#6962/7701 連載
★タイトル (AZA ) 99/ 2/13 23:25 (200)
参加作品>かわらない想い 6 寺嶋公香
★内容
「それに、帽子、かぶっていくのよ」
「はーい」
続けてうるさく言われそうな予感がしたので、さっさと退散。自分の部屋に
引っ込んだ。
「いいことないかなあ」
飛び込むようにして、ベッド上に転がると、あおむけのまま独り言。窓は開
け放しているが、両隣が平屋建てなので、覗かれる心配はないはず。
(結局、六人で遊びには、映画に行ったきりだもんね。あとは都合がつかなく
て……。三人だけでなら、プールに行ったけど。……水着姿、秋山君達に見ら
れなくてよかった。学校の水泳時間だけで充分よ)
スタイルいいとよく言われるにも関わらず、公子は他人、特に男子から見ら
れるのが苦手だった。話すのが苦手なのと共通しているかもしれない。
(うー、お昼まで中途半端な時間。宿題、考えるには短いし。散歩でもしてこ
ようか−−暑いだろうな。もうちょっと朝早くに思い付けばよかった)
しょうがないので、本棚からまんがを一冊、抜き取る。新しいのを買う余裕
はあまりないので、何度も読み返すことになる。今、手にしたのも最低、三度
目ぐらいではないか。
再びベッドにのっかり、今度はうつぶせに、膝から立てた足をゆらゆらさせ
ながら、まんがを読み始める。再読、三読であっても、ときどき小さな発見が
あるから不思議だ。
読んでいる内に、何の気なしに、身体を動かしたくなった。うつぶせからあ
おむけになる。そのとき、ふっと目が天井に向く。
「−−!」
びっくりして飛び起きる。何かが窓から飛び込んできた。割と大きく、昆虫
の類でないことは明らかだ。
「……鳥……じゃないよね」
誰に聞くともなしに言った公子。その二つの目は、飛び込んできた物の正体
を探している。そしてそれは、すぐに見つかった。
「あ、これね」
ベッドを下りた公子が壁際で拾ったのは、模型の飛行機だった。ゴム動力で
プロペラを回すタイプ。ほとんどは木と紙でできていて、絵も手書きらしい。
(こんなのを手作りする人、いるんだわ)
少し驚いていると、玄関の方で声がするのが分かった。
「すみませーん、飛行機、入り込んじゃって」
小学生ぐらいの声。公子は気になって、窓から顔を出し、玄関へ通じる門の
ところを見た。
(……あれ?)
公子は一気に、どきどきし出した。何故なら。
(どうして……どうして、秋山君が、うちの前に立っているの?)
一旦、顔を引っ込めた公子はもう一度、そろりそろりと覗いてみた。今度は
隠れるようにして。
(やっぱり。Tシャツ姿だけど、秋山君に間違いない。玄関に来てるのは、小
学生ぐらいの子供のはず。ということは……)
公子は模型の飛行機を手に、急いで部屋を出た。派手に音を立てて階段をか
け下り、玄関先に向かう。
「あら、公子」
「こ、これでしょ」
そこにいた小学生低学年と見受けられる男の子に、飛行機を示す。その子の
緊張で強張っていた表情がほぐれ、すっと明るくなる。
「あ、それ! ありがとうっ」
「よかったわね」
飛行機を手渡す公子。さすがに小学生低学年相手なら、初めてでもスムース
に話せる。
母親が引っ込んだところで、公子は重ねて聞いてみた。
「ところで……外で待っているおにいちゃん、知り合い?」
「何で知ってるの?」
帽子をかぶった頭を上げる男の子。
「二階から見えたから。それで、知り合いなのかな」
「うん、いとこのおにいちゃん」
(いとこ……。親戚の子供と遊んであげてるのね、きっと)
公子はそう思いながら、靴を履いた。
「どしたの?」
あとからついてくる男の子は不思議そうにしている。
「うふふ。おねえちゃんの知ってる人だから、会いたくなって」
扉を開けると、すぐに秋山の姿が目に入った。
よそを向いていた秋山は、戸の開く音にこちらを振り返った。けれど、あわ
てたようにまた顔をそむけ、左手の方に歩き出そうとさえしている。
公子は急いで門の先まで飛び出した。
「秋山君!」
「にいちゃん!」
黄色い声が二種類、重なる。立ち止まり、振り返った秋山の顔は、仕方なさ
そうだった。
「−−やあ」
「やあ、じゃないわ。どうして逃げるの?」
「そうだそうだ。置いて行くなんて、ひどいぞ」
小さな男の子は、低い位置からの抗議。
「だいたい、今のは、おにいちゃんが飛ばした飛行機だよ! それを僕に取り
に行かせて」
「ごめんな」
元の場所まで戻って来て、秋山は男の子の頭をなでた。
「秋山君」
「公子ちゃんも、ごめん。その、びっくりしたろ、いきなり飛行機が飛び込ん
できて」
「それはそうだけど……それより、知らん顔するなんて、秋山君らしくないと
いうか……」
心配になってきて、胸の前でお祈りの格好に手を組み合わせる公子。
「それは……」
言い淀む秋山。いつもに比べると、歯切れが悪い。
「……言ったら、笑われるから」
「どうして? 笑わない」
「……子供っぽいと思ったろ?」
「え?」
何のことだか分からず、きょとんとしてしまう公子。その正面、秋山の顔は
心なしか赤い。
「中学二年にもなって、飛行機のおもちゃで遊んでるんだから」
「それって、この子と遊ぶために……」
公子は男の子を手で示した。
「あのね、おねえちゃん。にいちゃんの部屋、飛行機でいっぱいだよ!」
「わ、よせ!」
後ろから男の子の口を押さえようとする秋山。しかし、彼の行為は何の役に
も立たなかった。
「手作りもいっぱいあって。それで、僕がどれか飛ばして遊びたいって言った
ら、こいつを飛ばそうってことになってさ」
「そうなの、秋山君?」
視線を投げかける公子。
男の子の口から手を離した秋山は、あきらめたようにうなずいた。それから、
ごまかすように笑う。
「へへっ。あーあ、知られたくなかったんだよなあ」
「隠さなくてもいいじゃない。凄いわ、わざわざ自分で作るまでして」
「これぐらい、作ろうと思えば誰でも」
とは言いながらも、まんざらでもなさそうな秋山。
「あれ? 知られたくないんだったら、どうしてこんなとこまで来て、飛ばし
ていたの? 秋山君のお家、もう少し……」
「僕の家の周りはだめなんだ。車が多くってさ」
「あ。危ないもんね」
「うん。空地がないのは仕方ないにしても、遊び場がどこにも……公園さえか
なり歩かなきゃならない。その点、この辺りは滅多に車が通らないだろう?
道でやっても、ちょっとぐらいなら大丈夫かなと思ったんだ」
「そうね。大通り一つ隔てただけで、大きく違うもんね」
改めて、自分の家の周りを見渡す公子。見通しのよい広い道路、その脇には
小さいながらも川が流れている。ところどころだけど、緑も残っている。子供
が遊ぶにはいいところだと、心から思う。
「事故に遭わない代わりに、公子ちゃんの部屋に飛び込んじゃって……。運が
悪いなあ」
「私は楽しくなったけど。退屈で仕方なかったから」
意識せず、公子は相手に、にこっと笑いかける。秋山の方も、多少、苦笑い
気味ではあったが、完全に笑顔を見せた。
「それならまあ、よかった」
「なあなあ、早く飛ばそうよ」
待たされていた男の子は、辛抱できなくなったらしい。
「ああ、そうだな。じゃあ」
秋山が軽く手を振るところへ、公子は言葉を投げかけた。
「あ、あのさ、さっき、空地がないって言ったけど」
「ん? ああ」
「小学生の頃、よく遊んでいた原っぱ、どうなったの?」
公子自身はあまり行ったことはなかったが、よく男子達が遊んでいた原っぱ
が、確か秋山の家の近くにあったはず。
「あそこは一年前からかな。材木置場みたいになってるよ」
「そうなの……」
寂しい気持ちになる。
「行ってみる?」
「−−うん」
母のことが気になったものの、すぐに結論を出した公子。さほど時間がかか
ることもあるまい。男の子も連れて、三人で歩き出す。
「この子、名前は何ていうのかしら?」
公子の問いに、男の子自身が元気よく答えた。
「伊達一成、だよっ」
「えっと、叔母さん−−うちの母親の妹の子供になるんだ」
秋山が補足する。
「夏休みだから、家に泊まりがけで遊びに来ててさ。世話を頼まれたわけ」
「ふうん。ねえ、一成君」
ふと、意地悪な質問を思い付いた公子。それが表情にも出ている。
「何?」
「宿題、終わった?」
「ま、まだだよ。いいんだ。一週間あったら何とかなるから」
何で今、そんなこと言うんだよとばかり、げんなりした顔つきになる一成。
「一週間が五日になって、それがいつの間にか三日、一日ってなるのよねえ」
「うるさいなあ。おねえちゃんは終わってるのか?」
「私は……」
はたと我が身を思い出す公子。
「今日、友達といっしょに、片付けるつもり」
今度は秋山が公子に顔を向けた。
「終わってないんだ?」
「え……ええ」
気恥ずかしくなって、下を向いてしまう。
「当然、秋山君は……」
「当然かどうか分からないけど、終わってる。そうだ。見せてくれって頼井に
言われて、今日、二時頃にあいつの家に行くんだ」
「ほんと? だったら」
(私達の方にも来て、分からないとこを教えてくれないかしら……)
調子よすぎるかなと思い、語尾を濁した公子。
「そっちに行こうか。石塚はいないけど、いつかみたいに集まって」
公子の期待が伝わったのでもないだろうが、秋山が言った。
「そんなの、悪い」
口ではそう言っても、内心、うれしくてたまらない。公子の表情が、自然と
ほころぶ。
「いつまでかかるか分からないから、秋山君は暇になるよ」
「別にいいよ」
何ともないように、さらりと答える秋山。
「でも」
「ああ、やっと見えた」
唐突に、腕で一方向を差す秋山。
そっちには、ビニールの紐で周囲をくくられ、立入禁止になっている一区画
の土地があった。敷地内には材木を初めとする建築資材が所狭し−−と言って
も半分ぐらい−−と置かれてあった。
「全然……違っている」
公子は半ば、呆然としていた。
「草がもっと生えていたわ。笹とかすすきとかも、奥の方にぶわーっと」
植物の類はきれいに刈り取られ、一部の地面はコンクリートで固められてさ
えいた。
(遊んだの、たった三年前のことなのに……変わった。変わりすぎ。ここから
見通せる景色は、さほど変わっていないのに。ここを中心に、段々、変わって
いくのかな……)
公子の心中を察したように、秋山がぽつりと言った。
「変わったよね」
「こんな風に何もかも、知らない内に変わっちゃうのね……」
「−−そんなことないよ」
強い口調の秋山。
――つづく