#4157/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/10/31 8:20 (125)
神威 2 桜井美優
★内容
そこからまたいくばくかの停滞があったものの、春を迎え、僕の自宅の近く
にあるマンションに、桜が下宿を変えたその日に、僕達は結ばれた。
これに関して付け足すべきことは、さしてない。
ああ、一つだけ。
お互いの−−僕あるいは桜の−−身体的理由によって、子供ができることは
ないと分かっていたから、学生の身分でも安心して行為に及べた。その意味で
は、ラッキーだったかもしれない。
僕の家と、桜のマンション。僕らは頻繁に行き来した。
僕がマンションに出向いて、一緒に料理を作ってみたこともあったし、我が
家の食卓に、桜が四人目として加わったこともあった。
でも、僕は家族に言い出せないでいた。桜と付き合っていることを。同じサ
ークルに入っている子、気の合う友達としか説明せずに済ましてきた。
ひょっとしたら、父や母も勘づいているのかもしれない。何て言ったって、
子にとって親は人生の大先輩なのだから。
それでも無論、自宅では関係に及ばないようにしていた。両親がいるときは
言うまでもなく、両親が揃って出かけたときでさえ、僕らは注意に注意を重ね、
せいぜいキスをするにとどめておいた。
ここまで書けば説明の必要はないも同然だが、僕らが肉体関係を結ぶのは、
一所に決まっていた。桜のマンションの一室だ。
都合のいいことに、その建物の壁や床、天井は防音の行き届いた造りになっ
ており、また外部の人間の出入りのチェックにもうるさくない。行き来する度
に管理人部屋の前を通らなくてはならないのだけは、いくらか嫌な気分をした
が、慣れてしまえばどうってこともなくなった。
そんな関係が二年も続くと、当たり前のように将来のことが頭をよぎるよう
になった。
「一緒になれるかな」
就職活動も山場を過ぎた頃、僕は桜に聞いてみた。
「うん。なりたいね、洋介」
相手の返答は簡単明瞭だった。
この時点において、僕はまだ両親に桜のことを話していないし、桜もまた、
僕のことを家族に知らせてはいなかった。
厳格な親は、決して僕らの結婚を認めてくれないだろう。悲しいことながら、
そんな確信めいた物を抱いていたのだ。
「社会人になってからの方がいいかな」
どちらからともなく出された意見に、僕らは縛られた。
「仕事を持って、きちんと金を稼げるようになってからなら、親父達も認めて
くれるかもしれない」
「でも、卒業してすぐという訳にも行かない……」
桜の言葉ももっともだ。
話し合い、熟慮した結果、僕達は来るべき日を四年後に見据えることとした。
社会人になって三年が経つ頃には、さらに安定した状態になっているはず。
社会的地位も、その基盤は固まっているだろう。
四年が過ぎれば、堂々と桜を紹介できる。そう信じた。
僕は大手と中堅の狭間に位置するような印刷会社に、桜は業界十指に入ると
される保険会社に勤め始めて、約二年が過ぎていた。
予定より一年早かったが、僕らは僕らの気持ちと関係とを互いの両親に伝る
ことに決めた。
まず先に、僕の両親に桜を正式に紹介しようと思った。こういう順番になっ
たのは、単に僕の家の方が近場にあった。ただそれだけ。
近いから、特に休みを取らなくても、土日を利用して充分間に合う。そのは
ずなのに、桜は渋っているようだった。
「再来週の土曜日はどうだろう?」
「うん……難しい。ちょっと忙しいから」
「またか。この前もそう言ったよな。じゃあ、その次の土曜か日曜は。あ、そ
の前に祭日もある」
「……」
机に肘を立て、ため息をつく桜に、僕は腹が立った。
「どうしたんだ? 気持ちに踏ん切りがつかないみたいだけど、僕の両親と会
うのがそんなに緊張することか?」
「……初めてじゃないから、何度もお会いしてるから、それは大丈夫だと思う」
「だったら、何なんだよ、さっきから。この話題は早く終わってほしいみたい
な、暗い顔をしてるぞ」
「……ごめんなさい」
「謝られてもなあ。親父やお袋に正式に紹介されるのが、嫌なのか? 今の関
係を黙って続けたいってこと?」
「そ、そうじゃないけれど……」
「けれど?」
あとから思い直すと、僕の追及は執拗だった。
それに気付かされたのは、相手の涙がきっかけだった。
「責めないで」
桜は涙を浮かべさえして、ぽつりと答えた。
「そ、そんなつもりじゃ……泣くなよ、おい」
「正直言って……恐い。あなたをあなたのご両親から奪うことになるのが」
「な……」
僕は一転して、笑い出したくなった。事実、大笑いしていた。
「何を言ってるんだよ、全く。それは娘と父親との関係に当てはまるだけだろ。
桜、君が心配することじゃない」
「……本当にそう?」
桜の物腰は、あくまでも真剣だった。
僕は笑いを引っ込め、真面目に応対するよう切り替えた。
「ああ、そうだとも。心配するな。たとえ親父達が異を唱えたって、僕は君と
一緒になる」
「信じていい? その言葉を信じていい?」
赤くなった目で見つめられた。僕は力一杯、うなずいた。
「もちろんだ、決まってるだろう」
実際、僕らの気持ちはどんなカップルにも負けないぐらいに強い、しっかり
とした意志だった。
だが、周囲の状況は甘くなかったらしい。
世間体が悪い、非常識だ、親戚に顔向けできない等々、なだめられているの
か悪口を言われているのか分からないような説得をされたせいで、反発心は一
気に強まった。こっちは充分に気を遣い、準備万端整えてから打ち明けたとい
うのに……。
僕と桜は親の目を逃れて、二人きりで暮らし始めた。届けこそ出さなかった
が、夫婦者と何ら変わるところのない生活を営んでいたように思う。
幸せだった。最初からこうすればよかったと、今さらながらつくづく感じた
ものだった。
そんなある日、日曜日の朝。桜が言った。
「洋介。子供、ほしいと思わない?」
「思う」
即答した。ほしくない訳がない。
だが。
最初から分かっていたことである、僕らの間に子供ができないのは。
だから僕には不思議だった。
「何故、今になってそんなことを持ち出すんだい?」
桜の問いかけの意味する先が、全く分からず。
しかし返って来たのは、微笑だけ。
僕はあることを思い浮かべ、すぐに口に出した。
「ひょっとして、養子をもらおうと言うの? それなら意味ないと思うな」
「分かってる。養子なんかじゃない」
「だったら、まさか、体外受精か?」
「違うったら。二人の血を分けた子供がほしい。洋介の気持ちは、そういうこ
となんだよね? それは自分だって、よく分かってる」
じゃあ、一体何なのだろう。ますます訝しく感じ、苛立ちもつのってきた。
が、そのときになって、遅まきながら僕は気が付いた。
「何か隠してるみたいだ。早く言ってくれよ」
桜の笑顔の裏には、何か吉報が隠されているに違いなかった。
やがて僕の愛しい人は、期待通りの返事をくれた。
「あるお医者様のご努力で、自分達のようなカップルにも、子供を授かる道が
開かれたんだって」
−−続く