#3928/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 6/15 22:20 (186)
欠けた星は血であがなえ 2 永山
★内容
「よかったのかい?」
関川が真っ直ぐ前を向いたまま、静かに尋ねてくる。
「別に……うるさかったし」
「余計なお世話だろうけど、元通りになる気は?」
「世間並みの『家族』が再現、いや再生できるんだったら、少しは考えるかも
しれない」
現実には、決して考えないだろう。
関川は無念そうに言った。
「お父さん−−一郎さんは悲しんでいるよ、きっと」
「……悪いんですが、関川さん」
自分でも冷たい口調だと隆光は感じた。
「死んだ者は、何の感情も持ちません−−持てません。今の僕らがどうしてい
るかだって、知らないんだ」
「……」
唇をなめた関川。何と応じるのがよいか、逡巡しているようだ。
が、そこへ再び電話の呼出し音。
関川と隆光は、一瞬だけ、目を見合わせた。
「さっきと同じ人からなら、出たくないですね」
「出ない訳にはいかんのだよ。−−はい、BITの関川」
電話はBITの事務所からだった。
連絡がないことを不安に感じて、かけてよこしたらしい。
「十五分ほどで到着でしょう」
関川はそう言って、通話を打ち切った。
目に見える形では生死が判然としていないだけに、お悔やみの言葉もどこか
淀みがある。
中には、希望を捨てないでと言ってくれる人もいたが、隆光は現実を直視し
たいと思っていた。
「それよりも、僕に何か話があるような口ぶりでしたが」
事務所にいる人間からの挨拶と悔やみが一段落したところで、隆光は自ら切
り出した。帰国前にもらった電話から、あまり愉快な話ではないという印象を
受けていたので、事務所側も言いにくいのだろうと判断してのこと。
「それなんだがね。ま、あそこで」
社長の辰巳正章が、事務所の一角にある個室を指差した。言うまでもないが、
大事な客と内密な話をしたいときに用いる。
「シンプソンさんは、同行していないんだね?」
レイア=シンプソンは、隆光の俳優活動を請け負うマネージャーである。
「はい。個人的な帰国のつもりですから」
「そうか。では、二人だけで」
「すみませんが、関川さんも同席してください」
部屋に入る直前、首を曲げた隆光は、辰巳に頼むのではなく、関川に頼む風
に言った。
「辰巳さん、いいでしょう?」
目を見開いている辰巳に、強制するかのような口調になる隆光。
「分かった」
辰巳の決断も早かった。
三人は、部屋に二脚ある三人掛けのソファに、二人と一人に別れて座った。
隆光の正面に辰巳、その右隣に関川。
間のテーブルには、三者三様の飲み物が置かれた。
「ずばりずばりと物事を進めていくのが、そちらの流儀だと聞いているから、
単刀直入に言わせてもらうよ」
「どうぞ。最初に断っておきますが、今、何を話してもらっても、僕の一存で
は決められません」
「分かっているよ。まあ、悪い話じゃないんだ」
辰巳は煙草を取り出すと、指先で挟んだ。火は着けない。二つのソファに挟
まれる形のテーブルにも、灰皿はない。
その煙草をせわしなく振りながら、辰巳が口を開く。
「浅見隆光君。君に、天城丞一郎になってもらいたいんだ」
隆光は五秒ほど考え、答える。
「幾通りにも解釈できる言葉ですね、それは。僕が天城丞一郎と名乗って新た
にデビューするのか、兄さんがやる予定だった仕事を僕が代わりにこなすのか、
それとも……考えたくないけれど、兄さんが無事生還したことにして」
「それはない」
鋭く否定した辰巳。煙草を元に戻すと、若干、身を乗り出してきた。
「三つ目の考え方はないよ。我々が期待しているのは、一番最初のやつだ。二
代目天城丞一郎として、活躍してもらえないだろうか」
「お話は分かりましたが、そんなつもりはありません」
隆光が即答に、辰巳は慌てる風でもなく、かすかに笑みさえ浮かべながら小
さくうなずいたり、関川の方を見やったりした。
「予想通りの反応、という訳ですか」
多少の悔しさも手伝って、先回りする隆光。
「ここまではね」
笑顔を作る辰巳。そう、明らかに作った表情と言えた。
「予想というか、予定通りに行ってほしいのは、むしろこれから先なんだよ。
つまり、我々の説得で、隆光君が折れてくれることになっている。私の描いた
設計図上は」
「なるほど」
隆光はため息混じりに首を振り、変わっていないなと思った。辰巳の、強引
で自信満々なところ。しかし、隆光は不思議と、この芸能プロ社長が昔から嫌
いではなかった。好ましくさえ感じていると言っていい。
だが、関川の方は辰巳の態度にひやひやしているようで、両手で包んだカッ
プの中身には全く口を付けることなく、目を落ち着きなく動かしている。
「辰巳さんの『説得』を聞かせてください」
早々と空にしたグラスを置くと、隆光は背もたれにゆったりと寄りかかり、
言葉を待った。
「そうだね。最初は……君は、お兄さんの人気の凄さを知らない」
気味悪いほど優しげな口調になると、辰巳もまたソファに身体を預けるよう
な姿勢を取った。
関川に言って、天城丞一郎のスケジュールや稼ぎ、果ては雑誌に載った好感
度ランキング表まで持ち出し、隆光に示してきた。
「世界規模の物差しを持ち出さないでくれたまえ。あくまで、日本での話をし
ているんだ。それに、稼ぎの面だけを見れば、遜色ないとも言えるだろう」
「……これだけ活動してたんですか」
びっしりと詰まった予定に、思わず吐息。
「今度、初めて充電期間に入ることになって……その矢先の事故だった」
辰巳が言う。一転、重たい口ぶり。
「本当にフリーだったんですか?」
ふと気になって、尋ねる。
「え?」
「兄さんの充電期間中のことです。兄さん一人で動くことを、辰巳さん達は許
可してくれた?」
「もちろんだよ。信頼がお互いにあったからね。ま、週に一度ぐらい、どこで
何をしているのかの連絡をくれとだけは頼んでいたが」
「……僕とBITとの間に、同じ信頼を築く自信はありますか?」
答の明らかな質問をしてみた隆光。
辰巳は無言のまま、大きく、強くうなずいた。
「では、もう少し、突っ込んで聞かせてください。いくつか質問しますが、そ
れに対して説得してほしいですね。
あ、くれぐれも言っておきますが、仮に僕がいいと思っても、僕の一存では
決められない」
「分かっている。何度も言わなくていいよ」
答える代わりに、隆光は手を組み合わせ、間を取った。
「−−二代目をさせたいということは、やはり歌と演技ですね? 僕の実力を
どの程度把握しています?」
「演技の方は文句なし。評価しているよ」
辰巳はそれ以上、何も言わなかった。
隆光はアメリカで演技修行中の身であるが、実戦トレーニングのような形で、
いくつかのドラマ(無論、あちらの作品だ)に出演する機会を得ていた。連続
ドラマでは一年間レギュラーの役をもらったこともある。最初は、東洋の島国
から来た珍種といった興味によるものだったのかもしれないが、今や評判は上
上。新たなシリーズドラマへの出演交渉もある。
ただ、そういった評判は、日本の一般視聴者にまでは知れ渡っていない。業
界内のそのまた極狭い範囲で囁かれる程度に終わっている。これには、隆光が
天城丞一郎の弟だと知る者が非常に少ないということも関係しているだろう。
「歌はどうかな。聞いたことないからね、うかつな判断はしない。俳優業より
も歌でヒットを飛ばす方が実入りがいいから、ぜひとも唄ってほしいねえ」
歯に衣着せぬ物言いである。
「できれば、作詞作曲も」
「兄弟の血が流れているんですから、磨けば何とか物になる可能性はあるかも
しれませんね」
笑いながらの反応は、冗談めかしたつもり。
「やる気になってくれていると受け取って、いいのかな」
「まだまだですね。所属がどういう扱いになるのかとか、すでに決まっている
向こうでのスケジュールを−−」
隆光が言いかけた折、部屋の外が騒がしくなった。
「おいでなすった」
腰を上げる辰巳。
「ちょっと失礼するよ。君もよくご存知の人がお出ましらしい」
ドアを開け、出て行く辰巳社長を見送ってから、隆光は関川の顔に視線を向
けた。
関川も同じようにする。彼が先に口を開いた。
「どうやら、恭子さんのようだ」
「きっとそうでしょう」
「……隆光君。顔を出そうかどうしようか、迷っているね?」
「当たってます。まあ、会わなくちゃいけないのは、決まりきってるんですが
……素直になれませんね」
「ふむ。私が口出ししていい問題じゃないしなあ」
顎をなで、困り顔をする関川。その様子を見て、隆光はおかしくも、気の毒
に感じた。
「額のしわが増えますよ。余計な労力は使わない方がいいです」
「ははは、参った。確かにね」
軽妙にやり取りしているこの部屋の外では、いよいよ言い争いが明瞭に聞こ
えるほどにまでなりつつある。
隆光は深呼吸してから、勢いよく立ち上がった。
「ちょっと、行って来ます」
肉親との「戦争」を終え、隆光は疲れていた。
だから、BITが用意してくれたホテルの一室に入るなり、考えたのはベッ
ドに倒れ込むことだった。
「−−あ」
サングラスの存在を忘れていた。鈍重な動作で、しかも何度かトライし、や
っとのことで外す。
天城丞一郎とよく似た顔をしている君は、ファンやマスコミに見つかったら
騒がれるかもしれない。だから、サングラスと帽子で隠しておくのがいいだろ
う。−−そう言われて、慣れない格好をした。自分を隠すのは好きじゃない。
「戻れる状態じゃない」
つぶやくだけで、先ほどのやり取りを脳裏に浮かべてしまいそうになる。こ
の歳で神経性の病気はごめんだ。
シンプソンに無事着いたと連絡しなくちゃ。忘れていたことを思い出し、身
を起こすと、隆光はリュックから携帯型の機器を取り出し、部屋の壁に差し込
み口を探した。
電子メールなら、時差を気にせずに済み、経費も抑えられる。時間に追われ
る仕事をしていても、急を要さない連絡事項なら、これで充分事足りる。
到着したことに加え、BITから持ちかけられた話について簡単に記した文
章をこしらえると、今度はアドレスを呼び出す。ここからかけるのに一番安い
のは……。
いつまで経っても抜けない己の貧乏性を自嘲しつつ、メールの送信を済ませ
た隆光は、自分宛に何も来ていないのを確認すると、さっさと切り上げた。
部屋でじっとしていると、嫌でも母親とのやり取りに気持ちが行ってしまう。
頭の中から追い出そうとしたら、今度は父親のことが浮かんだ。
「墓参りしなくちゃな」
ルームサービスで簡単な食事を頼み、そのついでを装って、地図を用意して
もらえるか尋ねた。
−−続く