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★タイトル (AZA ) 94/12/ 1 0:55 (200)
闇に光に告白を 1 永山 智也
★内容
戦乱の世を終結させ、大陸の統一を果たした者。
それが英雄であれば、大地には歓喜の声があふれるであろう。
それが暴君であれば、大地には暗い沈黙が訪れるであろう。
今、天下を取った者がいずれであったのか。その答が……。
1 鳥愛づる王女
窓を開ける。待ちかねていたかのように、優しい風が花の香りと共に部屋に
流れ込む。室内は、陽の光が長く差し込んでいたせいもあって、すでに温もっ
ているのだが、さらに暖かになった気がする。
「ん」
ふっと息を漏らし、マリアスは軽く伸びをした。外を見れば、盛んに小鳥達
が飛び回っている。少し視線を下げると、城の庭に広がる大きな花畑の上をす
れすれに、白や黄色のかわいらしい蝶々が踊っている様子。
まず、黙って手を出す。小鳥達に対してゆっくりと手招きを繰り返すと、あ
る程度近くまでやって来た。
「おいで」
人の言葉を解したか、青い群の中の一羽が向きを換え、つーっとマリアスの
手のひらへと舞い降りる。それから腕を伝い、ぴょんと跳ねたかと思うと、窓
枠の木にしがみつき、落ち着いた。
「おまえは初めてかな」
小さな頭をなでてやってから、マリアスは話しかけた。もはや、目の前の鳥
のことしか頭にないらしく、人と話すのと全く変わらぬ調子。小鳥の方はきょ
とんとした眼のまま、くくるっと短い鳴き声を返す。
「ううん、前にも来ているわ。そう……ベニーよね」
機械仕掛けのように二度、首を振ると、その青い鳥は翼をばたつかせた。
「あ、待て。おまえを忘れたこと、怒っているんだったら謝るから」
慌てて手を差し出すマリアス。鳥はほんの短い距離を飛んだだけで、今度は
彼女の指先に居座る。
何か餌になる物をと振り返り、見回すマリアス。そのとき、部屋の扉が勢い
よく開かれた。
部屋の空気が大きく動き、また盛大に音もしたため、青い小鳥は消えるよう
に飛び去ってしまった。
「もう、スワンソン」
廊下への空間が大きく口を開けた扉の方を向きながら、マリアスは膨れっ面
になる。大きな瞳が、このときばかりは不釣り合いになってしまう。
「部屋に入るときは合図をするものよって、あれだけ言っているのに」
「失礼ながら姫」
作ったように堅い調子で、スワンソンと呼ばれた女性は応答した。年はマリ
アスとさほど変わらぬはずだが、こちらの方が外見・物腰とも数段落ち着きが
ある。
「私はちゃんと合図をいたしました。このように」
左の拳で扉の表面を軽く叩くスワンソン。こんこんこんと三回、音がした。
「ですが、姫の返事がありませんでしたので、私は念を押してもう一度、同じ
ことを繰り返したのです。それなのに返事がないとなれば、不安になって突然、
扉を開けることもお付きの者として当然の行為かと」
「分かったわ」
マリアスはため息をついた。早く、このお小言を終わらせよう。
「夢中になっていた私がいけなかったのよね? いつものように、朝、起きて
から鳥と話をしていた私が」
「その通りです。せめて、お目覚めになってすぐ、顔を見せてくだされば、姫
がそのあと鳥と話をされようが、風に抱かれておられようが、私も何も構いわ
いたしません」
「はーい」
間延びした返事をすると、マリアスはスワンソンのわきをすり抜けるように
して廊下に出た。そうしないと、まだまだ小言が続きそうな気配だったからだ。
「姫、そういった返事は改めること! それに窓が開け放したままです……」
スワンソンの金切り声が、マリアスの後方から聞こえてきた。
「本日は予定が入っています」
スワンソンの声が聞こえた。
国王たる父レオンティールや兄シーレイと同席しての朝食を終えたマリアス
は、鳥に関する分厚い書物を読もうとしていたところだった。
「え? 今日は勉強はないはず……」
マリアスは茶色の細い髪を揺らし、顔を上げた。
「本を読んでいるお暇はございません。よろしいですか? 十時から祝勝記念
式典にご列席していただきます。式典終了後、引き続き、功労者叙勲の儀に。
城に戻って昼食を挟みまして」
「待って。また祝勝の式典? この間、やったばかりじゃないの」
「前回は七年前の対ルビデン国戦勝の祝いでした。本日の式典は二十年前の対
ノンメード国戦勝の祝いなのです」
「二十年前ー? 私、まだ生まれてないじゃない」
「私もそうです」
「そうじゃなくて……。やたらと多いのよね、この手の式典が。そりゃあ、お
父さまは度重なる戦を勝ち抜いて、この大陸を統一する偉業を成し遂げられた
のは分かっているつもりよ。でも、いつまでも戦争に勝ったことを祝い続ける
のは不自然だわ」
「それは、この国の軍隊を鼓舞する意味と、国王の偉業をたたえる意味があっ
てのことです」
「今が平和なんだから、もう、ほどほどにしたらいいじゃない、ねえ。そうね、
大陸を統一した最後の戦い、オクトール国に勝った日だけを戦勝記念で祝えば
充分と思うけど」
「愚痴をこぼされてもどうしようもありません。時間がございませんし、お仕
度、急いでください」
スワンソンは静かな声で言い、式典での正装を取り出した。
マリアスは背中を向け、スワンソンに背中のボタンを外させる。
口では色々とだだをこねていたマリアスであったが、それほど深い意味はな
かった。いや、むしろ、式典に出る楽しみもあるのだから、喜んでいる気持ち
の方が強いかもしれない。
その楽しみとは、ある一人の将軍と堂々と会って、大っぴらに話ができる、
ただそれだけであった。
「マリアス姫」
鏡を媒介として、スワンソンがマリアスに話しかけてきた。彼女の口調はど
うにもきつい。
「何?」
「ディオシス将軍のことを考えておられますね」
「……」
「お顔で分かります。ディオシス将軍のことを考えている姫の顔は、いつも口
元をゆるめて、にやにや笑っています」
「そんな、虫を観察するように私を見ていたの? それでお父様に告げ口でも
するつもりね」
「あら、別に私はとがめだてしているのではございませんわ」
急に女性らしい声と顔つきになって、鏡の中に映ったスワンソンが言った。
「ディオシス将軍は素晴らしい方だと思います、私も。先の大戦でご武勇があ
りながら、控え目で。それにお顔が。常にきりりと引き締まった表情にあのき
れいな黒髪と来れば、姫さえも参ってしまって当然のことかもしれません」
「周りにいるほとんどの者は身分が違うって言うのに、おまえだけは分かって
くれるのね、スワンソン」
「ええ、分かっているつもりです。身分のことにしても、あの方はご自身から
明らかにされないだけで、実際のところは大変、高貴な家系ではないかという
噂もありますし」
こういう話題になると、いつもの口やかましいスワンソンはどこへやら、完
全に今の彼女はお喋り好きな一女子となっていた。
マリアスも、そんなスワンソンが好きで、ようやくこれまでの緊張を解いて
笑うことができた。
が、そのとき−−。
頭の中がすーっとなるのを覚えたマリアスは、溶け落ちる氷像のようにがく
りと床にへたり込んでしまう。
「姫?」
ちょうどマリアスから目を離していたスワンソン。振り返るとマリアスの姿
がなかったので、スワンソンの意識は恐慌を起こしてしまった。
「姫! 姫様! どうされたんです!」
叫び続けたが、マリアスからの反応は全くない。
倒れている姫の額に手をやる。その顔色は普段とさほど変わりないように見
えるのだが、熱があった。スワンソンはマリアスの肌に汗が浮かび始めている
のを認めた。
王室付きの医者を呼びに行こうと、立ち上がるスワンソン。その背中に弱々
しい声がかかった。
「スワンソン……大丈夫よ」
見ると、マリアスが身体を起こしかけている。
「だめです、姫! 横になっていてくださいまし!」
「……ったら……」
かすれるような声音。どうやら、「大丈夫ったら大丈夫よ」とでも言ったら
しい。言葉とは裏腹に、その表情も身体もまるで元気がない。
「いけません。熱があるじゃありませんか。すぐに侍医を呼んで参りますから、
絶対に動かないでください!」
きっぱり言ってから、スワンソンは部屋を飛び出していった。
いくらも経たない内に引き返してきた彼女は、侍医の他に大柄な男を一人、
引き連れていた。
スワンソンが目で合図をし、まずは大男がマリアスの側へ駆け寄る。
「失礼します、姫」
素早く言って、彼は姫を抱え上げ、寝台の上にそっと横たえさせた。
その間、厚手の眼鏡をかけた侍医は姫の熱を計り、スワンソンは水を用意す
る。
「おまえは、レオンティール国王にこのことをお伝えして」
スワンソンに命じられた先の大男は、緊張した面もちで出て行った。
「どうですか」
肩越しに、スワンソン。侍医は難しそうな表情で、
「何の病かは分からん。だが、この高熱では絶対安静にする必要が」
と答えながら、マリアスの肌の色に目を凝らしたり、腕を取ってみたりと、
診察を続ける。
「じゃあ、今日の式典は」
固くしぼった手拭いを整え、姫の額にのせながら、スワンソンは侍医に聞い
た。声はおろおろと震えてしまっている。
「式典に出るなんて、とんでもない! 無理だ」
「そんなに悪いんですか……。あの、どのくらいで治るんでしょうか」
「分からないんだよ。原因も治療法も何もかも。こんな高熱を出されるとは…
…」
ここで侍医は姫をちらりと見やった。そして続ける。
「幸い、熱の他は肌にも異常はないご様子だし、痛みも感じておられんようだ。
スワンソン、姫がどうされていたか、話してくれたまえ」
「話す、と言いますのは?」
「そう、今朝からの姫のご様子を知っている限り、話してほしい。姫がどうし
て高熱を出されたか、その理由を知るきっかけが掴めるかもしれん」
「分かりました。……いつも通り、姫を起こしに部屋まで行きますと、すでに
お目覚めでしたわ」
スワンソンは静かに始めた。改まって喋るせいか、いつもマリアスと交わす
会話のようにはいかず、敬語が多めになる。
「窓際に立っておられて、これもいつものように、小鳥達とおたわむれに」
「そのときのご様子は? お顔の色とか声の調子とかは、変わりがない?」
「はい……。少なくとも、私は気付きませんでした」
それからも、スワンソンは知っていることを全て話したが、侍医は首をひね
るだけであった。
「うーん、分からん。朝食がいけなかったのか……」
「しかし、それでしたら、他の方、例えば国王様も高熱をお出しになっている
のでは……。しかし、そのようなことはきいておりませんし」
「それはそうなんだが……。念のため、食事の残りもしくは食器を調べるよう、
伝えてくれんかね」
「はい、すぐに」
スワンソンは再び駆け出していった。
式典は中止にする訳にもいかず、そのまま執り行われていた。そしてもちろ
ん、マリアスの肉親−−父たるレオンティール国王、あるいは兄のシーレイも
式典を欠席できるはずなく、今はマリアスに関わっていられない状況である。
マリアスの欠席は、祝勝の式典という意味合いをおもんばかって、次のよう
な理由付けがなされていた。先の戦争で我がライ国のために命をなげうってく
れた無名戦士の墓を参ってやりたい、気まぐれなマリアス王女がこのように言
い出したため、と。
「……」
スワンソンは、侍医と共にマリアスの部屋にいた。つきっきりの看病。
マリアスの容態は悪くならないものの、よくもなっていない。相変わらずの
高熱で、横になったまま意識もはっきりしない様子である。ぜーぜーと、かす
かに呼吸が乱れていると言えようか。
王の名の下、国中から名医を呼び寄せているところであるが、時間がかかり
そうな気配であった。そもそも、王室付きの医者が国一番の名医であると認識
されてきたのだ。他の医師に手の施しようがあるのか、はなはだ疑問である。
「姫、気だけはしっかりと持っていてくださいませ」
−−続く