AWC 飛井田警部の事件簿:消せない音  5   永山


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#4853/5495 長編
★タイトル (AZA     )  99/ 6/29  21:11  (200)
飛井田警部の事件簿:消せない音  5   永山
★内容
「どうでしょうかね。執筆中だったのだから、赤石先生も集中のあまり、鏡に
目が行かなかったとは考えられませんか。侵入者の物音だって、先生自身の声
や機械の音声で聞き取りにくくなるはずです」
「その点については同じ機械を使って実験しました。聞き取れないほどではな
かった」
「執筆に没頭されてたんですよ。気付かなくても当然だ」
「断言されましてもねえ」
 額に手を当てて首を傾げる飛井田を目の当たりにし、西川は言い過ぎを自覚
した。咳払いをして二本目の煙草を摘む。
「失礼。赤石先生が殺される理由なんて思いもよらず、つい熱くなったんです。
分かるでしょう?」
「ええ、ええ。物盗りの犯行だと信じたい気持ちはよく理解できますとも」
 ゆっくり二度うなずき、物分かりのよい風情を醸し出す刑事。そのあと不意
に人差し指を立てた。
「しかし、物盗りの犯行だとやっぱり変なんですよ。個人的見解ってやつです
がね。仮に物盗りがやったことだとしてですよ、赤石さんの声を警察への通報
と勘違いしたにしても、殺すこたあない。さっさと逃げりゃいいんです」
「……顔を見られたとすれば、殺しても不思議じゃない」
「ですが状況は、犯人が書斎に侵入し、赤石さんを後ろから殴り殺したとなっ
ている。わざわざ鏡に顔が映るように行った? 不自然です」
 肩をすくめて首を振る飛井田。
「ここは開き直った物盗りの犯行と考えるよりも、明確な意志を持った殺人の
線の方が有力でしょう」
「いいですよ。それを認めたとしても」
 西川は火を着けずにいた煙草をテーブルに置いた。代わりにライターを弄ぶ。
「どっちにしたって、私には思い当たる節がない。赤石先生は殺されるような
人じゃありません」
「仕事上のトラブルは?」
「なし。そりゃもちろんね、締め切りを破ることぐらいはありましたが、そん
なの動機にならない。人使いが荒い訳でもなし、取材旅行でも人当たりよかっ
たし」
「あのスタッフの方は?」
「茶本君ですか。大学か何かの講演会で、茶本君が先生に売り込んだのがきっ
かけだったそうです。作品そのものはまだ素人の域を脱してないが、取材力を
買ってスタッフ兼運転手として雇ったと」
 西川の話に、飛井田は「それは本人から伺いました」と苦笑した。
「ここだけの話、赤石さんが死んで、茶本さんの得になることってあるんでし
ょうかね」
「……証言したのが私だということは内密にしてもらえますか」
「必要とあらば。警察を信用してください」
 胸を叩いて請け負った刑事に、西川は声を潜めて切り出した。
「茶本君は当然作家志望でして、赤石先生が亡くなる以前に、単独で一本任せ
る話を持ちかけられていたらしいんです。一人でやっていけるものと早合点し
たとすれば、先生の存在を疎ましく考え……どうです?」
「うむ。私は茶本さんに会いましたが、とてもそんな人には見えませんでした
ねえ。野心家であるが、上の人に取り入るのがうまい。それなりに礼儀も知っ
ている感じだ。第一、彼は馬鹿じゃない。赤石さんを失うメリットとデメリッ
トを比べると、後者が圧倒的にでかいことぐらい分かるでしょう。要するに、
動機としちゃあ弱い」
 なかなか冷静な判断だ、と西川は脳裏で飛井田刑事を評した。
(風采は上がらないが、いかにも刑事然としているとも言える。警戒を解く訳
には行かない)
 西川は気を引き締めた上で、「動機」の補強を試みた。
「赤石先生のアイディアを、そっくりそのまま自分の物にしてしまうつもりが
あったとしたら?」
「ははあ。それだと話は別かもしれませんねえ。ただ、根拠はあるんで?」
「――ありませんねえ」
 口真似をしてにやりと笑い、西川は刑事から視線を外して続けた。
「刑事さんが動機動機と仰るから、無理矢理捻り出しただけですからね。私だ
って、茶本君が赤石先生を殺すなんて、実際には考えられない」
「ふん……ま、調べるだけ調べてみましょう。で、赤石さんのプライベート面
ではどうですか。何かご存知のことがあれば」
「女性関係という意味? うーん、警察がまだ調べてないとは思いにくい。私
の口からは」
 わざと視線を宙にさまよわせ、言いにくそうな素振りをする。
 飛井田の方も髪をかき上げたり、耳たぶを引っ張ったりと、いくばくかの逡
巡らしき仕種のあと、思い切ったように口を開く。
「よろしいでござんしょ。いやあ、私も聞いたときは少なからずたまげました。
外国の方とお付き合いとは」
 そして下品な笑みを顔に張り付ける飛井田。
「サラ=レーンというダンサーと付き合いがあったようですが、何かトラブル
が起きたとは聞き及んでませんかね」
「ありませんねえ。ま、付き合い始めの頃は先生も遊び半分の気持ちがあって、
レーンさん一本じゃなかったんです。それが彼女の方が凄いやきもち焼きで、
選択を迫られた。意外と言っていいのか、赤石先生もレーンさんを……。それ
以来、問題なしにやってたと思います。トラブルが絶対になかったかと問われ
ると困りますが」
「結婚なさらなかったのは何故でしょう?」
「さあ、そこまでは。国の違いがどうこうってのもあるかもしれません」
「ふむ。では、もう一つ」
 飛井田は人差し指を立てた。
「現場の状況に関して、お聞きしたいことが出て来ました。赤石さんはノンフ
ィクションに取り組んでいたそうですが、その原稿が全くない」
「……まだ書き始めてなかったんでしょう。私も見てません」
「資料も見つからないんですよ。ノンフィクションだったら当然必要でしょう。
その上、赤石さんはフィクションのときも膨大な資料を使っていたと聞き及ん
でます。ノンフィクションとなるといつも以上の資料を用意したはずだと思う
んですが」
「さあて、困ったな。私は一切聞かされてませんでしたよ。何を題材に取り上
げるのかさえも。そうだ、茶本君が知ってるかもしれない」
「聞いてみましょう。ただ、我々は別のことを考えてるんです。殺人犯が原稿
とメモを持って行ったのではないかと。まあ、原稿は紙ではなくデータディス
クの形でしょうがね」
「ちょ、ちょっと。待ってくださいよ」
 西川は慌てぶりを表面に出した。これが故意のものとなるか、それとも真実
のものとなるかは当人にもまだ分からない。
「犯人が原稿とメモを持って行った? 一体何のために。金になる訳でなし」
「赤石さんの熱烈なファンが犯人かもしれませんよ。赤石拳の遺稿に創作メモ
となると、金に換えられない値打ちがあるんじゃないですかな」
「馬鹿な。ファンだったら殺すはずがない」
「それが道理です。今のはほんの仮説と思って忘れてください。犯人はどうし
ても原稿とメモを奪い取る必要があった。それは動機とつながってくる。そう
考えております」
「――仰ることが分かりません」
 焦りを隠し、西川は首を捻る仕種をした。そのまま刑事を見据え、思い出す
口ぶりでゆっくりと喋り始める。
「泥棒の犯行ではないというのは、まま、納得しました。しかし、動機までは
認められない」
「何故です? 充分あり得ることだと思うんですが」
「飛井田さんは具体的に想定してるんですか」
「はあ、何の話で?」
「犯人ですよ、犯人」
 声が大きくなったのに気付き、西川は咳払いを挟んだ。
「もしあなたの言う動機で当たってるとしたら、候補は限られてくる。赤石先
生のノンフィクションの内容を知り得た人間だ。言い換えるなら、茶本君か、
私に限られるでしょう? 違いますか」
「ああ、それで顔色を変えられたんですか」
 刑事は肩を揺すって笑い出した。西川がにらみつけるようにすると、飛井田
は静かになったが、それでもまだおかしがっている。目元がにやけている。
「笑い事じゃない」
「ええ、承知してますとも。だが、捜査の実際とはそう簡単に行くもんじゃあ
ない。西川さんの言う容疑者絞り込みは性急すぎます。まず、赤石さんの取材
に協力した人及びその近しい人物が抜けている。彼らだって、ノンフィクショ
ンの中身を知りことができるでしょうが」
「ん、ま、まあ……推測可能とは言えます」
「それから同じ出版業界にいる人達だって、他社の情報を掴もうと必死になる
ことがないとは言い切れないんでは?」
「我が社以外の人間が、と言うことですか。それはありますよ。でも殺しの動
機にはほど遠い」
「物の弾みってことがあるでしょう。赤石さんからノンフィクションのテーマ
を聞き出そうとしたよその社の人が、何かのきっかけで赤石さんを突き倒して
しまった。そこから発展して、殺人に……。ないとは言い切れない仮定だと自
負してるんですがね」
「なるほど。こうして聞くと、私達だけを指して言ったんじゃなかったんです
ね。冷静さを失ってしまって、すみません」
「私の言い方も悪かったようですな。その点、謝ります」
 膝に両手を置き、飛井田は深々とこうべを垂れた。が、上体を起こすや、鋭
い口調で言う。
「しかし捜査は厳しく当たらねばならない。西川さんはノンフィクションのテ
ーマを本当に知りませんか?」
「残念ですが、何度聞かれても」
 西川が肩をすくめると、飛井田は手帳を閉じ、ポケットにねじ込むようにし
て仕舞った。手応えを感じたのかどうか、西川には分からない。
「お邪魔しました。そろそろお暇したいと思います」
 立ち上がった飛井田に続き、ビルの玄関へ向かう西川。
「何か新しいことが分かったら、知らせてください」
「もちろんですとも。それでは」
 挨拶もそこそこに退出していった刑事。
 自動ドアが閉まりきると同時に、西川は首を大きく回した。肩の筋肉にこり
を感じる。手で右、左の順にもみほぐしていく。
 そしてテーブルへ行き、置きっ放しだったライターと煙草に手を伸ばしたと
ころで、「すみませーん。いいですか?」という飛井田のだみ声が響いた。
 振り返ると、眉を八の字にした飛井田が小走りに近寄ってきた。
「な、何なんですか、刑事さん」
 やかんの笛吹きみたく一気に鼓動の激しくなった胸を押さえ、いかん、変に
怪しまれてはまずいと思い直して手を下ろす西川。
 飛井田は真正面に立つと、右手で宙に文字を書く動作をした。
「ボールペン、忘れてしまったようです」
「あ?」
「物忘れが激しいのでメモする癖をつけたのはいいんだが……今度はボールペ
ンやら手帳やらを置き忘れることが増えてしまって、ははは。恐らく、テーブ
ルの方だと思うんですが」
「ああ、ボールペンね」
 平静さを保ちつつ、刑事に背を向けてから額を拭う。汗は出ていなかった。
 テーブルの上を見渡すも、ライターや煙草の他には何もない。床に目線を落
としても、やはりない。
「おかしいな。ありませんよ」
「ない?」
「はい。勘違いされたんじゃないですか、刑事さん」
「そんなはずは……ほんと、すみません。ちょっと探させてください」
「早くしてくださいよ。曲がりなりにも、ここは我が社の顔なんですから」
 飛井田が腰を屈めがちにして探し始めるのを見て、西川は煙草とライターを
回収して立ち去ろうとした。
「えーと、ついでと言っては何ですが、さっきお話ししてもよかったことをお
伝えしましょうか」
「――重大な話じゃないでしょうね」
 西川はきびすを返した。飛井田が怪訝そうにつぶやく。
「時間はいいんですかい?」
「え? ああ……手早く願いますよ」
「早く見つけないといけませんね」
「そうでなくて、話というのを聞かせてくれないんですか?」
 さすがに露になる苛立ち。西川は思わず口元を拭った。それで苛立ちをふき
取れる訳ではないが。
「おお。いや、ほんと、忘れるほどくだらないことなんですが、折角なんで。
事件当日、赤石さんの自宅の近くで、火事があったんですよ」
「火事」
 惚けたように繰り返す。
「それに特別な意味でもあるんですか」
「火事が発生したのは十時半頃です。消防車が現場に駆けつけたのは、十時四
十分。サイレンをけたたましく鳴らしてね」
 答を求めるかのような上目遣いの目線をよこしてくる飛井田。西川は、台詞
以上の意味をぶつけられた気がしてきた。
「サイレンが全く録音されてないのは不自然じゃないでしょうかね」
「……ああっ、なるほど!」
 同様を覆い隠すため、声が大きくなってしまった。
 西川のそんな言動に気付かぬ風に、飛井田は頭をかき、床に這いつくばる格
好になった。
「おっ」

――続く




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