AWC お題>ノックの音がした>開けるな   永山智也


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#841/1336 短編
★タイトル (AZA     )  97/ 8/ 7   1:19  ( 78)
お題>ノックの音がした>開けるな   永山智也
★内容
 ノックの音がした。
 開けなくても、誰が叩いたのか分かる。
 何故って。
「はい、開けて。免許証を」
 身振り手振りを交え、警察官が言っている。
 こんな夜中に、検問か。さて、困った。
 俺はハンドルから手を離すのを殊更にゆっくりとし、考える。
 免許証をどこに置いたか、ど忘れしたふりをして時間稼ぎだ。
「早くしなさい。とにかく、窓、開けて」
 聞こえないふりもしようかと思ったが、それはあまりにあざとすぎると考え
直し、ボタン操作をする。
「何かあったんですか?」
 作り笑いに、懐中電灯の光を当てられ、思わず顔をしかめた。
「三人組の強盗が逃げてる。早く免許証を」
「はいはい」
 内心、ほっとしながら、免許証を差し出す。強盗? そんなもん、俺には関
係ねぇ。
 警官は、再度、ライトを当てながら聞いてきた。
「あんた、一人かい?」
「ええ」
「何で、こんな時間にこんな山間道を走ってるんだね?」
「知り合いというか、恩師の家に行くところですよ。今日中に着かないと」
「ふむ。念のため、トランク、開けて」
「な、何でですか? 強盗は三人組だって、今」
 焦りから、つい、反抗的な言葉を口走ってしまった。
「分散して、逃亡してるかもしれんだろ。さあ、やましいところがなければ、
大人しく開けるんだ」
「……」
「どうした? ははん、やばい物でも積んでるんじゃないのか」
 俺はうなずきたかった。やばい物と言えば、やばい物に違いない。
「ようし、挙動不審てことで、見せてもらおうじゃないの。さっ、早くしろ」
「……あのぉ、どうしても開けなければいけませんか」
「お、急に丁寧になったな。開けろ。ますます怪しいんだよ」
「じゃ、じゃあ、開けます。ただし、注意してくださいよ」
 無関係の人を巻き込みたくない。警官を好きじゃないからといって、無闇に
困らせる趣味もない。つまり、真摯な気持ちで言ったのだ。
 それなのに。
「注意? 何だってんだ、全く。どうせ、拳銃か麻薬だろ」
「いえ、違います。非常に凶暴で……」
「ん? じゃあ、何か、猛獣でも入ってんのか。大蛇とかライオンとか……」
 途端に、ぎょっとした視線を、俺の車のトランクに向ける警官。
「え、ええ、猛獣、ですかね……。大蛇やライオンなんかより、もっと質が悪
いですけれどね」
「何なんだ! はっきり言え!」
「それが、自分も、名前は知らないんで。大口を持った化け物みたいな奴とし
か、言えません。ですから、お巡りさん。噛みつかれないように、ようく注意
してください」
「あ、ああ、分かった」
 警官は鼻の頭をこすりながら、後部トランクのすぐ横に立った。
「あ、そこは危ない」
「どうしてだ? 噛みつくとか言ったって、飛んでくる訳じゃあるまい? か
らかうと、承知せんぞ、おら」
「そこは近すぎます。もう少し、離れてた方が。それに、蓋を開けるときは、
棒か何かで」
「うまいこと言って、逃げるチャンスを窺ってるんじゃないのか、おまえ? 
妙な考えは起こさん方が、身のためだぞ」
「違いますよ。本当に、危険なんだ」
「危険、結構。猛獣が恐くて、警官をやってられるかってんだ。開けてもらお
うじゃないか。手間を取らせやがって。さっさとしろ」
「……どうなっても知りませんから」
 俺はぼそっとつぶやいて、トランクを開けた。かちゃりとかすかな音がして、
蓋が浮く。
 バックミラーを通して、警官が手を伸ばす様子が見えた。
 −−あいつは、警官が充分に近付くのを見計らっていたようだ。
 警官が片腕で警戒をしながら、もう片方の腕で蓋をいっぱいに開いた。
 そして上半身を突っ込むようにして、トランク内部を覗いている。
「こら! 脅かしやがって、馬鹿もんが! 何にもないじゃ−−」
 警官の声が途切れた。
 トランクの蓋が力強く、警官の身体を噛み砕いていく。
「だから言ったのに」
 俺は独りごちて、額に手を当てた。
 他に大勢の警官がいる。簡単には逃げられない。
 こうなったら、警官全員、トランクの化け物に食われてもらうとするか。
 この化け物を心待ちにしている我が恩師も、餌代がいくらか浮いて、喜んで
くださるだろう。
 さあ、餌達が集まってくる……。

−−FADE-OUT




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