#3796/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/18 13:25 (200)
十三・復活 5 陸野空也
★内容
ボート小屋の中はムードも何もなかったが、二人は全く気にしていないよう
である。
「絆を強くするためにね」
千春はそう言って、芹澤に身を預けてきた。
強く抱きしめてから、愛撫する。
芹澤は千春を初めて味わった。
「……あいつも」
途中、思わず口走る。
「あいつも、こんな風にしたのか−−?」
千春から返事はなかった。聞こえなかったのか、敢えて無視したのか。どち
らなのか、分からない。
「行人。行人」
代わりなのか、名を呼んだ千春。
「千春?」
「これでもう……決まりよ」
千春はうつろな目でウィンクした。
力強くうなずくと、芹澤はさらに決意を固めるため、声に出す。
「分かってるさ」
床板が、ぎぃと短く鳴った。
「おまえのために、そして俺のためにも、あいつを殺してやるよ」
芹澤の囁くような言葉に、千春は安心したらしい。最高の笑顔を見せていた。
生島から首尾を聞かされ、梨本は「やっぱりな」とため息をついた。
「分かってたんだ。頼んで、口を割るようなら、とっくの昔に俺が成功してい
たさね」
「案外、しぶとい感じだな」
生島は、大げさに肩をすくめた。役者ではないものの、テレビドラマ制作者
という職業から考えると、あまりにも芝居っぽいその仕種。
「本当に彼、記憶がないのか」
「どういう意味だい?」
「吉河原は正常。何もかも分かってて、全てを見極め、コントロールしてるん
じゃないかってことだ」
「何のために……」
首を傾げる梨本。
「その方が都合がいいんじゃないかな。身を隠すには、やっぱ、ここは最高か
もしれんよ。それに、梨本さん。あんたの人のよさもな」
「ははっ、面白い冗談だ。吉河原君に金をせびった俺が、いい人だって?」
「金さえ渡せば何でもしてくれるってのは、ありがたいことだぜ」
「ふん。それで、どうするんだい、敏腕プロデューサーさんよぉ?」
指差してくる梨本に、生島は思案顔をしてみせた。
「それなんだが……脅して、金の隠し場所を吐かせようと思っている。ただ、
あいつ、図体がでかいからな。うまくやらんと、逆にやられちまう」
「本気なんだな……。何か考えはあるのかね」
「眠り薬かアルコールで潰してから自由を奪い、目を覚ましたところを脅すし
かないだろうな」
「眠り薬なんて、持ってない」
管理人はお手上げの格好をする。
それに対して、生島はにやりと笑った。これもわざとらしい。
「風邪薬ならあるだろう?」
「そりゃ、もちろん」
「そいつと酒をいっぺんにやれば、急速に効くんだ。それで行こう。ああっと、
酒に強いのか、吉河原は?」
「いや、普通ってところかなあ」
「なら、いい。ほっとした」
生島は本当に胸をなで下ろしていた。
「脅しても口を割らないときは、どうするね? 一旦始めたら、後戻りできな
いからよ、これってやつは」
「命と引き替えにはしないだろう。殺すと脅せばいい」
「いや、だからね、生島さん。それでも吐かないときの話をしてるんだ。あの
吉河原君はどこか得体の知れないところがあるから、俺達の予想が及ばない状
況も考えられるんじゃないかと思う」
「ふん、予想してるじゃないか」
威勢よく答えたものの、顎に手を当て、しばし考える仕種を見せた生島。
「梨本さんの言う通り、後戻りできない。これは……腹を括らないとだめだな。
どうせ口を割らせたとしても、生かせておくのは難しい相談だ。いいな?」
「うーん」
梨本は唸り、腕を組んだ。
「どうした? 怖じ気づいたか」
「そんなんじゃあ、ないさね。ただなあ、この歳になって、また人の命をどう
こうしようとは思ってもいなかった……。それだけだ」
「分かってるじゃない」
立てた親指を突き出す生島。
「あのロケのとき、梨本さんがうまく処理してくれたからこそ、問題が大きく
ならずに済んだんだもんな。今でも感謝しているよ、ほんと」
「あんときは、俺もやばかったから。だが、今度はちいっとばかし、複雑な心
境だ。何しろ、俺が助けた命を、これからまた断ち切ることになるかもしれね
えってのは……寝覚めが悪くなりそうだ」
「簡単じゃないか。助けなかったと思えばいい」
揉み手をしながらあっさり言った生島に、梨本はうなずいた。ししししと音
を立てて笑い合う。
「しかしよお、本当に殺したとしたら、あとが面倒だぜ。記憶喪失で身元不明
ってことになるだろうからその辺はいいとしても、前のときほど都合のいい状
況じゃねえ。事故死に見せかける訳にはいかん」
「何を言ってるんだい、梨本さん。お誂え向きの状況が、目の前に転がってる」
「何だって」
「こういうときに限って言えば、殺人鬼様々だよな。分かるだろ、私の言いた
いこと?」
目で合図を送る生島に、梨本はいくらか時間を取り、やがてうなずいた。
「なるほどな」
我が意を得たりとばかり、生島もうなずき、さらに言葉を重ねた。
「だから、教えてもらいたんだ。緋野山の殺人鬼がどんな風にして殺してきた
かを、なるべく正確に。あんたなら、そこそこ詳しいはずだぜ」
「分かった。一応、新聞やら週刊誌やらを引っ張り出してみるよ。今夜までに
やるんだろう?」
「それがいい。自然な形で酒を飲ませるには……うむ、私らのバーベキューの
席に、吉河原を呼ぼうじゃないか。梨本さんが『従業員の慰労会も併せてやる
ぞ』とでも言ってくれりゃ、自然だろ」
「そうだな。生島さんのご厚意で、と言い添えてやるよ」
再び、へらへらと笑い合うテレビプロデューサーとキャンプ場管理人だった。
「さあて、そろそろ夕飯の準備を始めないといけねえ」
「釣れましたか?」
ボートを引き寄せ、綱をもやいながら尋ねる芹澤。
「うーん、こんなもんなのかな」
塚は即座に答えた。傾けたバケツには、小物が数匹。
芹澤はそのバケツを始めとする塚達の荷物を先に取り、それから客を降ろす。
「フィッシングポイントの地図は、あまり役に立たなかったみたいですね。す
みません」
「いやいや。気にしなくていいよ。船を漕ぐのが面倒になって、移動する気力
が出なかったものでねえ」
「歳なんじゃない?」
先を歩いていた堀田が、からかうように言う。
「人間、誰しも歳はあります」
澄まして応じた塚は、釣り上げた魚を示しながら、
「これ、食えるかな?」
と、芹澤に聞いた。
「ええ。大きさ、これくらいあれば充分です。夕食のとき、別の金網を用意し
ましょうか」
「そうだね、頼むね」
何かに納得したかのように、しきりと首を振る塚。
「他の人達は何をしているか、分かる?」
堀田が聞いた。
「さあ……僕はボート小屋の周りにばかりいたので」
「そう? だけど、千春っていう女の子が、来てたみたいじゃない。あの子、
何か言ってなかった?」
「いえ、別に。それより……見てたんですか」
非難がましく、芹澤は口を尖らせた。
「見えたのよ。たまたまね」
「はあ」
「ふふ、うまくやってる?」
「……」
芹澤が黙っていると、堀田はからかうような笑みのまま、塚とともにボート
小屋から離れて行った。
「そっちこそ」
悔しげに、芹澤は口の中で叫んだ。
「やるとしたら、やっぱり、真夜中がいいと思う訳」
「ですよねえ」
得意げに話す峰川に、久山が相づちを打った。
「多分、あの女、塚さんに会いにテントを出て行くと思うの。だからね、私達
も眠ったふりをして、そのままやり過ごすのよ」
「分かります。出て行ってから、起き出すんですよね。こっそりあとをつけて、
塚さんとどこで会うかを確認する。塚さんを巻き込みたくないんだったら、堀
田さんがまた一人になるまで、待てばいいんですよ。そして私達はあの人の行
く手を遮り、思い切りなじってやって、それから……ですね」
嬉々として筋書きを作っていく久山。
「さすが放送作家、分かってらっしゃるわ。それで、どうやって殺そうか」
相手の意見を引き出そうとしてか、峰川がお追従みたく誉め讃える。
「当然、警察に疑われるようなことがあってはいけない」
「あ、それに関しては、いい考えがあるんです」
久山は眼鏡のずれを直し、改めてかけた。
「何? 聞かせてくれる?」
興味深そうな問いかけ方をする峰川へ、久山はことさらに胸を張った。そし
て、にぃと笑う。
「はい。困ったときのジュウザ頼み、これが一番でしょう」
「……ははあん。分かったわ。グッドアイディア」
峰川は片手を差し出した。その手を握り返す久山。
「本当に久山さんて、名放送作家だわ」
「有名タレントにお誉めいただき、感に堪えません」
軽口を叩き合い、笑い出した二人だったが、不意に起こった物音に、ぴたり
と静かになった。
「……どうやら、獲物が上陸したようだわ」
互いにうなずく。
「この話、食事が終わるまでお預けね」
夕食の準備が始まる直前に、ボート小屋の片づけを残しているからと言い訳
して、芹澤と千春は密会を行った。
「手順、頭に入ってるわね」
千春の甘い声に、芹澤は一瞬遅れてうなずいた。
「ああ。千春があいつを誘い出し、油断させている隙に、俺が後ろから襲えば
いいんだろ。簡単さ」
「行人こそ、油断しないで。お願いよ」
お祈りするように手を組み合わせ、芹澤へ身体を寄せた千春。
「あいつ、年寄りのくせして、意外と力あるんだから注意しないといけない。
忘れないで」
「平気だって。それよりも、口裏合わせ、頼むぜ。殺したのは、俺じゃない。
千春でもない」
「ええ。ジュウザのやったことにする」
こくりと強くうなずいた千春。
「斧は物置に何本か転がっているから、その中から、一本だけ持ってくればい
いわ」
「首を切断しなくちゃならないのが、面倒だな」
「面倒でもやらないと、警察、ジュウザの仕業と考えてくれないかもしれない。
殺したあと、なるべく早く、頭部を切り落とすのよ。恐らく、大変でしょうけ
ど、私も手伝うから」
「あ、ああ」
やや怯んだように、芹澤は返事した。千春の口から飛び出す台詞が、今にな
ってもまだ信じられないのかもしれなかった。
「覚悟、決めてよ」
「もちろんさ。千春のためにも、俺自身のためにもやってやる。何度も言わせ
ないでくれ」
「ああ−−」
深い息をついた千春。つられる風に、芹澤も深呼吸。
「いよいよ、今夜ね」
「そうだ。あいつもおしまいだ」
自らを奮い立たせたいかのように、芹澤の口調には力がこもっている。
「千春の身体を奪った梨本光治。必ず殺してやるよ」
−−続く