#5438/5495 長編
★タイトル (AZA ) 01/04/01 23:23 (200)
お題>失せもの探し 2 永山
★内容
「詳しくは分かりませんが、要するに、安藤さんは加納朱美を追っている訳で、
この二週間、その加納に依頼人が全く近付かなかったのは、安藤さん自身が請
け負うでしょう?」
「そりゃそうだ」
「だが、実際は依頼人が加納を殺害していたとしたら……これ以上のアリバイ
はありませんよ」
「馬鹿な。依頼人に加納を殺すチャンスはなかった」
「そこは、想像もつかないトリックが使われたと考えれば――」
「刑事がトリックなんて言葉、吐くんじゃねえよ」
高本を小突いた安藤は、不機嫌そうに唇を曲げ、その隙間に押し込むように
して煙草をくわえた。
「偽アリバイを作った方法ってのを、ちゃんと示してみろ。そうしたら、ちっ
とはまともに取り合ってやらあ」
「すんません。休みを満足に取れなかった分、疲れてるようでして……、顔を
出したがらない依頼人というのが、何故か気になってしまう……」
「考えすぎると、ますます休めんぞ。表に出たがらない依頼人なんぞ、別に珍
しくもないさね。この仕事をやるようになって、ようく分かった。これまでに、
いくらでもおったもんだ」
これでこの話は終わりと宣言するかのごとく、安藤は短くなった煙草を、備
え付けの吸殻入れに押しつけた。白い煙がねじれながら、昇っていく。
「加納朱美の家族の者は、どんな反応をしてんですか」
「娘が失踪状態なのを、まだ知らんはずだ。両親は、新潟の農村にいるそうだ
がな。俺は連絡してないし、連絡先も聞いておらん。依頼人もまだ言ってない
ような口ぶりだった」
「まさか、その新潟の実家にいる、なんてことはないでしょうねえ」
「だから、生田の別荘に入ったきり、出て来てねえんだ。何度も言わせるな」
「そこを何らかのトリ」
自ら気付き、慌てて口を閉ざす高本。そんなかつての後輩を、安藤はじろり
とにらんで、「鳥がどうしたって?」と言った。
何も答えずにいる高本に、安藤は言葉を連ねた。
「おまえ、変わったんじゃねえか? 俺の知ってる高本は、もっと刑事らしい
刑事だったぞ。それが今や、トリックトリック。推理小説にかぶれたか?」
「あ、いえ……実は、息子の影響でして」
頭を掻きつつ、照れ笑いをする高本。
「たまに一家団欒を楽しめるときなんかは、当然、テレビをつけましてね。息
子は小一なんですが、ご多分に漏れず、テレビアニメが好きで。それも、私立
探偵の出て来る推理アニメが。観ないと学校で仲間外れにされかねないほどの
人気番組で、毎週欠かさず観てるようです。俺もときどきそういうのを観てる
訳ですから、だいぶ感化されちまったようです」
「はん、話が長い。子供がかわいいのは分かるが、だらだら喋るんじゃねえ」
辟易した風に眉を寄せ、口はへの字の安藤。突然、その両眼を険しくした。
「生田の野郎、動いた」
「まじっすか?」
安藤の見据える先に、高本も目を向ける。月はおろか、星も大して出ていな
い曇天の夜故、分かりにくい。しかし、人影だけは認視できた。別荘の勝手口
近辺を、うろうろしている。生田当人に違いない。
高本は一瞬だけ、時計に視線を飛ばす。
「時刻――案外早いな。午後七時五分」
「近所が飯食ってる隙にって寸法かもしれんな」
「大荷物でも持ってます? 俺からはよく見えなくて……」
「若いくせに、俺の方が視力がいいのか。だらしないな」
「こう暗くて距離があると、にっちもさっちもいきません」
「生田はたった今、庭の方に回った。ここからは見えねえ。だが、その裏手は
森だ。入り込む道もないから、心配いらん」
「飛び出す準備、しときますかね」
「おお。――あ、こっちに出て来たな。どうするつもりだ」
言葉の通り、生田が庭から表に回って、ごみ袋らしき物を手に、うつむき加
減にぶらぶら歩いている。
「もしや、あの中に……?」
高本は皆まで言わずにおき、安藤の思考を探るべく、運転席へと向いた。
安藤はハンドルにかぶりつくようにして、少々離れた場所で展開される情景
を凝視していたが、やがて首を捻った。
「あまりにも軽々と持っとる。最悪、切断した死体の一部が入っているとして
も、ちょいと軽すぎるようだ。気に入らん」
「安藤さん、死体とは限りませんよ。もしかすると、加納朱美の私物をまとめ
て入れ、処分するつもりだとも考えられる」
「おおっ。そうだな」
高本の言い方がまずかったのだろうか。落胆した風だった安藤は、突如元気
になり、自ら車を飛び出していってしまった。この瞬間を逃すとチャンスはな
い、という思いが大胆な行動に走らせたに違いない。だが、冷静さを欠いた行
動でもある。たとえば、単なる生活ごみを捨てに出ただけという可能性も、考
慮に入れなければいけない。現役の頃なら、こんな無茶はしない人だったのに
……高本は驚くと同時に、寂しさも感じていた。
今から追いかけても間に合わないのは、分かっていた。高本はともかく車外
に出て、「安藤さん!」と叫んだ。
安藤は年齢の割に足が速く、すでに別荘の目前まで達していた。当然、生田
も気付いたろう。高本が自動車の運転席側ドアを開け、ライトを灯すと、別荘
とその前で立ち尽くす生田の姿を捕らえることができた。
「生田! 袋の中身を見せろ!」
安藤の怒鳴り声が聞こえた。高本は狼狽気味に、あとを追った。安藤はすっ
かり現役時代に戻った気でいるようだが、一私人が現行犯相手でもなく、また
決定的な証拠を見つけてもいないのに、あんな強制的に捜査しようとするなん
て、許されない。トラブルの元だ。
高本は、己の立場を心配しつつも、駆けつけた。
生田の手から袋を奪った安藤が、腰を折り曲げ、中を漁っている。まだ乾燥
しきっていない地面に転がり出たのは、紛れもなく生活ごみばかりだった。
「どういうことだ?」
安藤は怒ったように吠え、野獣が得物に飛びかかる目つきで、生田をにらん
だ。生田も負けずに、警戒する視線を差し向け、「どういうことだとは、こっ
ちの台詞だ」と幾分迫力不足ながらも、言い返す。三秒ほどの静寂ができ、高
本はそこへ割り込んだ。
「あ、すいません。私の叔父でして」
身分は告げず、後頭部に片手をやったポーズで、生田にぺこぺこ頭を下げる。
「な、何だね、あなたは……」
「ちょっと、お耳を拝借できますか」
安藤の動きに意識を向けながら、高本は生田に小声で嘘の説明を始めた。
「実は、叔父は自他ともに認めるナチュラリストで、こういう自然の残る土地
土地を訪ねては、そこに暮らす人達の生活ぶりをチェックする癖がありまして。
日頃から、他人様の迷惑になるから、やめておけと家族一同で注意してるんで
すが、なかなか頑固でして、はあ。私どもの目を盗んでは、こうして出掛けて
きて、チェックする……。それで今夜、こうして連れ戻しに来たところ、ちょ
うどあなたにご迷惑をお掛けしてしまった場面に出くわしたという次第です」
「何か……分かったような分からないような……?」
狐につままれたみたいに首を傾げる生田。とっさに捻り出した言い訳だ。喋
った高本も、筋道が通っているのか否か、よく分からない。
「お詫びします。その前に、ちょっと失礼」
早口で断りを入れ、高本は、膝を突いたままでいる安藤へ素早く駆け寄り、
これまた小さな声で言った。
「安藤さん、まずいですよ」
「し、しかしだなあ」
「出直しです。この場は俺がうまく言い繕いました。やり直しは利きますから」
目線に力を込め、説得した。気迫が通じたか、安藤は大人しく首を縦に振る。
「俺はもう少しだけ話をして、けりをつけますから、安藤さんは先に車へ」
「分かった。おまえは、ぼろを出すなよ」
安藤の言い種に苦笑を覚えたが、ぐっとこらえる高本。そのままかつての先
輩の背を押し、車へ向かわせた。そして生田へ向き直る。
「お待たせしました。叔父は興奮してまして、謝罪はちょっと……申し訳ない」
「いや、まあ、あなたに謝ってもらったのだから、よしとしましょう」
「それはどうも……。で、いかほどお支払いすれば?」
「はあ?」
「失礼になるかとは思いますが、慰謝料と言いますか、要するに、お詫びの気
持ちを形で示そうかと……」
「この程度のことで、慰謝料なんて、いりませんよ」
呆れ口調になる生田。高本はそれでも念のため、すぐには引き下がらず、何
度か押し問答を演じた。結局、支払わなくていいことで落ち着く。
「二度とこんなことのないようにします。本当に、申し訳ありません」
深々と礼をしたあと、高本はきびすを返した。そして安藤の車まで駆け足で
戻ると、すぐさま発進させてもらった。
「どういう話をしたんだ? 何故、ここを去らねばならん?」
「いいから。今は、これ以上怪しまれないようにするのが、最善の策ですよ」
しばらく夜道を行き、生田の別荘から充分離れた地点で、ようやく停止。周
りを木々に囲まれ、エンジンを切ると、虫の音でも聞こえてきそうな雰囲気だ。
「安藤さん、はっきり言わせてもらいますが、今のは勇み足です」
「確かに、結果的にそうなったが」
「結果だけじゃなく、飛び込む前から、無茶でしたよ。確証がないんだから」
「……そうだな。気持ちが先走っておった。すまん」
こうべを垂れる安藤に対し、高本は肩に手をやり、起こさせた。
「やめてくださいよ」
「しかし、現職のおまえの立場を考えずに、俺は失態をやらかしたんだ。手柄
をやるつもりが、これでは足を引っ張りかねん」
「さっき俺が言ったように、まだ大丈夫なんですよっ。失地回復は可能です」
高本の励ましに、安藤はようようのことで、目に光を取り戻した。
「そうだな。続けてみるか。死体さえ、出て来ればな……」
「もしもし。高本ですが」
「あっ、例の件か。安藤さんの様子、どうだい?」
「残念ですが、あれは重症ですねえ。頭の中で、自分は刑事事件を扱う私立探
偵である、と信じ切っています」
「そうかあ、やはりなあ。妙な行動が段々、目に着き出してはいたが」
「刑事を退職してから、随分と経ってから、急に症状が出たことになりますね」
「刑事時代を忘れられず、探偵の看板を掲げて、事務所を開いたはいいが、だ
ーれも来ないから、おかしくなっちまったようなんだ」
「今回も、依頼されていないのに、加納という女性を尾け回して、生田という
男性の別荘まで追跡してました。そこから加納の姿が消えたもんだから、安藤
さん、殺しだと思い込んで、死体の処理法を躍起になって探ってます。ばらば
らにして運び出したか、埋めたかといった可能性が否定されて、とうとう、生
田が加納を食っちまったとまで考え始めたようで……」
「ほう、突飛もないこと、考え付くもんだ。惚けても、脳味噌は柔らかいか」
「いえ、それが、外国の推理小説を読んで、ヒントを得たみたいでして」
「推理小説? なーんだ。ははは、トリック嫌いだったあの安藤さんが、推理
小説のトリックからヒントを得るなんて、漫画みたいだな」
「笑い事ではありません。安藤さん、これに違いないと張り切ってしまって、
警察が動かないのなら、俺一人で乗り込んで、証拠を見つけてやる、と……」
「証拠って、死体を食ったのなら、何も残らんだろ。ははは」
「二週間で人間一体を食い尽くせるはずがない、食い残しが必ずあるはずだと
主張して、明日にも乗り込む気配なんですよ。どうにかしないと」
「そりゃ困ったな。警察OBが起こしたトラブルとなると、こっちにも火の粉
が降り懸かりかねん。高本君、何とかならんか? 今までは、事件――安藤さ
ん妄想の――結末を曖昧にして、安藤さんを丸め込んでいたんだ」
「今度は厄介ですよ。何らかの形で決着しないと、収まりそうにありません」
「嘘の決着でかまわん。いい案はないか? そもそも、加納は本当のところ、
どうやって生田の家から消えたんだね?」
「それなら、生田氏を後日訪ねて聞きました。加納はアマチュアの劇団に入っ
ており、衣装や小道具を借りに来たそうです。郵便配達員の衣装とバイクを」
「な? ということは、加納は郵便配達員の格好に着替えて、バイクで帰って
いったのか? 車を置いて」
「そうなります。前衛的な劇らしく、舞台上をバイクが走り回るとか。郵便配
達員の衣装は演出上、泥まみれにしたいから、わざと着込んで行ったんだと説
明がありました。加納が今、その劇に出ているのも確かめました」
「何とまあ……そんな偶然があったおかげで、安藤さんも見逃したんだな」
「そのようです。俺だって、この話を聞いたときは唖然としましたよ。生田氏
がそんな衣装を持ってるとは思わないし、ましてや衣装を着て帰るなんて」
「ま、そのことはいい。安藤さんの方を何とかしてくれないか」
「はあ。現在のところ、一つしか案が浮かばないのですが」
「何でもいい、この件を解決できるのであれば。言ってみてくれないか」
「生田氏にしばらく別荘から離れてもらわないといけないのですが……生田氏
は殺人犯で、やはり加納を殺していたと。彼は女の遺体をばらばらにし、共犯
者に手渡して家の外へと運ばせた。その後、安藤探偵に感づかれそうになった
ので逃げ出した、てな筋書きで行けますかね?」
「ん? 生田氏の協力が得られれば大丈夫だと思うが、肝心なところが抜けて
るぞ。共犯者が死体を運び出したとは、どんな方法なんだね?」
「共犯は郵便配達員に化け、生田氏の別荘を訪れた。そして大きな荷物を渡す
ふりをして、逆に生田氏から死体の一部を受け取る。これを何度か繰り返し、
人間一体を消し去った、という方法を考えましたが、どうでしょう?」
「なるほどな。高本君は、トリックの案出の才能があるのかな。ははは!」
「ご冗談を! 刑事の俺が死体処理を考えるなんて、これっきりです」
「ははは。とにかく、その線で行こう。あとは君に任せる。頼んだよ」
「了解しました。あの、その代わりに特別休暇、お願いしますよ」
――終わり