AWC 分裂   永山


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#1313/1336 短編
★タイトル (AZA     )  01/03/25  01:57  ( 76)
分裂   永山
★内容
 驚かずに、聞いてほしいんですが。
 分かった。折り入っての話と言うからには、重大なんだろう。
 私、多重人格なんです。
 ……ふむ。
 自覚ないんだけれど、偉い先生の診断で、そういうことになって。
 多重人格ねえ。小説で読んだ程度で、よくは知らないが、自覚がないとはお
かしくないかい。何らかの症状……たとえば、記憶の断絶がしばしば起きると
か、自分で自分を傷付けた痕跡があるとか。
 もちろん、そういったことはあります。自分を傷付けたのは一度きりですが、
記憶が抜け落ちてるなんて、しょっちゅう。我ながらひどい物忘れだわと、悩
みもしました。
 自覚があることになるんじゃない?
 あ、私の言い方がまずかったですね。……実感がない。自分の内に、別の人
格が存在するという実感が、全くないんです。
 実感がないのは、当然じゃないのかい。だって、SFじゃあるまいし、同時
に複数の人格は存在できないはず。
 別の人格を認識している症例もあるそうです。私にしても、『私』という人
格が他の人格を実感できていないだけで、他の人格は『私』という人格の存在
をはっきり認識しているのかもしれません。
 なるほど。自分がコインの表なのか裏なのか、という訳だね。
 こんな私でも、いいんですか。
 待て待て。まず、君が二重人格、じゃなかった、多重人格と診断されたのは
事実なんだね?
 ええ。嘘なんかついてません。嘘ついてどうなると言うんですか。
 怒らないでくれよ。僕は君が心配で……。これから一緒になるのに、その症
状のことは全く問題にならない。
 本当に?
 ああ。ただ、君のこと全部を知っておきたいんだ。だからこそ、一から聞か
せてくれないか。
 分かったわ、ごめんなさい。多重人格症だと診断されて、色んな治療方法を
試してきて、現に試しているんだけれど、ちっとも効果が発揮されていないみ
たいなの。
 治る見込みは充分あるんだろう?
 今の調子だと、時間が掛かりそうなんです。肉体的・精神的なストレスを軽
減していって、徐々に、徐々に、と。
 かまわない。僕は長く君と付き合っていくよ。
 でも、あなたのご両親を初めとする親族の方が、何て仰るか……私、とても
不安だわ。
 それこそ余計な気苦労だな。懸念を言う者が現れたって、僕が説得する。
 信じていいんですね。
 無論だよ。それで、君の言うストレスって、何だい? 人格が入れ替わると
ころを、僕の前で一度も見せていないから、ひょっとしたら、僕に原因がある
のかな……なんて思ってしまったんだけれどね。
 そんなことはないです。ストレスに、あなたは無関係。
 じゃあ、一体。
 実は……これもあなたに打ち明けるのは初めてですけど、驚かないで、怒ら
ないで聞いてください。
 ああ。何でも言ってご覧。
 私はかつて、別の男性とお付き合いをしていました。その人とはきっぱり別
れたんですが、私があなたと付き合い始めた頃になって、頻繁に接触しようと
してきたんです。
 僕と関係なくないじゃないか。そんな未練たらしい男がいたなんて、すぐに
でも言ってくれりゃよかったんだ。僕が話を着けてやる。即座に、やめさせて
やるさ。
 危険よ。何をするか分からない男なんです。命を落としかねない。
 そんな大げさな。……まさか、君に怪我を負わされたり、家を壊したりした
んじゃないだろうね?
 それはありません。私に対しては、優しく振る舞うんです。ただ、邪魔な存
在を排除しようとする傾向が。
 おかしいな。僕の身には何も起こってない。
 あの男に、あなたのことを一言も喋っていませんから。
 何だって。まったく、君一人で抱え込むんじゃない。きっぱり言ってやれば
いいんだ。君には僕という男がいるんだとね。
 でも……。
 僕は大丈夫だ。相手がどんな行動に出ようとも、絶対に負けない。
 あの。実を言うと、あの男はたまに私を尾けていることがあるんです。今日
もひょっとしたら……。
 何? じゃあ、この喫茶店の中に? ――うわ!
 オマエ ガ カノジョ ヲ タブラカシタンダナ? コロシテヤル!

 心配げな若夫婦を前に、医者が言った。
「ご覧の通り、お嬢さんは、極めて珍しい形の多重人格の症状を呈しています」
 診察台では、小学校に上がったばかりの女の子が、奇妙な一人芝居を続けて
いた。

――終




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