AWC 十三・復活 6   陸野空也


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#3797/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/18  13:27  (200)
十三・復活 6   陸野空也
★内容

 夕食を始めてから二時間ほどたっても、江藤が帰って来る気配はなかった。
「ひとまず、お開きにしよう」
 生島が宣言するように言って、皆を見渡した。
「江藤さんの分、皿に取ってやっといて、千春ちゃん。頼むよ」
「はい、分かりました」
 紙の皿にあらかじめ選り分けておいた肉や残り物を、てきぱきとした手つき
で載せていく千春。
「どこに置いとけば、いいんでしょう?」
「そうだね……バンガローに置いてやってもらえるかな。昼をもらった、あの
バンガロー」
「ちょっと待ってくださいね。梨本の伯父さん!」
 快活な声で言って、生島の話を通す。
「いいとも。どうせ空なんだ、開けておこう」
 生島へ顔を向けた梨本は、何かのついでのように、にやりと笑った。
 よく似た種類の笑みを返す生島。
「どうも。ああ、それから、あとでそっちに寄りたいんだが、いいか?」
「かまわんぜ」
 そう答える梨本の袖を、千春が引っ張った。
「ねえ、伯父さん、私も話あるの。聞いて」
「あ? うん、分かった。何だね」
 そんな言葉を交わしながら、梨本と千春は、バーベキューをやった広場を離
れ、ボート小屋の方へと、闇に解けていく。
 少しの間、顔をしかめていた生島だったが、気を取り直したか、急に大声を
上げた。
「おお! 吉河原君。大丈夫かい?」
 吉河原は地面にへたり込み、テーブルの脚に寄りかかっている。
「私が無茶飲みさせてしまったようだな」
「ほんとですよ、生島さん」
 駆け寄った生島の背に浴びせる具合に、塚が言った。
「どこを気に入ったのか知りませんが、やたらと酒を勧めてましたなあ」
「塚さん、手伝ってくれませんかね」
「手伝うとは、はて、何をですか?」
 とぼけた口振りの塚に、諭すように言ったのは生島でなく、堀田であった。
「決まっているでしょうが。吉河原君を運ぶのよ。どこが部屋だか知らないけ
ど、ここに放置しておく訳にはいかないでしょう」
「ああ、なるほど」
 ぽんと手を叩き、それでもちっとも慌てていない態度でしゃがむと、吉河原
の左脇の下に頭を入れた塚。生島はすでに、右の脇の下で同じ格好をしている。
「う。重いな、こりゃ」
「あっ、そんなことしなくても」
 後片付けに奔走していた芹澤が現れ、申し訳なさそうに口を開く。
「お客さんの関係者ならともかく、従業員が酔って寝込むなんて、問題です。
僕らの方でやりますから」
「いやいや、いいよ。飲ませたのは私なんだしね」
 生島は、吉河原の身体を支えて立ち上がった。
「どこへ運べばいいのか、教えてくれないかな」
「でしたら、こちらへ」
 案内を買って出た芹澤。
「一番左端のバンガローが、従業員寮みたくなってるんです」
「へえ。男も女も一緒か」
「え? ええ、まあ」
 塚の問いかけに、答えにくそうにする芹澤。
「どうだね、芹澤君」
 息を若干乱しながら、生島が持ちかけた。
「もう一つ、バンガローを開放してくれるよう、私が梨本に頼んであげようか。
無論、千春ちゃんと一緒」
「え……それは」
 戸惑った口調になる芹澤へ、塚が冷やかすように口笛を短く鳴らした。
「いいねえ。若い内に、何でも経験しとく。経験は武器になる。男の武器は多
い方がいい」
「塚さん、何です、それ」
 苦笑混じりの生島。
「いや、実を言いますとね、私も梨本さんから鍵を借りたんですよ。バンガロ
ーの」
「おやおやぁ? じゃあ、誰かとよろしく……」
「そこらは察してくださいな」
 社会人二人のそんな会話に呆れたらしく、芹澤は力の抜けた声で言った。
「あそこです。あと少しですよ」

 食後、さっさとテントに戻った峰川と久山は、早速、相談の続きに入った。
「食べてるとき、聞こえたんだけど」
 峰川は声を潜めて始めた。
「どうやら塚さん、バンガローの鍵を借りたらしいわ。つまり、堀田真奈美を
呼び寄せるのは間違いない」
「じゃあ、困りますね。朝まで出て来ない可能性が大」
 計画に齟齬が生じそうなのを感じ取ったか、久山は難しい顔をした。
「予定変更と行きましょう」
「どうする?」
「堀田さんがテントを出て行ったら、すぐに追いかけて、やっちゃうしかない
でしょう。作業は、塚さんが妙に思って動き出すまでに、素早くやり終えない
といけませんけれどね」
「それがよさそうね。で、凶器はどうするのかしら。ニュースで知った限りで
は、斧と鉄の棒がほしいわ。ジュウザと同じようにしなくちゃね」
 口元に人差し指を当て、思案下にする峰川。その答は、久山が用意していた。
「斧は、物置小屋にあるみたいですよ。管理も大したことなさそうです。鉄の
棒の方は、バンガローの下に、それっぽいのを見つけておきました。ちょっと
細いけど、見立てには問題ないはずです」
「目ざといなあ。感心しちゃう」
 くすっと笑ってから、峰川は言葉をつないだ。
「凶器は当然、現場に放り出しておくとして、目撃証言、どうしようか」
「峰川さんの方がお詳しいと思いますけど……身長二メートル、がっしりした
体格、暗くて顔はよく見えなかったが、サングラスみたいな物をしていた。堀
田さんが夜中に起き出すのを不審に思って追いかけた私達二人と遭遇。声を上
げると、林の中に逃げていった−−これで大丈夫じゃないですか?」
「待って。そうなると、どこで殺すかが重要になってくるわね。ちょっと、シ
ミュレーションしとかないと」
「異論ないですわ」
 眼鏡の縁に手を当て、小さくうなずく久山。
「ついでに、凶器も調達しましょう」

 管理人小屋に入るなり、生島は言った。
「芹澤君へバンガローの鍵、貸してやってくれ」
 煙草の灰を灰皿に落としかけていた手を止め、梨本は面食らった表情で聞き
返した。
「何でまた?」
 対して、あらましをざっと話す生島。
「−−そんな訳だから、あの二人を遠ざけ、従業員用のバンガローには、吉河
原一人にする必要がある」
「なるほどねえ。それは分かったが……」
「何だ。何かあったのか?」
 相手のゆっくりした言い方に歯切れの悪さを感じ取ったのか、生島は捲し立
てる風に尋ねた。
「うん、ちょっと野暮用ができてしまったんだ」
「野暮用って、何だい?」
「なに、すぐに終わる。先に行っててくれないかな、生島さん。俺も用が終わ
れば、駆けつけるからさ」
「どれぐらいかかるんだ?」
「急いでやって一時間弱……ってところだな」
「ふむ。まあ、吉河原の自由は奪ったから、金のありかを詰問する程度までな
ら、一人で充分だが」
「頼むよ。恩に着る」
 両手の平を合わせ、拝む梨本。
「ま、いいさ。あんたのおかげでうまい話にありつけるんだからな。なるべく
早く切り上げてくれよ」
「ありがたいねえ。それこそ相棒ってもんだ。わはははは」
 梨本は笑う段になって、急に声を大きくした。そしておもむろに腰を上げる。
「じゃ、さっさと済まして来るか」
「そうしてくれ。私は吉河原のところに行って来る。−−あ」
 片手を上げ、生島は小屋を出る寸前の管理人を呼び止めた。
「何だい?」
「先に、芹澤の坊やに、鍵を渡しておいてくれよ」
「おお。そうだった、そうだった」
 額を自らぴしりと叩き、失笑する梨本だった。
 彼が出て行ったあと、煙草をくわえ、勝負前の一息をつく生島が、ふとつぶ
やいた。
「江藤さん、まじに遅いな……」

 斧を握りしめた両手をだらんと下げ、峰川は惚けたように突っ立っていた。
いくらかの血しぶきを身体の前面に浴びた彼女の周囲は、一種異様な臭気が漂
いつつあった。
「……」
 ぽかんと開けていた口が、金魚の呼吸のように動き出す。が、声にはならな
いらしい。
「どうするんですか、峰川さん」
 詰る響きを含んだ久山の声。丸眼鏡を外し、真顔で考え込んでいる風だ。
「峰川さんっ」
 返事のない峰川の肩を掴むと、久山は激しく揺さぶった。
「……あ」
 覇気に乏しい目が、重たそうに動いた。
「峰川さん。しっかりしてください。予定とだいぶ違いますが、やってしまっ
たものは仕方ありません」
 幼子に説いて聞かせる調子だ。
「落ち着いて行動する。これが大事です。分かっていますか?」
「え……ええ」
 ようやく意識のある声を返した峰川。その途端、斧を落としてしまった。血
溜まりに柄が浸かり、固まりきっていない血が飛んだ。
 そのすぐ横に、堀田真奈美の遺体……。
 額を割られた彼女は、暗くて判然としないが、白目を剥いているらしかった。
「斧を手に入れるところを見られたから、予定を早めて殺したんです。その判
断は間違っていません。むしろ、そうして当然でした」
 まだ言い聞かせるように、誉め倒すように久山が喋り続けている。普段の間
延びした話し方は、すっかり影を潜めていた。
 峰川は暗い声で言った。
「分かったわ」
「−−よかった。じゃ、これからの行動を言いますよ。ジュウザの仕業に見せ
かけるため、斧を使って頭部を切り離すんです。いいですね?」
「そうね。そうだわ」
「それから、私達は目撃証言をするんです。詳しく言うと−−」
 久山の説明に、峰川は何度もうなずいた。理解しているのかどうかは、外見
だけでは分からない。
 筋書きを語り終えた久山は、自らも落ち着くためであろう、深呼吸を二度し
た。それから思い切ったように。
「さあ。早く首を」

 草の上に横たわった千春。
 梨本がそこへ覆い被さる直前、芹澤は斧を力強く叩き付けた。分厚い刃が、
梨本の後頭部を襲い、ごつ、という鈍い音がした。
 最初の一撃から第二撃の間は、しばしあった。
「う、う」
 梨本のうめき声に触発されたかのごとく、芹澤は再び斧を振り上げ、そして
下ろした。
 呼応して、梨本のうめき声が起こる。また打ち下ろす芹澤。うめき声、打ち
下ろしの繰り返しが何度かあった。
 いつしか、うめき声は消え、梨本は絶命していた。
「千春」
 芹澤は即座に梨本の身体を引き剥がすと、千春を愛おしげに抱きすくめる。
 千春も両手を広げた。彼を待ち望んでいたらしかった。
「ついにやったわね。素敵っ」
 静かだが、高い声が、木々の間を縫う。
「これで、解き放たれたわ」
「俺は……千春が喜んでくれるなら、それでいい」
「好きよ、行人」
 短い口づけを交わしたあと、二人は始末したばかりの男を振り返った。
「殺人鬼に殺されたように、首を切り落とさなくちゃね」
「ああ。早く片を付けよう。その前に」
 芹澤は鍵を取り出した。それを梨本のズボンのポケットの奥深く、押し込む。
「これはいらなくなったよ、おじさん」

−−続く




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