AWC 十三・復活 7   陸野空也


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#3798/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/18  13:28  (200)
十三・復活 7   陸野空也
★内容

 どっかとあぐらをかいていた生島は腕時計を外すと、テーブルの隅っこに置
いた。置くと言うより、投げ出すと言った感じだ。
 指先がテーブルに当たる。無造作で、苛立たしげな手つき。
「遅い」
 怒気を含んだ、いかにも不機嫌な生島の声。いつもの柔らかさはなく、だみ
声に近い。
 バンガローの中は、二人の体温で、そこそこ温もっていた。
 二人−−生島と吉河原。
 吉河原の方は、両手を後ろ手に縛られ、さらにそのロープを太い柱に結わえ
られている。彼の目は左右とも閉じられており、うなだれていた。まだ目を覚
まさないでいるらしかった。
「おい、起きろよ」
 平手で軽く、吉河原の頬を打つ。反応はない。
「ったく、これじゃあ、『商談』の進めようがない。それに、梨本のおやじ、
何をやってるんだ?」
 悪態をつくと、生島は頭を無闇にかきむしった。
「時間にルーズな奴は、私達の業界じゃ、鼻つまみだぜ。出る奴はそれでもま
だいいが、番組作る奴が約束に遅れちゃ、首切りもんだ」
 約束の時間をちっきり決めた訳でもないのに、生島の口からは愚痴めいた台
詞がこぼれた。
 ふーっ、と疲れたように吐息をし、生島は傍らに置いていた斧の刃をなでた。
斧がかすかに揺れたため、室内灯が反射して、きらりと光る。
「こいつで脅せば、口を割るだろう。そうしたらもう用なしだ。ぶち込んで、
さっさと終わらせてやる」
 独りごちていた生島が、急に身体をびくりとさせた。
「……うー」
 吉河原が、うめいていた。
「ふん」
 鼻を鳴らした生島。ひとまず、斧を自分の背後に押しやる。
「ようやくお目覚めか。でかい図体の王子様」
 にじり寄り、再び相手の頬を叩く。今度は左右を立て続けに。
 またうめき声がしたが、完全には目覚めていないようだ。
「やれやれ。面倒だねえ。薬を混ぜたとは言え、眠りすぎだぞ。身体がでかい
割に、酒に弱いんじゃねえか」
 またも頬を叩く生島。いや、今度は叩くと言うよりも明らかに張る、だ。往
復びんたを何度か食らわせた。
 すると、吉河原のうめき声はぴたりとやみ、次に彼はゆっくりと両目を開け
ていった。
 生島は唇をひとなめして、言った。
「さあて、始めよう−−」

 すっかり闇色に染まったキャンプ場に戻って来た江藤は、レンタカーから降
りるなり、男の声に呼び止められた。
「え、江藤さんですか」
「……塚さんか?」
 暗い中、声のした方へ振り返る。
 懐中電灯らしき明かりがあった。
「そうですそうです。塚です」
 塚の声には、どこかうろたえたようなところがあった。いつものんびりした
口調が、落ち着きをなくし、うわずっている。
「何だ? わざわざお出迎えか。男の君に迎えられても、あまりありがたくな
いが、心配かけてすまなかった」
 帰る時刻が大幅に遅れたことを謝る江藤。
「そ、それはいいですから、と、とにかく来てください」
「……どうかしたのか? 様子が変だぞ、塚」
 呼び捨てにすると、江藤は塚に駆け寄った。
「とにかく、来てください」
 同じ言葉をただ繰り返すばかりの塚に、江藤はうなずいてみせた。
「分かった。行こうじゃないか」
 行くと言っても、距離は大したことない。そこからそこだ。二人はわずかに
前後して、居並ぶバンガローの前庭に来た。
「やけに静かだな」
 そう、江藤がつぶやいたと同時に、何人かが集まってきた。
「江藤さん、無事だったんですね!」
 峰川の張りのある声に、江藤が首を傾げた。
「無事? ああ、無事も無事。遅くなって、本当に心配かけたようだ。申し訳
ない。夢中になってしまって」
「そうじゃないんです」
 久山が、か細い声で、振り絞るように言った。
「出たんですよ」
「何が?」
 聞き返した江藤に、再び峰川が答える。打てば響くとはこのことかとばかり、
実に素早い反応で。
「緋野山の殺人鬼、ジュウザが出たんです」
「……冗談ではないな?」
 低く言ってから、塚を含めて集まった五人に対して、探るような目つきにな
って首を巡らせた江藤。
「嘘ではありませんっ」
 黄色い声を上げたのは、千春だった。胸の前で組んだ白い手が、小刻みに震
えている。
「僕達、見たんだ。二メートルぐらいある大男が、梨本のおじさんを殺して逃
げるのを!」
 続く芹澤の主張に、表情を険しくした江藤。
「何だって? 梨本って、管理人のあの人が、死んだ?」
「それだけじゃないわ。堀田さんもよ」
 峰川が、相変わらず平淡な言い方で伝える。
「物置小屋の裏で、首を切られて」
「待て。ちょっと待て!」
 大声で周りのお喋りを制すると、江藤は鼻をひくつかせた。興奮した自分を、
冷静な状態に戻そうと努力しているらしい。
「まず聞こう。死んだのは誰と誰だ? 梨本と堀田だけか?」
「いえ。それが、生島プロデューサーも……」
 塚が言った。おずおずという形容がぴたりとはまる話しぶりだ。
「生島さんまで! どうなってるんだ? 場所、場所はどこだ。どこで死んで
たんだ、そいつらは!」
「伯父は、あの林の中です」
 千春が腕を上げて指し示した方向は、暗くて何も見えなかった。
 続いて、久山が普段とは別人のような、しっかりした物腰で説明を始めた。
「堀田さんは、さっきも言いましたけど、物置小屋のすぐ近くで、斧でやられ
たみたいです」
 今、彼ら彼女らのいる位置から、物置小屋は見通せない。
「生島プロデューサーは、あの端っこのバンガローの中で、やはり首を切り落
とされて……」
 塚が顎で示したバンガローは、明かりが点けられたままであった。
「首がどうとか言ってるが、じゃあ、凶器はひょっとして……と言うか、当然、
斧なんだな?」
 江藤の問いかけに、五人は「多分」とうなずく。
「そうか、ジュウザが現れたのか……。ん? 一人、いないんじゃないか?」
 きょろきょろ、頭を動かす江藤。
「はあ、従業員の吉河原がいないんですよ」
 塚が答えた。
「酔い潰れて、あのバンガローに寝ていたはずなんですがね」
「『あの』と言うからには、生島さんが死んでいたのと同じバンガローか?」
「そうです。私と生島さんとで、吉河原を運び、寝かし付けたから間違いあり
ません。そのあと、私はさっさと引き上げて、生島さんがどうしていたのかは
知りませんが」
「そうなのか……」
 鼻の辺りを覆う形で顔に手を当て、考える様子の江藤。
「現在、ジュウザらしき人影はどこに?」
 今度の問いかけには、誰もが首を水平方向に振った。
「……なあ、芹澤君に若海さん」
 と、二人へ向き直る江藤。芹澤達は、緊張した面持ちで黙ってうなずいた。
「吉河原は、本当は何者なんだ?」
「……何のことですか」
 遅れて反応した芹澤に、江藤は強い調子で応じた。
「電話を借りに行った際、梨本さんが独り言を言っているのを、たまたま聞い
たんだ、私は。その内容は、『吉河原君も、もう少し芝居をしてくれんと、冷
や汗ものだ』とかどうとかだったね。我々に挨拶したとき、彼は嘘を言ったよ
うだ。何か知っているんなら、教えてくれ」
「……」
 口を閉ざしたまま、芹澤と千春は互いに顔を見合わせた。
「非常事態なんだぞっ。はっきり言えばだ、私は吉河原君も疑っているんだ」
「……つまんないことですよ」
 気取った態度で手の平を返し、芹澤はようやく喋り始めた。
「あいつは胸に大怪我を負って、川の中で倒れていたんだ。身なりもひどかっ
たけど、梨本のおじさんは物好きにも助けてやった。怪我が完治したあとも、
あいつが出て行かないのを不思議に思って、僕らはおじさんに改めて聞いてみ
たんだ。そしたら、吉河原は記憶喪失だって言った。記憶が戻るまで、ここに
置いてやることにしたって」
「……記憶喪失だと? 本当か?」
 掴みかからんばかりの江藤。芹澤はその勢いを振り払うように横を向くと、
ぼそっと答える。
「知りませんよ。おじさんが言っていた。それだけだっ」
「私が保証します。信じてください」
 千春が言い添えた。
「うーん……。今は、記憶喪失のことはどうでもいい。まず……時季だ。吉河
原君が助けられたのは、いつだって?」
「確か……七月の末。バイトを始めた頃だから、間違いない」
 心持ち顎を上げ、思い出す風に答えた芹澤。
「そうなのか? じゃ、じゃあ、胸の傷だ。どんな傷だった? まさか、銃弾
を受けた傷じゃなかったか?」
「そうです。吉河原を診た医者が、そんなことを言っていました」
「……何てこった」
 江藤は荒い息とともにつぶやくと、頭を抱えた。
「どうかしたんですか?」
 周りの誰彼となく、そんな声が起きる。
「やばいぞ、これは」
 顔を上げ、宣言するように江藤。
「みんな、落ち着いて聞いてくれ。ジュウザが現れたのは間違いないようだ。
だが、そいつは山から下りてきたんじゃない。恐らく……吉河原こそ、ジュウ
ザだったんだ」
 次の瞬間、辺りの空気が変質したような、そんな気配が起こった。誰も、す
ぐには何も言わない。
「吉河原が、ジュウザ、ですか」
 ようやく、久山が口を開いた。言い終わるとそのまま、呆けたみたいにぽか
んと口を開けっ放しにした。
 他の、塚を除いた三人は、口元を押さえたり、両手で顔を覆ったりしている。
「ど、どういう根拠で……」
 塚が聞いた。
「今日、私が遅くなったのは、街まで行って来たからなんだ」
 説明を開始する江藤。熱弁と言ってよいだろう。
「ジュウザの事件現場を一つ見ただけで、体力的にも精神的にも疲れを覚えて
ね。だが、時間がいかにも中途半端だったから、一連の事件について、知りた
くなったのだ。そこで急いで最寄りの街まで車を飛ばし、図書館や書店を回っ
て、知識を仕入れてきた。物の本によるとだな、ジュウザの仕業とされる、言
ってみればジュウザ第四の惨劇が七月末に起こっていた。詳しいことは省くが、
緋野山と朱寿山の間付近を流れる川の岸辺で、一人が犠牲になっている。そい
つは銃を持っていて、弾を撃っていた。現場を徹底的に捜索しても、弾丸はお
ろか、弾痕さえ見つからなかったということだ」
 一気に喋ると、一つ深呼吸をして、江藤はこんな謎かけをした。
「想像力をたくましくしてみてくれないか。もしも弾丸がジュウザに命中して
いたら? 撃たれたジュウザが川に転落したんじゃないか? 流されたジュウ
ザは、どこにたどり着いたんだろうか?」
「……少なくとも」
 峰川が、言葉を区切りながら言った。
「少なくとも、身長という要素に関しては、吉河原とジュウザ、二人は二メー
トルクラスの大男。共通してます……ね」
「だろう?」
 分かってくれたか。そんな具合に、江藤は何度もうなずいた。
「これから、警察に連絡するとともに、吉河原を捜そうじゃないか」
「捜す、ですって?」
 男の塚が、悲鳴を上げた。
「通報だけにしときましょうや。さわらぬ神に祟りなし」
「何を言ってるんだ。このまま警察の到着を待っていたら、やられるかもしれ
ない。先手を打って、奴を追いつめるんだよ。二人一組なら、負けやしない。
相手を見つけたら場所の確認だけして、すぐに引き返すんだ」
 江藤の口調は、上司が部下へ命令するときのそれになっていた。

−−続く




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