AWC 欠けた星は血であがなえ 4   永山


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#3930/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/15  22:23  (194)
欠けた星は血であがなえ 4   永山
★内容
「二度目のクラッシュが起きたから、地獄行き決定よ。私には、手書きの方が
よほど信用できる」
「オフィスではコンピュータ、使ってるのに。扱い方が荒っぽいから、携帯型
の方ばかり壊してる」
「手帳と同様に扱って壊れる機械なら、用はないわね。さ、取り貯めしておい
た例のウィールのストックが切れそうだから、まずはこれからね。台詞、頭に
入ってる?」
「フライト中は、台本と首っ引きだった。数字はどんな調子?」
「主役気取りね。−−幸い、四本の中では、『最大公約』が一番いいわ」
「『大富豪ゲーム』を押さえて? やったね!」
 新シーズン開始前、本命と目されていた番組よりも視聴率で上回ったと聞い
て、ガッツポーズを作る隆光。
「さて。そう喜んでばかりもいられないの。同じ番組内の競争に勝つ以上に、
外との喧嘩に勝たなければいけない」
「ということは、えっと、何に負けたのかな」
「負けたじゃなくて、現時点では後塵を拝しているだけよ」
 まるでレイア自身がテレビ局の人間であるかのように、口を尖らせて注意し
てきた。
 隆光は素直に謝って、先を求めた。
「C局の『サテライト・コメディショー』。往年の名コメディアンの力は、ま
だまだ衰えていなかったって訳ね」
「打開策は? 何か具体的な指示なり変更なりが、出ているのかな」
「ドラマ自体はいじらないで、大物ゲストを増やす方針のようよ。憧れのジョ
ニー=キャビオンやアリッサ=ゴーウッドに会えるかもしれないわね。張り切
るでしょう?」
 雲の上の存在であるスター達の名に、胸が高鳴るのを隠しつつ、隆光は押さ
えた口調で応じた。
「僕が今、一番に競演させてもらいたいのは、サンドラ=ヘブンだよ」
 レイアは、「言うわねえ」と笑った。

 一恵は普段なら絶対にしないことを、今していた。
 通学に利用している電車の中で、ふと目に留まった物−−スポーツ新聞。い
つもは意識もせずに通り過ぎるのに、今日に限ってはたまたま一番表に来てい
た見出しがそれを許さなかった。
<二代目天城丞一郎、デビュー!>
 見えた文字を、一恵は口に出して読んでいた。
「……デビューって、誰が?」
 独り言を続けながら、新聞を座席から取り上げ、熟読する。
 記事の内容は、天城丞一郎が船舶事故に遭遇した日から一年を迎える来月六
日以降に、芸能プロダクションのデラが大々的な葬儀を執り行うことがメイン
であった。
 一恵にとって天城丞一郎の葬儀も気になるが、二代目の話題も捨てがたい。
 四十九日の法要が終わるのと時を同じくして、二代目天城丞一郎をデビュー
させるとあった。見出しの割に、情報は大したものではない。どんな人物が二
代目となるのかにも、全く触れられていなかった。
「デラと言えば、丞一郎のお母さんがいる事務所。でも、二人の仲は悪かった
はずなのに……二代目が出るにしたって、絶対、BITからだと思ってたんだ
けどな。−−あ」
 そこまでぶつぶつ言ってから、唐突に、一つの記憶をよみがえらせた一恵。
 約一年前。事故直後、天城丞一郎の父親の墓を訪ねた際、見かけた青年の存
在を、一恵は鮮明に思い出した。
「あの人が二代目? 親戚と言っていたから、丞一郎のお母さんとも何かつな
がりがあるのかもしれない。だったら、デラからデビューしても不思議じゃな
いわね。うん、あの人なら顔や声は合格。あとは歌唱力と演技力よねえ」
 天城丞一郎の死後、芸能スターへの関心を薄れさせていた一恵だったが、こ
の刺激を受けて、興味が新しく湧き起こりつつあった。

 ここ一年の天城丞一郎狂想曲は、その名を知らぬ者にとって、さながら周囲
の人間が全員熱病に浮かされてしまったと映ったであろう。
 事故後一ヶ月ほどして、まず関連書籍が十数種類、出版された。中には所属
事務所であるBITの許可を得ずして書かれた「研究本」の類もあり、差止請
求等が起きている。が、いずれも売れ行きはよい数字を示した。
 過去の映画のリバイバル上映が各地で順になされ、テレビでも追悼放映(建
て前として、『追悼』の二文字は使っていなかったが)が各局で一本ずつの割
合で流された。言うまでもなく、映画以外の追悼番組も数多く組まれた。
 コンサートも同様で、一度でも中継したことのある局は、そのときの映像を
再放映できるよう、BIT事務所に日参するほどであった。
 無論、音楽CDやビデオの類も売れ続けた。事故当初の爆発的な勢いはなく
なりつつあるものの、今でも一定数売れているのは確かである。
 その他、考えられる限りのあらゆるグッズが売り出され、催し物も何やかや
と名目を着けて行われ、その度に盛況となっていた。
 一時、年末を迎えた頃にいくらか下火になりかけるも、これを支え、さらに
は巻き返したのが、仲間の歌手や俳優達によるエイドコンサートイベントであ
った。歌手−−アーティストが異色セッションを含めて熱唱した第一部と、ス
ライドをバックに俳優各人が思い出を語った第二部。天城丞一郎のヒット曲を、
全員で唱和して締めくくられたイベントは、武道館では小さすぎたと言われた。
 そして今、天城丞一郎の死が、正式に(法的に)認定されるときが来た。一
年前から続く熱病は、いよいよ頂点を迎える。
「誰だ、あれ」
「さあ……」
 葬儀に集まった芸能報道陣の誰もが、その少年を見かけるや、同じやり取り
を繰り返していた。
 少年−−と言っても中学三年生ぐらい−−は、デラの浅見恭子と敏腕マネー
ジャーとして名を知られる高島渥美に挟まれるようにして、感情の乏しい顔の
まま歩いていた。
 芸能レポーターだって、馬鹿ではない。即座に、以前から漏れ聞こえてきた
二代目天城丞一郎の噂と結び付け、インタビューを試みようとする。
 だが、マイクの砲列を完全に無視して、注目の少年は奥の控え室へと消える。
無論、デラ側からも何の発表もない。
「こりゃあ、作戦だな」
 マスコミ陣の中は、そんな声が大勢を占め始めた。
 デラの仕掛けた巧妙な情報操作。噂を自ら流し、その噂に合致する人物をち
らっとお披露目。デビュー当日まで、じわじわ盛り上げていく。常套手段と言
ってもいいだろう。
「しかし、仮にあの子が二代目だとして、どういう経緯で決めたんだろうな」
 疑問を呈する者も、もちろんいる。
「公募して、オーディションでもやるんならともかく、どこの誰とも知れぬ十
五、六の子供をいきなり、『二代目天城丞一郎です』と見せられても、納得し
ないんじゃないか」
「だよなあ。ファンて、思い込みが激しいからね。死んだら、なおさら神格化
が進む。それにも関わらず、二代目をデビューさせるのは、冒険だぜ」
「下手すると、完全にそっぽを向かれるって訳だ。何となく、デラらしくない
やり方だ。用意周到というイメージがあったんだが」
「この派手な葬式も、BIT側に根回しして、うまくこぎ着けたんだろ。ファ
ン向けの葬儀はデラが、本葬はBIT。母親が着いているデラが普通、本葬を
行うものだと思うが、見事に入れ替えさせた」
「そうそう。それに比べると、二代目選出の手際がよくないと言うか、見えな
いと言うか……」
「ひょっとしたら、凄い付加価値が何かあるんじゃないか?」
 ある種、当然の見方が出される。
 では、それが何かとなると、皆、口をつぐんでしまった。何も思い付かない
のか、思い付いたとしても他社の人間がいる場所で漏らす訳にいかない、とい
うことだろう。
「じゃ、俺、式後の取材があるから」
「俺も。お先に」
 そんな風にして、マスコミ陣は散って行った。

 参列を終え、式場をあとにした隆光は、車まで戻ってくると、かつらと眼鏡
を取った。葬式の場で、帽子にサングラス姿を通す訳にいかないので、苦肉の
策であった。
「一年ぶりの日本で、スパイごっこをするとは思わなかった」
 感慨を押し隠し、軽口を叩く。
 今回、同行来日したレイア=シンプソンが、隆光の顔を覗き込むようにして
から言った。彼女は車の中でずっと待っていたのだ。
「やっぱり、泣いてないね」
「ん、まあ、一年という時間があったから……死に目に会えないどころか、遺
体も見つからないままだったしね。実感がない」
「……私、天城丞一郎にびっくりしたわ。日本国内だけとは言え、こんなに人
気があるとは思っていなかった。隆光も、日本でデビューしていたとしても、
成功していたわね」
「さあ……。そんなこと言うと、現在の僕が、もう成功を収めたみたいじゃな
い? らしくないよ」
「そうねえ。大成功には至ってなくても、成功と言うぐらいはかまわないんじ
ゃなくて?」
「そういうことにしておくよ。−−辰巳さんや関川さん達、遅い」
「つかまってるんじゃないかしら? これだけレポーターがいるのだから。対
立事務所のトップのコメントは、どこも欲しがるでしょう」
 レイアがそう言い終わるのを待っていたかのごとく、辰巳達が駆け足で戻っ
て来た。
「お待たせしたね」
 日本語で言って、助手席に乗り込んでくる辰巳。
 関川は口をつぐんだまま、運転席に収まった。
「参ったよ。私達自身が芸能人になったような気分だ」
 どうやらレイアの推測通り、辰巳らはインタビュー責めにあったようだ。
「それ以上に、妙な噂を小耳に挟んだんだが」
 車を出すのにストップをかけ、辰巳は隆光のいる後部座席を振り返った。
「まことしやかに流れていた噂……天城丞一郎を新たにデビューさせるという
話が」
「その件は、お断りしました」
 隆光は、レイアに通訳してから、返答した。
 表情を硬くしたレイアの視線に肩をすくめた辰巳は、戸惑いの苦笑も露に、
隆光に語りかける。
「承知しているよ。国内で騒いでるだけだから、知らなくても無理ないが、デ
ラの方が二代目の天城丞一郎をデビューさせようとしているらしいんだ。与太
話かと思っていたが、そうじゃなかった」
「……母さんが?」
「さあ、それは分からない。ただ、記者連中の話では、恭子さんにぴたりと引
っ付くように、歩いていたそうだ」
「今日、ここに来ていたんですか? その、二代目……」
 身を乗り出した隆光に、辰巳はすぐには答えず、車を出すよう関川に言った。
 砂利の上、音を立てて進み始める。
「そのようだ。歳格好は、中三か高一ぐらいだったそうだ。外見は、似ている
というほどではなかったと、記者達は言っている。もっとも、その少年が二代
目だと確証ある訳じゃないが」
「私どもには関係のない話ですね」
 レイアが英語で言い、隆光が辰巳に伝える。
「そうとも言い切れないでしょう。隆光君は、嫌な気持ちがしないかね? お
兄さんの使っていた名前と同じタレントがデビューするなんて」
「そ、それは、もちろん、いい気はしません」
 互いの通訳をしている上に、レイアに気を遣いながらのため、隆光はどもっ
てしまった。
「でも、辰巳さんのところで止めるつもりなんでしょう? 同じ芸名の使用は、
認められないはず」
「そこなんだな。今年で三年になるかな、君の兄さんがデラからうちに移籍し
たとき、芸名使用権でもめてね。当時すでに、天城丞一郎の名は確固たる地歩
を築いていたから、個人の権利が優先して、こちらに有利な条件で和解が成立
したんだが……。今度の件は、当人が亡くなっているだろ。こういう場合の判
例があるのかどうかも、聞いたことがない。天城丞一郎の名で売るCDや映画
がこれからもあるんだから、同名は認められないと考えているが、一悶着あり
そうな感触だね」
「……何だか、嫌だな」
 深い息をついて、隆光は天井を仰ぎ見る姿勢になった。
「そっとしておいてほしい、兄さんのこと」
「その気持ちに、半分だけ賛成するよ」
 辰巳は再び後ろを振り返った。
「我々BITの気持ちはこうだ。−−よそ者の手で、天城丞一郎の名を汚させ
はしない」
「……」
 隆光とレイアは、訝る視線を辰巳に向けた。
 辰巳は、また肩をすくめると、逃げるように前を向いてから言った。
「何度断られても、君に頼むしかない。天城丞一郎になってほしい、とね」


−−続く




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