AWC お題>審判   永山


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#382/567 ●短編
★タイトル (AZA     )  10/08/09  20:44  (386)
お題>審判   永山
★内容                                         10/12/27 10:11 修正 第2版
【計画者の独白】
 殺人はいけないことだ。
 そう教わった。
 理由も教わりたいところだが、時間が掛かりそうなので遠慮するとしよう。
今はそれよりも優先すべきことがある。
 長谷川紫乃を死に追いやった罪により、福山英介とその仲間どもを葬り去る。
 天涯孤独の身であるのなら、すぐにでも実行に移していたであろう。犯行の
露見を恐れずに、標的連中を一人ずつ始末していくぐらい、容易い。
 が、僕には家族がいる。殺人容疑で逮捕されれば、あるいは犯行後に自殺す
れば、家族に害が及ぶのは必至。たとえ、僕自身が被害者の一人を装って死を
選んでも、家族を悲しませる。避けねばならない。紫乃の死を、その場にいな
がら食い止められなかった者として、生きる資格があるのかを自問自答したが、
自殺だけはできない。
 完全犯罪を成し遂げ、しかも生き残る必要がある。この難題をクリアする計
画を、可能な限り速やかに立てる必要がある。

 よく、殺人を他の原因による死――事故死や病死など――に思わせられたら、
完全犯罪が成立すると言われる。
 また、殺人の主体たる死体をうまく処分できれば、完全犯罪になるとも言う。
 だが、僕が狙う標的は数が多い。仲間が四人、相次いで事故や病でこの世を
去っては、怪しまれる恐れがある。行方不明扱いになったとしても同じことだ。
 一つの“事故”で、四人をまとめて葬れないだろうか? あっておかしくな
いシチュエーションで考えるなら……大火事に巻き込まれる、一酸化炭素中毒、
クルージングに出掛けて遭難……いずれも難ありだ。奴らが確実に死ぬやり方
でなければならない。火事や一酸化炭素中毒では、生き残る可能性がある。ク
ルージングは海に死体を遺棄することになるので、奴らの死を確認はできる。
しかし、僕も船に同乗せざるを得まい。一人だけ生還する構図は、疑いの目を
向けられるに違いない。
 別の人物を犯人に仕立てる、という筋書きはどうか。他人に濡れ衣を着せる
のは本意ではない。架空の人物を犯人に……いや、いっそ、標的連中の内三人
を殺し、残る一人を犯人に仕立て上げて、“自殺”なり“逃亡”なりをさせる。
これがいい。福山英介を犯人に仕立てられれば最高だ。人殺しが人殺しの汚名
を被って死ぬ。奴にふさわしい最期だ。


【下る審判】
 長い間、練り上げた末に、各自の殺人計画が完成を見た。
 他の者に関してはともかく、福山英介は自殺に見せ掛けて始末することに決
めた。
 完璧に自殺を偽装できれば、誰にも疑われない。

 意識を取り戻した辺見幸三郎だったが、身動き取れないことをすぐに理解し
た。身体には痺れがまだ色濃く残っていた。酒で酔ったところにスタンガンの
電撃を食らい、呆気なくやられたのを思い起こす。
 床に横たわったまま、周囲に目を走らせてみたが、ここがどこなのか分から
なかった。プレハブ小屋、いや、コンテナか何かを利した個室のようだが、過
去に来た覚えはない。
「気が付いたか。では始めるとしよう」
「な、何だよ。おまえ、何のつもりだよ。楽しく飲んでいたのに……」
 自分をこんな目に遭わせた相手を見上げる。
「時間を掛けたくないので、必要なことしか話さない。長谷川紫乃の死につい
て、誰に責任があると思う?」
「え? 誰って、そりゃあ、福山――」
「責任のある者全員を挙げろよ」
 革靴が辺見の顔のすぐ前を横切る。蹴り上げるポーズだけだったが、風を切
り裂くような音がしっかり聞こえた。
「せ、責任の大きさを問わないのか? そうなんだな? だったら、俺達四人
全員に責任……あると言える」
「結構だ。その答を聞きたかった。僕もよく考えてみたんだが、同じ結論に至
った。そこでだ、人として責任を取ろうじゃないか」
「どうやって責任を取る?」
 いくぶん落ち着きを取り戻した辺見は、聞き返した。返事は早かった。
「死ぬんだ」
「……冗談はよせよ。面白くもない」
「ここに錠剤二粒がある。外見や重さは全く同じ。一方はビタミン剤か何か、
とにかく飲んでも無害なやつだ。もう一方は毒が主成分だ。効果が現れるまで
が速くて、割とすぐ死ねるらしい」
 言いながら、相手はポケットから小さな容器を取り出した。円筒形で、サイ
ズは人の親指ほどか。白色で、中は見えないが、錠剤が入っているようだ。振
るとからからと音がした。
「毒? 毒なんてどこで手に入れた?」
「死ぬ気になれば、これくらい、どうにでもなるさ。今からこれを一錠ずつ、
僕とおまえとで飲む。もちろん、どちらか一人は死ぬ。それが天のお導き、審
判だ。おまえが死んだら、僕は残りのメンバー全員に同じことを続ける。僕が
死んだら、おまえは好きにすればいい。毒は残しておくから、僕に代わって、
残りの連中を審判に掛けてもいい。そんなリスクは負いたくないが、秘密を知
るみんなを始末したいのなら、こっそりと毒を投じればいい」
 辺見は反射的に叫んでいた。
「何をばかな。の、飲まないぞ、俺は絶対に!」
「飲まないなら、この場で僕がおまえを一方的に殺すまでだ。毒ではなく、絞
め殺すことになるかな?」
 冷たい口調が室内に響く。
「死にたくないなら、審判に応じるしかないんだよ。仲間の中で、僕が一番体
力があるのは知っているだろう」
 確かに。たとえ辺見が電気ショックから回復したとしても、抵抗は無意味に
終わるに違いない。
「一方的に審判を持ち掛けられて、理不尽に思うだろう。だが、人一人死んだ
んだ。責任は取らねばならない。錠剤の選択権はおまえにやる。好きな方を選
べ。残りを僕が飲む」
「拒否したら? ……無理矢理言うことを聞かされそうだな」
「ああ、その通り。顔を腫らしたくなければ、素直に応じることだ」
 死ぬかもしれないのに、顔の腫れなんて。ばからしかったが、辺見は声にも
表情にも出さないでいた。代わりに、一つだけ頼んでみることにする。
「錠剤を飲むのは同時じゃなく、おまえが先に飲んでくれないか」
「意味がないな。僕が先に飲み、死んだらそれまで。逆の結果なら、僕はおま
えに無理にでも錠剤を飲ませる。おまえは毒と分かって錠剤を飲めるか?」
「……」
 返事できなかった。
「希望するなら、それでもかまわない。先に飲んでやるよ」
 どう転ぼうが、死の綱渡りを演じねばならない運命のようだ。綱を渡りきれ
るかどうか、助かるか否かは運次第……なのか?
「な、なあ。やめる気はないんだな? それなら、結果が出る前に聞かせてほ
しい。最初の審判に俺を選んだ理由は? 他にもいるじゃないか、ほら、誉田
とかさ」
「一番じゃないさ。まだ発見されていないみたいだが、すでに久本美保には審
判が下った」
「それってつまり……」
「久本は死に、僕は生き残らされた。僕は審判の手伝いを続ける運命なんだよ」
 そう言って、相手は携帯電話をいじったかと思うと、画面を辺見の方に向け
た。
 力が抜けきり、ぐったりした久本美保の姿が写真に収めてあった。場所は彼
女のマンションの一室らしい。テーブルに上半身を投げ出すようにもたれかか
り、恐らく絶命している。卓上には白い紙があり、何事か綴ってあるようだっ
た。
「それは遺書さ」
 辺見の視線の動きを読み取ったか、相手は説明を付け加える。
「審判前に彼女に書かせた。長谷川紫乃の死に責任を感じ、耐えきれないので
死を選ぶという意味の文章になっている。ああ、おまえは書かなくていいよ。
遺書がなくても、久本美保の遺体と遺書が警察に発見されれば、あとは勝手に
連想してくれる。僕も書いていないから、気にしなくていい」
「……本気なのは分かった。一番目に久本、二番目に俺を選んだのは何故なん
だ? それも天の思し召しだとでも?」
「……いいや」
 相手は首を横に振った。俯きがちに、ゆっくりと。
 そして面を起こすと、にっ、と笑った。
「僕の都合だ」
 相手は携帯電話を見た。時刻を確認したらしい。
「そろそろ、性根を据えようじゃないか」
 容器の蓋を取ると、蓋を持ったまま右手を平たくなるように開く。そこへ、
容器を振って錠剤を落とす。話の通り、二錠が転がり出た。
「好きな方を選べ。ただし、やり直しは認めない。選ぶ前に錠剤に触ることも
認めない。これと思った方を選んだら、すぐに指でつまみ取れ。残った分を僕
が飲む」
 有無を言わせない口ぶり、目付き。辺見は覚悟を決めた。
 二つの錠剤をじっと見る。相手の話っぷりからして、錠剤を区別するための
印が付けてあるとは思えない。だが、毒入りの方はその細工をしたのなら、何
らかの痕跡があるかもしれない。そんな期待をして、じっくりと観察した。
 だが、差違は見付からなかった。
 辺見は相手の顔をちらと見て、自分から見て遠い方の錠剤を選んだ。
 と、次の瞬間には、相手は残った錠剤を前歯で挟み、辺見によく見せる。
「確実に飲み込んだと分かってもらわないとな」
 口を大きく開け、舌に錠剤をのせると、一気に喉の奥へと飲み込む。
 そして再び大きく口を開く。何も残っていなかった。
「さあ、次はそちらの番。僕に効き目が現れるかどうかを待つかい? 毒なら
ば長くても五分余りで、兆候が出る」
「……いや」
 辺見の口の中は、からからに乾いていた。わずかな唾を飲み込んでから、毒
を口に含んだ。
 そう、彼が選んだ錠剤には毒が入っていた。相手の説明していたように、五
分前後で効き目が現れ、じきに死んだ。

「あいつら、同じ毒で相次いで死ぬなんて、示し合わせていたのかねえ」
 誉田雅彦が呟いた。葬式帰りに吐くには、不謹慎極まりない台詞だった。尤
も、僕らが今いる場所は、大学で溜まり場にしている部室だ。第三者に聞かれ
る心配はない。
「示し合わせていたなら、ここにいる全員に話が回ってきていても、おかしく
ないが。何しろ、長谷川紫乃の事故の責任は、間違いなく僕らにあるんだから
な」
 ネクタイを緩めた福山英介が、探るような視線を僕や誉田に向けて来た。
 僕は首をぶるぶると左右に振って、否定の意を表した。
「来ていないよ、全然」
「隠しているとか思ってる訳じゃない。あの件の責任を問うなら、真っ先に僕
のところに話が来なきゃおかしい。それぐらい承知しているさ。現実には来て
いないんだから、辺見と久本だけが二人で勝手にしにやがったことになるのか。
でも、あいつらって、そこまで仲よかったか?」
「いやあ、あり得ない。男女の仲ってんなら、あり得ない」
 誉田が確信ありげに言った。福山が目で理由を問うと、声を低くした誉田。
「なに、俺、ついこの前、久本とやって。それまで体験なかったのが丸分かり
だったんで」
 こいつ、最低だ。僕は出掛かった言葉を飲み込んだ。
「有力な証言と思っていいのかどうか、微妙だぜ。ま、責任感じて一緒に死ぬ
くらいなら、初体験の相手も同じ辺見を選ぶだろうな。逆に言えば、誉田、お
まえ何で久本と一緒に自殺してないんだ?ってことになる」
「冗談なし」
「真面目な話、ほんとに自殺なんでしょうか」
 僕はいいタイミングだと思い、疑問を呈してみた。すると誉田がすぐに、怪
訝そうに眉根を寄せた。
「自殺じゃなかったら、何だってんだい。久本の遺書があったんだぜ」
 確かに遺書はあった。ただし、長谷川紫乃の死について責任がある等という
ような具体的な文面ではなく、面を上げて生きていけないというニュアンスの、
曖昧なものであったと報じられている。
「遺書があったからには、事故じゃないとは言えるでしょう。けど、自殺と決
め付けるのはどうかと。たとえば、これが殺人で、遺書を用意したのもその犯
人、という線だってないとは言い切れない」
「おいおい、殺し? だったら、犯人誰よ?」
「えっと、紫乃さんの遺族とか」
「真実を知っているのは、仲間内だけだぜ」
 福山が遺族説を否定した。もしかすると、他殺説そのものの否定かもしれな
い。
「そうそう、つまり、今となっちゃあ、ここにいる俺達三人だけ」
「それなら……僕らの中に犯人がいるのかもしれませんね」
「動機は何だ? 一年以上にもなるのに今さら反省して、みんなで心中しよう
ってか? はっ、ばかばかしくて話にならねえよ」
「動機は、さっき出たやつですよ。真実を知っている者を消す。口封じという
訳です。卒業が見えてきたから、身辺をきれいにしておきたいと考えたのかも」
「……そんな考えがすらすら出て来る、おまえが怪しく見えてきた」
「とんでもない」
 僕は先ほどよりも激しく首を振って、否定した。声にも強い意志を込めたつ
もりだ。
「仮に殺人で、僕が犯人なら、わざわざ殺人かもしれないなんて言い出すと思
います? 警戒されるだけ、損になる」
「そりゃあそうだが」
 誉田は納得した風だが、まだ引っ掛かるのか、福山へ顔を向けた。
「どう思う?」
「しばらく考えていたんだが、前言を撤回する。殺人だとしても、犯人は仲間
内にいると限定することはない。たとえば、死んだ辺見か久本のどちらかが、
長谷川紫乃の遺族につい、話した可能性だってある」
「それもそうか」
「だいたい、自殺なのか他殺なのか、僕らには判定する材料がない。用心する
に越したことはないだろうが、必要以上にびくつくのも笑いものになりかねな
いと思うね」
 福山がそう言ったのを機に、この話題は打ち切りとなった。
 僕の計画は、打ち切りにはしないが。


【続く審判】
 意外な告白を聞かされ、誉田雅彦は混乱していた。いや、呼び出しに応じて
部室に来るなり、スタンガンで電流を食らわされた時点から、混乱のし通しで
ある。拘束された訳でもないのに、身体の自由が利かない。
「まだ……信じられない、信じられないぜ。おまえが殺して回っただなんて」
「公平な裁きのためだ。天意を実現するべく、僕は手伝っただけ。簡単なこと
さ」
「おまえの言うやり方で、二度もおまえは助かり、相手になった辺見や美保は
毒を飲んだってか。そこも信じられん」
「天意だよ、誉田。今回は僕が死に、そっちは助かるかもしれない。責任の重
さを考えれば、おまえは軽い方だろうしな」
 大学の長い夏期休暇を利して、六人で出掛けたキャンプ。泳いだり花火をし
たりと定番の遊びを重ねた。肝試しもやった。驚かす役三人とされる役三人と
に分けることにした。驚かす役が福山と久本と辺見。誉田は驚かされる側に回
ったが、これにはからくりがあった。誉田も実は驚かす役で、グループ内で唯
一できあがったカップルだった長谷川紫乃と矢口裕樹をからかってやろうとい
う計画だった。言い出したのは福山で、役を分けるくじ引きに細工をしたのも
彼だ。
 誉田は驚かされるふりをして紫乃達の前から姿をくらまし、二人を予定した
場所に誘導する役目を引き受けた。それは誉田が思っていた以上にうまく行き、
いや、行き過ぎた結果、紫乃を足場の悪い崖の間際まで追いやってしまった。
そのことに気付いていれば悲劇につながることはなかったろうが、肝試しが行
われたのは当然、夜。暗さのせいもあって、分からなかった。計画は予定通り
に実行され……長谷川紫乃は転落死してしまった。表向きは、夜、一人で散歩
に出た紫乃が道に迷い、不幸にも事故に遭ったこととした。
 彼女の死に関して責任が最も少ないのは、矢口だろう。矢口は転落寸前の紫
乃に手を懸命に伸ばしたが、掴まえられなかった。そのことを悔いてはいるが、
事故そのものに対する責任はない。
 計画を知っていた者の中で、一番罪が軽いのは誉田と言えるかもしれない。
長谷川紫乃を直接追い立てはしなかっただけだが。
「俺が生き残ったら、おまえのあとを継いで、残り一人を審判に掛けなきゃい
けないのか?」
「いやいや。強制はしない。毒は残しておくから、好きにしてくれ。そうだな、
全く関係ない奴の命を狙うような真似だけは、やめた方がいい」
「もし、おまえが最後まで生き残ったら、どうする気なんだ?」
「質問を連発して、時間稼ぎか? 助けは来ないのだから、あきらめろ」
 親友と思っていた相手から飛び出した冷たい物言いに、背筋がぞくりとする
誉田。次に発した声は震えを帯びていた。
「い、いや、違う。審判は受け入れる。ただ、おまえが始めた審判で、おまえ
だけが生き残るのでは、理不尽にも程があるんじゃねえか」
「僕が最後の一人になったら、自殺するよ。人数分の毒はあるし、気が向いた
ら、長谷川紫乃が命を落としたのと同じ場所で、飛び降りてもいい。そうする
ことで、世間はあの事故に疑いを持ち、真実を察するかもしれないな」
「それでいいのかよ。事実をはっきりさせないまま、この世とおさらばして、
いいと考えているのかよ。今からでも遅くないだろ。俺達が揃って事実を告白
し、謝罪するんだ。その方が余程、天意に叶っていると俺は思うぜ。違うか?」
 望みを託し、相手を怒らせないよう気を遣いながら言った。少なくとも誉田
当人はそのつもりだった。
 しかし、相手の声は、冷たさに拍車が掛かっていた。
「遅いんだよ」
「え、何が」
「気が付くのが。もっと早く言い出してくれていれば、僕だってこんな審判の
手伝いなんて始めなかったさ」
「お、おまえが最初に言い出せばいい話だろ。何で、いきなり殺しになるんだ」
「殺しではない。審判だ」
「分かった、悪かった。そう、審判。何でいきなり、審判を始めたんだよ」
「理由なんてないさ。強いて言うと、これだけ待って誰も言い出さないなら、
僕が呼び掛けたって、謝罪に応じるとは考えられない。そう判断したまでのこ
と」
「いやいやいや、それが間違っているとは言わないが、こっちの話にも耳を貸
してくれよ。今からでも遅くないって。な?」
「……そこまで懇願するなら、確率を下げてやる。錠剤四つの内、毒は一つだ
け。おまえは一錠を選んで飲め。残りの三錠は、僕が飲む。この条件でも受け
ないのなら、仕方がない。僕自身の手で――」
 指の関節を鳴らす音が、皮肉なほど軽快に響いた。誉田は一瞬身震いすると、
「よせっ。やればいいんだろ、やればよっ」
 と、捨て鉢な調子で応じた。
 対する相手は、口を閉ざしたまま、重ねていた手を解くと、錠剤を取り出し
た。右手を開き、まず小さな容器から二粒。そこに、新たな薬瓶から無毒であ
ろう二粒を加える。そして一旦手を握り、よく振った。手を改めて開くと、錠
剤は全く見分けが付かなくなっていた。
「さあ、選べ」
「……なあ、おまえには分かっているのか、どれが毒か」
「いいや。分かっていたら、公正な審判にならないじゃないか。そもそも、毒
と知って飲めるものじゃないぜ」
 誉田は「だろうな」と言ったつもりだったが、声にならなかった。口中がか
らからに乾いている。唾を飲み込んだ。対照的に、手のひらは汗ばんでいた。
 誉田は自分から見て手前にある一つを避け、残る三つの内、何となく気に入
った物を選び取った。直感だけだった。
 錠剤を握り締め、相手を見る。すると、相手は早くも残り三粒を口元に持っ
て行っているではないか。間違いなく口に入れたところを見せると、何の躊躇
もなく、一気に飲み下した。
「――三錠を飲み込むのに水なしは、ちょっとばかりきつかったが、ほら、空
だろう」
 口の中に、錠剤は一粒も残っていない。
「誉田、おまえも飲めよ」
「……」
 誉田は錠剤を握る手を見下ろした。力が入る。手を開き、錠剤を思い切って
口に含んだ。


【からくり】
 跪き、誉田の絶命を確認した犯人の男は、一旦立ち上がってポケットからウ
ェットティッシュを出してきた。新品らしい。さらに半透明な薄手の手袋を装
着し、ウェットティッシュを開封すると、また跪いた。
 それから、誉田の両手を順にウェットティッシュで拭っていく。丁寧かつ慎
重な手つきで、何度も。一袋分のウェットティッシュを使い切った。使用済み
のティッシュは、二重になったビニール袋に入れ、しっかりとくるむ。この場
――部室――に放置せず、持ち帰るようだ。
 犯人の男は室内を五分ほど見渡し、満足した風に首肯すると、部屋から出て
行った。電灯は点けっぱなしのまま。
「なるほどね」
 隠しカメラの映像を見終わった僕――矢口裕樹は、心ならずも感心してしま
った。謎が解けた気分だ。
 僕は福山英介を始めとする四人の男女を、長谷川紫乃の死の責任を取らせる
ため、葬る計画を立てた。他の三人をなるべく惨たらしい方法で殺害し、その
罪を福山に被せた上で彼を自殺に偽装して殺す。大まかに言えば、そんな計画
だった。
 しかし、行動を起こす直前に、久本と辺見が相次いで“自殺”し、慌てさせ
られた。あいつらが責任を感じて自殺するようなたまでないことぐらい、よく
承知している。殺されたに違いない。でも、誰によって?
 犯人が紫乃の身内なら、僕は看過するつもりだった。だが、遺族が事の真相
を知り得たとは考えづらい。久本や辺見にしても、紫乃の遺族がアプローチし
てきたら、大なり小なり警戒心を抱くだろう。それがあっさり殺されている。
しかも毒を飲まされて。これは、遺族の犯行ではない。残る二人――福山か誉
田のどちらかの仕業だと推測した。
 どちらが犯人であろうと、そいつは次にもう一人の方を狙うに違いない。僕
を狙ってくる目もあるが、可能性は低いだろう。犯人でない者にしてみれば、
長谷川紫乃の恋人だった僕は、犯人候補の筆頭だ。その僕を先にやれば、犯人
は警戒を強めた最後の一人を仕留める必要が生じる。だから、次は福山と誉田
の間で殺しが起きると僕は踏んだ。
 問題は実行場所だが、服毒自殺に見せ掛けるには、その人物がいて不自然で
ない場所が求められる。犯人は恐らく、僕も同じ方法で殺すつもりでおり、そ
の場所には長谷川紫乃の墓前を考えているのではないか。となると、あとは部
室が最有力だと思われた。そこでビデオカメラを密かに設置することにした。
その読みは幸運にも的中し、僕はこうしてカメラを回収して犯人の正体と手口
を知り得たのである。
 犯人は福山英介だった。紫乃の命を奪った主犯格のくせして、審判どうこう
とは図々しい。それにしても、錠剤を選ばせるやり方を言い出したとき、僕は
首を捻った。いかにして確実に相手に毒入りを取らせるのか、分からなかった
のだ。
 だが、福山が目覚める前の誉田にしていた行為を思い出し、さらには殺害後
に福山がやった後始末を目の当たりにして、ようやく理解した。あいつはター
ゲットの両手のひらに、液状にした毒を塗りたくっていたのだ。錠剤はいくつ
用意していようが、どれも無毒。福山は錠剤を安心して飲める訳だ。被害者は
自身の手から錠剤に移った毒により、死を迎える。
 さあ、事態は把握できた。
 遅まきながら、僕は僕の意思を果たそう。幸か不幸か、一番恨みの募る相手
が残っている。苦労して密かに入手した青酸カリ、味わうがいい。


【最後の審判】
<長い間、練り上げた末に、各自の殺人計画が完成を見た。
 他の者に関してはともかく、福山英介は自殺に見せ掛けて始末することに決
めた。
 完璧に自殺を偽装できれば、誰にも疑われない。>

 各自の殺人計画――矢口裕樹と福山英介それぞれの殺人計画は、ほぼ同時期
に完成を見た。
 そして、他の者、つまり矢口裕樹の計画に関してはともかく、福山英介は全
員を自殺に見せ掛けて始末する計画を立てた。
 口封じのために始めた殺人も、残す標的は矢口裕樹ただ一人。福山英介は計
画ができあがったときのことを思い起こしていた。
(とうとう、最後か。矢口の奴なら僕らが順番に“自殺”して行っても、当然
と受け止めるから、他殺を疑いもしまいと見込んでいたが、この間、他殺説を
唱えたのには驚かされたな。手段を変更する気はないが、用心するに越したこ
とはない)

 用事があるから二人きりで話せないかと、福山から持ち掛けられること数度。
都合が悪いと避けてきたが、今日、タイミングが合致したので僕はOKの返事
をした。
 今日は大学で体育の授業があった。普段、肌身離さず持っている貴重品でも、
体育のときは手放して保管するものだ。福山の場合、それは錠剤の入った小さ
な容器。
 僕はあいつの容器を失敬すると、中身の錠剤に細工をし、元に戻しておいた。
二錠ともに青酸カリを塗っておいた。無論、確実に死に至るだけの分量を。
 あとは、僕はされるがままにしていればいい。ただ、あいつより先に錠剤を
飲まなければ。
 復讐はなる。

――終





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