AWC 空白 〜 青陽寮殺人事件 2    永山


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#5001/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/12/27   1:45  (199)
空白 〜 青陽寮殺人事件 2    永山
★内容
 やれやれと頭を掻く渡。あまり強く掻くと髪の毛やら皮やらが落ちて、鑑識
連中に迷惑になりかねないので遠慮がちだ。昔、現場で吸い殻をポイ捨てした
刑事がいて、それだけのことが捜査に大きな混乱をもたらしたと聞く。別のケ
ースでは、刑事のいた痰が物的証拠を台無しにしそうになった件もある。
「第一発見者の方をお連れしましたが……」
 制服警官が探るような物腰で報告をしに現れた。手でOKの意を示す。部屋
に入れる訳に行かないので、廊下へ出向く。
「第一発見者って、どっちのだ? 遺体のか、それとも逃げる人影の目撃者か」
 念のために確認を取る。やはり遺体の発見者だった。警官をよそにやってか
ら、連城由紀子と名乗ったその女学生に状況を聞いた。
「変な人が飛び出て行って、大騒ぎになって、寮中を見て回ってたんです。ど
ういう害があったのか調べるために」
 おかっぱ頭でぽっちゃりした連城は、目を合わせることなく、早口で言った。
「それはみんなで一塊になってか、それともばらばらに?」
「ばらばらです。最初、反町さんの姿が見当たらないのは、どこかに出かけて
いるのだろうと思っていたんですが、念のために部屋へ行ってみたらドアが開
いて、中に倒れてる反町さんが見えて」
 思い出したのだろう、言葉を詰まらせる証言者。渡は自分の大きな鼻をもみ
ながら、急かすことなく次の発言を待った。
「――それで、何か知らないけど、私、叫んでたみたいで、気が付いたら床に
へたり込んでいました。みんなに引っ張ってもらってやっと起き上がって」
「部屋を覗いたとき、中には他に誰もいなかっただろうか」
「え、ええ。多分。ショックで動転してたから絶対確実じゃないけれど、ドア
から出て来る人もいませんでしたし。あ、でも、窓があるわ」
 思い出した風につぶやき、廊下の窓を見る女学生。
 渡は室内の窓のことだと察しを付けた。
「部屋の中の窓は鍵が掛かっていた。君や他の学生達が触ったんでなければ、
窓からは出て行けない」
「誰も触ってないはずです。私は触ってません」
 ややヒステリックな響きを帯びた連城へ、渡は「まあまあ」と手の平を向け
て落ち着かせようと試みる。言い聞かせた効果があったのかどうか、興奮を収
めた連城に改めて問うた。
「君と反町さんはどういう知り合いかね? 親友?」
「私が映画好きで、向こうは演劇やってるから、そういう部分で共通してて」
 よく分からなかったが、俳優か脚本に関して話が合ったのだろうと解釈し、
うなずいておいた渡。
「えーと、連城さん、君の学部と学年は?」
「教育学部の二年ですけど、それが何か」
「今後また話を聞くかもしれんから、確かめておきたかっただけだよ」
 不安そうな相手を目の当たりにして、渡は似合わない優しい台詞を吐いた。
二年生と言うからには二十歳になるかならないかであろう連城だが、それを差
し引いても子供っぽい面が残っているようだ。
「君にはあとで、反町さんの部屋を見てもらうことになると思う」
「どうしてですか」
「異状の有無を見てほしいんだ。盗まれた物がないかとか」
「はあ。分かりました」
 連城をひとまず帰すと、入れ代わりに先ほどの若い刑事が戻って来た。渡と
連城の話が終わるのを待っていたのかもしれない。
「管理人に聞いてきました。玄関を見通せるようになっており、チェックして
いる……というのが建前だそうです」
「何だ、その建前たあ?」
「実際は、玄関を通らなければ分かりゃしないんだそうです。たとえば、一階
の部屋の窓から出れば、誰にも見とがめられずに寮を出て行けると。まあ、門
の方を管理人がじっと見ていれば目撃されるんでしょうけど、まさかそこまで
はしないという訳で」
「管理人は知っていながら放置してるのか」
「そのようです。管理人の言葉を借りれば、お嬢様高校でもあるまいし、と」
「男子寮もそうなのか」
「ええ」
 漏らさずちゃんと聞いておきましたよとばかり、若い刑事は胸を張った。
「参考までに、男子寮と女子寮の行き来も禁じられてはいるんですが、これま
た建前で、一階のランドリー部屋の窓を使えば、自由に出入りできるそうです。
事前に約束を取り付けると、女が窓を開けておき、男の方が訪ねていくとか」
「夜這いフリーか」
 自分の冗談に笑おうとした渡だが、つまらないのでやめた。
「しかし、出入りがそうもすかすかとは弱ったな。まるで犯人を絞り込めない。
万が一、逃走してる奴を捕まえられなかったら、面倒なことになるかもしれん」
「盗みに入ったところを見つかり、殺してしまったんでしょうか」
「そう考えるのが妥当だろ。それとも何か? 他の見方があると言うのか」
「いえ、ありません。でもまあ、強いて言うなら、わざわざ紐状の物で絞め殺
したっていうのが、少し引っかかるかなと」
「……ふむ、理にかなっている。盗みを目撃され動転しての犯行なら、締める
よりも殴る方が自然だと言いたいんだな」
「はい……殴るのに適当な凶器を持っていなければ、相手の首を締めて口封じ
しようとするかもしれませんが、その場合でもなお、紐状の凶器を用いるのが
解せません。素手で締めるのが普通だと思うんですよ」
 調子に乗ったらしく、遠慮が取れ、ストレートに疑問を表す。
 渡はうなずいた。が、感心してばかりもいられない。
「疑問点は頭の片隅に置いておくとしてだ。今は想像に時間をかけてる場合じ
ゃない。学生連中の記憶が薄れない内に、できる限りたくさんの証言を取って
おくのがいいだろう」
「そうします」
 素直に去っていく部下を見送り、さて俺も動こうと思い顎を撫でた渡に、再
び制服警官が声を掛けた。最前の警官とは別の、豆タンクみたいな体躯の男だ。
「近所に住む、土橋というここの大学の先生が見えております。どう処遇しま
しょうか」
「大学の先生が何の用だ? 大学で生活指導の先生を置いてる訳もあるまい」
「事件の報を聞いて駆けつけたそうです。自分が顧問を務めるクラブの学生が
いるので心配になったと言っています」
「それだけで来るか? そりゃまあ、強盗殺人は大ごとだが」
 警官の実直だがスローな口調に、思わず口を挟む渡。すると警官は身体を丸
めるような具合に頭を下げた。
「本官の言い方がまずく、申し訳ありません。先方は寮の近くの路上において、
何者かに財布を奪われたと言っています。さらに車も奪われそうになったが、
そちらは回避できたと――」
「馬鹿、それを早く言え」
 渡は俄然関心を持った。もしかすると、寮から逃げ出した不審人物とつなが
るかもしれない……。
 見上げると、警官は黙り込み、立ち尽くしていた。渡はため息をついた。
「いいから早く呼んでこい」
 やがて姿を見せたのは、四角い顔をしているが穏やかそうな男性だった。小
太りで、ふくよかな印象があるため、強盗にあったばかりとは思えない、落ち
着いた雰囲気がある。眼鏡を掛けている辺りに学者臭さがないでもないが、ど
ちらかと言えばサラリーマン風だと渡には感じられた。
「土橋孝治と申します」
 丁寧な物腰で名乗り、名刺を出してきた。助教授とある。
 渡は自身の名刺を作っていない。作っていたとしても、警察関係者以外に渡
す気はさらさらない。悪用される危険性が大なり小なりあると思っている。用
心するに越したことはない。
「ほう。文学部の先生ですか」
 この点でも興味を抱く。偶然かもしれないが、反町の学部と同じだ。
「亡くなった反町真弥をご存知ですか。文学部の学生なんですがね」
「ちょっと待ってください。亡くなった、とは?」
 右の手の平を渡に向け、話をストップさせたあと、土橋は眉間にしわを刻ん
だ。第一印象で穏やかだった表情が、好対照にも険しくなる。
「……伝わってませんでしたか」
 渡は唇を噛んだ。迂闊だったかもしれない。
 土橋がいきさつを話し始める。
「僕が聞いたのは、寮に泥棒が入った模様とだけ」
「そのことを、どなたから、どういう形で聞きました?」
 渡は話の流れに合わせ、路上強盗の一件を脇にやり、先に寮内での事件に絞
って話を進めることにした。
「意図を計りかねるご質問ですが……学校の職員から、電話で知らされたんで
すよ。八時五十分頃だったかな」
「受けられたのはご自宅で」
「もちろんですとも。それより、刑事さん。反町という学生が死んだのは真実
なんですか? 他に被害に遭った者は? どういう状況なのか話してください」
「亡くなったのは反町さんお一人です。すみませんが、まずはこちらの質問に
答えてもらえませんかね。おいそれと情報を漏らす訳に行かないし、そもそも
まだ事件の全体像が掴めていないんですよ。申し訳ない」
 平身低頭し、ゆっくりと、お願い口調で言った渡。土橋は物言いたげに口を
開くも、あきらめたように矛を収めた。
「土橋先生は何時にこちらへ?」
「正確には分かりませんが、九時を何分か過ぎた頃で……九時十分にはなって
いなかったと思います」
「不審人物が寮から飛び出していくところは全く目にしていないんですね」
「ええ、はい。何者かが飛び出して行ったあと、寮での盗難が明らかになった
という電話連絡を受けただけなので、それ以前のことは何も知りません」
 ここで渡は質問の順番を考えるために間を取った。一つ、疑問が浮かんだの
だ。財布強盗の件に入る前に、その疑問を解消したい。
「……先生に電話してきた人は、事件をどういう経路で知ったんでしょうかね」
「は?」
「いや、どうも変な気がするんですな。事件の伝達が早すぎる。手回しがよす
ぎると言うか。それに、事件を知った大学職員の方があなたへ知らせてきたの
も、やや解せないところがあります。その職員と特別に親しいんで?」
「そんなことはない。う……待てよ」
 憮然とした返事をよこした土橋だったが、不意にしかめっ面になった。
「電話を受けたときは端から信じてしまったが、電話の声には聞き覚えが……
ないような。くぐもった声で、男か女かもはっきりしないなあ」
「何ですって?」
 大声を張り上げ、渡は土橋を正面から見据えた。
「大事なことかもしれない。よく思い出してください。そうだな、基本的な点
から確かめてみますか。その電話、大学から掛かってきたものだと断言できま
すか、土橋先生?」
「……いや、無理だ。相手が口で言っただけですから」
「なるほど。そして、誰だか分からない、性別も不明。これは照会しなければ
なりませんな。先生、大学の電話番号はお分かりですかね」
 直後、大学に問い合わせたところ、誰も土橋助教授宅へ電話を入れてはいな
いことが分かった。寮での事件発生は確かに一報を受けたが、現時点ではその
事実を先生達には一切知らせていない。学長と理事長、総務のレベルで対応策
を議論している段階だと言う。
「偽の電話ということになります」
「はあ……そのようですね」
 顔の下半分を手の平で覆い、戸惑いの色を露にする土橋に、渡は突っ込んだ
質問をする。
「電話は犯人からだったかもしれない。仮にそうだとすると、土橋先生は犯人
から誘い出された形になる訳だが、そんなことをされる心当たりはありますか」
「いえ、全く……」
「先生は、反町真弥さんのことをどの程度ご存知でしたか」
「ご存知かと言われましても、顔と名前を把握しているくらいで、一人の学生
に過ぎません。向こうから見ても、僕は一人の助教授に過ぎなかったでしょう。
二年生ですから、まだゼミもありませんしね」
「普段からよく質問に来たというようなことは?」
「反町がですか? ないですね。彼女は勉学よりも演劇に執着していたようで」
「演劇。どういうことです。詳しく……」
「僕も小耳に挟んだ程度で、詳しくありません。ただ、反町真弥という女子学
生は親が大変裕福で有名でした。それで自然と噂も流れて来るのです。親に金
を出させて演劇に明け暮れているとか、知り合いに貸し付けているとか。まあ、
私どもの関与する領域じゃないですがね」
「ふむ」
 金が絡んでくるのか。動機のある人物の多さを予感する。単純な空き巣狙い
なら楽な捜査なんだが……。この点は棚上げし、渡は主題を転じた。
「財布を奪われたときのことをお聞かせください。被害届は後回しになります
が、かまいませんね? 今は殺人事件を優先したいのです」
「やむを得ませんね」
 土橋の話によると、九時何分かに寮のすぐ横の道に差し掛かったところへ、
一人の男が飛び出してきて大きく手を振る。寮に泥棒が入ったことが頭にあっ
たので、学生が助けを求めているものと解釈し、車を降りた。そこをいきなり
掴みかかられ、何か固くて冷たい金属のような物を喉元に押し当てられ、金を
よこせと要求された。渡そうとするよりも先に男は懐から財布を奪うと、中か
ら札だけを抜き取り、放り捨てた。さらに車も要求してきたが……。
「車を停めた際、すでにキーを抜いてました。こんなことで死んだらつまらな
いから、さっさとキーを渡そうと内ポケットを探ったのですが、見つからない。
どうやら強盗に財布を奪われたとき、一緒に抜け落ちてしまったらしい。強盗
は業を煮やした様子で、やがて走って逃げて行きました」
「そのキーは見つかったんで?」
「車の下に転がり込んでるのを見つけました」

――続く




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