#511/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 21/12/30 12:08 ( 76)
転んでもただでは生まれ得ない 永山
★内容 23/09/13 17:52 修正 第2版
災害で歌織《かおり》を失ったときから僕は惰性で生きてきた。
だからといって僕の行為が許されるものでないことは理解している。ほんの短い一
瞬、理性を失った結果、やってしまった。僕は今の恋人を殺した。彼女は、未だに歌織
を吹っ切れないでいる僕に業を煮やし、荒療治とも言える、僕からすれば心ない言葉を
投げつけてきた。それが最悪な事態を招いた訳だ。
これからどうするか。罪から逃れられるだろうか。
場所は自宅。マンションの一室だ。遺体を運び出すのが無理なのは明らかだ。夜の帳
が降りる時間帯とは言え、他の入居者の目や防犯カメラがあるし、あと二時間足らずで
友人が来る予定だ。
友人の方は、こちらに急用ができたことにすれば訪問を回避できなくない。だが、遺
体の処分はやはり難しい。ばらばらにして運び出すとか薬品で溶かすとか焼却すると
か、僕には無理だ。仮にやり遂げても、彼女の家族や知り合いが彼女が帰らないのを心
配し、真っ先にここを訪ねよう。一巻の終わりになるのがオチだ。
ならば素直に自首するか。殺した動機を正しく理解してくれる人がいればいいのだ
が。現状では「昔の女に未練たらたらの男が今の恋人を殺した」と、一面しか見てくれ
ない予感が強くする。
ああ、何もかも投げ出して消えたい。
僕のこの願いに一番近いのは、自殺かもしれない。が、それとて殺害動機を誤解され
る恐れが多分にある。踏み切れなかった。
そんな風に悶々と思考すること一時間。いきなり、目の前に神と称する存在が現れ、
僕に転生の機会をくれるという。
自称・神を信用するまでハードルはあったが、それについの記述は省く。
僕は当然、自分自身への転生を希望した。今の記憶を持ったままもう一度自分として
生まれられるなら、歌織の命を救えるかもしれない。いや、救えるはずだ。
だが神は、そういうのはできないんだよねとのたまった。全能の神にできないことが
あるのはおかしいと詰め寄ったけれども、「今君にしてあげられることの中には含まれ
ていないという意味だよ」と諭されてしまった。
では歌織の家族だ。父親がいい。クラスメートよりも断然近くにいれるし、いざとい
うとき腕力が役立つはず。
すると今度は「我慢できる?」と問われた。歌織の父として一生を無事に終える覚悟
はあるのかと。好きな女子の父親として……無理だと思った。
結局、今の僕を捨て去る必要がある。別の男に生まれ変わり、歌織と恋仲になる。そ
の上で災害に遭わないよう事を運べばよい。僕は慎重に検討し、一人の男に決めた。
沢口央起《さわぐちおうき》、小学生時代に歌織が好きだった男子で、現在は確か保
険会社勤務でまだ独身のはず。申し分ない。
沢口に転生させてもらう前に、神に確かめた。転生したあと僕は僕の意思で行動でき
るのか、また、転生した先の時空における“僕”は、誰の意思で行動しているのか。
神からの返答は、前者は「物心ついた時点で自分の意思で行動可能」、後者は「当時
の君の魂が動かしている」とのことだった。
転生して、沢口央起としての人生は順調だった。思惑通り、歌織と親しくなり、小学
六年生のときには二人で一緒に遊びに出掛けた。中学一年の終わり頃には、公認カップ
ルと認識されていたと思う。
ところが――想像もしていなかったアクシデントに見舞われたんだ。
中学の卒業式の翌日、僕は同じ高校に通うことになった歌織と一緒に、買い物に出掛
ける約束をしていた。その待ち合わせ場所に向かう途中、川縁の道で男に襲撃されたの
だ。
そいつは“僕”だった。
僕は小中学校時代を通じて当時の“僕”から歌織を遠ざけることに意を割き、そのせ
いか“僕”は歌織の行く高校には合格できなかった。あの時点で運命は決まっていたの
かもしれない。
僕は“僕”の歌織に対する執着心の強さを忘れていた。“僕”は僕――沢口をカッ
ターナイフで斬り付けて来た。僕はかわしたものの転んでしまい、馬乗りになれられ
た。“僕”は首を絞め始めた。遠くの意識の中、最後の力を振り絞り、僕は巴投げの要
領で“僕”を川へ投げ飛ばした。
“僕”は泳げるのに打ち所が悪かったのか、一度浮上して顔を見せたものの、また沈
んで流されていく。あのままだと恐らく死ぬ。
転生した先でも人を死なせる。それも“僕”自身を。
この一件が公になれば、たとえ正当防衛が認められても、歌織との付き合いは吹き飛
ぶかもしれない。僕は“僕”を追い掛けた。
どうにか“僕”の身体を視界に捉えた矢先、急に気分が悪くなり、跪いた。死の予感
――まさか、“僕”が死ぬと僕にも影響が? ならば絶対に助けねば。だが身体の自由
が利かない。
心臓発作がこんな感覚なんだろうか。胸を押さえ、呼吸を整えたいがうまく行かな
い。
死んだら、転生の目的が果たせない。歌織が将来見舞われる災害について、僕はまだ
何も話してないんだ!
せめて歌織だけは生きてくれ。伝えねば。
その場にばったりと倒れ、僕は人差し指で地面を引っ掻いた。爪に土が……重い。
2011.3.11
数字を書くのが精一杯だった。
終