AWC 闇に光に告白を 7     永山 智也


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★タイトル (AZA     )  94/12/ 1   9:18  (198)
闇に光に告白を 7     永山 智也
★内容
「それはできん。他国の民だった者共が少しばかり高い地位に着くと、それだ
け私の身が危なくなるではないか。例えそれがどんなにささいな地位であって
もな。表面にこそ出てこんが、あやつらはまだ、我がライ国の王族を恨んでお
ろう。そのような信用のおけぬ者に、隙を見せておれるか」
「その恨みを持たれる原因となったのは、先の戦が間違っていたという証拠で
はありませんか。何か他の、友好的なやり方を採っていたならば、こんなこと
にはならなかったはずです」
「……きりがないの」
 レオンティールは顎をさすりながら、困ったようにマリアスを見つめた。
「おまえにどう言われてもな、仕方ないんだ。現実はもう、ここまで進んでし
まっているのだ。後戻りはできん。ならば、恨みを持たれているであろうこと
もそのまま受け入れ、対処せねばならん。それには、私が今やっておる方向で、
正しいのだ」
 断定的な言い方だった。
 マリアスは、
「それでも、かつての他国の民に恨みを抱かなくさせるような、そんな対処の
仕方もあると思います」
 ということを話そうとしたが、やめた。いくら言っても父のやり方を根本的
に変えさせることは不可能なのだと知ってしまったからである。
 マリアスは自分の言葉、自分の立場の無力さを、今こそ痛感していた。
「……分かりました、それがお父様のご意志なのですね」
「おお、分かってくれたか、マリアス」
 少しばかりの勘違いをして、レオンティールは頬をゆるめた。そしていかに
も嬉しげな、一人の父親の顔になる。
「しかし、おまえがこういったことに関心を持ってくれたとは、驚きでもある
が、頼もしくもある。シーレイと力を合わせてやってくれたら、安心して私の
後を任せられるな。ははははっ!」
 レオンティールの高笑いを聞きながら、マリアスはやりきれない気分へと落
ち込んでいくのであった。

 城の奥深く、地下室へと通じる階段の途中に、古い書物の倉庫がある。そこ
には誰も見向きもしないような文献や書類ばかりが納められており、それでい
て管理はいくつもの鍵で厳重になされていた。
 今、マリアスは、そこへの階段を下っている。手にした灯火は、いわば希望
の光か。その先に現在の状況を打開できる何かがあると信じて。
 それが何なのか、マリアスにとっても明確でない。戦争でどんなひどいこと
をしてきたのかという記録があるかもしれない。あるいは、いかに他国出の領
民を不平等に扱っているかの証拠となる書類を発見できるかもしれない。
 そういった期待はあるのだが、その類の物が見つかったとしても、国王レオ
ンティールを動かすことができるほどの強力な材料となるのかとなると、果た
してそれは大いに疑問であった。例えると、海を空っぽにしようと小さなひし
ゃくで海水をかき出そうとしているようなことに過ぎないのではないか。とも
すれば、そんな不安に駆られる。
 しかし−−。マリアスは大きく首を横に振った。
 やらなければならない。私の言葉に力を持たせるには、何でもやってみるん
だ。最善を尽くさないといけない。尽くさなきゃ、お父様と同じになってしま
う。
 部屋の前まで来ると、マリアスは握りしめていた手を開いた。わずかに汗ば
んだ手のひらに冷気が当たり、すーっとする。
 そしてそこには四つの鍵があった。
 いくら厳重に管理されているとは言え、王女としてマリアスが言えば、父の
レオンティールを介さずとも、鍵をしばし持ち出させるぐらいは可能であった。
 暗くてどれがどの錠に対応するのか、よく見えない。マリアスは明かりを手
元に近付けた。
 彼女は明かりを壁の留めかぎに掛け、鍵の一つを選び出す。そしてそれを扉
の一番上にある錠に差し込む。
 かち。
 短い音が地下道へ大きく響き、マリアスはびくっと身体を震わせた。心臓が
どきどきしていたが、息を整える時間はない。
 続いて第二の錠に取りかかり、これも同じように開く。
 三つ目の鍵は扉の取っ手にある鍵穴に対応していた。差し込んで回転させよ
うとしたが、うまくいかない。がっと音がするだけで、右にも左にも鍵が動く
気配はない。
(どうして開かないのよ)
 マリアスは焦った。側近の衛兵に命じて持ってこさせた鍵が、間違っていた
のだろうか。そんな不安に駆られた。
 そのとき、ふと閃いた。鍵に上下があるのではないかと。
 マリアスは鍵を引き抜き、天地を入れ替えて再び鍵穴へと差し込んだ。今度
は軽く力を入れただけで、鍵を回転させることができた。マリアスの想像した
とおり、鍵には上下があったらしい。
 最後の四つ目の鍵。これは特殊な形をした一種の器具で、扉の一番下にあつ
らえてあるかんぬきを開けことは、これを使わずにはできない。
 扉と床の隙間にある小さな穴に、器具を入れる。ついでやや斜め方向に捻り
を加える。そして力を入れて一気に引き上げればこの鍵も開くはずだ。
 が、簡単には開かない。マリアスが非力であることと、長い間開け閉めがな
されていなかったせいだろう。
「くっ!」
 マリアスは声を上げ、器具を握る両手に、床を踏ん張っている両足に、それ
こそ渾身の力を込めた。
 やがて、ずるっ、ずるっという音を出して、かんぬきは動き始めた。
 重い。動いたからと言って気を抜けば、またすぐに落ちてしまう。マリアス
は必死に力を入れ続けた。
 ようやく、最上部へとかんぬきが達する。マリアスは急いで器具を床にある
横穴へと押し込んだ。これでかんぬきは下がってこなくなる。
 汚れた手を見つめてから、マリアスは明かりを手に取った。もう片方の手を
取っ手にかけ、ゆっくりと扉を開く。
 中の空気は意外と澄んでいた。こもったような臭いもあまりせず、ひんやり
として気持ちがよいくらいだ。
 少し歩いてみると、足下がふわふわする。明かりを床に近付けてみて分かっ
た。ほこりがかなりたまっていたのだ。
 ここに入った痕跡が残るのが気になったが、マリアスはともかくも先を急い
だ。書物でいっぱいであるはずなのに、どこにもそれらしき物が見当たらない
のである。
「あ」
 奥へ進んでいたマリアスは、じきにそんな声を上げることになった。
(二重になっていたんだ)
 マリアスが心で思ったように、そこにはもう一枚、重たげな外観の扉が立ち
ふさがっていた。明かりで照らすと、鈍い光を返してくる。
(こんな扉があるなんて、聞いたことないわ。まさか……)
 不安を感じ、マリアスはその扉の取っ手をきつく引っ張った。
 動かない。
 念のためにと押してみたが、やはり扉はびくともしない。取っ手も回転しな
い。
(鍵がかかってる!)
 呆然としてしまって、大声を上げそうになるマリアス。だが、それはこらえ
て、考えを巡らせる。
(持ち出してもらった鍵が四つだったってことは、衛兵のほとんどがこの四つ
の鍵だけで、ここの鍵は全てだと信じているのよね。それなのにこんな仕組み
になっているなんて、ますます興味が出てくる。
 そう、とにかくどこに錠があるのか、確かめなくちゃ)
 マリアスは明かりを隅から隅まで照らした。扉の表面はもちろん、近くの床
や壁までも調べてみた。鍵ではなく、どこかに扉を開閉する仕掛けがあるかも
しれないからだ。
 しかしながら、この探索は無駄に終わった。どこにも鍵穴は見つからないし、
先のかんぬき用の穴らしき物もない。
 ただし、一つだけ発見があった。小さな金属製の杭が、扉の向かって左手下
の床に目立たぬように埋め込んであるのだ。それは一見、何かのくずのように
見えるのだが、そうではなかった。
(こんな物が惑わすようにあるからには、扉の開閉に関係していると思ってい
いんだろうけど……どういうこと? この杭をひねっても扉は開かないし)
 マリアスはさらに手をほこりにまみれさせながら、小さな杭の頭をさわる。
 手の感触が微妙に変化する。明かりでは分からなかったが、鉄でできている
らしいこの杭の頭の表面には、幾重にも細かな傷がついているらしい。
(ひょっとして……)
 マリアスは杭の周りをなるべくきれいにして、ようく観察してみた。
(杭を引き抜けば、扉は横に開くんだ!)
 結論は出た。
 だが、杭を引き抜くには何か道具がいる。しかし、ちょっと見たところ、よ
ほど特殊な道具でこの杭は引き抜かねばならない気がする。それほど、杭の頭
の傷はごく細かであった。
(どうしよう、ここまで来たのに。きっと、道具はお父様が持っているんだ。
持ち出せない。仮に持ち出せたとしても、鍵の方を二度、持ち出すことになる。
これは危ないかもしれない)
 マリアスは思案した。服が汚れるのも構わず、手を胸に当てて考える。
 と、マリアスの右手に固く触れる物があった。
(?)
 それは胸飾りだった。何年か前の誕生日に、お父様から贈ってもらった、き
れいな石二つを重ねた造りの、マリアスのお気に入りである。
(あ、もしかして)
 マリアスはぎゅっと胸飾りを握りしめる。それが磁鉄鉱を利用して作られた
物だということを思い出したのだ。
(磁鉄鉱って、それ同士、あるいは鉄のようなある種の金属を引きつけるんだ
って聞いたわ。それに、この磁鉄鉱は相当、強力な物を用いているとも……)
 マリアスは胸飾りを外し、二種類の石の間の部分をゆっくりと問題の杭に近
付けていった。
 ぐっと息を飲む。手にも力が入り、ともすれば震えてしまいそうだ。
 ある距離まで近付いたところで、杭の頭が動いた。それは卵からひながかえ
る瞬間のようだった。
(やった!)
 杭の頭は胸飾りの石に吸い付き、床には小さな穴がぽかりと開いた。
 マリアスは身体を起こすと、扉にしがみついた。その勢いで、左水平方向へ
思い切り力を込める。
 さほどの力はいらずに、扉は横へ動いていった。音さえほとんどしない。
(よかった。よしっ、今度こそ)
 マリアスは勇んで乗り込む。そしてその期待は裏切られずにすんだ。扉の向
こうには、たくさんの書物で埋められた棚がぎっしりと並べてあったのだ。
(こんなにあるの……)
 何を探し出すのかはっきりとした目標が定まらぬまま、この書の山を相手に
するのは大変だぞと思いつつ、マリアスは歩を進める。
 とりあえず、最も手近のを取ってみる。ぱらぱらとめくってみたが、まるで
読めない。どうやら異国の言葉、あるいは旧い言語で書かれているらしい。
(読めないのもあるんだったら、とても今日一回きりで調べ尽くせるものじゃ
ないじゃない)
 汗がこめかみの辺りを伝って、床に落ちた。暑くはないのだが、気持ちの焦
りが影響している。
(ライ国が秘密にしていることなら、ライ国の言葉で書かれているものかしら
……。でも、ライ国が隠したいからこそ、他国が書に残したってこともありそ
うだし。……どうにかして、この本を持ち出せないか)
 そこまで考えて、マリアスは知らず知らずの内にため息をついた。あまりに
も書物は多すぎた。誰にも見とがめられずに持ち出せる分量となると、全体の
何十分の一にもならないかもしれない。
 さらに、自分の読めない文字で記された書物については、辞書を片手に調べ
なければならない。とてつもなく時間がかかりそうな作業だということだけが
分かる。
(そうだ−−)
 マリアスは心の中で快哉を叫んだ。気持ちが高揚しているせいか、今日は冴
えている気がしてくる。
(鍵を返すからといって、ここの扉に施錠することないんだわ。鍵はちゃんと
閉めたと言って、鍵を返しとけばいいのよ)
 そう考えると、急に気が楽になった。時間だけは確保できるのだ。
「よしっ」
 自分を元気づける意味を込めて、小さく、しかししっかりと声を出すと、マ
リアスは読めそうな物から手を着けていった。
 一ヶ月後、マリアスの「調べもの」は、まだ続いていた。公務に顔出しする
ことが多くなったり、正規の勉強の負担が増えたりと、自由になる時間は減っ
ていた。それでも時間を割いて、辞書を引き引きようやく終わりを迎えそうで
あった。
 これまでの成果については、それが芳しい物であるのかどうか、マリアスに
も判断できないでいた。
 目立った発見は二つ、あった。
 一つは、割と古い記録−−ライ国が大陸統一を果たした直後の記録である。
そこには、ライ国本来の民と、それ以外の民をどのように差別して取り扱うか、
事細かにその基準が決められていた事実があった。一例だけ挙げると、税の負
担割合が大きく違うよう設定されてあった。名目としては、当該国を征服する
のにかかった資金を回収するためということになっている。計算上はすでに全
資金の回収は終了しているはずなのだが、現在も全く改善されていない。

−−続く




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