを
ほどくと、実用第一みたいな平べったい容器が。おかずが豊富でご飯が少しと
いう、いつもの配分のようだ。
「事件関係者でアリバイがないのは、デウィーバーを含めた三人。奥さんは料
理の準備とかで一人、動き回っていたそうだけど、おかげでアリバイ証人がい
ない。片岡とデウィーバーは午後二時を頃合に、それぞれあてがわれた部屋に
引き上げている」
「片岡は分かるけど、依頼者にも部屋が?」
 唐揚げを頬張っているのに、明瞭な声を保つ理恵子さん。
「翌日も休日だったせいで、泊まっていくように言われたらしいね。神取氏や
その娘が、思い出話をしたがったというところだ」
「そう言えば……奥さんはオーストラリアまでついて行っていたの?」
「いや、神取氏の単身赴任。娘の知子が小学五年生のとき、父親に会いに行っ
た際も、奥さんは残った」
「それでいて、夫婦仲はよかった? 本当かしら」
「さあ、そこまでは……。何にしろ、ここからはなかなか進まないんだ。とに
かく、覆すべきはダイイングメッセージのD」
 空中に、指でDと書いてみた。デウィーバーの頭文字でないことだけは確信
しているのだが、他に何も思い浮かばない。
「血文字だったってことだね。頭を殴られ、そこから流れ出た血を使って書い
たらしい。ただ、出血の度合いは大したことがなかったせいか、かすれ気味の
文字だったそうだけど」
「その程度の傷で死ぬものなの?」
「致命傷となったのは中、つまり脳内出血による脳の圧迫並びに酸素の欠亡が
起こったためだと聞いてる。表面上はまるで大したことのない傷でも、脳内が
損傷していれば死に至る……」
「ふうん、そういうものかもね。――念のために聞いておくわ。十一人だった
かしら、クラスメイトの中に、イニシャルがDの人はいないのね?」
「いなかった」
「奥さんの名前は?」
「幸江。Dじゃないよ」
 先回りして言うと、少し不機嫌な表情を見せた理恵子さん。
「結局のとこ、イニシャルDの人物は、私達の依頼者の他、誰もいないのね」
「その通り。もちろん、八方ふさがりな訳でもないんだ。殺人犯人が偽装した
こともあり得るから」
「血文字の場合、筆跡鑑定なんてできるのかしら?」
「無理だそうだ。そもそも、死ぬ間際に書かれた文字なんて、その人の筆跡と
違っていても不自然じゃないしね」
 私は立ち上がり、平らげたファーストフードの空き容器をひとまとめにして
ごみ箱に放り込もうとした。
「ああ、もう。そういうごみは裏のごみ箱に入れてよ」
「じゃあ、この部屋のごみ箱は何のためにあるんだい?」
「少なくとも、食事で出るごみを捨てるためにあるんじゃないのは確かね」
 あまりにもきっぱりと断言されてしまったので、私はごみを放れなかった。
もうディスカッションによる刺激も受けたことだし、そのまま外出しようと決
めた。行き先は――。
「片岡? あいつがどうかしたの?」
 学生食堂で会った学生は、馴れ馴れしかった。まあ、その方が聞き易い。
「この頃、彼、おかしなところないかな?」
「おかしなところって?」
 うむ。思っているほど、話が進まない。
「六月二十日以降、いつもと違うなって言えるような態度とか話し方とか、な
かったかな」
「……なかったなあ、そんなことは」
 しばらく考えていた彼は、疲れたように返事をよこした。
「そうかい……。あと、緑川って人、知っているかな?」
「男? 女?」
「女性で、ここの学生なんだけど……。三回生」
「いや、聞いたことないな。ここ、結構学生数多いし」
「くどいようだけど、確認させてほしい。片岡君が緑川という人のことを口に
しているのを聞いた覚えもないだろうか?」
「ないっすよ」
 面倒臭くなったか、彼は頭を後ろに反らし気味になった。
 ここらが潮時と思い、私は礼の言葉とジュース代を残し、席を立った。
 他にも何人かに当たって、片岡と緑川に深いつながりはないらしいとの感触
を得た。片岡が犯人でないかどうかまでは、まだ分からないが。
 ついでに、私は緑川の友人にも会っておくことにした。
「みどりのこと? そうねえ」
 そう切り出したこちらの友人は察しがよく、私が皆まで聞かない内に、勝手
に喋ってくれた。と言っても、得られた結果は、緑川の態度等におかしな様子
は見られないということで終わった。
「ねえ、おじさん」
 私をおじさん呼ばわりした彼女は、おばさん臭い物腰と手つきである。
「殺人事件の調査してるの?」
 どうして知っているのだろう。不思議に思って、聞き返してみた。
「だって、新聞にも載ったし、みどり自身、話してたから」

――続く





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