#3932/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/15 22:26 (197)
欠けた星は血であがなえ 6 永山
★内容
(またスクリーンで会えるなんて)
伊藤一恵は最前列のほぼ真ん中の席で、感涙にむせんでいた。
(あ、あ、終わってしまう……)
映画の終わりを告げるタイトルロールが、ゆっくり、下から上へと流れ始め
た。
本当に来てよかったと、一恵は早起きした自分を誉めていた。天城丞一郎フ
ァン度を試されるとかで、オーディションを含むこのイベントの前売り券は、
一切なし。当日の早朝から並ぶしかなかったのだ。
最前列という、映画を観るにはさして適さない位置を陣取ったのには、理由
がある。本日のメインであるオーディションには、天城丞一郎を演じたいと願
っている人間が、プロアマばかりかずぶの素人も混じって続々と登場すること
になっている。彼らを目の当たりで見て、判定したいと考えたのだ。
(デラからデビューする二代目が、あの人じゃないと知ったときは、ちょっと
がっかりしたわ)
数ヶ月前のことを思い出す一恵。
(まあ、あの金本っていう子も、いいんだけどね。輸血してもらったなんて、
凄く運命的だと思うし、演技力も歌唱力いい線行ってる。だけどルックスも、
もうちょっと似せてほしかったわ)
勝手な感想を述べる。ファンとして、当然の権利である。
(だけど、結局、金本−−新城丞介に決まっちゃうんだろうな。元々、この映
画の企画を出したの、デラだし。うーん、文句はないけど、不満はあるってと
こかしら)
色々と考える一恵の周りで、拍手が湧き起こった。
はっとして、面を上げると、スクリーンでは長い長いロールが終わり、エン
ドマークが投じられたところだ。やがてライトが、場内を明るく照らす。
「はい、皆さん、感激に浸っているところをお邪魔します」
舞台の右袖から、マイクを持った礼服姿の男が現れた。イベントの司会進行
を務める男女の内の一人、辺見朔弥。アナウンサー出身のタレントで、喋りに
は定評がある。
だが、一恵の評価は低かった。
(天城丞一郎のこと、あんまり詳しくないみたいなんだもん)
辺見とは反対方向から、女性が小走りに進み出る。
「素晴らしい映画でしたね。名演技が、これで最後になったことを思うと、本
当に惜しまれます」
土坂真美亜。天城丞一郎と何度も競演し、一時は恋人と噂されたこともある
女優だ。チャイルドタレントとして名を馳せた彼女も、いつの間にか大学生に
なっている。
一恵は自分でも意外なほど、土坂のことを嫌いではなかった。スクリーンで
は常に天城丞一郎の隣にいたと言ってもいい彼女を、自らに置き換えた天城フ
ァンは、一恵だけではない。
(土坂真美亜は、丞一郎のことを分かってくれてるから、その点ではいいんだ
けれど。この人、フリートークはいまいちだからなあ。ドラマでの台詞がいく
らうまくたって、こういう司会には向いてないわ)
気の毒がりつつも、主催社側の配役ミスを恨めしく思う。土坂真美亜はゲス
ト審査員として、オーディション審査員席に座らせるべきなのだ。
「皆さんが心に大切に仕舞われている、それぞれの天城丞一郎がいると思いま
す」
舞台の土坂は、棒読み口調で喋っていた。
どうでもいいことであるが、決められた台詞なのかどうかはともかくとして、
この一文は日本語として少々変だった。
「そのイメージは宝物として、大事にしてくださいね。そして、今からの数時
間は、ちょっと新しい気持ちになって、新しい目で見てあげてください」
「天城丞一郎追悼映画『Joe、疾走』、主演男優公開オーディションを始め
たいと思います」
辺見が、しびれるような低音から、一気に盛り上げる調子になった。
短いファンファーレに、一部の天城ファンからブーイングが起こる。が、大
した混乱は生じない。不安や不満もあるものの、やはり、第二の天城丞一郎を
期待する雰囲気が強いようだ。
「応募総数千飛んで二十通の中から、書類審査により絞り込んだ五十名が、次
次と登場します。第一次審査は、第一次の名にふさわしく、ファーストインプ
レッション。つまり、第一印象で判定をします。審査員の方々並びに会場の一
般審査員の皆さんは、これから登場する五十名を、その外見や態度、身振りだ
けから点数を付けていってください。十点満点です。じっくり考える必要はあ
りません。あくまで第一印象が大事です」
「採点結果を集計し、上位二十名が次の歌の審査へ進みます。
皆さん、準備はよろしいですか? お手元に採点用紙はありますね?
それでは、始めましょう。どうぞ!」
土坂の妙に張り切ったかけ声により、オーディションがスターとした。
司会者二人が去った舞台を、一恵を始め、審査員全員がじっと見つめる中、
一人目の男性が登場した。
名前も年齢も、一切アナウンスされない。およそ十五秒の一定時間、舞台を
歩き、ポーズを取り、また歩いて行くだけのアピール。
(顔、まあまあ似てる。背格好も近い。態度、気障すぎ。七点)
一人目に対し、一恵はそんな評価を下した。
二人目以降も、どんどん判定していく。
(顔、似てる。背は高いぐらい。あ、蹴躓いた。どじ。四点)
(顔、似てる。でも、髪型が違う。背格好はグー。八点)
(顔、全然違う。背格好はまあ、近いかな。態度、卑屈。0点)
そんな調子で付けていくと、中程辺りで、新城丞介が登場した。黄色い歓声
が、一角から上がる。
(顔、個性的。雰囲気は近い。背格好、同じ。態度、慣れた印象。うーん、八
点かな?)
テレビ等で知っているだけあって、正しい判断ができたのかどうか、自信が
ない。
軽く首を傾げる間もなく、次の人のお出まし。
(顔、口と輪郭だけ似てる。背が低いみたい。態度は庶民的すぎる。二点)
またこの調子で続けていき、五十番目の登場。
その瞬間、会場全体が息を飲んだかもしれない。同時に起こるざわめきは、
あっという間に広がった。「ん、ねえ、あれ」「似てる」「そっくりよ」−−
そんなひそひそ声を背中で聞きながら、一恵は目を見開いていた。
(あの人だわ!)
間違いなかった。天城丞一郎の親戚だと言った彼が、すぐ目の前の舞台に立
っていた。
一恵は何も考えず、採点表の最後の升を「十」という文字で埋めた。
公平を期すため、審査員は一般入場者はもちろん、主催社側−−新像が依頼
した業界の面々も、誰一人としてオーディション参加者の詳細なデータは知ら
されずにいた。デラから新城丞介が出ることは最初から分かり切っていたので、
特例である。
得点の集計が終わり、二次審査に進む二十名が決定した時点で、業界人の審
査員各自には各人のプロフィールが配布された。
エントリーナンバー五十の正体が知れ渡るや、趨勢は決したと言ってよい。
BITの隠し球戦略が奏功した訳である。
「随分、小狡い手を使ってくれたじゃない」
授賞セレモニーから引き上げてきた隆光や辰巳らを待ちかまえていたのは、
言うまでもなく浅見恭子。顔には笑みさえ浮かべているが、ドレスの端を掴む
手が、小刻みに震えるのが、傍目からでも見て取れた。
「あなたには負けます。自分のお子さんに逃げられたからって、輸血を受けた
子供を引っ張り出すとはね」
辰巳の言葉に影響を受けたか、恭子の視線が動く。
「隆光。何故?」
目が合った隆光は、逸らさずに応じた。
「何がですか、お母さん」
「とぼけるの? 私の誘いを断っておいて、結局、BIT所属になるなんて。
方針が違うだの、アメリカを舞台にやって行きたいだの、あの言葉は単なる言
い訳だったのかしら」
「違います。あなたは僕に、できないことを押し付けようとする。昔も今も。
親子と言っても、ビジネスはビジネス、スタイルはスタイル。譲り合うことが
できない限り、うまく行くはずがない」
「言ってくれるわね」
笑みを消して、恭子は姿勢を変えた。やや前傾姿勢となり、右手の人差し指
を突き立てんばかりにぴんと伸ばす。
「あんたの気持ちなんか、手に取るように分かる。色々と理屈をあとから付け
たって、つまるところ、私への意趣返しでしょうが?」
「……そういう考え方をするところも、僕は好きになれない」
隆光は、今、自分が哀れみの表情を浮かべていると自覚した。が、それが演
技なのか本気なのか、判断できない。長く俳優をやってきたせいなのかもしれ
なかった。
「しばらく会わない間に、一段と口が達者になったようね。−−どうやら今回
は、逆転負けを食らわされた形になったけれど」
再び辰巳に向かって話しかける恭子。
彼女の先回りをして、辰巳がぼそっと言った。
「このままでは済まさない、ですか?」
「さあね? どうかしら。言っておきますけど、私どもと新像との間に、パイ
プは残ってますの。冗談のつもりで交わした契約が生きてくるなんて、夢にも
思いませんでしたわ。でも、保険はかけておくべきものだと、勉強にもなった
ってこと」
「……何の話をされてるんです?」
顔をしかめ、辰巳は聞いた。勝利に酔っていた余裕の笑みを残してはいたが、
恭子にもまた余裕が残っているのを感じ取ったのだろう。表情を引き締めた。
「うちの新城丞介を、今度の映画に出演させるという確約をいただいてました
の。仮にオーディションで最後の一人になれなくても、準主役級のポジション
を与える、とね」
「準主役? 天城丞一郎の生涯を振り返る映画だ。主役の他に、準主役も何も
ないでしょう」
「ふふ、映画のストーリーについて、全くご存知ないのも無理ないわね。筋書
きは、私の意見を相当に取り入れてもらっています。母親として、当然の権利
ですからね」
恭子の視線を、隆光は感じた。嫌な人だ、と思った。
「いい機会だから、ここで知らせて差し上げようかしら。単なるノンフィクシ
ョンにするつもりはありませんの」
「フィクションを入れるってこと?」
声を発したのは、隆光だった。当然、事実だけで語られるストーリーだと信
じていたのだ。
だが、母親の言うには、違うらしい……。
「そうよ。私とあの人が別れ、義正とあんたが別々に引き取られた箇所は、美
しく脚色することになるだろうから、安心なさい」
恭子は夫のことを、今では「あの人」と呼ぶ。
「……だったら、最初から映像にしなきゃいい」
「生涯と銘打つんだから、完全に隠すのはいけないことだわ。おほほほ」
気味の悪い笑い声。意識して出したものと信じたい。
「それよりもね、売りはそんなところにないのよねえ。誰が天城丞一郎を殺し
たか、これよ」
「何だって?」
みんなが声を上げた。隆光も、関川も、辰巳も。
反応を楽しむかのごとく間を取った恭子は、不意に背を向けてきた。
「サービスはここまで。どうせ、会社から台本が送られてくるでしょうよ。今
さらあとには退けないのを肝に銘じて、せいぜい頑張ってちょうだい」
後ろ向きのまま手をひらひらさせていた恭子だったが、ふと立ち止まると、
振り返った。
「それと、新城とも仲よくやりましょうね」
これを言うためだけに。
「スケジュールに殺されるかもしれないわ」
レイア=シンプソンは、何とかまとめ上げたスケジュール表を見返して、大
げさに頭を抱えた。
「無理を言って、まとめて撮影をこなしてもらうことができたから、まだまし
だけど、これじゃあ、合衆国と日本とを行き来する渡り鳥」
「すまない、レイアさん」
日本式に頭を深く下げた隆光。
「何やってるの。覚悟はできていたわ。あなたもでしょう?」
「ああ、そりゃあね。でも、まさか、母さんがここまで無茶苦茶するとは、想
像を超えていたよ。もし僕らが関わらずに映画を作らせていたら、どんな出来
になっていたか……」
考えると、本当におぞけが来る。
「分かってるわ。お兄さんのことを思えば、絶対に映画に介入しなきゃね。た
だし、映画が終われば最初の約束通り、しばらくこちらでの仕事に専念しても
らうわよ。覚えておいて」
「もちろん。感謝してる」
「それで、どういう筋書きなの? 私はまだ詳しく聞いてないんだけれど、お
兄さんの死を他殺のように描くって、本気なのかしら」
レイアの要請に、隆光はほんの少し肩をすくめると、苦笑混じりに返事した。
「部外秘となっているんだけどね。日本の外でのマネージャーとは言え、関係
者に違いないんだから、いいと思う。もちろん、他言無用だよ」
「了解」
−−続く