AWC 欠けた星は血であがなえ 7   永山


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#3933/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/15  22:28  (198)
欠けた星は血であがなえ 7   永山
★内容
「完全決定じゃないんだ。それを断っておくよ。−−兄さんの生涯を映画にす
ると謳っておきながら、とりあえず、作品世界を一から作り直すらしい。天城
丞一郎の名だけはそのまま使うけれど、あとの人物や場所、芸能プロダクショ
ンなんかは、架空の物に置き換えるんだ。何だかんだと理屈を付けているもの
の、所詮、メインになる『他殺』の犯人を作るため」
「現実そのままの名前を使うと、問題があるって訳ね。それでも、現実と対応
させるからには、誰を犯人に仕立てたいか分かってしまうんじゃない? 脚本
家は、誰を犯人にする気なのかな」
「脚本家と言うよりも、母さんの妄想の産物−−と、僕は想像している」
「想像?」
 眉を寄せたレイア。普段から笑顔と渋面を使い分けている彼女だが、それら
とはまた別の困惑が浮かんでいる。
「恐ろしいことに、結末が伏せられてるんだ。茶目っ気があるというか……」
 腕を曲げて両方の手の平を上に向け、肩をすくめるポーズも、すっかり板に
付いた。
 レイアもまた、感心した風に景気よく口笛を鳴らす。
「今時、そんなことする人がいるのね? しかも日本に。驚きだわ。俳優達は、
文句言わないのかな? どんな人物なのか掴んでからじゃないと、演技が満足
にできないって」
「その心配はないよ。犯人役の人物にだけ、その役柄を伝えてあるんだってさ。
全く影響なし」
「考えたものね。で、隆光はどうなの? ええと、あなた演じる天城丞一郎が
という意味では、もちろんなくてよ。映画の中で浅見隆光に当たる人物が、犯
人だなんてことは?」
 イメージを気にしてか、レイアは興味深げに尋ねてくる。
「それはないよ、多分。何故なら、映画内で浅見隆光の役は、新城丞介が演じ
るんだ。母さんだって、手塩にかけた秘蔵っ子を、好感度を落とさないように
売り出したいだろうからね。彼を殺人犯役に仕立てるはずない」
「それも一理あるかもしれない。けれど、準主役クラスと言っていたのでしょ
う、あなたのお母さんは」
「ええ、そうだよ」
「だったら、殺人犯は準主役クラスの筆頭じゃない?」
「……万が一、そんな設定だったら、僕は映画に協力したくない。協力しない」
「きっと誰だって、そう思うわ。同じ立場だったら。ま、そんな馬鹿な筋書き
であるはずがないわね」
 レイアの言葉に、隆光は黙って、力を込めてうなずいた。

 肘に押され、シャープペンシルは開いたテキストのなだらかな丘をころころ
と転がり、机の外に飛び出した。
 床に落ちたことに一恵は気付いたが、今、それどころでなかった。
 宿題に取りかかる前にちょっとだけと思って読み始めた週刊誌には、彼女が
勉強を放り出すだけの記事があった。
<親(デラ)子(BIT)間の骨肉の争い? 『Joe、疾走』撮影中止の噂>
 見出しは、実にスキャンダラス。
 内容を読んで、ほとんどを憶測で固めた水増し記事だと知れる。撮影が遅れ
ていることを根拠とし、あとはかつての親子の不仲をくっつけただけ。
 でも、全てを看過できるものでもない。
(撮影が遅れ気味なのは、事実みたい……)
 ドアを肩越しにちらと振り返り、勉強しているふりを続けながら、一恵は考
える。
(どうして遅れてるのか、書いてないわ。台本に関して意見の食い違いがある
らしい、とあるだけで……。考えたら、変。これまで、映画の内容が全然発表
されてない。そりゃあ、丞一郎の生涯を映画にするんだから、発表がなくても、
内容はだいたい想像できるけれど)
 肘をついて、足をぶらぶらさせる。と、つま先に何かが当たった。
 顔を下に向けると、ピンク色をしたプラスチックの細い筒が見えた。シャー
プペンシル。
 一恵はさっき落としたことを思い出した。
 だけど拾わなかった。

「やり方が汚い」
 片町が憤慨するのを、辰巳は、若いなと思った。
 実際の年齢は、辰巳の方が一つ若い。
「私は、デラが噛んでいるのが、最初から気にくわなかったんですよ。そした
らこの有り様だ。退くに退けず、進むに進めない」
「違約金を払えば、退けるぞ」
 茶化してみたくなったので、辰巳はその思いを口にした。
「莫大な額になるだろうがな。はははっ」
「社長〜っ。冗談を言ってる場合じゃありません。違約金を払って退いたなら、
それこそ連中の思う壷。好きなようにストーリーを作られるに決まってる」
「それはない、多分」
 関川がが口を差し挟んだ。
「デラは我々を降ろさせようとして、あんな無茶苦茶なストーリーで押し通そ
うとしてるんだろう。うちが降りたら、ただちに大人しい台本に差し替えるに
違いない。隆光君に代わる俳優とその事務所が関わってくるのだから」
「それじゃあ……うちだけが馬鹿を見る」
「その通り。だから、こうして額を集めて緊急会議なんてことをやる羽目にな
った」
 辰巳はいらいらしていた。
 煙草を吸えなくなったせいもある。例の条件は、レイア=シンプソンが場に
いないときでも有効なのだ。
「隆光君の考えを聞こう」
 微妙な立場にいる主役に目線が集まる。
 不機嫌さに悲しさ、哀れみ等、およそ思い付くマイナス感情の大部分を混ぜ
合わせたような顔をした青年は、吐息してから始めた。
「非常に気分が悪い、それが正直な気持ちです。だが、このまま引き下がりた
くもありません」
「では、出演を蹴りはしない、と」
「ええ。何とか、中身を変えさせる。時間をもらえれば、母を説得してみたい
んですが」
「それはどうかな?」
 辰巳が疑問を呈する。
「彼女の−−君のお母さんの性格から考えて、聞き入れるとは思えない。言っ
ては何だが、親子の情に訴える他に、切り札でもあるのかい?」
「いえ。そんな物があれば、とっくに使っています」
「だろうな」
 現実には打つ手なしだと、辰巳は感じていた。
(人の話を聞くたまじゃないからねえ、彼女。一郎が亡くなったときだって、
よその男の声に対して、聞く耳を持たなかった)
 思い出して、密かに苦笑する。
(分からないのは、あの時点で一郎と別れていて、他の男とそこそこ付き合っ
ていたくせに、死んだ途端、操を立てるような真似を……。二人の間には、第
三者には計り知れんもんがあった、いや、あるらしいね)
「辰巳さんからも、説得してくれませんか」
 集中力が散漫になっていたところへ話を振られた辰巳だが、すぐに状況を解
した。
「ん? やってもいいが、無駄だろう。今さら改めて宣言するのも変だが、私
はどうやら、恭子さんから嫌われているらしい。彼女の手元から、義正君を連
れ出した『誘拐犯』みたいに思われているに違いない。顔を合わせれば、喧嘩
腰になってしまう」
「僕も同じですよ。もっとも、僕は『誘拐犯』ではなく、母の手から逃れたペ
ットの鳥か何か」
「お二人とも、戯れ言で楽しんでいるのもいいですが」
 不意に、関川が割って入ってきた。辰巳は隆光と顔を見合わせ、唇の端に笑
みを残しつつも口をつぐんだ。
「具体的な策を講じないと。回答の期日は三日後。他の役者のスケジュールと
の兼ね合いもあって、それ以上は延ばせないんですよ」
「承知しているよ。しかしねえ、今度ばかりはお手上げだ」
 辰巳は本当に手を挙げた。
「これまで、デラさんを出し抜いてばかりいたからかな。いやはや、手痛いし
っぺ返しを食らったもんだ」
「制作に関して、主導権を握られた形ですからね」
 辰巳に同調して、片町が言う。
「新城丞介の出演を確約させていることに加えて、台本に影響力がある。こっ
ちは、手足をもがれたようなもんです」
「愚痴はいいから、具体策を」
 関川は焦れた風である。彼はさらに続けた。
「先ほども言いましたように、泥沼にしていいなら、デラ側との交渉を録音し、
相手のやり口を公に知らしめるという方法があります。だが、こんな手段は、
自分は好まない。隆光君だって、本意でないはず」
 隆光は、軽くうなずいていた。
「最大の問題は、浅見隆光に対応するキャラクター、風見光を兄殺しの計画犯
とする点。これさえクリアできれば、何とかなる」
「僕には、母がこんなことをする理由が分からない」
 疲れたような隆光の声だった。
「嫌がらせにしても、度が過ぎてますよ。第一、大人げない。母自身にも不利
益が生じるはずなのに……」
「逆に言えば、その理由が掴めれば、打開策も見つかるかもしれない」
 辰巳は希望的観測を述べた。
「私には、あの筋書きで新像が納得しているのも不思議だね。まあ、うちは、
新像との営業サイドとは結び付きが強いが、制作サイドへのパイプはデラに劣
るからな。仕方ないかもしれんが」
 今度の映画のオーディションイベント開催や、その選考をオープンにさせた
のは、BITが手を回した成果だ。
「……答を作ってみます」
 不意に言った。隆光だった。
「えっ? 何だって」
 辰巳が聞き返すと、曖昧な応答があった。
「うまく行くかどうか、分かりませんが……」

 「浅見隆光、一時渡米」の見出しが踊るスポーツ新聞を折り畳み、恭子は額
のサングラスを下げた。
 首を動かし、窓の外を見る。と同時に、雲の中に沈む機体。
 もうじき着陸。ほぼ定刻だ。
 一週間前に届いた手紙を思い出しながら、恭子は降りる仕度をゆっくりと始
めた−−。
「戸土良島へようこそ」
 空港に降り立ってから、恭子はタクシーを求め、今度は船着き場に向かう。
「お客さん、ひょっとして、春ヶ見島に渡られるんですか?」
 喋り好きなのか、営業のためなのか、運転手は気さくな調子で話しかけてく
る。
「ええ」
「今なら、ちょうどいい頃合いに着きますよ。待ち時間なしで、船に乗れるで
しょう。しかし、あの島には何を? 言ってしまったらあれだけど、観光する
ような場所は何もありませんよ。観光できるのは戸土良だけだ」
「知っているわ」
 いつもの恭子なら、この短い返事だけで済ませていただろう。
 だが、今日は違った。島の暖かい自然に触れ、気分がいくらかでもリフレッ
シュされたせいかもしれない。
「大事な人に、会いに行くの」
「へえ。大事な人ねえ。あなたみたいなおきれいな人に思われてるなんて、う
らやましい」
「ありがと。信じられないかもしれないけれど、私、昔はファッションモデル
をしていたのよ」
「ええ?」
 運転手の目が、一瞬、ルームミラーに映った。
「やっぱり、信じられない?」
「いえいえ、とんでもない。あー、私らなんか、こういう島にいるもんだから、
テレビとか芸能のことは疎くて……」
 運転手は少し勘違いしているらしかったが、恭子はそれを微笑みと共に聞き
流した。
「昔とおっしゃいましたが、今でもモデルさんでは?」
「今は、まあ、社長よ。小さいながら、一国一城の主というやつね」
「へえ、これまた驚きました。事業で成功されたんで、モデルをやる必要がな
くなったということですか。うらやましいですな」
「それほどでもないわ」
 この言葉は、かなり本心が入っている。恭子自身、そう自覚していた。
「社長さんから見て、戸土良の印象はどうです? 海がきれいでしょう」
「海は……あまり好きじゃないの」
「あ、そうでしたか?」
 運転手の口調に、焦りの響きが混じる。
「それはまた、どうもすみません」
「でも、戸土良島はいい感じだわ。開放感があって。仕事に追われていたのが、
馬鹿らしくなってくるぐらい」
 恭子のフォローに、運転手は再び明るい表情を取り戻したようだった。


−−続く




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