AWC 欠けた星は血であがなえ 5   永山


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#3931/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/15  22:25  (194)
欠けた星は血であがなえ 5   永山
★内容
 横長のテーブルに全員が揃うと、フラッシュが一斉に焚かれた。
 天城丞一郎−−本名、浅見義正の死が正式に認められてから、今日、土曜日
で二ヶ月。
 四十九日が過ぎてすぐ発表したのでは、あまりにあざといと考えたのか、二
代目デビューに関するデラの動きはこの日まで全くなかった。
 通り一遍の挨拶が済むと、いよいよ主役の紹介が始まる。
「彼が、本日付けでデビューします、天城丞一郎です」
 浅見恭子は最初から饒舌だった。
 無論、服装は主役以上に目立つことのないよう、地味な色合いのスーツだが、
会見をリードする彼女はそれだけで注目されていた。
 少年が頭を下げた。
 背は決して高い方でなく、中肉中背の均整の取れた体格。
 特に派手なアクセサリーや化粧をしている訳でもなく、衣装もどこかの学校
の夏服の上に、ジャケットを引っかけただけのよう。ヘアスタイルはさらさら
とした前髪が額を隠す、いかにもアイドルタレント然としたもの。
 それなのに、彼が何故かしら人を惹き付けるのは、その目のおかげだろう。
 形容しがたいが、敢えて言葉にすれば、右が超然とした半眼なのに対し、左
は対象物を射抜くような視線を持っている。危ういところで保たれたバランス
の結果、魅力が生じている印象だ。
 恭子の説明によると、まず、初代の天城丞一郎がこれまでに出した全ての歌
を、順次レコーディング、発売していくのと並行し、オリジナルの新曲も来月
リリースする。
 俳優としての実力を示すため、二代目主演のビデオシネマをデラ主導で制作
する。
 イメージが定着しない内に、声優にもチャレンジさせる。そのためのアプロ
ーチをすでに始めており、よい感触を得ている。
 初代天城丞一郎の生涯を映画化する企画を推進する。天城役はもちろん、二
代目が演じる方向、等々。
 引き続き、マスコミ陣の質問を受け付ける段になった。
「二代目天城さんのプロフィールを教えてもらえます? 本名や年齢……」
「金本浩介、今年で十五歳になります」
 答えるのは恭子。
「現在、中学三年生ですが、学校名は伏せさせてもらいます。もっとも、皆さ
ん、お調べになれば簡単に分かってしまうでしょうけど」
「金本君、これまでに、演劇の経験やタレント活動をしたことはある?」
 マスコミの一人が親しげに話しかけたが、応じたのはやはり恭子。
「断っておきますが、この子は天城丞一郎です。皆さんがBITさんに気を遣
って、天城の名を使いたくないのはよく分かりますが、それも今月限りにして
いただきたいですわね」
 その物腰に、舌打ちも若干聞こえたが、場は静かになった。
 恭子は満足そうにうなずくと、質問への返事を始める。
「演劇等の経験ですが、表立ったものはありません。ただし、私どもがみっち
りと鍛えてきましたから、ご心配なく。堂々と、二代目天城丞一郎として書き
立ててもらって結構です。ファンの期待を決して裏切らない自信を持っていま
す」
「あのぉ、それなんですが」
 いささかトーンの落ちた感があったが、また一人、質問。
「事務所がいくら二代目だと言って、彼をプッシュしてもですね、ファンが認
知するかどうか、分からないんじゃありませんか。素人考えでは、逆に反発を
食らうんじゃないかとさえ……」
「−−うふふふ」
 突然、恭子は微笑んだ。明らかに、この質問を待っていたのだと分かる。
「ファンの心を掴むのに、充分な資質をこの子は持っています。資質と言うよ
りも、後天的な属性……とでも申しましょうか」
「後天的……属性?」
 質問者だけでなく、多くのマスコミ陣が怪訝な表情をなす。恭子の言葉が何
を意味するのか、想像も付かないに違いない。
「皆さんは、覚えておられます? 天城丞一郎の人気を決定付けた、ある出来
事を」
 得意そうに、会場を見渡す恭子。やはり主役は彼女なのかもしれない。
「スター気取りでない、善意の行為。盛んに称えてくださったおかげで、義正
−−初代の天城丞一郎は、確固たる人気を得ました」
 ここまで言われて、詰めかけた各社報道陣は、ようやく合点したようだ。あ
ちこちで、「ああ」「分かった」という声が起きる。
「お気づきになりました? そうです。天城丞一郎はかつて、孤島の戸土良に
おいて、手術のために血の足りなくなった少年に、自らの血液を献じました」
「そ、それは知っていますが、一体、何の関係が……」
「当時、小学六年生だった少年もまた、いっときではありますが、スター扱い
された。その名前までは公にされませんでしたが……。少年の名前が金本浩介
だと言ったら、驚いてもらえるかしら」
 効果はてきめんだった。
 ざわつく場内。カメラマンらは腰を上げ、改めてフラッシュをフラッシュを
焚き始める。
「で、では、その−−」
「はい。彼こそ、天城丞一郎の血を受け継いだ、二代目としてふさわしい存在
でしょう」
 勝利の確信に満ちた声だった。
 マスコミ陣が、恭子の機嫌を損ねぬよう、最後に取っておいた質問−−「天
城丞一郎という芸名の使用権は、BITにあるのでは?」−−も、聞くだけ無
駄という雰囲気が起こりつつあった。

 ブラインドの隙間を押し広げていた手を引っ込め、辰巳は苦笑した。
「外がちょっと、騒がしいな」
 眼下に見えた道路には、デラの記者会見取材を終えて飛んで来たのであろう、
多数の芸能記者が黒山を形成している。
「これ以上、情報がこぼれてくるとは思えないな」
 関係者以外をシャットアウト。相手の出方を見極めた上で、どう対処すべき
かを決める会議の最中であった。
「それにしても、デラさんもやってくれるよ。あの少年を引っ張り出してくる
とはね。意表を突かれた」
「ただでさえ印象深いニュースだったのに加え、ここ一年の追悼番組でも散々
触れてましたから、ファンの脳裏にも鮮明に植え付けられたでしょうね」
「名前の一件がなければ、ことを荒げる必要はないんだが……困ったもんだ」
 部下の一人、片町の言葉を受け、辰巳は顎に手をやり、考え込む風。
 と、突然、その手を懐に持って行くと、煙草を取り出した。
「吸わなきゃ、やってられないね」
「あの人が来れば、職場では吸えなくなりますが」
 関川が冗談混じりの口調で言った。
 ライターを持つ手の動きを止めた辰巳。
「そうなんだなあ。レイア=シンプソンが出した条件の一つ−−仕事場での喫
煙は一切やめてもらう、か。この項目さえなければ、即オーケーだったのに」
 辰巳もジョークで切り返す。
 デラの動きをある程度、事前に察知していたBITは対応策として、浅見隆
光の日本デビューを本格的に働きかけていた。
 辰巳自らも何度か向こうへ飛び、交渉を重ねた結果、ようようのことで引き
出せた譲歩案は条件尽くしの内容になった。禁煙なんて、BITにとってはさ
ながら、厳しい校則のようなものだ。
「天城丞一郎という名前にこだわらないのは、いいと思うんですよ」
 片町が言った。
「最初は社長の言う通り、二代目とした方が行けるかなと感じてたんですがね、
我々はその初代の名前でも、おまんまを食わせてもらう訳ですから、彼を二代
目に仕立てても事情が複雑になるだけじゃないかと。それに対し、二代目の人
気爆発となる公算は、五分五分といったところでしょう」
「メリットが少ない、か?」
 結局は煙草を仕舞った辰巳。
「博打は、私も避けたいところだ」
「それなら話が早いです。天城丞一郎の実の弟。これだけで充分、セールスポ
イント。ここを前面に押し出し−−」
「要するに、向こうの条件を丸飲みにしろってことになる」
 関川は、いくらか揶揄するような調子で言った。
 あっさり肯定する片町。
「平たく言えば、そうなります」
「平たかろうが、岩山に登ろうが、どっちだっていい。要するに、勝算のある
手段を選ぶ、それだけだ。ただし、みみっちい勝ち方じゃいけない。デラを吹
っ飛ばすぐらいの大勝がほしいんだ」
 辰巳は手を組んで両肘をつくと、心持ち猫背になりながら、その場にいる者
達を見渡した。
「一つ、民主主義の真似事をやろう。あくまで参考にするだけだが、決を採る。
浅見隆光の日本デビューに関して、天城丞一郎の名を付けることに賛成する者、
手を挙げてくれ。シンプソンが出した条件は、意識しなくていい」
 挙手する者はなかった。
「辰巳社長、よろしいですか」
 関川が遠慮がちに口を開く。
「ん? 何だろう?」
「イメージ戦略の観点から言って、二代目の名にこだわるのはマイナスでしょ
う。デラ側の二代目デビューが動き出した今、こちらも二代目を世に送り、相
手側と裁判で争い、勝ったとしても、イメージに傷が着きます。下手をすれば、
初代のイメージにまで悪影響が及びかねない」
「なるほど。よく分かる」
「浅見隆光君の俳優としての実力は、誰が見ても折り紙付きです。私個人の考
えでは、天城丞一郎の実弟という看板さえ余計だと思っているんですが、まあ、
それは置くとしましょう。あとは、彼を世に出す最高のタイミングを見つけて
やるだけではないでしょうか」
「ほう? 何か考えがありそうだな。隆光の出ている海外ドラマを先行輸入で
もして、前景気を煽るか?」
「それも手でしょう。ですが、彼のためになる、もっとよい方法を思い付いた
つもりなんです、私は」
 関川は彼にしては珍しく、自信をちらつかせた。

 金本浩介の芸能活動は、毀誉褒貶の声こそあったものの、滑り出し好調と言
えた。
 芸名問題は、意外と早期に決着した。
 曰く−−金本浩介が二代目天城丞一郎という触れ込みで活動を行うのは自由。
しかし、芸名は変更すること。
 両者が折れた形である。
 そして、金本の新しい名は、新城丞介に決まった。
「今日が本番よ」
 恭子は、新城とそのマネージャーの高島に、強く言い聞かせた。
「オーディションという形になったけれど、あなたが選ばれるのは、間違いな
いんだから。自信を持ちなさい」
「はい」
 新城の返事は、言葉は素直だが、「何を今さら」といった響きを含んでもい
た。例の表情のせいかもしれない。
「根回しはどう?」
 恭子が耳打ちするように尋ねると、高島は小さくうなずいた。
「打つべき手は打ちました。気になるのは、オーディション参加者のリストを
入手できなかったことですが……よほどの強敵がいない限り、選ばれるのは間
違いありません」
「そうね。リストは、多方面から当たってみたのに、主催社側のガードが堅か
った。大手は厳しいものね」
 恭子も多少、気にかけてはいた。まずあり得ないとは思うが、既成の若手人
気俳優の中から一人でも名乗りを上げていれば、強敵になる。いくら天城丞一
郎の生涯を描く映画だとしても。
「選考方法が先生方の意見だけでなく、一般ファンの投票も加味されるってい
うのも、気に入らないわ」
 映画製作を買って出た新像社は、これまで天城丞一郎主演作品を全て手がけ
てきた実積もあって、主導権を握りたがっていた。故に、デラ側にいくつかの
条件を提示するのは、ある意味で当然と言えよう。主演男優の選考を、公開オ
ーディションにすることもその一つである。
 オーディションそのものをイベントとして成功させれば、利益を生むし、映
画の宣伝にもなると言われて、デラ側もこの条件を飲んだ。
「上映、あと何分で終わり?」
 恭子の問いに、高島が腕時計のライトを点ける。
「十五分程度です」
「そろそろね」
 現在、満員となった会場では、天城丞一郎最後の主演映画となった『飛翔』
の上映が行われていた。これもオーディション前のイベントの一環であり、上
映終了後、いよいよオーディションの開始となる。
「ほどほどに似せればいいから。あとは、自分らしさをアピールして」
「分かっています」
 新城丞介は、退屈そうにうなずいた。


−−続く




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