AWC 空白 〜 青陽寮殺人事件 6    永山


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#5005/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/27   1:51  (198)
空白 〜 青陽寮殺人事件 6    永山
★内容
「あー、君と被害者はしょっちゅう言い争っていたか」
「そんなことないです。たまに、ぐらい」
「たまに言い争い、それが大ごとに発展したのかもしれんな」
「違いますよ。反町が死ぬ前の日曜、口喧嘩したのはしたけれど、それだけの
ことで、あとは何にも」
 自分の言葉で語り始めた草島を見て、渡は黙ってうなずいた。これで聴取に
も弾みがつくだろう。
「そうか。――おお、そうそう、忘れるところだった」
 素人芝居めいて、鍋谷が切り出した。手の平をこぶしでぽんと打ちかねない。
「君の言っていたアリバイ……レンタルビデオ屋にビデオを返しに行ったとい
う話な、裏が取れた」
「そ、りゃあそうでしょう。事実なんだから」
「これで少なくとも、君が土橋先生相手に強盗を働き、矢田口君を殺すのはか
なり厳しくなった訳だ。君が自宅アパートから寮に向かったのだとしたらな」
「だとしたらって……事実ですよ」
 目を細くし、唇も尖らせる草島。鍋谷は声を大きくした。
「では聞くがあ、彼女が死んだと知らされた直後、のんきにビデオを返しに行
くとは、君の神経はどういう仕組みになっとるんだろうな?」
「あ……あ」
 口を開け、黙す草島。顔色が変わった。元々日焼けしていない肌が、一気に
白っぽくなる。
「反町さんのこと、どうでもよかったんか? そんなはずないよな。通夜では
泣いとったんだから」
「……」
 今度は口をつぐみ、同じくだんまりを決め込む。言葉を探しているのか、時
折、唇を舌で嘗める。
「今時の若いのは、合理主義なんかね。彼女の死を確認するついでに、返却期
限間際のビデオを返しに行った」
 何ら語ろうとしない草島に、鍋谷が顔を近付ける。
「どうなんだ? おまえ、本当は殺しただろう?」
「し、てないっ、ですよ。そんなこと」
 草島が金切り声を上げた。男にしては相当な高音だ。渡が出そうとすれば、
すぐさま声が裏返ってしまって、だめだろう。
「じゃあ、ビデオ返却の不自然さを、納得行くように説明してもらおうかい」
「そ、れは、その」
 しどろもどろになる草島が身をくねらせると、その度に、耳のピアスが光を
反射する。
「納得できる説明を聞かせてもらわんことには、こちらとしても、君を帰す訳
には行かなくなる、かもしれん」
 微妙に強弱を付けた言い回しで、鍋谷が迫る。飛び抜けて強面と言うほどで
はないが、体格がよいので、相手を威圧するに充分な迫力だ。
 草島が犯人だとしたら、彼のようなタイプはこの場で洗いざらい白状する可
能性も結構あると渡は踏んでいた。
 両腕を太股の上に突き立て、うなだれる草島。明らかに緊張しているが、焦
りの汗は出ない体質らしい。完全に引いたように見える。
「あれは、ですね」
 草島が喋りを再開するまで、およそ二分間を要しただろう。
 対照的に汗かきな鍋谷は顎を振り、草島の言を絡め取る。
「うむ。あれは? どうした?」
 余裕たっぷりの口ぶりに聞こえたが、その実、鍋谷の手に力が入ったのが分
かる。握られたタオルにしわが寄り、さざ波のごとく動いた。
「借りてたビデオを返しに行ったのは」
 草島の声の調子がおかしいことに気が付いた。震えている。
「元々、持っていたから」
「ん? 何だって? 分かるように言ってくれ」
「最初に、アパートを出て、ゲームセンターに行くときに、もう持っていた。
真弥と会って、それから遊びに行く予定だった。遊びに行って、レンタル店の
近くに来たとき、ついでに返すつもりでした」
 鍋谷が渡へ目線を投げかけてきた。渡は一つうなずき、草島へと話し掛ける。
「ゲームセンターにビデオテープを持って行ってたんだな。先に返しに行かな
かったのは何故だ?」
「え……」
「おかしいだろ。特に用もなく、ゲームセンターで暇つぶしに遊ぶのなら、先
にビデオを返すのが普通だろ。後回しにしたら、荷物になって邪魔じゃないか」
「それは……黙ってたけど、実は、七時に真弥と待ち合わせしてたんで」
 新しい証言に刑事達はほくそ笑んだ。確認を取る渡。
「ほう。ゲームセンターでか」
「もちろん、決まってる」
 言葉遣いは丁寧でなくなったが、喋りは滑らかになった。一つ嘘を打ち明け
たことで、草島の精神状態が好転したのかもしれない。
「で、反町さんとは会えなかった、とこう言うんだな?」
「いつまで経っても来ないからさ。一時間待っても来なけりゃ電話してやろう
と思ってたんだけど、ちょうど絶好調になったから、手が離せなくなって。ハ
イスコアを叩き出して、はっと気が付いたら八時十分過ぎてたかなあ」
 耳を引っ張り、頭を激しく掻いた草島。拍子に髪が数本抜けた。相当傷んで
いるようだ。
「そのあと、電話したのか」
「した。店の中の電話じゃうるさいから、外に出て、電話ボックスを探した。
やっと見つけて掛けたのに、真弥のやつ、話し中でやがる。待ち合わせ場所に
来ないで、どこのどいつと話してんだと腹が立って、寮に向かった」
「交通手段は? 歩きか?」
 鍋谷の問いに、忙しなく小刻みにうなずく草島。
「着いたのが何時か、覚えてるか」
「……頭にかっか来てたから、確かめてない。分かんねえ……」
「本当か? 時刻を特定できる何かないのか? 思い出せ」
 首を横に振った草島と唇を噛みしめた鍋谷とを見て、渡は重要参考人への質
問の角度を変えた。
「ゲームセンターから寮まで、歩いて何分かかる?」
「……十五分から二十分かな。仲間がいて、喋りながらだと三十分かかるとき
もあるけど、あのときは力んで早足で歩いていたし」
「では、公衆電話を見つける時間を含めて、遅くとも八時三十五分までには、
寮に着いていたと思っていいな」
「そんぐらい。でも、よく分からない」
「着いてから、当然、被害者の部屋に侵入したんだな」
 鍋谷がにらみつけながら言った。返事を待たず、続ける。
「口論になって、殺したんじゃないのか? 死亡推定時刻と被ってるぞ」
「違うって言ってるだろっ」
 まずい。折角話を聞き出せていたのに、流れにストップを掛けてしまう。渡
は両者を押し止め、再び鍋谷と交代した。
「草島君。青陽寮に着いて、さあ、そこからどうした? 反町さんがいるかど
うかを確認しなければならないわな。それが目的で来たんだから」
「……」
「正面から入っていって、他の寮生に聞くのも手だろうけど、そんなことはし
てないんじゃないか?」
「……ランドリー部屋の窓から入った。誰もがやってることだから、咎められ
る筋合いじゃ」
「そんな話、今はしておらん! 弁解は寮や大学から文句が来たときにしろっ」
 鍋谷の再三の怒声に、草島がふてくされる。渡は同僚の手綱捌きにも気を配
らねばならず、いつもの倍疲れた。この辺が経験の差かもしれない。鍋谷はこ
のまま一気に押し切ろうとするのに対し、渡はまだ駒不足だと感じていた。
「寮に入ったあと、当然、反町さんの部屋に向かったんだよな」
「そうだよ」
 草島は鍋谷を無視する風に背を向け、渡に対して言った。
「だけど、真弥と話はできなかった。そのときにはもう死んでた」
 その証言に、二人の刑事の反応が重なる。
「何……本当か?」
「でたらめ言ってるんじゃねえぞ?」
 草島は鍋谷の方に手をひらひらと振って、「嘘じゃねえよ」と小声で突っ張
った。そうして、渡へ、信じてくれよとばかり目を向けてきた。
 なるべく穏やかな態度で言葉を引き出そうとしていた渡も、この証言には警
戒心を一気に高めた。言い逃れとも考えられる。
 頭を掻き、首を何度も捻りながら、やがて腕組みをした。渡はこれまで通り、
相手の言葉が真実だと仮定して、続きを聞こうと思った。まず先に、草島が見
つけたという遺体やその際の部屋の状況が、警察到着時と変わりないことを確
認し、さらに尋ねる。
「遺体を見つけて、それからどうしたね」
「逃げた。やばいと思って」
「恋人が死んでるのに、冷たい奴だなあ。警察に届けようとは思わなかったか」
「だってよ、あの状況だと、俺、侵入者ですよ。疑われるに決まってる」
 逃げたら逃げたで、今、こうして疑われている訳だが。
「現場に触ってないだろうな?」
「そんな無茶な。ドアや壁に触った。それに、真弥の身体にも触れたよ、抱き
起こそうとして。他は触ってないと思う」
「仕方ないな。部屋には何分くらいいた?」
「五分もいなかった。あんな恐ろしい場所、一刻も早く逃げ出すに限る」
「じゃあ、八時四十分としておくか。入って来たときと逆に逃げたんだな?」
 顎が胸にめり込みそうなほど、しっかりうなずいた草島。何もしていないこ
とをアピールする狙いだろうか?
「それからどうした。ああ、アパートに戻ったんだろうな」
「違う、ビデオが先ですよ。寮からだと三十分近くかかるんだ。だから、九時
過ぎに着いてたはず。防犯カメラに映っていたろう?」
「最初に言ったぞ。ところで、何のためにした? アリバイ作りのつもりか」
「あ、ああ、そうだよ。少しでもアリバイ作っておこうと思って、防犯カメラ
に映りに行ったのさ。ビデオソフト返却した記録も残るから、いい手だと」
「変なところに知恵を使いおって」
 鍋谷が吐き捨てた。
 渡は苦い顔をしていた。草島の証言は、裏を返せば犯人であるからこそアリ
バイ作りを試みたのかもしれない。いずれにしろ、最有力容疑者であることに
変わりはない。ただ、長引きそうな予感があった。

           *           *

 青陽寮の浴室及び水回りの工事は、ごたごたのおかげでストップしていたが、
五月四日に再開された。
 アルバイトの氷上哲也は自ら志願し、教えられた通りの手順で壁の具合を見
ていた。タイルとタイルの間にひびが走っている。
「おっ?」
 単純作業に飽いてきたところへ、この場に似合わない物を発見した。壁にで
きた縦長の細い穴から、ビニールの切れ端が覗く。手抜き施工かと思わせるそ
れは、しかしそうではなかった。興味津々の氷上は慎重な手つきで穴を広げ、
ビニールを引っ張り出す。破けることもなく、割と楽に成功した。
 ビニールは袋状になっており、中に何か入っている。半透明の上に、汚れも
あって、判然としない。
 左手の指先で袋の隅を摘むと、窓際に行き、太陽に眺め透かす氷上。袋の中
身が影を落とした。
「女物のアクセサリー、だな」
 一つではない。五、六個ありそうだ。面白いとばかりに笑みを浮かべた氷上。
頭の黄色いヘルメットを撫でた。
「こら、バイト! 何ぼさっとしてんだ!」
 巻き舌の早口でどやされた。年の割にボディビルダーになれそうな筋肉の張
りをしたその男は、注意だけでは収まらず、氷上の真後ろまで大股で歩き、勢
いそのままに同じ台詞を繰り返す。が、今度は語尾に付け足しがあった。
「……おい、何だそりゃあ?」
「さあ、何でしょう」
 耳の近くでがんがんわめかれた氷上は、しかめっ面を消してから向き直り、
袋を破きながら言った。
「風呂場の壁から、女物のアクセサリーが出て来るなんて、不思議だ」
 壁の隙間をちらと見やってから、アクセサリーの表面を、埃を払うような仕
種で払い、男へと差し出す氷上。
「犯罪絡みかもしれませんよ。警察に届けないと」
「お、おう。高いのか、それ?」
 即座に電話を探そうとはせず、男は氷上に聞いてきた。
「分かりません。分かる訳ないですよ」
「そりゃそうだな。えらくきれいだから、学生風情には縁なき物かもしれん。
いや、猫ばばするのもいいかと思ったんだがな。はっはっはっは!」
 豪快に笑い飛ばすと、男はしばし考え、アクセサリーを氷上に返した。
「おまえが持っとけ。俺が警察に電話してくるからな。妙な気を起こすんじゃ
ねえぞ。ここを動くな。とりあえず、手を休めてろ」
 男が足音を踏み鳴らして飛び出していくのを見送ってから、氷上は手の平の
アクセサリーに視線を落とした。
「ちょっとまずかったかな」
 つぶやくと、ビニール袋の中にアクセサリーを戻した。

 鍋谷は話を一通り聞き終わると、無精髭を撫で回しながら鼻をすすった。
「今の話に、間違いなかろうね」
「はい」

――続く




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