AWC そばにいるだけで 42−3    寺嶋公香


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#4971/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/11/29  15: 6  (186)
そばにいるだけで 42−3    寺嶋公香
★内容
 二人の視線が純子に注がれた。
 さっきから黙っている町田が、ぽり、と頭をかく。
「最初に言った通り、私も知らないんだってば」
 クラスで給食の食器を片付けている最中に押し掛けられ、慌てふためきなが
ら答えたことを思い起こしつつ、再返答する純子。
「同じクラスなのに?」
「そりゃあ、先生から説明はあったわよ。家庭の事情から旅行してるとだけ」
 自分自身が納得できていない話を富井達に伝えても、やっぱり納得してもら
えないだろう。しかし、言わないよりましに違いない。
「それだけ?」
「家庭の事情って?」
「だから何も知らないって」
 富井と井口に応対に追われる純子は町田に助けを求めた。
 町田は一つ首を傾げると、言いにくそうに切り出す。
「私は淳、あんたから正確な情報がもらえると思っていたんだけれど」
「芙美まで……。今ので全部よ」
「うーん。私が噂で聞いたのは、進学に関係してるんじゃないかってことなん
だ。だけど、四日間も出かけっ放しっとは知らなかった。大学受験ならまだし
も、高校受けるのにそんなに時間掛かるはずないわよねえ」
 考えもしなかった話に、純子は心持ち首を傾げた。
(少し前に相羽君、何かで悩んでいるみたいだったから、そのことと関連ある
のかなとは思ったけれど)
「本当に何も聞かされてない?」
 町田が念押ししてきた。
「やだなあ、もう。さっきから言ってる通りよ。私とみんなとの間に差はあり
ません」
「けど、親しいよ、純ちゃん」
 食い下がる富井は、引き続いて町田と井口を見渡し同意を求めた。
「女子の中では、純ちゃんが一番親しいよね?」
 二人からは当然のごとく、肯定の反応が上がる。
「ほらあ、純ちゃん」
「『ほらあ』と言われてもね、知らないものを知ってるって言えないでしょ」
「とか言って、口止めされてるんじゃないの?」
 井口がにやにやしながら、肘でつついてくる。横合いで富井がうんうんとう
なずいた。
「相羽君て、結構秘密主義なとこあるけどぉ、純ちゃんだけに打ち明けてさあ」
「――知らないったら、知らない!」
 かぶりを振って、思わず怒鳴っていた。
 町田達だけでなく、廊下にいた他の生徒も一瞬しんとなる。だが、第三者達
は五秒後にはまた元のお喋りに舞い戻っていった。
 はしゃぎ声が反響する喧騒の中、まず、町田が口を開いた。
「ど、どうしたの。純……」
「……ごめん」
「何を謝って――」
「大声で怒鳴って、ごめんなさい」
 髪を垂らして頭を下げる純子。時間が長い。むしろ、表情を隠すために頭を
下げたような気がする。
「それはいいから」
 町田と井口によって起こされた。左右の目尻に指を順に当てながら、純子は
息を小さく吐く。喉に痛いものを感じる。
「――郁江、ごめんね」
 びっくりしすぎて言葉を失った様子の富井に、純子は弱々しく微笑んだ。
 それでも富井には安心をもたらした。彼女の固まっていた表情が緩む。
「わ、私の方こそ。ご、ごめんね」
「ううん、いいの」
 髪の乱れを直そう。手で流れを作る。
「私達、しつこかった?」
 町田が聞いてきた。いつになく落ち込んだ声に、純子はすぐさま首を水平方
向に振った。
「関係ないよ。怒鳴ったのとは関係ない」
「そ、そう? それだったら救われるけど。でも、やっぱり、ごめん」
 町田も井口も、純子に謝った。みんなで謝り合う形になってしまった。
 純子はしかし、いたたまれない気持ちになっていた。
(怒ったほんとのわけを話さないの、許してくれる?)
 こんなときでも笑顔を作れるようになったのは、ドラマに出た経験が物を言
ったのだろうか。
 さっき、富井達から詰め寄られて、怒鳴ったのには、理由が二つあった。
 一つは、相羽の旅行の中身を本当に知らなかったから。
(相羽君との秘密。私、相羽君に告白されちゃった――なんて、どうしても言
えない)
 二つ目は、みんなからやいやい言われる内に、この秘密を隠していることを
避難されている気分になって、それでも言えなくて。
(いつかみんなに笑って打ち明けられたらいいのに)

「何ぼーっとしてるの、涼原さん」
 飛鳥部の鋭い声に、はっとなって顔を上げた純子。相手の厳しい表情が猛禽
類を想起させる。思わず丸椅子から立ち上がった。
「ぼんやりしてたわね」
 わざわざ確認してくる飛鳥部は腰に手を当て、詰め寄る仕種を見せた。純子
は思い当たる節があるので素直にうなずく。
「どうしたの。そんなことじゃ困るんだけれど。時間ないの、分かってるのか
しら?」
 矢継ぎ早に非難の言葉を浴びせられ、純子は「ええ」とか「はい」と口にす
るので精一杯。まともに返事するいとまも与えられない。
「何があったのか知らないけれど、舞台はきちんとこなしてもらわなきゃ困る
のよ。最低限のレベルをクリアした上でね」
「頑張って結果を出すわ」
 飛鳥部の言葉から言い訳は許されないのだと察して、純子はそれだけ答えた。
 対する飛鳥部は、純子の断言に避難口調をやめ、唇を嘗めた。軽く肩をすく
め、続ける。
「まあ、信用はしている。何と言ったって、あなたの集中力が凄いことはこれ
まで見てきて分かったから」
「え? そ、そう?」
 こちらの方はまるで自覚がなかった。加えて、飛鳥部から誉め言葉をもらっ
たのは初めてのような気がする。それだけに、戸惑いも強い。
 飛鳥部は腕時計を一度見てから、口調をゆっくりしたものに改めた。
「これは私の想像だけれど……多分、涼原さんはプロの人達と一緒に演技する
機会を得たときに、プロのやり方を身に着けたのよ。ほんの一部分でしょうけ
ど、それは大きな武器になった。集中力という武器」
「……はあ」
「やるべきときは、周りの他の物が見えなくなるくらいに集中して、こなして
しまう。そういうところがあるとにらんだのだけれど」
 飛鳥部の話を聞く内に、純子は合点の行く解釈を見つけた。これはおだてて
いるのだろう、と。
(こうやって私をその気にさせて、劇が成功するように狙ってる……さすが部
長さんよね。乗せるのがうまい)
 決意も新たに、両手に握り拳を作る純子。
(私も引き受けたからには最後まできちんとやらないといけない。どんなこと
があったって、演劇部のみんなに迷惑かけられない)
 相羽のことは彼が帰って来てから考えよう――そう心に決めて、純子は役に
没頭できるよう努力する。
 舞台劇のこつを多少は掴めたのか、最初に比べるとこの頃は陰口も減ったよ
うな気がする。呆れて何も言わなくなっただけかもしれないけれど。
 とりあえず、さっきの飛鳥部の言葉が励みになったのは間違いない。最悪の
精神状態で始めた今日の練習だったが、徐々に調子が上向いていった。
 衣装にも慣れた。紫色が物語のポイントになっており、そのせいで紫色が好
きになってしまったほど。
 劇の中では、紫はお姫様の色とされ、他の者が使うことは禁じられていると
いう設定がなされている。それを知らずに城の外の世界に出たお姫様は、みん
なが親切にしてくれることに戸惑う。無事城に戻って、初めて紫色にまつわる
話を聞いたお姫様。それなら今度は違う色の服を着てお忍びに出るが、以前と
違う街に来たにもかかわらず、やっぱりみんな親切。不思議だな? ――大ま
かに言えば、そんなお話だ。
(コメディがかったお芝居って、難しいのよね。やってみて身に染みてよく分
かった。と言っても、他のタイプも難しいけれど)
 リハーサルを繰り返す内に、飛鳥部のアドリブにも慣れた。得意とまでは言
えないが、元々、小六のときのあの推理劇だって、台詞の一言一句を見ればア
ドリブだらけだったのだから、対応できないはずがない。最近では、どんなア
ドリブを仕掛けてくるのか楽しみでさえある。
 しかし、今日ばかりは少なからず緊張した。練習の途中で、クラスメイト何
人かが体育館まで見学に来たのだ。
 特に、白沼の目が気になる。久々に、早く終わってほしいと願った。
「思ってたより上手じゃないの。驚いたわ」
 練習が終了し、着替える前に白沼につかまってしまった。
「あ、ありがと」
「全然浮いてないのね。溶け込んでいる感じよね」
「そ、そうかな?」
「忙しくて目が回りそうなら、劇の方に専念してくれても結構よ」
「……それはやだ」
 きっぱり言うと、相手の白沼は意外そうに目を見開いた。
「意地っ張りなんだから。最初、ウェイトレスをやるのを、あれほど嫌がって
たのにね」
「あれは嫌がったわけじゃなくて、喫茶に決まるとは思ってなかったから……」
 純子が抗議するも、白沼は聞き流す風に右手をひらひらさせた。
「その衣装、凄いわね。どなたのデザインか知らないけれど、派手で、非日常
的。王女様だから、それも当然かしら」
「……ウェイトレスのユニフォームも、かなり恥ずかしいわ」
 ウェイトレスのスカートは学校の制服のそれよりもミニなのだ。ほんの少し
だけれど。
 と、そのとき、純子は背後に足音が近付くのを感じ取った。振り返ると、飛
鳥部がにこにこしながら腕を組んでいる。
「どうだったかしら」
 白沼へいきなり語り掛ける飛鳥部。すでに着替えを済ませていた。
「さあ。素人の私には分かりませんわ」
 コメントするのが面倒と言わんばかりに、肩をすくめた白沼。
 どうやら二人は互いをよく知っているらしい。
(そっか。白沼さんも飛鳥部さんも第一小学校出身だから、知り合いでもおか
しくない。それにしても……どことなく刺々しい……)
 押し黙って様子を見守る純子。分からない内に立ち去りたいところだが、そ
うも行かない雰囲気だ。
「あらあら。先ほど、私達のゲストヒロインに感想をいただいたように聞こえ
たのだけれど、あれは空耳だったのかしら」
「盗み聞きとは人が悪いわね、飛鳥部部長さん。あら、続けて字に書くと何だ
か見にくいんじゃない、『部部』って。珍しい名字だと細かいことで不便よね」
「それだけ由緒正しい名前なのよ。あなたのお家こそ、頑張ってるじゃないの。
ご苦労様よね」
 言い合いが単なる悪口のレベルに下がってきたようだ。純子は慌てて割って
入った。
「あ、あのね、飛鳥部さん。文化祭まであと少しだけど、私、ぎりぎりまで頑
張って努力するから」
 白沼の腕を取りながら、演劇部部長へ笑顔を向ける。
「期待していいのかな、プロの本気」
 飛鳥部はえくぼを作って、かわいらしい声で聞いてきた。台詞の内容とマッ
チしていないのが恐い。
「――ええ」
 純子は言い切った。
「プレッシャーには強い方なの。と言うよりも、プレッシャー感じた方が強い、
かな」
 そして白沼を引っ張って、外に出た。風をすーすー感じて、着替えがまだだ
ったと気付いたが、どうしようもない。
「白沼さん、応援ありがとう」
「別にあなたの応援するつもりじゃ――」
「ただ、お願いだから波風立てないでっ。せめて劇が終わるまでは」
 純子が手をお祈りの形に組むと、白沼は目を丸くした。

――つづく




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