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闇に光に告白を 4 永山 智也
★内容
そうした鎧の前を通り抜けたあるとき、マリアスは、前方に黄色い筋を発見
した。深紅の絨毯が敷いてある廊下に、一本の黄色い光の筋。
ほんの一瞬、どきっとしたマリアスだったが、すぐに安堵の息を漏らした。
それが、ある部屋の扉の隙間からこぼれ出る明かりだと分かったからだ。
(この部屋……)
マリアスは、明かりが漏れてきている部屋が誰の部屋だったかを思い出そう
とした。と言っても、おぼろげな記憶をたぐるに過ぎないのだから、時間がか
かる。
(あ! 確か、ここはランペター達にあてがわれた部屋のはず)
ようやく思い当たり、つい、声を上げそうになったが、どうにかこらえる。
(こんな時間に何をしているんだろう、あの人達?)
自分のことは棚に上げて、マリアスは気まぐれな想像を始める。もっとも、
彼女には、自分を助けてくれた人達への純粋な関心があったのだから、これも
仕方のないことかもしれない。
さらにマリアスは、
(お父様も、この方達を重用しているようだから、その内、個室をもらえるよ
うになるんだろうか)
などと、全く別のことを考えながら、問題の部屋の扉にそっと近付いていっ
た。そのとき、彼女は自分では隠れるつもりは全くなかった。単に、音を立て
ては皆に迷惑だろうと、それぐらいの気持ちであったのだ。
(……うーん……)
心の中でそううめきながら、マリアスは扉と壁の間の隙間から、部屋の中を
覗こうと努力した。が、そんなことで室内の様子が探れるはずがない。
(やっぱり、無理か。部屋の構造、完璧だから)
そうして、いい加減、その場を離れようとしたとき、不意にそれは聞こえた。
(え?)
最初、その音は抑揚もなく、小さな小さなものであった。それが徐々に聞き
取れるようになったのは、マリアスが息を殺して耳をそばだてたからであろう。
それは複数の人間が話し合っている声だった。
「これから、どうしたものだろうな」
「ここまでは順調に進んでいる。焦ることはあるまい」
「……しかし……。しっかりと先は見据えておかないと。失敗すると、二度と
同じ手は使えなくなるのだから」
これは何の話をしているんだろう? マリアスは考えながら、より一層、聞
き耳を立てた。
まず飛び込んできたのは、女の声。これはネイアスとかいう者の声だろう。
「一族の無念、何とかして晴らしたいのです、私は」
「我々の真意は、戦を起こすことにはございません。もし、起こすようなこと
になるとしても、それは相手が仕掛けてきたらの話。もちろん、そのような一
触即発の状態にはならないと信じますが」
先ほどまでの話し方とは一転、男の口調は丁寧になった。まるでディオシス
将軍がマリアスに話すときのように……。
ネイアスが答える。
「分かっている。この国の中枢を抑え、権力を握り、意のままにすると言うの
であろう。何度も聞きました」
(この国のって……ライ国をどうかするつもりなの?)
ここにいたって、マリアスは恐ろしくなってきた。寒くもないのに震えがく
る。何か、とんでもないことを聞いてしまったような……。
後ずさりをして、扉から離れよう。そして誰かにこのことを伝えなければ。
マリアスがそう考えた刹那、廊下にあった黄色い筋が消えた。
瞬時に考え、あっと思った。誰かが扉の向こうに立ったんだ!
マリアスはしかし、もはや逃げ出すことはかなわなかった。
「おや、マリアス姫」
いくらかぞんざいな調子で言ったのは、カイナーベル。背中から明かりを受
けて、金髪が燃えているようだ。
「あ、あの……」
本来、強い立場にあるのはマリアスの方なのに、そのときの彼女は身も心も
すくんでしまった状態にあった。何も言い返せず、動くこともできない。
「こんな夜も更けつつある時刻、どうされましたか、姫様?」
極めて穏やかに、部屋の中から声が届いた。確か、これはダルスペックとか
いう者の声……。
「……何の話をしていたの?」
ようやく、それだけの言葉を絞り出すことができた。
「……」
目の前に立つカイナーベルもダルスペックも黙ったままでいる。
「私、聞いてしまいました」
後先のことを考えず、マリアスはそう口走ってしまった。冷静であれば、こ
ちらが強い態度に出ればすむと分かる。少し冷静さを欠いていたとしても、大
声で助けを呼べば誰かが駆けつけてくれるであろう。
しかし、このときのマリアスは、相手の真意をその場で知りたくなっていた。
自分の命を救ってくれた者という、一つの信頼感があったせいなのだろう。
「……やはり、聞かれてしまっていたんですね」
カイナーベルは年齢に似合わぬ低い声で、そう言った。
「盗み聞きされるとは、とんだ手抜かり。俺達は間抜けだ」
中にいた大男が、これも静かに言った。用心棒役のザックスだ。
「とりあえず、大人しくしていただきましょう」
と言ったかと思うと、ダルスペックは素早い動き、正に目にも止まらぬ早さ
でマリアスの両手を捕まえ、背中へとねじり上げる。同時に、マリアスの口へ
白い布切れを押し込んだ。
「手荒なことをして申し訳ないが……。これからどうするかを決めなくてはな
らんので、しばらくこのままでいてもらいます」
最後にマリアスの両手を細い紐状の物で縛ると、ダルスペックはそう告げた。
「−−!」
声を張り上げようと試みたマリアス。しかしながら、その行為は全くもって
徒労に終わった。
足の方は縛られていないし、扉にも鍵はかけられていない様子なので、立ち
上がって逃げ出せぬことはない。しかし、すぐに捕まってしまうのは目に見え
ている。
マリアスはここ一番のときのために、体力の温存に努めることに決めた。
「さて、どうされます、ネイアス様」
ランペターが、しょうがないといった顔でマリアスの方を見つめながら、ネ
イアスに聞いた。
「私の本心としては、一族の恨みを晴らすため、ライ国王族の者は残らず抹殺
してやりたいぐらいよ」
不意に鋭い目になるネイアス。獲物を見つけた肉食の昆虫のようだ。美しい
が故に凶暴な虫。
マリアスは背筋が冷たくなった。
「……でも、あいつらが私達にしたのと同じ、血を流すことによる解決は、真
の解決にならない。だからこそ、今度の企てをなしたんだったわね」
ちらりとランペターを見やったネイアス。薄々感づいてはいたが、ネイアス
がこの一行の首領なのは、もはや間違いない。
「さようで」
ランペターは頭を下げてうなずいた。
「ならば、ここでもこのお姫様を殺すには、問題があるとなるの?」
憎しみに満ちた口振りのネイアス。マリアスは、ネイアス一人から強い恐怖
を感じていた。
「もちろん、いくつかの道があります。このまま計画を進めていこうと思えば、
一人の犠牲者を出すことになるでしょう。つまり、我々の話を知ったマリアス
姫には、消えてもらう必要があります」
ランペターの淡々とした物言いに、マリアスは恐怖を覚える以前に、夢でも
見ているんじゃないかと思えてきた。私を助けてくれたランペターが、どうし
て今、私を殺そうとするのだろう。いいえ、そんなこと、するはずがない−−。
マリアスが色々と思っている間にも、ランペターの意見は続く。
「マリアス姫を殺すとしても、あからさまに我々がやったと分かるようでは意
味がないのは申すまでもありません。そう、例えば、盗賊がこの城に侵入し、
たまたま起きていたマリアス姫とはち合わせになった。賊は仕方なく、マリア
ス姫を殺し、何も盗まずに逃げ去った−−このように見せかける必要がありま
す。これならば、我々の計画はほぼ変更なく、続行することができますが」
「でも……ここで一人の命を奪っておいて、その後の計画が成功したとしても、
それが何になろう」
マリアスに対し、あれほどまでに憎悪の視線を向けていたネイアスが、不思
議にもこう言った。マリアスにはよく分からぬが、ネイアスの私人としての心
情と、ある組織の頂にある者としての自尊心とが、激しく葛藤を起こしている
らしい。
「では、出直すとおっしゃるのですか?」
カイナーベルが叫ぶように、だが小さな声量で言った。
「……分からぬ、私には分からぬ。分かっているのは、レオンティールに我ら
がほとんど滅ぼされ、苦しみを受けたこと。そして今なお、この大陸のあちら
こちらで苦しんでいる領民がいるということだけだ」
言葉の後半は、あたかもマリアスに聞かせたいかのような様子のネイアスで
あった。
(どういうこと?)
心の中、そんな言葉を口にしたマリアスであったが、それはネイアスら五人
には伝わらなかった。
「俺は−−私は嫌でございます。ここまできながら、最初からやり直すなどと
は。そもそも、この計画自体、やり直しが利かない物だと、先ほど我が師ラン
ペターが言ったではございませんか」
「言葉が過ぎるぞ、カイナーベル」
重く、低い声は、ダルスペック。彼が続ける。
「よいか、我々があれやこれやとうろたえることはない。ネイアス様のご決断
に従えば、それでよいのだ」
このネイアスという女性、若いけれど、相当の信頼を得ているんだ。マリア
スはこんな状況にも関わらず、少しばかり圧倒されてしまっていた。
そして、マリアスが生きるか死ぬかも、今やそのネイアスの心一つにかかっ
ていると言えた。
「……決めた」
やがてネイアスが口を開いた。
彼女を信頼してやまない四人だけでなく、マリアスも彼女の唇がどう動くか、
緊張して見守る。
「我々はライ国とは違う。血を流すような事態は徹底的に避けるべきと考える。
加えて、今度の危機を招いたのは我が方の不始末。このようなことで命を奪っ
ては、恥にこそなれ、名誉にはならない」
「では」
ダルスペックが、短く言葉を差し挟んだ。
「城の者には誰にも気付かれぬよう、姿を消すとしよう。皆、すみやかに抜け
出る備えをするよう」
「マリアス姫はどういたします」
ランペターが問うた。
ネイアスは、どこか神妙な顔つきになって、ゆっくりと答える。
「……無事、抜け出すためには、このままにしておくしかないであろう」
マリアスがほっとしていたところに、ネイアスの鋭い声が飛んだ。
「ただし! 我らのことを少しでも分からせてやりたい。いかに己が偽善に塗
り固められた平和を生きてきたかを知らしめしてやろう。それが『親切』とい
うもの」
ふっとわずかな微笑をしてネイアスは、倒されたままのマリアスの前に跪い
た。
「よいか、お姫さん。聞いていた通り、我々はそなたの命を奪いはしない。こ
のまま、いなくなるとしよう。が、我々の受けた苦しみを知ってもらうには、
今までの話だけでは、まるで足りない」
そこで言葉を区切ると、ネイアスはまた立ち上がり、机の隅に置いてあった
二冊の書物を手に取った。
「これが何か分かるな? そう、この国の歴史書だ。当然、そなたもこれを勉
強して憶えているのであろう」
何か意志表示しなくてはと、マリアスは大きくうなずいて見せた。
ネイアスは満足そうに、そして嘲るように微笑すると、もう一冊の書物をか
ざした。古く、ぼろぼろにすり切れた本だ。
「こちらが何か分かる? 分かるはずもないだろう、これこそが真の歴史書だ。
そなたが幼い頃、いやまだ生まれる前からの血の歴史が封じてある。これを読
むがいい。そなたが学んだ歴史がいかに装飾されているかが分かる。はっきり
言おう、そなたの父レオンティールの手が、いかに汚れているかを知ることに
なる。
そしてもう一つ。そなたが知らぬ戦について贖罪の気持ちがあるのであれば、
この書を一人で読むといい。この国の他の輩に聞かせても、適当にごまかされ
るに違いないのだからね」
最後には何とはなしに寂しげな表情を見せながら、ネイアスは喋り終えた。
と同時に、マリアスは何か薬の染みた布をかがされた。それを自覚する前に、
意識が薄れていった……。
−−続く