AWC お題>ノックの音がした>入ってます   平野年男


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#845/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/ 8   0:24  (101)
お題>ノックの音がした>入ってます   平野年男
★内容
 ノックの音がした。
 ナムはぎょっとし、伸ばしかけた手を引いた。
 コムはナムと同じようにした上、両腕で自らを抱きしめている。
「聞こえた……よな?」
 ナムがコムに尋ねた。その目は、焦点が定まっておらず、おどおどしている。
「うん、き、聞こえた聞こえた。ノックの音が……棺桶の中から」
「お、おまえも、棺桶の中からと思った?」
「お、お、おう。信じたくねえけど、確かに……」
 二人は問題の棺桶をじっと見つめた。
 ナムとコムは、墓堀人だ。遺体を埋葬するのが仕事。
 埋葬は、巨大な洞窟の奥深くで行われる。この神聖な場所に入れるのは、神
官やその従者の他は、許可を得た墓堀人だけ。名誉ある職と言っていい。
 彼らがこれまでに扱ってきた棺桶の数は、千を軽く超えるだろう。言わば、
ベテランの域。
 元来、ナムもコムも恐がりなのだが、それでもこの仕事を続けるのには訳が
ある。当然、実入りがいいからだ。
 そんな彼らが怯えているのは、これまで一度として、体験していない事態に
遭遇したからである。経験さえあれば、棺桶から手足が生えようが、二つに増
殖しようが、耐えられるはず。
「どうする、おめえ?」
「……突っついてみっか?」
 常備している釘抜きを拾い上げると、コムはその先っちょで、怪しい棺桶の
上っ面を軽く叩いてみた。叩くと言うよりも、振るえる腕のせいで、勝手に当
たった感じが強い。
 ほどなくして、ノックが聞こえてきた。
「ひ!」
 ナムとコムはみっともなくも、抱き合った。その場にぺたんと座り込み、が
たがた震える。
 同時に、吹き込んできた風に灯火が大きく揺れて、怖さを煽る。
 表記しがたいわめき声を上げながら、ナムとコムが逃げ出そうとした矢先、
棺桶の中から声が聞こえた。
「助けて……ください」
 足を止め、ん?と顔を見合わせる墓堀人二人。
 揃って棺桶に顔を向け、二人三脚でもするかのように、足並み合わせてゆっ
くりと近付く。
「助けてください。私は生きている」
 また声がして、二人は足を止めたが、今度は恐怖心もだいぶ薄らいだ。手を
伸ばせば届く位置に立ち、棺桶に呼びかける。
「おーい……誰だ?」
「あ、開けてください! 息苦しい。早く!」
 切羽詰まった口調に、ナムとコムは、釘抜きを手に、開けにかかる。
 およそ五分後、蓋は取り去れられ、死に装束を施した若い男が現れた。
「ありがとう、助かりました。で、でも、もう一人、私のような目に遭ってい
る仲間が」
「何だって? ど、どの棺桶だ?」
 若者は、うつろな目で辺りを見渡し、やがて一つを指差した。
 三人がかりで開けると、中からはやはり死に装束姿の男が横たわっていた。
こちらは、中年ぐらいか。意識を失ったまま、目覚めないでいるらしい。
「大丈夫、息はあります」
 自らの判断に、若者は安心したようにうなずいた。
「それで、あんた、どうしてこんなことになった?」
 ナムが尋ねる。
「かたきの罠にはまって、生きたまま埋葬されそうになったのです。あちらの
彼は、私の幼なじみの父親で」
「ふむ。世の中には、悪い奴がいるもんだ」
 ナムとコムはうなずき合った。
「俺達も、生きたままの人間を埋葬したとあっちゃあ、寝覚めが悪くなるとこ
ろだった。あんたら、しばらく休んでな。俺達の仕事が済んだら、外に連れ出
してやるよ」
「し、しかし、私はここに生きて入ることはもちろん、出ることも許されてい
ない身分。大丈夫でしょうか……」
 岩に腰掛けたまま洞窟内を見回し、不安げな若者。
 ナムとコムは、そちらに背を向け、埋葬作業に取りかかった。
「ああ、大丈夫だって。俺達だって卑しい身分だけどよ、一応、神官様に顔が
利く。話せば、分かってくれるだろうし」
「そうですか」
 若者は立ち上がった。
「でも、その必要はない」
「え−−?」
 肩越しに振り返ると、若者の他、中年男もいつの間にか起き上がっていた。
 彼らの手には、大きな石が……。
 墓堀人達は、打ち倒された。

 洞窟の口に立つ見張りに、遅かったなと声をかけられた二人は、「すんませ
ん」とだけ答え、そそくさと立ち去った。
「うまく行ったようです」
「ああ」
 若者と中年は、声を殺して笑っていた。
「あの墓堀人ども、釘抜きなんか、何のために持っているんだ? けっ。埋葬
するのに、必要ないだろうが」
「噂は本当でしたね。あいつら、棺桶を開けて、中から食い物や酒、装飾品を
持ち出していたんだ」
「こうなってくると、女を死姦していたっていう噂も、あながち、外れじゃね
えかもな」
「私の母親も、やられたかもしれない……」
「復讐は果たした。これは正当なものなんだ、気にするな」
「気にしてなんかいませんよ」
 頭部を隠すフードを取ると、息をついた若者。
「それより、どうしましょう? 墓堀人どもは私達の棺桶に入れて埋めたから、
すぐ気付かれることはないでしょうが……。しばらくばれないように、墓堀人
のふりをして、あそこに出入りしますか?」
 その問いかけに、腕組みをして考える中年男。
「うーむ……。いや、やめておこう」
「何故です? 下手をしたら、私達が怪しまれるかもしれない」
「分かってないな」
 中年男はにやりと笑った。
 首を傾げた若者に、得意そうに教えてやる。
「墓堀人のふりをしていたら、俺達みたいに復讐にやって来た奴に、間違って
殺されるかもしれないじゃないか。そんな危ない真似、やってられん」

−−終劇




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