AWC 闇に光に告白を 2     永山 智也


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闇に光に告白を 2     永山 智也
★内容
 氷室から持ち出された雪を皮の袋に詰めた物を姫の額にあてがいながら、ス
ワンソンは声を震わせた。
 マリアスはわずかにうなずいたように見えた。
 それからしばらくして、式典が終わったのであろう、レオンティール王とシ
ーレイ王子が正装のまま姿を見せた。
「私がいながらこんなことになって、申し訳ございません!」
 飛び上がるように立ち上がったスワンソンは、頭を深く深く下げた。
「いや、気にするでない。ロッツコッドにも分からぬほどの難病なのであろう」
 大きな身ぶりから、レオンティールはスワンソンと侍医−−ロッツコッド医
師を見据えた。
「さようでございます。私の力不足で姫を……」
「それはよい。なってしまったものはどうしようもない。今はマリアスを治す
ことに全力を注ぐのだ。して、どうなのだ、マリアスの様子は?」
 さすがに心配げな顔になり、尋ねるレオンティール。
「熱こそ高いのですが、その他はこれと言った異常は見受けられません。とも
かく熱をお下げしようと、解熱作用のある薬草の中から一つを用いてみました
が、効果は表れておりません」
「ふむ……とにかく続けてくれ。熱に効く野草は他にも何種類かあろう?」
「もちろんでございます」
「では、夜になっても変わらぬようであれば、他の薬草も用いるがよい。副作
用のないようにな」
「承知しました」
 侍医と国王がこんなやり取りをしている間、王子のシーレイは横になってい
るマリアスの枕元に寄り、
「しっかりしろ、マリアス」
 と、妹を励ますような声を何度かかけていた。
 引き上げる段階になって、レオンティールが言った。
「よいか、マリアスが熱を出して臥せっておることは極秘だ。ここにおる者以
外、ことの次第を知っているのは?」
「あ、あの、衛兵の……」
 スワンソンが答える。マリアスを運んだあの大男のことだ。
「よし。そちらの方も口止めしておけ。いずれ漏れ出るだろうが、城内にとど
めておくのだ」
 威圧的に申し渡すと、レオンティールは正装のマントをひるがえしながら、
シーレイと共に部屋を出て行った。
 わずかに静寂ができた後、スワンソンが侍医に尋ねる。
「何故、あそこまで姫のご病気を秘密にされるんでしょう?」
「さて、私のような一介の医者風情には計り知れんが……。想像するに、祝勝
記念の日の朝、姫様が原因不明の病で倒れられたとあっては、国内に不穏な空
気が立たんとも限らんからではないかな。つまり、姫様のご病気は、敗残国の
亡霊によるものだとかいう、非科学極まりない噂の類」
「まあ、そんな噂が立つ余地があるのですか、この国に?」
 スワンソンは、信じられないという風に口を手で覆った。
「あるね、遺憾ながら」
 侍医は声を低めた。
「大陸の統一がなって、平和が訪れたように見えるが、それは表面だけ。敗戦
国の民を皆殺しにできるはずもなく、そのまま各地で生活を営んでおろう。彼
らが不平不満を持っているのは当然至極のことじゃないかね。そやつらが姫様
のご病気のことを知れば、すぐにでも利用するだろう」
「そうですか……」
 スワンソンは、城の中でマリアス王女と平穏無事に暮らしてきたので、侍医
の言葉がすぐには受け入れられぬ様子である。
 そんなスワンソンの顔色を見て、ロッツコッド医師は、珍しくも茶化したよ
うに言い添える。
「あ、断っておくが、私は生粋のライ国の民だ。今の発言に何の悪意もない」


2 水晶球の一行

 三日経ってもマリアスの容態は回復しなかった。それどころか、いささか、
悪い方向に傾いているのかもしれなかった。と言うのも、意識を失ったままで
いることが多くなっているからである。それでも、マリアスの病気が公にされ
ることはなかった。もちろん、城の中の者、あるいは王室に近い者には伝わっ
てしまっていたが。
 侍医はあらゆる薬草を試してみたが、効果は現れず、また国中の医師をあた
ってみたものの、城からの呼び出しと聞いてしり込みする者ばかりであった。
 そんな折−−。
「何? マリアスの病のことを知っている者が来たと!」
 レオンティールは玉座から腰を浮かせ、報告に来た者にかみつかんばかりの
大声で言った。
「は、はい。呪術師のランペターと名乗る者が……」
「マリアスの病のことは城の外には漏れていないはずだ。そやつは、いかにし
て我が娘の変事を知ったと申しておる?」
「それが……よく理解できないのですが、水晶球に映し出されたそうです、マ
リアス姫の苦しんでおられる姿が」
「水晶球……呪術師……か。よし、そやつの持ち物を徹底的に調べた上、中に
通せ。すぐにだ」
「はい、承知しました」
 それからしばらくして、謁見の間なる部屋で、レオンティールはランペター
なる男と対面した。
 ランペターは、レオンティールが漠然と想像していたよりは、ずっと若かっ
た。呪術師と聞いて白髪の老人を思い描いていたのだが、実際はそうでなく、
三十代後半の一見、普通の働き盛りの男であった。身なりはあまりよくなく、
着衣は物持ちのよさを第一に考えられたような品である。が、それに包まれた
肉体は素晴らしい。腕の筋肉などは、弓でも撃っていたかのように発達してい
る。
「お目にかかる機会を与えていただき、大変に光栄と存じます」
 跪いたランペターは、乾いた声で言った。さすがに緊張しているらしい。
「うむ、面を上げてよいぞ」
 印象をよくしたレオンティールは、皮のバンドでまとめられたランペターの
黒髪を下に見ながら、重々しく声をかけた。
「早速だが、ランペター。そなた、我が娘のマリアスが、病で臥せっておると
申したそうだな」
「さようでございます」
「何故、そのようなことを申す?」
「私のような呪術師が信じております、水晶球で占ったところ、悪しき結果が
見えた。それだけのことでございます」
「水晶球とやらを見せてみい」
 レオンティールの命令に、ランペターは懐から拳大の透明な多面体を取り出
した。そう、多面体−−水晶球という名であるが、実際は正多面体らしい。
「どうぞ、お手に取ってお確かめくださいませ」
 差し出された水晶球を受け取るレオンティール。しばらく眺めてから、手の
ひらで転がしてみる。どうということのない、透明な物体に過ぎない。
「これに未来が映ると、そう申すのか、ランペター?」
「その通りでございます。ある程度の時間の範囲内でしたら、未来だけでなく、
過去についても現在についても不明の物事を占うことができましょう」
「ふん。やってみせよ」
 レオンティールは鼻息を荒くした。ここからが肝心である。この呪術師の言
葉が真実かどうか、確かめてやる。レオンティールはそんな気でいっぱいであ
った。
「と、おっしゃりますと?」
 ランペターは、ここで初めて若者らしく、目をぱちぱちさせた。
「何でもよい、今すぐに水晶球で占ってみせよ」
「……承知いたしました。それでは、ここ二日ほどの間に、この城内で起きた
ことを見させていただきます」
 そう言ってから、ランペターはレオンティールから水晶球を返してもらうと、
床に赤い布を広げ、中央に水晶球を据えた。それから何やら複雑に両の手を組
み合わせ、それを何度か繰り返したのち、やおら水晶球を取り上げた。と同時
に、呪術師の細い両目はぴたりと閉じられていた。
 ランペターの両手にしっかりと抱かれた水晶球。若き呪術師は、徐々にそれ
を己の額へと近付けていく。よく見ると、彼が額にしているバンドには、細か
な模様が描かれており、そのひとつに水晶球はぴたりと押し当てられた。
「ア、ヨ、モ、タ、マ、ヤ、ガ、ン」
 このような意味不明の音を口から発しながら、ランペターは一度立ち上がり、
すぐにまた跪く。
 やがて、水晶球は彼の額からゆっくりと離されていった。
「……ご覧ください。ただし、お手に取らぬよう願います」
 静かな口調で、ランペターは右手に乗せた水晶球をレオンティール王の眼前
に差し出した。
「おおっ!」
 驚きの声を発するレオンティール。先ほどまで透明であった水晶球の中心辺
りに、何やらうごめく物が映っているのだ。
「これは……何だ?」
「この像は……自然の力の異変を表しております。白と灰色から判断して、風
でしょう。風によって、城内の中の何かが破壊された事実はございませんでし
ょうか?」
 ランペターは顔をきっと上げ、レオンティールに尋ねてきた。レオンティー
ルは城内の物がどうなっているかまでは把握していなかったが、二日前に強風
が吹いたことは記憶していた。
「おい、そのようなことがあったかどうか、調べよ!」
 控えていた衛士に命ずる国王。その答はすぐに返ってきた。
「確かにございました。二日前の強風で、西側の中庭にある木々の一本が、根
本近くから折れてしまったそうです」
「そうか……」
 レオンティールは、改めてランペターを驚愕の目で見た。
「このことを申したのだな?」
「恐らく。お言葉でございますが、場を正式に設けて占うことができれば、よ
り正確な結果を示せた物と存じます」
「分かった。ランペター、そなたの言葉、信じよう」
「それでは、マリアス姫がご病気なのは事実なのでございますか?」
 自身の言葉を確かめるかのように、ランペターは声を震わせた。
「そうなのだ。そしてそなたに頼みがある。マリアスの病は、どうすれば治る
のか。それを占ってもらいたい」
「そのような大事を私のような呪術師ごときに」
「謙遜するでない。そなたの力は、先のことで認めた」
「ありがとうございます。それならば、姫の現在、さらには今後を見通すとい
う重要事にあたって、より正式な呪術の場が必要になります。そのために、私
の仲間達を城内に入れることをお許しください」
「仲間? そなたは一人でないのか」
「さようでございます。呪術師は放浪の身、一人旅は厳しうございますから、
他に四人ほど仲間がおります」
「よし、娘のために必要とあらば、許可しようではないか。部屋も与えるから、
自由に使うがよい」
「ありがたきお言葉。ですが、レオンティール国王。呪術の場の設置は方角も
大切でございます。のちほど、私自身がお部屋を定めさせていただきたいので
すが、かなえられましょうか?」
「ふむ……。絶対に使ってならん部屋もいくらかあるが、善処しよう」
「ご配慮、痛み入ります」
 ランペターは深く頭を下げると、衛兵の案内で謁見の間から退出した。
 ランペターの言った仲間とは、ダルスペック、カイナーベル、ネイアス、ザ
ックスなる四人であった。
 ダルスペックは長身で見事な顎髭の持ち主で、目つきが鋭い。金髪のカイナ
ーベルは一行の中では最年少らしく、マリアスより少し上といったところか。
唯一の女性がネイアスで、いつも濡れたような瞳をした、やせ気味の若い女だ
った。ザックスは巨漢で、彼だけは呪術の知識はなく、用心棒として連れ歩い
ているとのこと。
 一行に与えられた部屋−−正しくは、ランペターが選んだ部屋は、北と北西
の向きに合計四つの窓がある、元から使っていなかった空室であった。
 城内に迎え入れられたその日から、彼らは呪術の場を設け、部屋の中で儀式
めいたものを始めた。国王レオンティールの要望に応えるには、できうる限り
正確に、長く、そして盛大に儀式を執り行う必要がある。結果が出るのは、早
くても五日目以降になるという話である。

 マリアスにつきっきりのスワンソン。ノックの音に振り返る。
「これは、ディオシス様」
 扉が開かれたそこには、私服姿のディオシス将軍が立っていた。
 スワンソンは急いで立ち上がり、迎えようとする。
「いえ、気遣い無用。それよりも、ずっと姫の側にいて差し上げてください。
姫のご様子は?」
「私には何とも……。ロッツコッド医師にも分からないんですから。今のとこ
ろ、意識が戻ればその間に栄養をつけてもらうということのくり返しですわ」
「そう言えば、呪術師と称する者がマリアス姫の病を治してみせると名乗りを
上げ、城内に入ったようだが」
「聞いております」
「王はその者共を信頼されているのだ、私のような一兵卒が意見することでは
ないのだろうが」

−−続く




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