AWC 十三・復活 4   陸野空也


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#3795/5495 長編
★タイトル (AZA     )  97/ 3/18  13:24  (200)
十三・復活 4   陸野空也
★内容
「ほう、大金をね」
 生島も唇をなめた。こちらは、舌なめずりと表するのがふさわしい。
「いくらだ?」
「いや、具体的な金額は分からない。黄金。金の延べ棒ってやつだよ」
 梨本の返答に、生島は口を丸くした。
「ほほう、ゴールドのインゴットと来たか。何キロぐらいだ?」
「分からん」
「何だ。結局、分からんのじゃないか」
「吉河原が隠してしまったからな。それに、まだどこかに隠しているようでも
ある」
「ふむ。金の価値が下落しているとは言え、かなりの物だろうな。一つでいい、
見せてくれないか? 受け取ってんだろ?」
「見せてやりたいのは山々だが、簡単には出せない。俺も吉河原に倣って、隠
したんだよ。こんなぼろっちい小屋に置いておけるかい」
「それもそうだな。うん、使い勝手が悪いのが問題だが、ぜひ、おこぼれにあ
りつきたいもんだ」
「問題は他にもあってな。何の金だか、分からないんだよ」
「……出所不明なのか?」
 しかめっ面をする生島。
「吉河原自身、覚えとらんようなんだな、これが。だから、ほとぼりが冷める
のを待つと言っても、いつまで辛抱すればいいのやら」
「なるほど。何やかやと制約があるな。さておき、私もおこぼれに与るために、
吉河原君のために何ができるだろう」
「さあて」
 梨本は顎に手を当て、考える体だ。やがて口を開く。
「国外逃亡の手筈をつけてやるなんて、できるか?」
「うーん、どうだろうねえ。ドラマ班だけでは難しいか……な」
 返事はあやふやにし、逆に質問する生島。
「吉河原は日本脱出を望んでいるのか?」
「いや、知らん。ばれなきゃ、ここに居着いていいと考えとるかもな」
「じゃあ、だめだよな」
 肩をすくめると、生島は声量を落とした。自然と二人の額は近くなった。
「いい考えがある」
「何だ、生島さん?」
「私とあんたの二人で、金を山分けってのはどうだろうね」
 管理人小屋の中に、静寂が訪れた。

 テントに潜り込むと、峰川と久山はたわいない占いに興じていた。が、それ
にも飽きたらしく、一人は大きく伸びをし、もう一人は足を投げ出した。
「峰川さん、ボートに乗りませんかぁ?」
「漕げないわよ」
 凝ったのか、首をぐるりと回す峰川。
「あなたは漕げるの?」
「いいえ。わざわざ手漕ぎに乗らなくていいですよ。ペダルのやつもあったみ
たいですから、それで」
 久山の言葉に、峰川は困ったように眉を寄せた。口元にかすかな笑みを漂わ
せながら、両足を引き寄せると膝を抱き、その上に顎を乗せる。赤系統のスラ
ックスが緑がかって、黒く見えていた。
「あのね、久山さん。実を言うと、湖に出たくないんだな、私。少なくとも今
はね」
「……堀田さんが出ているから、ですね」
「そ、男連れで」
 と、長髪をなで上げる仕種をした峰川。ショートヘアの彼女だから、当然、
その手にかかる髪は何もない。
「こんな風にして、男を誘ってるのよ、あの人」
「塚さん、家族持ちですよお」
「だけどね、愛妻家では決してない。知ってるんでしょ、久山さんだって」
「え? ええ、まあ」
 ばつが悪そうに口をつぐむと、久山は声なく笑った。
「愛妻家どころか、愛人を取っ替え引っ替えしてるって噂ですね」
「よくご存知で。ご存知ついでに、これも知ってるんじゃない?」
 いたずらっぽく、意地悪げな笑みを鮮明にすると、峰川は再び足を伸ばした。
「何ですか」
「私も塚さんの女の一人だったってこと」
「ああ、そうですかぁ」
 驚きも何もなく、平静に受け止めた様子の久山。
 彼女の顔を、峰川は覗き込んだ。
「ひょっとして……あなたも?」
「そうですよお」
 久山はこともなげに、あっさり認めた。相変わらずの気怠い喋り方のせいで、
真実味に乏しい。が、引き続いて彼女の口から出た言葉が補足する。
「塚さんの右の脇腹には、目立つほくろがあるんですよね。それに、歯磨き粉
はC社の物に限るって。なかったら塩で磨く」
「よく分かったわ。……ねえ、久山さん」
 現実を租借するようにゆっくりうなずくと、久山に微笑みかけた峰川。
「身近に元の男がいて、しかも、他の女とべたべたしているなんて、精神衛生
上悪くなくて?」
「気にはなりますよ、こんな私でも」
 座ったまま、背筋を伸ばすと、久山は胸を叩く格好をした。
「仕事に支障を来さない?」
「少なからず。物書きは神経が繊細にできてますから」
「そうかしら? 塚さんや堀田真奈美は物書きでも、とても図太く見えるわ」
「あのお二人は例外です……私が例外だったりして」
「ふふ。タレントも結構、繊細なのよね」
 二人は含み笑いをした。
 それを収めると、峰川が口を開く。
「そこで相談なんだけれど、私達二人の今後のために、行動を起こさない?」
「行動? 奥さんに密告でもしますか」
「だめ。それだと塚さんがダメージ負うだけで、女の方は痛くもかゆくもない
じゃない。私はねえ、塚さんはともかく、堀田真奈美にだけは思い知らせてや
りたいの」
「じゃあ、どうします」
 ゲームの進め方でも尋ねるような調子の久山。
「−−いなくなってもらいましょ」
 峰川が微妙なアクセントでそう発言すると、久山は口を一瞬すぼめ、それか
ら、ふんふんと小刻みにうなずいた。

 たーん−−たーん−−。
 薪割りの音が単調に、しかし心地よく響いていた。
 連なるバンガローの裏手に踏み込んだ生島は、交渉ごとに欠かせない笑顔を
作り、吉河原を訪ねた。
「ちょっといいかな」
「……」
 斧を持つ手を止め、振り返った吉河原。足下には相当数の薪が転がっている
にも関わらず、ほとんど汗をかいていない。
「吉河原君。時間をもらえるだろうか」
「……いいですよ」
 ぼそりと返事し、吉河原はおもむろに斧を振りかぶった。土台である大木の
根っこに、斧が突き立つ。
「そこらの切れ端を椅子にしてください」
「あ、ああ」
 斧の使い方に見入っていた様子の生島は、我に返った体で応じた。
「煙草、吸っていいかな?」
「ええ」
「君は?」
 腰を下ろし、立ったままの相手に煙草を差し出す。
 吉河原は首を横に振った。
「何の話でしょう」
「うーん、それなんだが」
 火を着け、一口吸い込むと、大きく煙を吐き出した生島。どう切り出すべき
か逡巡している節が見受けられる。
 煙草を挟んだ手を軽く持ち上げ、切り出した。
「吉河原君。君は、どういういきさつで、ここで働くようになったんだい?」
「……どうしてそんなことを」
「なに、私は何度かここに来ているんだが、今年来てみたら、以前見かけなか
った顔がいる。それが君なんだが、私としちゃあ、気になってね」
「ただのバイトです」
 ぶっきらぼうに答え、生島を見下ろす風に首を前に傾ける吉河原。
「バイトなら、普段は何をしているんだい? 千春ちゃん達みたいに、学生な
のかな?」
「ええ、まあ」
「すまないが、学生証を見せてくれないだろうか」
「……今、ここには」
 吉河原は首を振った。
「どこかにあるんだ? 持って来てくれる?」
「それは」
 相手が言い淀む隙をつくように、生島はいきなり立ち上がった。
「あのねえ、吉河原君。悪いんだけど、実は梨本さんに聞いたんだよ」
 短くなった煙草を落とすと、踏みつけた。それをしばらく続ける。
「聞いた、とは」
「君が梨本さんと知り合ったきっかけ、聞いちゃったんだよね」
 足の動きをやめると、生島は吉河原へ目を向けた。
「……」
「そんな、にらまないで、安心してくれよ」
 両手を胸の高さに揃え、相手を制するポーズを取った生島。
 吉河原の鋭い視線は終わらなかったが、生島は続けた。
「いい話を持って来たんだ。まあ、これは君が希望すればの話なんだが」
 と、国外脱出の件を持ちかけた。
 だが、吉河原は何も言おうとしない。
「まあ、この計画を起こすには、前金としていくらか。それから首尾よく出ら
れたときには、成功報酬をもらいたいんだが……どうだね」
 吉河原は背中を向けた。
「おい、君」
「俺は今のままでいい」
 斧を再び持つと、そのまま薪割りに復帰する吉河原。
「記憶喪失なんだろ? 不安じゃないのか? 何のためか分からない金を持っ
て、誰かに狙われているかもしれない」
「今は安全だ。危なくなったときにお願いしますよ」
「……だめか。やれやれ」
 生島は唾を吐き捨てると、地面を蹴っ飛ばした。
 薪が次々とできあがっていく。
「では、この話は終わりにしよう。忘れてくれよ。それでだ、もう一つの話を
聞いてもらいたい」
「……」
「君が持っているお宝を見せてくれないかな。一目でいいから」
 吉河原は斧を振り下ろすと同時に、ぼそぼそと言った。
「そのことは、梨本さんから聞いているはず」
「ああ、見せてくれないってのは聞いたよ。だがね、金を持っていると聞いて、
全部でどれだけあるのか知りたくなるのが人情ってもんだ。違うかなあ?」
「そんな気持ち、分からないね」
「頼むよ。VTRに収めようって訳じゃないんだからさ」
 薪割りに没頭し、もはや答えなくなった吉河原。
「どうしてもだめかね」
 生島は大げさなまでに、首を捻った。
「しょうがないな。出直してくるよ。梨本さんと相談して、またいい話を持っ
てくるから」
 生島の呼びかけに答えることなく、吉河原は斧を奮い続けた。

「第三のジュウザ事件、現場が……ここか」
 借りた車から降り立つと、思わずつぶやいた江藤。
 次の瞬間、身をすくめた。
「……寒々しいとはこのことだな」
 足を踏み出す。落ちていた小枝を踏みつけ、音をさせた。
 彼の正面には、大きめの山小屋が建っていた。ちょっとした山荘と言って差
し支えないだろう。茶色を主調とした外観は、なかなか手入れされているよう
だが、現在、使用されている気配はない。
「惨劇の痕跡そのものは、ほとんど残っていないらしいな」
 何故かしら震えながら、またつぶやく江藤。喋っていないと、一人でいる心
細さが顔を出すのかもしれない。何と言っても、ここはかつてジュウザが現れ
た場所なのだから。
「ここから上は、車じゃ無理なんだな……」
 登山道へ、上半身だけ振り返った。
「レンタカー屋のにいちゃんが言うには、第一の現場には、惨劇の跡がありあ
りと残っているそうだから、行ってもいいんだが……時間がな」
 腕時計を一瞬だけかざしてから、江藤はまた身を震わせ、首をすくめた。
「うう、何でこんな寒い感じがする? ここまで来て、見ずに帰るのは心残り
のはずなんだが……」
 江藤は強く頭を振ると、まだ迷っているらしく、その場で足踏みを始めた。

−−続く




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