#3799/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/18 13:30 (200)
十三・復活 8 陸野空也
★内容
その事実を確かめると、江藤は机を殴りつけた。
「吉河原の仕業に、間違いなさそうだな」
「どうやら、そうらしいですね……」
塚の手には、引きちぎられた電話線があった。
「線だけでなく、電話機までぶっ壊して行くとは、念が入ってやがる」
机の上や床には、電話機のカバーが砕け、飛散していた。本体も、あちこち
がへこんでいる。
「どうします? 車を飛ばして、警察を呼びに行きますか」
「……そうしたいところだが、すでに他の四人を吉河原捜索に行かせちまった。
失敗だった。あの四人を放って、車で行くような真似はできない。せめて約束
の一時間が経って、皆が戻って来てから事情を説明し、誰が警察に知らせに行
くか決めたいと思う」
「そうですね……」
塚の声は、いくらかがっかりしたような響きを含んでいた。
大型の懐中電灯を足下に置き、湖を背にする形で、二人は腰を下ろしていた。
「行人はどう思う?」
「……変だなって」
固い表情を千春へ向けると、芹澤はそのまま続けた。
「梨本を殺したのは、俺達だ。だが、他に二人も死んでいる」
「私達じゃないわ」
「分かってるさ。誰がやったのかって考えると……」
口ごもる芹澤。千春から視線を逸らし、地面に向けた。
「ジュウザが本当に現れたのかしら」
「まさか、と言いたいところだけど、断言はできないよな。……他にも犠牲者
が出るようだと、俺達のやったこと、正直に話した方が」
「嫌よっ」
鋭く、刺すような千春の声。
芹澤が再度顔を向けると、彼女の視線も刺すように鋭かった。
「絶対に秘密。誰にも言っちゃだめ」
「しかし」
「よく考えなさいよ。本当にジュウザが現れたとしたって、何か不都合あるか
しら? かえって、いいじゃない。ジュウザが死体の山を築いてくれたら、私
達の下した天誅も埋もれて、見分けつかなくなるわ」
「それもそうか……」
納得できたらしく、芹澤は笑った。
吉河原捜索を放り出した二人が、強く抱き合ったそのときである。
不意に、手近の茂みから何者かが現れた。手には光る物を携え、身長は裕に
二メートルを越えているようだった。
それぞれ懐中電灯を手に、草地を歩く二人がいた。
「江藤さんも、案外、頭悪いのね」
口に片手を当て、さもおかしそうに、声を殺して笑う峰川。懐中電灯の照ら
す丸く黄色い円が、細かく揺れていた。
「ジュウザが、あの大男の従業員だなんて!」
「そう言い切れるんでしょうか……」
対照的に、暗い、不安げな口振りで言う久山は、しきりに首を捻っている。
「きゃはは。あなたまで、何言い出すのよ。馬鹿馬鹿しい。堀田真奈美を殺し
たのは、私達よ」
「ですが……他に二人も死んでいます。一体、誰が」
もっともな意見を述べる久山。
「さあね。大方、私達と同じことを考えた奴がいたんじゃなあい? 梨本って
いう人は知らないけれど、生島さんは裏表があって、恨みを買っていたかもし
れないわね」
「ねえ、峰川さん。やはり、男の人と組んだ方がよかったんじゃないですか?」
「どうして? あなたと組まないと、こうして話ができないじゃないの。あの
女をやっつけた話が」
峰川はおかしそうに鼻を鳴らした。
「ジュウザに襲われたら、女二人じゃとても……」
「なーんだ。そんなこと心配してたの? 意外と久山さん、心配性なのね。計
画を持ちかけたとき、すんなりと賛同してくれたから、もっと度胸が据わって
いるのかと思っていたのに」
「あのときと今では、状況が全く違います。私達も狙われる可能性があるんで
すよ。分かってるんですか?」
「狙われる? 誰に? ジュウザなんて、いやしないわよ。いたとしても、こ
んな麓まで下りてこない」
「吉河原っていう従業員が」
久山の台詞に被せるように、ほほほと笑う峰川。
「冗談よして。あなたまで江藤さんの珍説を支持するなんて。夕食のとき、あ
んなに酔っ払った男に、バッタも殺せやしないわ。決まってる」
「そうでしょうか。何か、嫌な予感がするんですよ、私」
眉間にしわを作り、久山は語尾を濁すように言った。
そのとき突然、近くの木々が葉擦れの音を立てた。見れば、黒尽くめの何者
かが立っていた。手には光る物を携え、身の丈二メートルはありそうだった。
借りた車の横を通り過ぎる折、ぎしぎしとかすかな音がした。
「……変だな」
江藤は、車の後部に回った。トランクがわずかに口を開けている。
「開けはしなかったんだが……元々、開いていたのかもしれない」
「何やってるんです、江藤さん?」
塚が、少し離れた位置に立ち止まっていた。両手をズボンのポケットに窮屈
そうにねじ込み、猫背になっている。懐中電灯は、布地越しに握っているのだ。
「早く行きましょう。一人じゃ、心細くてたまらんです」
「ああ。すまない」
小走りで追い付く。
「峰川さん達、大丈夫ですかね」
「塚さん、それ、どういう意味だ?」
「いや、女性二人で平気かってことです」
「本人達がいいと言ったのだから、強制できまい」
仕方ないだろうと、肩をすくめる江藤。
「まだ九月だって言うのに、どうしてこんなに肌寒いんでしょうかねえ」
「塚さんも感じていたのか。実を言えば、私もなんだ。正確を期すと、ジュウ
ザの犯行現場を見に行った頃から、どうも背筋に震えが来る感じだよ」
「ひょっとしたら、犠牲者達の怨念が……おんねん」
「古臭いぞ、それ」
こういうときでも妙な物言いをする塚に、半分呆れた様子の江藤は、懐中電
灯の明かりをなるべく大きく、ゆっくりと振っていた。
「−−ん?」
「ど、どうかしましたか」
「しっ。……見つけたかもしれん」
空いている手の人差し指を唇に当て、息を殺す。
「え? ま、ま、まさか」
どもる塚に、江藤は声を潜めて説明する。
「吉河原かどうかは分からん。人影のように見えたんだ」
「ど、どこ?」
「あっちの……何の木か知らんが、林の中だ。木陰から木陰へ、移るところだ
った」
懐中電灯をほんの少し揺らして、場所を示す。二人の立つ場所から、三十メ
ートルもないだろう。
「今、その木陰に隠れてるんですか?」
喉仏を鳴らし、塚が聞いた。
「多分、動いていないはずだが……暗いから、断言できん」
江藤が慎重な口振りで答えた瞬間、彼の頬を風のような何かがかすめた。
と同時に、後方で起きる「ぎゃっ」という悲鳴。振り返れば、塚が仰向けに
倒れており、その側には鉄製らしき細い棒が転がっていた。
「−−ジュウザか!」
即座に棒を拾い上げた江藤。棒の表面のそこかしこに、ぬめりがあった。
「……血……だ」
唾を飲み込み、どうにか冷静さを保てたか、棒を剣道の竹刀のようにかまえ
る江藤。ただし、懐中電灯で片手がふさがっているため、もう片方の手のみで
持たねばならない。いかにもバランスが悪い。
「どこだ……」
明かりをあちらこちらへ向けるが、敵らしき影は発見できない。
「おい、塚さん! 塚!」
委細かまわず、声を張り上げる江藤。
塚はうずくまったまま、顔を押さえていた。
「起きるんだ! 起きて、照らしてくれ! どこからやってくるか、分からん
のだぞっ」
それでも反応のない塚に、江藤は蹴りを入れた。どこに当たったのか、硬い
物同士のぶつかる音がした。
「おらあ、塚! 起きやがれ!」
江藤がのびたままの相棒を怒鳴りつけたとき、林の中のざわめきがことさら
大きくなった。
「ひ……」
やがて、身長二メートルはありそうな人間が現れた。そいつは江藤が何らか
の対処をしようとする間もなく、想像以上の身の軽さで迫ってきた。
「こいつが……ジュウザかっ?」
江藤のこの言葉が、犠牲者達の発した人間らしい声の最後となった。
とうの昔に高くなった太陽の光を受け、輝く湖面。波の音がかすかにする。
「どうだ? 被害者の数、掴めたか?」
刑事の一人が、制服姿の警官をつかまえ、尋ねた。
「え、ええ。死んだのは九人で間違いないと思われます」
いささか緊張気味の上、青ざめた顔で答える警官。
「全員、首を切断されていました。発見された現場は、若い男女らしき遺体が
紫鏡湖北西のほとり−−」
「ああっと、そういう点はいい。それよりも、九人だって?」
「はい」
「昨夜、このキャンプ場にいたのは、従業員と泊まり客を合わせて、全員で十
人だったと聞いているが」
刑事が手を挙げ、話を遮ると、警官の方は恐縮したらしく、背筋をぴんとさ
せ、踵を揃えた。
「これは失礼しました。一人、生存者を発見しております」
「何? 名前は?」
「それが……要領を得ないのであります」
「ん? 何故だ。ちゃんとした大人なんだろう? 外国人がいるとも聞いてお
らんしな」
「よく分からないのですが……恐怖心で頭がおかしくなっているみたいなんで
す。その、記憶喪失というやつかもしれません……」
言って、首を捻る警官。自分の報告内容に、自信がないと見受けられた。
「ううーん、つまりだ、その生存者は、自分の名前さえ答えられない状況にあ
ると、こういうことだな?」
「はい、そうであります」
「よし。では、身元を示す物はなかったか」
「それですが、本人の身なりと、他の被害者達の身元から推測して、ここの従
業員の一人だと思われます。あの、これは室田警部補の考えですが」
「何だ。じゃあ、名前も推測できてるんだな?」
目つきを鋭くして、刑事は苛立たしげに言った。
「はい。えー、吉河原隆介という男だと思われます……」
「ふむ。その吉河原は、どこで見つかったんだ? 凶行を目撃しているとした
ら、ぜひとも証言がほしい」
「バンガローの地下にある、野菜や何やらを保存しておくスペースに身を隠し
ていました」
「そうか……。凶行を目撃してから、そこへ逃げ込んだのかもしれん。望みは
捨てないでおこう」
そう言うと、刑事は警官に案内を命じた。
「記憶の混乱が見られたそうですが、大丈夫ですか」
「ええ。まだ戻ってはないのですが、短時間なら問題ないでしょう」
医師の承諾を得、刑事は病室のドアの前に立った。
「一人だけにさせてくれますか」
「うむ……まあ、いいでしょう。くれぐれも、患者を興奮させないように」
医者のもったいを付けた返事に舌打ちをしてから、刑事はドアをノックした。
返事はなかったが、医者が促すので、ドアを押し開けた刑事。
すぐに、中にいた患者と目が合った。
「大変でしたね」
笑みを作り、話しかける刑事。
「刑事さん……ですか」
ベッドに上体を起こしていた患者は、かすれ声で言った。
「そう。覚えていてくれたのかい」
「は、早く、あいつを見つけてくださいっ」
「そのジュウザを逮捕するために、あなたの証言がほしいんだよ」
大男が震える様を前に、半ば哀れむように刑事は言った。
吉河原は背を丸め、巨躯を小さくして答えた。
「え、ええ。ぜひ、聞いてください。あんな恐ろしい目に遭ったのは、初めて
です。次から次に、人が殺され、首を跳ねられていく……。あいつは化け物だ」
そう答える彼の顔は、どこか笑みを隠しているように−−。
−−終わり