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★タイトル (AZA ) 94/12/ 1 8:57 (200)
闇に光に告白を 3 永山 智也
★内容
「ご心配なのですか? 私もこの目で見た訳ではございませんが、ランペター
という呪術師は城内の者しか知らない姫の病のことを知っていたそうですし、
国王様の眼前で占術を実際にされたそうですから」
スワンソンは、呪術師のことを弁護した。彼女にとっては呪術師が本物であ
ろうが偽物であろうが関係なく、マリアスを元気にしてくれることだけが全て
だ。
「姫お付きのあなたがそう言うのであれば、私は何も言わないさ」
何とも言えぬ笑みを口元に浮かべ、ディオシスはきびすを返した。
「もうお帰りですか?」
「ああ。時間もないことだから。姫がお目覚めでなかったのが残念だが……。
早いご回復を祈っていると」
将軍は音を全く立てることなく、部屋を出て行った。
ランペターらの一行が術を始めてから六日目の朝−−。王のところへ、ラン
ペターからの結果がもたらされた。
「失礼いたします」
例によって謁見の間において、ランペターは一人、王の前に跪く。
「型どおりの挨拶なぞよい。して、結果はどうだったのだ?」
身を乗り出すようにする国王レオンティール。
それに対し、ランペターは返答をじらすかのようにゆっくりとした動作で、
懐から巻物を取り出した。
「これに全てを記しておきました。ただ、これは我々呪術師の間でのみ用いら
れる特殊な文字で書かれております故、私自身がお読みいたします」
そして巻物を広げ、朗々とした声を張り上げた。
「マリアス姫のご病気、その原因は分かりませぬが、軽い湖に沈む銀の貝殻を
粉とした物を、灰色の森の奥にひそむ白の野草の汁で溶き、それに炎の山に眠
る金剛石を一昼夜浸す。その金剛石を姫の額にあて、半時もすれば熱は収まる
と、このような結果が導かれましたのでございます」
「うむ……。軽い湖に沈む銀の貝殻とは何だ? 灰色の森とは? 炎の山とは
何を意味しておるんだ?」
困惑し、うろたえ加減のレオンティールとは好対照に、ランペターは落ち着
き払った態度で応じた。
「炎の山は簡明でございます。これは火山のことでございましょう。他の二つ
は、大陸の地図を拝見いたしましたところ、軽い湖とは南東の奥地にある塩湖
−−トラス湖のことではないかと、想像されます。また灰色の森とは、南部グ
レンバルト地方の海岸近くに位置する、立ち枯れの木の森を指し示す物と考え
られます」
「なるほど、塩湖に銀色の貝殻、立ち枯れの森に野草か……。火山はどこなの
だ? 特定できるのか?」
「金剛石の産出する山となれば、ある程度限定されましょう。それに、水晶球
に映し出された像を見る限り、この金剛石は無理矢理に掘り出すまでもなく、
表面に露出しているように考えられます。さらに、この火山、現在はその活動
を止めているはずです。これらの条件に合致する山に、お心当たりございます
でしょうか?」
「ふむ。すぐにでも調べさせよう」
国王の命で、国中の金剛石の採掘がなされている山が列挙された。さらにそ
れを条件によって絞り込んでいき、最も条件にかなうのは、大陸の最北端にあ
るノーム山が割り出された。
「これで間違いないのだな?」
レオンティールの念押しに、ランペターは無言でうなずいた。
レオンティールの大号令がかかった。
「急ぐのだ! これら三つの品を一刻も早く揃え、マリアスを治す!」
一日と経たぬ内に、銀色の貝殻、白の野草、金剛石は集められた。そしてす
ぐさま、ロッツコッドらの手によって、ランペターの言葉の通りの処置が施さ
れる。
その作業は、金剛石のかけらを一昼夜、液体に浸さねばならぬため、最終的
には呪術師の言葉がもたらされてから二日目の夜遅く、マリアスの元に金剛石
は届けられたことになる。
ロッツコッド医師が、慎重な手つきで問題の金剛石のかけら−−それは小指
にする指輪程度の大きさだった−−を、マリアスの額に乗せた。
「どうだ?」
緊張した面持ちで成り行きを見守るレオンティール。マリアスの兄・シーレ
イとて、それは同じであった。
ランペターとその弟子の一人、カイナーベルは、部屋の隅に黙ったまま、静
かに立っている。
「効かないではないか!」
衛兵の一人が、いらいらしたように声を荒げた。
その視線を物ともせず、ランペターは答える。
「しばしお待ちを。ここは自然の力で、最後の一押しをしてもらうことが必要
なのかもしれません」
そう言うと、彼はカイナーベルに目で何か合図を送った。こくりとうなずく
金髪のカイナーベル。
何をするのかと思ったら、カイナーベルは部屋の窓へ素早く歩み寄り、大き
く窓を開け放した。当然のことながら、風がふわりと流れ込んでくる。満月の
光もその強さを増したような気がする。
頭を窓に向けているマリアスの髪が、かすかに揺らめいた。
するとどうだろう! 高熱のために倒れて以来、ほとんど意識を取り戻さな
いでいたマリアスが、この瞬間に動いたのである。
「ん」
口元から、わずかな息と共に声が漏れ出てきた。ランペターとカイナーベル
を除く部屋にいる誰もがざわめく。
次には、マリアスの両目はしっかりと見開かれていた。
「あ……私……?」
横になったまま、首を動かして様子を探ろうとするマリアス。父王を始め、
周囲に多くの人間がいることに驚いているのが、ありありと分かる。
「マリアス!」
「姫!」
そんな歓声が、一気に沸き起こった。中でもレオンティールは、自分の娘を
しっかりと抱きしめる。
「お父様、これはいったい」
「よかった……よかった」
事態が呑み込めず、ぽかんとしたままのマリアスの頭を、レオンティールは
くしゃくしゃとなでた。
「姫、姫は熱を出されて、倒れてしまったんですよ」
横からスワンソンがそっと言った。それでようやく記憶がはっきりしてきた
らしく、マリアスは少し口を開けてから、何度かうなずいた。
「とりあえず、意識を取り戻されたようで、何よりでございます」
ランペターは、相変わらず静かな口調であった。
声に反応して、レオンティールらは振り向いた。
「おお、そなた達のおかげだ。まずは礼を言うぞ」
「ありがとうございます。ですが、その前に、まだ姫様は回復されたばかりで
す。あまり無理をなさると、お体に障ることになりかねません。我々もそこま
では、この金剛石の効力を保証できませんので」
「そうか。では、ロッツコッドとスワンソンを残し、他の者はひとまず、引き
上げることとしよう」
レオンティールはそう言ってから、再びマリアスの方を見た。
「お父様、どうなっているんです? 熱が下がったのだけは分かりましたけれ
ど……」
「マリアス、詳しいことはスワンソンから聞きなさい。今のところは、こちら
がおまえを救ってくれたとだけ、言っておこう」
レオンティールはランペターとカイナーベルを指し示した。
見たことのない男達を前に、きょとんとするマリアス。そんな彼女に、ラン
ペターら二人は、うやうやしく頭を下げて一礼をするのだった。
3 表の書・裏の書
金剛石の力が発揮されたあの夜から三日かからずに、マリアスは前以上に元
気になっていた。
大事をとって部屋にこもっていたが、もう我慢できないとばかり、今日は朝
から中庭を歩き回っていた。
「私が倒れている間に、小鳥の数が少なくなった気がするわ」
マリアスは空を見上げながら、不満そうに言った。
いつものように、スワンソンが受け答えする。
「そんなこと、ございませんでしょう。小鳥達と会いたいと、あまりにも期待
を膨らませていた分、その反動で数が少なく思えるだけです、きっと」
「そうかしら。蝶や花の数は変わらなく見えるのに」
まだ納得できないでいるマリアスの前に、大きな影が差した。
「−−ディオシス!」
「お久しぶりでございます、姫」
今日は軍の制服のディオシスは、優しげな声で語りかけ、同時に跪いて一礼
をした。帯剣こそしていないが、凛々しい戦士の姿である。
「やめて、ディオシス。そんな堅苦しい挨拶は」
「そのお声からすると、もう完全によくなられたみたいですね」
顔を上げて、ふっと笑みをこぼすディオシス将軍。
「そうなのよ。本当はね、あの金剛石のおかげで目が覚めたときから、元気満
満だったのよ。なのに、お父様やこのスワンソンがうるさくて」
と、マリアスはスワンそうの方を振り向いた。
スワンソンはやれやれといった身ぶりで、自分の立場をディオシスに伝えた。
「そうだわ、ディオシス。わざわざお見舞いに来てくれたんだ。私、眠ってい
たから分からなかったけど、どうもありがとう。本当に嬉しいっ」
「いえ、あのときは休みでしたから、兵士を代表してと思いまして」
マリアスの感謝の言葉に、ディオシスは戸惑ったようになる。
「あら、じゃあ、今は何なの? その格好、まさか休みのときでも軍服を着て
いる訳じゃあないんでしょう?」
「それは……その通りです」
「本当に意地悪な言い方しかできないんだから。そんなことじゃ、誰も女の人
から相手にされなくなるわ。ねえ、スワンソン?」
相づちを求めてきたマリアスに、スワンソンは曖昧に笑ってごまかした。
(姫の方がディオシス将軍を好きなのに……ね)
「あまり目立つことは差し控えておりますので……。いや、これはこちらのこ
とでした。それより」
ディオシスは表情を引き締めた。
「それより、ランペター殿らはどうされているか、存じておられますか」
レオンティールの信を一気に高めたランペターとその一行は、今やこのライ
国において重要な地位を手にしつつあった。
「さあ……。確か、お父様やお兄様、それに臣下全員と何か会議を開いていた
と思うけど、よく知らない」
「そうですか」
「あの方達はいい人よ。私のことを治してくれたし、今も国のためになること
に力を貸してくれようとしているそうなのよ。今朝の会議だって」
「別に私は……」
ディオシスは首を横に振った。それをマリアスは両手で止める。
「だめ、知ってるんだから」
「何を、でしょうか?」
「ディオシス、あなた、スワンソンに言ったそうじゃないの。ランペター達は
怪しいってね」
「そこまではっきりと言い切ってはおりません」
ディオシスは抗弁しながら、スワンソンの方を見た。
スワンソンもそんなことは姫に伝えていないという意志表示をする。
「確かに私、あのときの将軍の言葉を姫にお伝えしましたけど、それを姫が勝
手に解釈したのです」
「どっちだっていいの。ちらっとでも疑ったんでしょ、ディオシス?」
「……」
「どういう風に考えているか知らないけれど、あの方達がもし、ライ国にとっ
て悪いことを企んでいるのだったら、どうして私を助けるのよ? そのまま、
放っておけばいいじゃないの」
「……分かりました。あのときの言葉は取り消しておきましょう」
納得した訳ではなかったが、この場を丸く収めるために、ディオシスはそう
答えておくことにした。
そして、ディオシスの予感していたことは、思いもよらぬ形で発露する−−
マリアスだけの耳元へ。
たまたま、であった。ある夜、眠られずにいたマリアスは、とうとう起き出
してしまった。寝付かれぬときにいつもする、窓を開けて月の光を全身に浴び
るという「儀式」を経ても、彼女は眠くならなかった。
「このまま横になってるのも馬鹿らしい」
つぶやくと、マリアスはベッドから抜け出た。
こういうとき、大きな城に住んでいてよかったとマリアスは思う。つまらな
いことであるが、退屈になっても、家の中をうろうろするそれだけで、かなり
の時間が潰れてくれるから。
幸い、この夜は月の明かりも充分で、窓があるところならば何も持たずに歩
き回れる。マリアスは、なるべく自分が行ったことのない場所を選んで周り始
める。
住み慣れた城とは言え、夜ともなれば不気味な感じがしないでもない。その
最たるは、廊下のところどころにある銀の鎧である。きらりと鈍く光るのを視
界に捉えると、まるで動いているかのように思えてくる。
−−続く