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闇に光に告白を 6 永山 智也
★内容
「……裏切りもまた、重要な戦略の一つ。戦乱のさなかでは至極当たり前の手
段でございます。マリアス姫が非難なされることではありません。レオンティ
ール国王は国を思い、当然のことをしたのです」
むなしい言葉がどんどんと積み重ねられ、大きながれきの山を築いていく。
そんな感じだった。
ディオシスはそれでも続ける。
「レオンティール様がなされたことは、たたえられこそすれ、決して非難され
るものではないのです」
「もういいわ。ディオシス将軍……あなた、それが本心だと言えますか? 私
の目を見て、心の底から」
「……」
聞こえていないような素振りをしている将軍。どうしてその問いに答えられ
ましょう。そんな気概が漂っている。
「……いい? これから私、独り言を喋るつもり」
「は?」
「あなたは聞いてもいいし、聞かなくてもいい。でも、私が喋り終えるまで、
この場は動かないで」
「……承知しました」
ディオシスはすっと、背中をマリアスの方に向ける。
それを見てから、『独り言』を始めたマリアス。
「大陸を統一すること、言い換えれば他の国をどんどん打ち破り、全土を一国
の支配に置くこと。それって、何の目的があるのかしらね。多分、誰もが安心
して暮らせる世を実現するため。私が馴染んできた言葉で言えば平和を手に入
れるってこと。そのこと自体は素晴らしいし、理想でしょうね。
だけど、平和のためにいくつもの戦いをしなきゃならないのって、どこか狂
っちゃっている。それにね、そうやって手に入れた平和って、全員のための平
和じゃないんだってこと、みんな気付いていないのかなあ? 最後まで勝ち抜
いた国の領民達はそれなりに幸せになれるかもしれない。だけど、敗れた国の
人達は苦しんでしまう。例え生き残り、強国の支配下に入っても、そこからの
新しい暮らしはとても平和なんて呼べるもんじゃないと思う。
平和を手に入れるのに、戦争って絶対に必要なことかしら? 決して避け得
ない唯一の手段なの? 私には信じられない。ライ国の立場だけだけど、歴史
のこと、少しは勉強したわ。これまで何度も同じことが繰り返されている。統
一、分裂、そしてまた統一と分裂。これの終始している。これ、戦争という手
段を通じての平和の獲得が間違っているということを示してる気がしてならな
いの。
ううん、そもそもさあ、平和は獲得するもんじゃないのね、きっと。これっ
て、独占と同じ。みんなで分かち合えるようでなければ、平和なんかじゃない。
もう、遅いのかもしれない。だけれども、みんなが安心して、幸せに暮らせ
るような世の中にするために、他の方法を考えてみたいな」
マリアスは『独り言』を中断した。そしてディオシスの様子を見やる。が、
その大きな背中からだけでは、どんな反応をしているのか見極めることはでき
ない。
マリアスはともかく、『独り言』を終わらせてしまうことにした。乾き始め
た唇を湿らせて。
「他の方法−−そうね、簡単なのは、たくさんの国があるまま、どの国同士も
仲良くやっていけるようにすること。でも、不思議ね。たいていの人はこう考
えているみたい、天下を治めるのはどうしても一人じゃなければならないって。
その理由が分からないけど、恐らくは国の持つ力を最大限に活かせるのが一国
支配につながるのかしら。とにかく、王様は一人じゃなきゃならない。
それなら、こんなのどうかしら。幸い−−と断言してしまう勇気がないんだ
けど、とりあえず、今は大陸はライ国一国で治めてる。今、全ての領民は幸せ
なのかしら? 私、ずーっとお城の中で、お父様やお兄様、スワンソンやディ
オシス将軍、他にもたくさんのいい人ばかりに囲まれて、幸せな毎日をそれこ
そ当たり前のこととして生きてきたから、外のことはまるで分からない。信じ
られないけれど、自分の国の様子を全然、知らないでいた。
ネイアスが言っていたなあ。苦しんでいる人もたくさんいるって。その苦し
みが具体的にどういうことなのかまでは知らせてくれなかったけど、戦争を経
ての苦しみなんだから、それは相当つらいことだと想像してもいいんじゃない
かしら。いいえ、私みたいな平和に慣れちゃった人間が想像できるつらさなん
て、たかが知れちゃってる。間違いなく、私の想像以上の苦しみを背負ってい
る人がいるのを覚悟しないといけない。
もし、ネイアスの言葉が真実で、私の想像が当たっているなら……。せめて
誰もが苦しみから解き放たれて、幸せに暮らせる、そんな世の中になるように
政をすべきよね。王族としての務めとかどうとかじゃなく、国を治めることに
携われる者として。私、だから言ってみようと思う、お父様に。誰もが幸せに
なるようにしてって」
マリアスは、どこまで話しても自分が言いたいことを語り尽くせないので、
無理に打ち切った。議論慣れしていない自分の言葉で、その真意がディオシス
に伝わったかどうか、ほとんど自信がなかった。半ば恐る恐るという感じで、
マリアスはディオシスの返答を待った。
「……姫の『独り言』、聞いてしまいました……」
ディオシスは振り返ると、やがてこんな風に始めた。
「私のような者が姫に意見することをお許しください……。理想です。正しく、
姫の考えは理想です」
「理想がいけない?」
「そうは申しておりません。ですが、理想をかなえるのは、とても難しいのも
また事実じゃないでしょうか」
「難しいからって、努力をせずにそれを投げ出していいという理由にはならな
いわ。ね、ディオシス。今まで何も国政のことを知らずにいた、知ろうともし
ないできた私が言ってることって、凄く子供っぽく見えるかもしれない。だけ
ど、このぐらいのことは口にするまでもなく、やり遂げていないといけないこ
とじゃないかしら」
「……」
「でも、実際は私が言うようなことさえできていないんじゃなくて? 今、こ
こで教えて、ディオシス。ネイアスが私に言ったことは本当なの? 私が想像
したことは当たっているの?」
マリアスはきっ、とディオシスの目を見上げた。彼女にとってこんなことを
するのは初めてだった。
意外にもディオシスは、マリアスに気圧されたかのように、ふいと目をそら
してしまった。
だが、答だけは辛うじて返してきた。
「事実です」
「そう。それなら、もう、ここで言い合うことなんてないじゃない。決まりよ。
私、お父様にお願いするわ」
「……おやめくださいとは申しません」
苦しそうにディオシス。
「いや、本心を打ち明けましょう。私はマリアス姫の今の言葉に、いくらかで
も動かされました。あの姫が、急にこういうことを言ってくださった。それだ
けでも驚き、感動してしまいます。
ですが、それを実際にやることの難しさは、別なのです。姫様の言葉でした
ら、国王様も少しはお受け入れになるかもしれません。しかし、決して全てを
お取り上げにはならないでしょう」
「とにかく始めなきゃ。そうじゃなくて?」
「そうなのでしょう。ですが……」
やたらと「ですが」を使うディオシスだった。
「姫は、シーレイ王子のことをどうお考えでしょうか?」
「お兄様を? 聞きたいことが何なのか、分からないわ」
「……お年のことです。シーレイ様と姫様の年の差を、どうお感じになってい
ます?」
「……深く考えたことないけど」
ディオシスの真剣な眼差しに戸惑いながら、マリアスはそれだけを答えた。
ディオシスは少し考える風にしてから、また口を開く。
「お亡くなりになった先の女王様が、姫を身ごもられたのはいつか、ご存知で
ございましょう?」
「ええ。ライ国が統一を果たす一年前」
「ご存知であれば結構です……。それからもう一つ。姫、姫はご自分がシーレ
イ様とお年がかなり離れていると、そう感じられはしませんか?」
「あ、そういう意味だったの、さっきの質問の意図は。それなら、そうね、ち
ょっと離れているなとは思うけれど……それがどうかしたの?」
「いえ……。ただ、このことをよくご記憶していただきたくて、差し出がまし
い口を利いてしまいました。姫」
ディオシスは、さらに硬い表情になって言った。
「姫、もしも政に介入なさるおつもりでしたら、先ほど申しましたことをしっ
かりと心に留め置いてください」
「……どういう意味なのか、聞いても教えてくれそうもないのね。わざわざ、
そんなもって回った言い方をするからには」
「はい。意味を知るとすれば、ご自身で知った方がいいに決まっているのです。
少なくとも、私はそう思っております。どうか」
「ん、もういいわ。こればっかりは、どうしてもしなくちゃいけない。誰もや
らないのなら、私がそのきっかけを作って見せるわ。どんな秘密を知ることに
なっても」
マリアスの決意に、ディオシスはただ、微笑みと悲哀が入り交じったような、
そんな複雑な表情を返してくるだけであった。彼とて本心ではマリアスの力に
なりたいに違いないのだが、立場の弱さのために面だって動けない、そんな葛
藤のただ中にあった。
5 出生の秘密
今まで政治には全く無関心であった娘が、突然、
「私も領民のため、国のためになることをしたいんです」
と言い出したとき、その父親の気持ちはどんなものであろうか。普通の地位
にある、普通の親子の関係であれば、親は子供の成長を感じて喜ぶものであろ
う。
しかし、レオンティールとマリアスの地位並びに関係は、そんな一般的では
なかった。不幸にも。
「それはまた、どうした風の吹き回しだね、マリアス?」
おどけたように言ったレオンティール。周囲には娘のマリアスの他、誰もい
ない。王子シーレイさえいない。
「気まぐれで言っているんじゃないんです。私は本気です」
「……何が不満だね? こうして城の中で楽しくやっているだろう?」
「それはお父様のお力で、平和に暮らしています」
マリアスは「平和」というときに、あからさまに声を大きくした。彼女には
まだ、どうしても直接的な言い方しかできない。
「されば……」
「私も外のことを知りたいのです。実際、城の外のことを少しは勉強したつも
りです。お父様は、かつて支配下に治めた国々の領民達を、最初からライ国の
領民であった者達と差別しておられませんか?」
「マリアス、どこでそのような話を?」
父の質問は無視し、マリアスは疑問をぶつけることを続けた。
「戦いで功績のあった者達の何人かを、処刑なさったのは何故なんですか。本
当に信頼しておれば、反乱を不安に思うことなどないはずではありませんか?」
「マリアス……」
「流血と裏切りの末に勝ち取った天下を、お父様は本当にそれでよしとお思い
になっているのですか?」
「いくら我が娘と言えども言葉が過ぎるぞ、マリアス」
薄ら寒くなるような声が低く響いたかと思うと、レオンティールの平手がマ
リアスのその頬に飛んでいた。
ぱし。
乾いた音が一つ、そして耳が痛くなるようなわずかな沈黙。
「何も知らぬのに、大きなことを口にするもんではない!」
激高してきたか、レオンティールは声の調子をいきなり高めた。
「……お父様……」
父親に手を上げられたのはこれが初めてではなかったマリアスだが、これほ
どまでに痛みを覚えたことはなかった。が、不思議と涙は出そうにない。顔に
驚きと不審の色が出るだけだ。
「……すまぬ。かわいいおまえをぶったことは謝ろう」
それでもレオンティールは娘の表情に気が引けたらしく、すぐに元の冷静さ
を取り戻した様子だ。
「しかし、おまえは戦いが終わってから生まれたのだから、何も分かっておら
んのだ。血を流すことも裏切ることも、世を平定するために必要なのだよ。必
要悪と言ってよいだろう」
「だ、だけど」
マリアスは言葉を絞り出す。
レオンティールは、娘がすぐに従順になってくれると考えていたのであろう、
そのまなざしは意外な物を見て驚いたような目つきへと変化していた。
「その必要悪を実際に使う前に、それ以外の方法を試されましたか? ううん、
試すより前に、頭の隅にでも考えられましたか、より平和的な手段を?」
「何を言っておるのだ、マリアスよ。他国を打ち破り、大陸の民全てを我が下
へ置く。これをもってなすより他に、どんな現実的な道があると言うのだね。
よいか、この現実的という意味をよく考えるのだ」
「……それではせめて、今の政のあり方について言わせてください、お父様。
先ほども言いましたが、かつて他国の民だった人達も平等に扱うような、そん
な政をやってください。それともできないのでしょうか」
マリアスは言いながら、段々と自分の言葉の空しさを感じ始めていた。目の
奥に何かたまってきているのが分かる。
−−続く