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闇に光に告白を 5 永山 智也
★内容
4 揺れる心
ランペターら−−ネイアスら、と言った方が正しいのかもしれない−−が姿
を消してから一ヶ月余り。城の内も外も、何事もなかったかのように平穏に過
ぎ行く。
彼ら五人が姿を消した当初は、かなりの騒ぎになったが、役目を果たした呪
術師らがまた元の放浪の旅に戻ったのだろうということで、何となく収まって
しまった。
それにはもちろん、マリアスが何も話さなかったという理由がある。マリア
ス自身、あの夜、意識を失わされてから、次に気付いたときには自分の部屋に
いたのだ。手も自由になっていた。
マリアスとて、ネイアスらの言葉をインクの吸い取り紙のように、そのまま
受け取った訳ではない。
ただ、恐かった。ネイアスの置いていった歴史書−−それは手書きという古
い体裁だった−−にある記載一つ一つが史実なのかどうか、確かめるのが恐か
ったのだ。いや、本当に恐いのは今まで信じてきた物事が嘘で、あの歴史書に
あることが本当だと決まったときなのであるが。とにかくそれだけ、あのとき
のネイアスの様子は、マリアスにとって真に迫っていたと言えよう。そしてだ
からこそ、ネイアスらが姿を消した本当のところの理由を、誰にも話さずにい
た。
ネイアスらの歴史書にあった「史実」を至極簡単に説明してみると−−。戦
国時代も終盤、ライ国はトゥル国と同盟を結び、大国ルアリに戦いを挑む。だ
が、土壇場でライ国はトゥル国を裏切り、トゥル国は滅亡、王族・皇族は皆殺
しにされた。その後、ライ国は一転、ルアリ国と不可侵条約を結ぶ。が、それ
も一年経たぬ内に反故、再び裏切りによって大陸統一を果たす。
全体として、トゥル国の者によって書かれた歴史書に、戦国時代の部分を書
き足したような具合いだ。元からあった歴史書とそれに後から書き込まれた文
章を比較・考慮して、ネイアスらはトゥル国の生き残りだと想像できた。ラン
ペターら四人のネイアスに接する態度から推して、ネイアスはトゥル国の王族
あるいは皇族の血を引く、ただ一人の生き残りではないか。
トゥル国については、こちら側の記録、つまりライ国の歴史書にも記載があ
る。比較的新しい戦いの歴史のためか、王族・皇族の血統は根絶やしにしたと
いう点は正しく記載されている。が、国の間で同盟が結ばれ、どちらが裏切っ
たなどのことは全く触れられていない。単に戦国時代最後の三国の争いの一環
として、ライ国はトゥル国を滅ぼしたとなっている。
それよりもマリアスがトゥル国の歴史書を読んで驚いたのは、ライ国が大陸
の統一を果たしたのち、戦争で功臣(功績のあった戦士・臣下)の多くは誅殺
された、とあったことだ。
信じられなかった。何故、功績のあった人達を処刑してしまうの? マリア
スは平和だけにかこまれて暮らしてきたおかげか、「戦争の理論・勝者の理論」
についてまるで無知であった。
そして彼女が無知だったが故に、一つの転機が−−。
それは夕暮れどき、マリアスがディオシス将軍と、珍しくも庭に二人っきり
でいるときのことだった。
「ディオシス、粛正とか誅殺とか、どうして行われるの?」
世間知らずのマリアスとしては、精一杯遠回しに聞いたつもりであった。
だが、ディオシスはさすがに、マリアスの言葉を素直には受け取りかねたよ
うだ。怪訝な表情を見せる。
「何故、姫はそのようなことを……?」
「ん……。ちょっとね。この間、歴史の本を読んでいたら当たり前のように出
てきたから、どういうことなのかなって思って」
しばしの沈黙と思考を経て、ディオシスは答える決心をしたようだ。
「……功績のあった臣下、特に実際に闘ってきた兵士は、一国の主にとって頼
もしい存在である反面、危険な存在でもあるのです」
「どういうこと? 頼もしいってのは分かるけど」
「危険な存在とは、つまり、それだけ武力を有しているということになります。
そんな兵士が結託し、もしも王に反旗を翻したらどうなります?」
「待って! まだ分からない。どうして忠実な部下である兵達が、王に対して
反旗を翻すの?」
マリアスは首を大きく横に振った。
「これは言葉が足りませんでした。兵士の方にそのような気がなくとも、王の
方でそんな危険性を考えるのです。頂にある者の中には、下の者に取って替わ
られることを極端に恐れる、そんな種類の人間もいます。ある程度安定した地
位を築いたとき、武力はほとんど不要となります。不要どころか反乱の末に首
を取られる危険もある。だから、切り捨ててしまうのでしょう」
「……」
マリアスは、まだよく分からなかった。ディオシスが言うような部下の力に
怯える王もいるかもしれない。それは何とか認めるとしても、どうして殺して
しまうのだろう。善政をすれば、不平が生まれる余地はなく、そうすると自然
に反乱が起こる可能性もなくなるのではないのか。
それに……。
マリアスは考えるのがつらくなりつつあった。
それに、トゥル国の歴史書にあったように、本当にお父様が功臣の粛正・誅
殺を行ったとすれば、私がこれまでに得ていた何事もない暮らしは、何だった
というのだろう。お父様は国王として、兵士を含めた領民のことを考えた善政
を施しているものとばかり思っていた。いいえ、極当たり前のこととして意識
さえしていなかった。
「マリアス姫、どうされたのです?」
自失しそうになっていたマリアスに、ディオシスの声がふりかかった。
「別に」
声がかすれるのが、自分でもよく分かる。隠そうとして隠せるものでない。
ディオシスはいよいよ、追求を厳しくしてきた。
「……この際ですから、はっきりさせたく思います。幸い、この場には姫と私
の二人しかおりません」
言葉を切るディオシス。そして彼がごくりと喉を鳴らしたのが、マリアスに
も分かった。いくらか緊張しているらしい。
「私の記憶する限り、我がライ国にある歴史書のいずれにも、粛正ないしは誅
殺を行ったという記載はございません。我が国ではそのようなことはなかった
とされていますし、他国の粛正・誅殺について、我が国が知る由はほとんどな
いのです。それなのに、姫は知っておられるご様子。これはいったい、どうし
たことなのですか?」
将軍から言葉を突きつけられた瞬間、マリアスは息が詰まりそうに感じた。
私は今、この国の王女としてあるまじきことを知ろうとしている……。
その意識が恐れとなって、マリアスの内で渦を形成しつつあった。
「私は責めているのではありません。繰り返しますが、ここには私の他、誰も
聞いている者はいません。ぜひ、いきさつというものをお話ください」
「……」
「お願いいたします。早くしなければ、スワンソンが呼びに来るやもしれませ
ん。そうなる前に」
「分かったわ」
覚悟を決め、鋭く答えたマリアス。いつになく、表情が硬くなってしまう。
「ディオシス将軍は、ランペター達のことを憶えている?」
「もちろんです。最終的に不審な身の隠し方をしましたが、姫の病を救ってく
れたのですから」
「あの人達がいなくなった日の前の夜、私、目が冴えていたの」
マリアスの切り出しように、ディオシスは戸惑ったらしかった。
「話が見えなくても、しばらく聞いてちょうだい。いきなり話すと、私の方が
おかしくなりそうだから……。
それで、眠れなくて、お城の中を歩き回ってみたの。そうしたら、あの人達
に与えられていた部屋から明かりがこぼれ出ているのに気が付いて。それから、
そう」
唇を噛みしめるマリアス。あのときの恐怖を思い出したのだ。
「何かひそひそ話をしていたわ、あの人達。その内容が、あの人達、最初から
計画していたって。私の病を治してお父様の信頼を得、それから政に関わり、
徐々に権力を握るという計画を」
マリアスの舌足らずな説明に、ディオシスはいくつか質問をして、正確なと
ころを掴んだらしかった。
「それからどうなりましたか?」
「すぐに誰かに知らせようと思ったんだけど、部屋の扉が急に開いて、私、捕
まってしまって……」
「何ですって? そんなことがあったのですか!」
ディオシスはマリアスの両肩を横からつかみ、何度か揺すぶった。
「興奮しないで。大丈夫。今はこの通り、何ともなかったんだから」
「それにしても……。いえ、失礼をしました。時間がないのでしたね、お話を
お続けください」
「そうして……私は自由を奪われて、部屋の中では相談が始まったわ。私をど
うするか、これからどうするかっていう相談。ネイアスって人がいたでしょ」
「はい、一人、女性が」
「その人があの人達の中で一番偉いみたいなの。ランペターを始め、誰もが『
ネイアス様』と呼んでいたし。
ネイアス、私のことを凄く憎んでいた。殺したいぐらいだったに違いないと
思う。だけど、その人の最終的な判断で私は助かって、あの五人は全ての計画
を無にして、姿を消したの」
「……」
「それでね、そのとき、ネイアスが残していった物があるの。どこか他の国の
歴史書、多分、トゥル国の歴史書だと思う」
「その書物はどこにありますか」
「私の部屋に。見つかったらと思うと何だか恐くて、隠してあるけれど」
「……それに、粛正などのことが書いてあったんですね? トゥル国の、です
か?」
「……ううん、ライ国のよ」
マリアスの答に、ディオシスは力が抜けたように呆然と立っていた。気のせ
いか、小刻みに震えている。
「−−ディオシス?」
「もう……あとにしましょう。ほら、スワンソンがこちらに来ます。話の続き
は時間を作って、夜、お会いできるようにはからっていただきます」
ディオシスが指差したその先には、スワンソンがいつものまま、かけてきて
いた。
「姫、そろそろお戻りを。もうすぐお食事の用意が整いますので」
ディオシスの言った話の続きは、その夜はできなかった。やはり、一将軍が
姫であるマリアスに、急に夜、部屋を訪れたいと申し出ても、上が許すはずが
なかった。
結局、実際に話の続きができたのは、二日経った昼過ぎ、場所は再び、城の
中庭となった。
「いつものことながら、姫とお話をしようと思えば、苦労をさせられますね」
ディオシスは、彼らしくもなく、いくぶん投げやりな調子で始めた。
「あの続きですが……私も覚悟を決めてお話ししましょう。姫には、この国の
真の歴史を知っていただくことも大切だと思いますし、また必要なのでしょう。
……僭越な点はお許しください」
「いいのよ、そんなこと」
マリアスはそう言いながら、心の中、やっぱりと思っていた。ライ国には裏
の歴史があった……。
「私のことをお話しいたします。自分で言うのも気が引けますが、戦功があっ
た将軍の一人だと自負しております。それも、粛正の対象となるほどの。
改めて申し上げるまでもありませんが、私はレオンティール国王に忠誠を誓
っています。ですが、当時の国王様は全ての将軍をお疑いでした」
「では、ディオシス。あなたの同僚の将軍の方々も」
「はい。姫の前では申し上げにくいことですが……レオンティール国王の命で、
処刑された者もおります」
「……それじゃあ」
ぐっと息を飲み込んで、マリアスは質問を重ねる。
「あなたや今いる将軍の方達は、どうして粛正を逃れることができたの?」
「まず、粛正と申しても、全ての将軍なり兵士なりを誅殺する訳には参りませ
ん。国家としてある程度の武力は確保する必要があるのです。それでは、どの
ような将軍・兵士を残すか。真っ先に考えるのは、王の信頼に足る者を残すこ
とです。お調べになればはっきりしますが、現在の将軍の多くは王族・皇族の
血を濃く引いている者なのです。中途半端に王族とつながりがあれば、かえっ
て追及は厳しくなります。王族の血を引いていることを利用して、王に取って
替わろうと企んでいるのではないかと勘ぐられるからです」
「身内の者でもよほど近親じゃないと、信用しないってことなのね……」
「無論、相当の近親者でも疑いが強い者は誅殺されています。それから、功績
が大きいが故に領民の支持を集めている者、これも危険な要因として王は粛正
の対象に入れていました。私はこれに当たります」
「助かった訳は?」
「まず、王に近い血筋の養子となっていたことがあります。これは戦国の世が
終焉する以前のことでしたが、幸いしました。さらに、私は自分が目立たぬよ
う、わざと失敗をしてみせたり、自らをおとしめる噂を立てたりいたしました」
「そんなことまでしてたなんて。そうしないと命が危なくなるなんて……おか
しいわ、絶対に。どこかずれちゃってる」
「当事者の一人である私が言うのは滑稽でしょうが……これが現実なのです。
戦国の世ではこれが当然のこととしてなされてきたのです」
そう言いながらも、ディオシスの目は暗い。真実を映そうとしない鏡がこの
世にあれば、それは今のディオシスの瞳のようではなかろうか。
「……だったら、ライ国がトゥル国を裏切ったっていうのは? これもトゥル
国の歴史書の方が正しいの?」
−−続く