AWC 欠けた星は血であがなえ 3   永山


    次の版 
#3929/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 6/15  22:21  (199)
欠けた星は血であがなえ 3   永山
★内容
 タクシーを待たせ、舗装されていない道を行くと、しばらくして目的の墓石
を見つけた。
 ここまで来ても、一向によみがえらない記憶に、隆光は腹を立てていた。数
えるほどだが幾度か来ている。なのに、初めて来た場所としか感じられない。
 医師の前に立つ。きれいに掃除されていた。
 刻まれている名は、「浅見一郎」。間違いなく、隆光の、そして天城丞一郎
−−浅見義正−−の父親の姓名であった。
 当然のことながら、日本のスタイルに則り、花を生け、蝋燭に火を灯し、線
香をあげた。
 目を瞑ると、合掌し、帰国したこと、兄の義正が不慮の事故に巻き込まれた
こと、そして母と確執が続いているが、心傷めずに安らかに眠っていてほしい
と祈った。
 それから、しばし周囲の景色を見渡し、やはり記憶にないことを悔しく感じ
つつ、帰ろうときびすを返した。
「あ! やっぱり」
 女の−−女の子の声がした。霊園にふさわしくない、明るく、大きな叫び。
 サングラス越しに声の主を捜すと、ショートカットの女の子をすぐに見つけ
られた。彼女一人きりらしく、木陰にこそこそと隠れるように立っている。制
服を着ているのだから、中三か高一ぐらいだろうと見当を付けた。
 迷ったものの、最終的には無視を決め込み、通り過ぎようとした。
 だが、彼女は思ったよりも積極的であった。
「あ、あの、あなたはもしかして、天城丞一郎さん……」
 いくらか震え声だった。
 同時に、隆光の片腕にぶら下がるようにしがみついてきた。
 隆光は弱ったなと思った。
「放してくれませんか」
 むげに怒鳴りつけるのもかわいそうだから、ひとまず優しく言ってみた。
「え、で、でも、放すと、消えちゃう……折角、生き返ったのに!」
「……」
 思わず嘆息した。どうやらこの子は、本物の天城丞一郎が生きて帰ってきた
と信じているらしい。
「残念だけれど、僕は天城丞一郎ではないんだよ」
 年齢で言えば大きな差がある訳でないが、隆光は落ち着いた調子で教えた。
 相手はしかし、ヒステリックな悲鳴と共に、握る手に力を込めてきた。
「嘘です! 顔も声も姿も、みーんな同じっ」
「……君の名前は?」
 話しづらいので、聞いた。
「伊藤、伊藤一恵です」
「伊藤さん、とりあえず、冷静に聞いてほしいんだ。いいね?」
 彼女の手を放させ、距離を取った。
 隆光の両手を左右の肩に置かれ、伊藤一恵はこくこくと二度、うなずく。
「僕は浅見隆光と言うんだ」
「浅見……? 丞一郎の本名も確か浅見。浅見義正って。じゃ、じゃあ、あな
たは」
 熱心なファンらしく、伊藤は天城丞一郎について詳しいようだ。本名は知っ
ているし、どこで調べたのか、その父親の墓所まで把握しているとは。
「彼とは親戚でね。長い間会っていなかったんだが、今度の事故を知って、急
いで戻って来たんだ」
「そう……なんですか」
「義正−−天城丞一郎の生死は未だ分からないということだから、こうして彼
の父親の墓に足を運んだ。不幸にして彼が亡くなったとなった場合、こちらに
入るだろうから。それに、一郎さんにはお世話になっていたし」
 ただの親戚が浅見一郎の墓を参ってもおかしくないように理由付けをしよう
と、隆光はやや早口で答えた。
「あの、さっきは間違ってすみませんでした」
 殊勝にも頭を下げてくる伊藤。
「分かってもらえたら、いいんだ。じゃあ」
「あ、待ってください!」
 さっさと歩き出したところを呼び止められ、仕方なく振り返った。
「何かあるの?」
「あの、お願いが……。サングラスと帽子、取ってくれませんか」
「……」
「見たいんですっ、わ、悪いとは思いますけど。今のままでもとっても似てる
から……素顔はどんなのかなあって」
 両手を合わせ、懇願する伊藤に、隆光は改めて近付いた。
「君は、天城丞一郎のファンなの?」
「もちろんですっ」
「じゃあ、見ない方がいい。自分ではそんな気はしないんだが、人に言わせる
と、とてもよく似ているそうだから」
「そんなぁ……。平気です、私なら。ショックを受けるかもって心配してるん
ですよね? そういう優しいところも、丞一郎に似てる」
「−−君は」
 何気なく聞き流した一言が、琴線に触れた。
「天城丞一郎と直接会ったことがある?」
「えっ?」
「親しそうな口ぶりだ」
 右手の人差し指と親指とを立て、相手の胸元を指し示す隆光。
「優しくしてもらったのかい、にい……丞一郎に」
「−−あははは。そんな夢みたいなこと、ありませんでした」
「じゃ、じゃあ、どうしてさっき……」
「よく雑誌に載ってたんです。知らないんですか? 超有名なあのエピソード。
あれで私、丞一郎一筋に決めたの。……けれど、行方不明だなんて」
「ちょっと待って」
 うつむいて、今にもずんずん落ち込んでいきそうな伊藤を引き留めた。
「そのエピソードって? 僕は知らないんだ」
「本当に? 親戚なのに?」
「ああ。実を言うとね、僕は日本を離れて暮らしていた。だから、天城丞一郎
の芸能活動については、ほとんど情報を得られなかったんだよ」
「それだったら……。あのですね、丞一郎は、子供を助けたんです」
「ん? 人命救助かい。池で溺れかけの子を助けたとかいった……」
「いいえ。輸血なんです、格好いいでしょ」
「輸血。どうして丞一郎が? 特別な血液の持ち主でもないのに」
「O型でしたよね。南の島の……そう、戸土良島にコンサートをしに行ったと
き、台風で海が荒れて、飛行機も船もだめになったんです。それで、島の民宿
に足止めを食っている丞一郎達のところへ、医者が来たそうです。O型の人は
いないかって。島には小さな村が一つあるだけで、村人も多くないの。重傷を
負ったその子はO型。村の人達の中に同じ血液型の人がいなかった訳じゃない
けど、数少なくて、その上、お年寄りが大多数を占めてたから、おいそれと大
量に血をもらえない状況だったんですって」
「要するに、輸血用の血が足りなかった。天気が悪く、島の外からの援助は期
待できない。だから、天城丞一郎達の元へ協力の要請があった。こういうこと
だね」
「そうです、そうです」
 伊藤は頬をほころばせ、音を立てずに手を叩く。
「スターなのに、偉いんだなと思って。あれ、デラにいた頃だったから、十七
歳だったはず。そういうのを聞いて知っていたから、優しい人なんだなって分
かるの、うん」
「分かった。−−僕は優しくないよ」
 そう言いつつ、隆光はサングラスだけを外した。

 メールのレスポンスは異常なほど早かった。連絡が遅くなったせいで、レイ
ア=シンプソンは昼夜問わずに待っていたらしい。
『とんでもない! そんな色を着けなくても、隆光は実力のみでのし上がって
いける。だいたい、日本の仕事とこちらの仕事、両立できるの? 少なくとも、
今はそういう状況にないでしょう。今度の日本行きだって、無理してスケジュ
ールを空けたんだから。そのことをお忘れなきようっ』
 隆光は、マネージャーからの返事を、こんな感じに訳してみた。なかなか悪
くないと、自画自賛する言葉は胸の内にとどめておく。
「これが当然の答だねえ」
 午後九時前、時間を作って部屋に来てくれた関川に伝えると、相手は仕方な
さそうな苦笑を浮かべた。
「すみません」
「君は悪くない。うちの社長が無茶なんだよ、ここだけの話」
 頭を軽く下げた隆光に、関川は片目をつぶった。
「まあ、社長にはうまく言っておく。それよりも差し当たっての問題は、葬儀
なんだよな……」
「海難事故では行方不明のままでも、確か……一年で死亡認定がなされるんで
したか」
「ああ、そのことなら、私も調べたよ。失踪宣告をすれば、認められるようだ
ね。君は、一年待ってから葬儀を行おうという考えかい」
「この場合、法律には従うのが当然ですし、全員が納得できる形はこれぐらい
でしょう。無論、もし生きていれば、兄さんは納得しないに違いありませんが」
 冗談を言ったつもりはない。現実的に突き詰めていっても、心の片隅に残る
希望。弟なのだから、その気持ちは他人より大きいかもしれない。
「母は、何て言ってるんでしょう?」
「ん? 恭子さんというよりも、デラの総意だろうねえ。悪い言葉を使えば、
主導権争いをしてる。もめているのは葬儀をいつやるかではなくて、BITと
デラのどちらがやるかなんだ」
「別々に行われる可能性もある?」
「そうなる。デラは恭子さんを喪主に、我々BITは社葬という名目があるか
らね……」
 鼻の頭を指先でいじり、言いにくそうにする関川。語尾を濁したまま、しば
らく黙ってしまった。
「隆光君は、いつまで滞在できるのだろう?」
「今日を含めて一週間。まるまる使えるのは、明日から日本を離れる前日まで
の五日ですね」
「五日か……。その間に、けりが着くかどうか、怪しい雲行きだ。わざわざ帰
って来てもらったのに、すまないと思う」
「何を気にしているんですか。時間を少ししか取れないのは、こちらの事情な
んですから」
 隆光の言葉に、関川は肩の荷が軽くなったようだ。表情が緩む。
 その後、明日以降の予定を話し合ってから、関川と別れた。

「お帰り!」
 隆光を出迎えるレイア=シンプソンは、晴れ晴れとしていた。
「ひょっとしたら、帰って来ないかと心配していたの」
「そんな馬鹿な真似、しやしないよ」
 相手が荷物を持とうとするのを断って、隆光は足早に進む。
「名前を継ぐ話、しっかり断ったでしょうね?」
「もちろん」
 車が来た。お抱えの黒人ドライバーが、真面目を絵に描いたような真っ直ぐ
な姿勢で、運転席に収まっている。
「それで、お兄さんはどうなったの?」
 滑らかに発進した車の中、レイアが聞いてくる。
「伝え聞くところじゃ、未だ発見されていないようだけれど」
「多分、見つからないまま捜索打ち切りになって……一年後に死亡が認定され
て、それから葬儀になる。どっちの事務所がやるかは、決まらなかった。問題
の先送りさ」
「裁判になるわね」
「どうだろう? こっちと違って、日本では簡単には訴えを起こさないから。
意地を張れば、いくらでも長引くだろうし」
「そんなものなの?」
「イメージに傷が付かないようにという考えもあるよ。兄さんのタレントとし
てのイメージを壊さないでいれば、当分、儲けられるだろうから」
 隆光の返答に、レイアは小さく口笛を鳴らした。
「何?」
「日本は大きな乾燥機なのかしら。発つ前、あれだけウェットだった隆光が、
ドライになって帰ってきたから」
「……知っている人ばかりの前で、泣いてなんかいられないよ」
 こちらの意志で離れたんだから−−という言葉は、口に出すまでもないと思
った。
 肘をついたレイアは、口を開き、しばし逡巡したかのような間を取ってから、
やっと喋り始めた。
「お母さんとはどうだった? あの自我と見栄との化合物みたいな」
「相変わらず。僕とは拒絶反応ばかり起こす。どうして押し付けようとするの
か、理解できないよ。兄さんの成功を目の当たりにしたのだから、いい加減、
気付いてほしい」
 隆光が子供っぽく言うと、レイアは少しだけ意地悪そうに口元を曲げた。
「あのモデルさんは、今度の不幸を都合よく解釈して、こう言ったんじゃない
かしら。『私の言うことを聞かないから、事故に遭ったのよ』」
 隆光はレイアをまじまじと見返してから、ふっと視線を逸らし、肩をすくめ
た。
「……当たってる。だいたいのところは」
「簡単な問題だったわ」
 もはやただの無駄話に過ぎないお喋りを打ち切ると、レイアはシステム手帳
を開いた。
「あれ? 例のコンピュータは?」

−−続く




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE