#4158/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/10/31 8:22 (168)
神威 3 桜井美優
★内容
* *
「方法はあります。子供ができない夫婦のために、実の子を授けるためにいく
つかの技術が。だけど、それは飽くまで普通の夫婦を対象とした話でありまし
て……あなた方のような場合となるとね」
沓掛は言葉を切って、来訪者二人に一瞥をくれた。
「救いの道があると聞いて、先生を訪ねさせてもらったんですっ」
二人は本当に真剣なようだ。いくら医者からの言葉とは言え、こんな物言い
をされては反発を示すのが普通だろうが、彼らにはそれすらなかった。ただた
だ、真っ直ぐな意志が尖っている。
「……」
「どんなにお金がかかっても、私達はかまいません。どれほど違法なことをし
ようとも、絶対に喋りません。とにかく子供を−−」
「話が早くてよろしい。今の言葉、忘れないよう」
言いつつも、宣誓書の用紙を取り出す自分がおかしい。沓掛は内心、再び苦
笑した。無論、こんな紙切れが何の効力もないとは、彼もよく分かっている。
が、宣誓させることで、患者である彼らの心に一種の義務感を負わせられる効
果が期待できる訳だ。
「印鑑、お持ちで?」
「はい、言われた通りに」
「それじゃ、一応、これを書いてもらいましょうか。書き込んでいただくのは
ブランクの箇所だけで結構。ほら、アンダーラインが引いてあるでしょ」
「はあ」
背の高い方がいささか不安げに、両手で押し頂くようにして用紙を受け取っ
た。それをもう一方の男−−恋人−−が横合いからのぞき込む格好になる。
沓掛はさらにボールペンを渡すと、二人が用紙に書き込むのを待った。署名
と捺印、その他細々とした穴埋めは、二人合わせて五分足らずで終わった。
「これでよろしいんでしょうか……」
「確かに」
返された用紙にざっと目を通した沓掛。徳間洋介、桜達夫の署名と印鑑名と
をそれぞれ比べ、同じであると確認した。
「では、早速ですが、始めましょうか」
「え、と、始めるって」
患者二人は見つめ合い、不安げな眼差しをよこしてくる。
沓掛は微笑をたたえ、説明する。
「ま、当たり前なんですがね、あなた達の精子が必要なんですよ。と言います
のも−−」
ここからが肝心。沓掛は舌で唇を上下とも湿した。そして一枚の紙とボール
ペンを片手に始めた。
「男同士の間に子供を作る方法を、簡単に説明しましょう。二人の男を、ここ
ではX男とY男としますよ。XとYの遺伝子を持った子を作るには、孫の代ま
で待てば法を犯さず、楽にできるんですがね、あなた方のように待てないペア
もおられる。そこで、二人の女Q子・R子を用意します。ああ、もちろん、実
行に当たっては、こちらで用意しますので、ご心配なく。それでですね、Xの
精子をQに、Yの精子をRに送り込み、人工受精で子供を作る訳です。Qの宿
した子をS、Rが宿した子をTとしましょうか。S、Tをそれぞれ胎児の内に
お腹から取り出し、切断、肉体を半分ずつ交換する。胎児には特有の再生能力
がありましてね、子供は正常に育つのです」
「……」
「お分かりいただけましたかな?」
説明に使った紙を弄びながら、沓掛は二人の表情を窺った。
「あの、その、切断とか再生とか」
一人が、怯えたような口調で言う。
「ど、どういうことでしょうか。私達には、さっぱり……」
「胎児というものは原生動物みたいなものでしてね。相当な深手を負っても、
簡単に再生します。ご存知かどうか、胎児の時点で内臓に欠陥があると判明し
た場合、手術を行って完治させる技術があるのです。それが例えば臓器移植を
要するような難病であっても、成人相手の手術よりは圧倒的に成功率が高い。
何故なら、胎児の時点では拒絶反応が起こりませんからね。術後の心配も皆無
なのです」
沓掛が余裕の笑みを添えて捲し立てると、カップルの男達は納得したのかど
うか、ともかくも首を縦に強く振った。
その様子を見て、にっこりとする沓掛。
「あとは、費用についてだけですね」
これ以上ない、満面の笑み。
一仕事を終えた沓掛が自宅で、ふわふわの絨毯の上で寝そべっていると、訪
問者の到来を告げるベルが鳴った。
「いいところなのに」
耳かきをテーブルの端に置き、テレビの野球中継に後ろ髪を引かれる思いで
立ち上がる。その際見えた掛け時計は、午後八時半を示していた。
壁に備え付けのインターフォン越しに尋ねた。
「どなた?」
「あたしです、荒井です」
割れた音が返って来た。
沓掛は馴染みのルポライターの顔を思い浮かべて、すぐに返事する。
「おまえか。今開ける」
玄関へ向かうと、近所を出歩くときに履くスニーカーを突っかけ、ドアノブ
に手をかける。
「何の用だ」
「また面白いことを始めたそうじゃないですか。臭うんですよねえ、この鼻が」
実際に鼻をひくつかせる荒井を、沓掛は舌打ち混じりに招き入れた。
「どこで嗅ぎつけた」
リビングに向かう道すがら、鋭い調子で問う。
「通知は、需要のある人間を選んでやっている。外に漏れるとは思えない」
「あたしゃ、まだ何も言ってませんが。ええ、何の話です?」
部屋に戻った沓掛は、荒井の調子に乗せられるのが忌々しくて、再度舌打ち
をした。今度は聞こえよがしの、大きなものを。
「なら、そっちが答えろ。嗅ぎつけたんだろ、ご自慢の鼻で」
「……新しい商売を始めたんでしょ? ホモセクシュアルのために、子供をこ
さえてあげるって。違います?」
「どういうルートで知った?」
テレビのスイッチをオフにし、静かにしてから聞く。
「事実なんですね?」
「質問返しをするな。先にあんたが答えてからだ」
「んなこと言われましてもねえ、こういう商売やってると、あたしも顔が広く
なりまして、ホモの知り合いぐらい、いくらでも」
何故か得意そうに、荒井は胸を張った。
「口コミか。本当だな? ……当然、外には漏らしてないんだろう?」
「もちろん。だいたい、口外しようにも、ネタが細過ぎて。だからこうして参
ったんですよ」
「はっきり言わせてもらおう。公にするな」
ウィスキーをストレートで用意し、荒井に出す。
「あ、これはこれは、ご親切に。ごちになります」
両手で包むようにグラスを受け取ると、打ち首スタイルになって荒井はその
縁に口を付けた。
「いい酒ですね。さすが、医者は儲かるようだ。あたしも見習いたい」
「金ならやる。これまでのように、あんたが分をわきまえている限りはな」
「話が早い。だから沓掛さんは好きだ」
相好を崩すと、荒井は酒を一気に半分がた煽った。
「くだらん」
沓掛は金庫から金を出すと、手早く包んだ。
「ほら、当面はこれでいいだろう」
「はい、どうもぉ」
押し頂く形で受け取り、いそいそと包みを仕舞い込む荒井。
そのまますぐに帰るものという沓掛の思惑に反して、相手はまだ居座った。
「どうした? 不満か?」
「いえ。帰りますよ。ただ、その前に一つだけ。沓掛さん、本当に男同士の間
で子供を作れるんですかい?」
沓掛は質問者をぎろりとにらんだ。
すると、作ったような狼狽ぶりで、大きく両手を振る荒井。
「いえね、これは純粋に興味からの……記事にする気は毛の先ほどもございま
せん」
「全くないと誓えるか」
「誓いますよ。からくりを教えてもらえなきゃ、夜も眠れません。不眠症にな
る方が、よほど恐い」
大げさに両腕で震えるポーズをする荒井に沓掛は呆れて、苦笑いさえこぼし
てしまった。
「分かった。教えてやる」
沓掛は医院を頼ってくる秘密の来訪者達にしたのと同じ説明を、荒井にして
やった。
「……ははあ。そんなことが可能なんですねえ。長生きしてみるもんだな。あ
たしゃ、いい勉強をさせてもらいました」
感心することしきりといった荒井の風情に、沓掛は思わず吹き出した。
「どうしたですかい?」
身体を折って笑う沓掛に、荒井は怪訝そうな色をなし、覗き込んでくる。
「あたし、何か変なことを言ったかしらん」
「ふん。あまりにも簡単に信じるから、おかしくなってね」
咳払いをしてから種明かし。
対する荒井は目を丸くした。
「じゃ、じゃあ、さっきのお話は、まるっきり嘘……」
「ああ。あんたのような人間までも引っかかるとは、私もなかなかだな。医者
という肩書きは大きいようだ、全く」
「うむむ、すっかり、騙されちまいましたねえ。一本取られました。だけど、
赤ん坊を引き渡したあと、調べられたらばれるんじゃないですか?」
「ばれっこない。何かあったら私を通すように言ってある。口約束だけじゃ不
安だがね、カップルの方だって後ろめたいんだ。主治医の言葉には盲目的に従
うもんだよ」
「はあ、そんなもんですか」
「万が一、疑いを持って、子供の遺伝子をよその病院で検査したとしても、ま
ずは問題ない」
「何故? DNAはやばいでしょう」
「ちょっと細工してね。いかにもカップルの男二人からできたような遺伝子を
作って、子供の体内へ部分的に送り込んでおくのだ。どこぞの病院の『正確な』
検査結果を持って来られても、再検査を主張し、その遺伝子を採取させる……。
分かったかな、荒井クン?」
沓掛が鼻で笑うと、荒井はにやりと唇の端を歪めた。
「あたしだって小悪党を気取るからには、そうそう騙されやしませんよ」
「ほう。と言うと?」
沓掛の問いかけに、荒井は真顔で応じた。
「沓掛さんの今の言葉もまた、嘘かもしれませんからね」
「その通り」
沓掛は荒井の背を押した。そろそろお帰りの時間だ。
「人は神にはなれない。その威光を借りるだけ−−と思ってくりゃいのさ、あ
んた達一般人はね」
−−幕