#3793/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/18 13:21 (200)
十三・復活 2 陸野空也
★内容
低く静かな口調の江藤に対し、他の者達は明るく笑い飛ばした。
「それがどうかしたんですか」
「峰川さん、あなたはニュースで報じたことあるんじゃないかな? 詳細を教
えてほしい。特に、犯人がどうなったのか」
「申し訳ありませんが、知りません」
素っ気ない峰川。
「アナウンサー時代と重なっていない?」
「いえ、一番最初の事件が発生した頃は、まだ独立してませんでした。だから
読んでます。でも、その後なんて、全く」
「それよりですね」
塚が、やんわりと割って入った。
「江藤先生、どうしてそんなおっそろしい話を持ち出したのか、その理由をま
だ伺ってないんですが」
「先生はやめてくれ。むず痒い」
しかめっ面になる江藤。が、塚はしゃあしゃあと続けた。
「いえいえ、ご謙遜を。私に放送作家の何たるかを仕込んでくれたのは、先生
じゃありませんか」
「からかいなさんな。話を戻すと、折角近くに、世間的に知られた事件の現場
があるのに、それを放っておく手はないんじゃないか。そういう意味だ」
「作家として取材に行こう、と?」
堀田は面を起こすと、髪をかき上げた。
彼女に続き、生島が渋面を作りながら口を開く。
「江藤さん、頼みますよ。我々は休暇のために来たんですから、そういう仕事
につながる−−」
「ああ、誤解しないでくれ。個人的に、行ってみたいと思ってるんだ。皆さん
に強制するつもりはないし、権限もない」
「さすが、どんなときでも本職を忘れない」
「茶化すな」
塚と江藤のやり取りのあと、
「お一人で行くのなら、それは自由でしょうけど……足がないんじゃありませ
んか、江藤さん?」
と、久山が言った。うなずき、同調する生島。
「そうだな。いくら近いと言ったって、湖に注ぐ川のかなり上流ですよ。山道
になるし」
「そこで相談なんだが、車を貸してもらえないかな、生島さん」
箸を置き、右手の人差し指を立てた江藤。
「それはちょっと……。詳しい道順、ご存知ないんでしょう? 悪くしたら、
我々がここから帰る折のガソリンが足りなくなりかねませんよ」
「そうか。それもそうだ。では、レンタカーだ」
断られるのを予想していたらしく、江藤は淡々と言った。それから左懐に片
手を突っ込み、何やらまさぐっていたが、やがて困惑、ついで納得の表情を浮
かべる。息が髭をかすかに揺らした。
「忘れていた。仕事を離れろって生島さんに言われて携帯電話は置いてきたん
でしたな」
「電話なら、管理人の小屋にしかありません」
「そう。自転車も借りられるだろうね? レンタカー屋まで歩きは辛い」
「その程度の距離なら、車で送りますよ」
「いやいや。こうなれば、生島さんの車は意地でも使わない。自転車で行くと
決めた」
江藤は残っていたジンジャーエールを干し、足早に席を立った。
「晩飯は七時スタートを予定してます。それまでに戻ってくださいよ!」
「ああ、分かった」
振り返りもせず、片手を上げて応じた江藤は、バンガローの外へ出て行った。
「仕事熱心だねえ、江藤さんも」
苦笑いしながら生島が言うと、他の者も同様に笑った。
「その上、頑固だ」
「すみません。釣りをするから、ボートを出してもらいたんだけど、こっちで
いいの?」
堀田の声に、水色のポロシャツを着た青年が振り返った。と同時に立ち上が
り、堀田達のいる方へ寄ってきた。
「そうです。いらっしゃいませ。どうぞこちらへ」
声質は、男にしては高い。
「君が芹澤君?」
堀田に少し遅れて歩く塚が、初っ端から親しげな口調で聞いた。手にはシン
プルそのものの釣竿にバケツ、その他細かな道具。
「そうですが……ああ、梨本さんから聞いたんですね」
「ご名答。想像するに、芹澤君はあの千春という女の子といい仲だと見たんだ
けれど、どうですかな?」
遠慮のない塚の問いかけに、芹澤は案内の足を止めた。向き直り、塚にきつ
い視線を向ける。
「あ、あの、な、何なんですか」
「いや、別に他意はないですよお。聞いてみたかっただけ」
「からかっちゃだめよ、塚さん」
手で口を隠しながらも、くすくす笑いを漏らす堀田。
「分かってますよ。ただね、江藤先生を見習って、自分もちょっとは仕事の足
しにですね、最近の若者の生態を知ろうという」
「冗談だからね、相手にしなくていいから」
堀田に言われた芹澤は、「は、はあ」と答えつつ顔を赤くした。急いだ風に
きびすを返すと、大股で歩き始める。
「いやはや、最近の若者にも、すれてない子はいるもんだ」
「そうじゃなくて、気を悪くしたんじゃないかしら」
塚と堀田がそんなやり取りをする間もなく、ボートの前まで来た。
「手漕ぎですか、ペダル式ですか」
芹澤は、ぶすっとした口調になっていた。
「もちろん、手漕ぎ。釣りだって言ったでしょ」
「漕げるんですか」
「大丈夫よ」
堀田が笑顔で応じる。
「それより、ポイントってあるのかしら? この人、下手の横好きだから、付
き合わされる方はたまんなくて」
塚を指差しながら言う堀田に対し、当人は大声で笑い出した。
「下手の横好き、蟹の横這い、ヨコバイは虫」
訳の分からないフレーズを唄うように言って、また一人で笑う。
「僕はよく知りませんが、一応、こちらがそうなってます」
呆れたのか軽く息をつき、湖の俯瞰図を出してきた芹澤。コピーした物らし
いその地図のところどころに、網かけの丸囲いが記されている。
「おお、ありがたいなあ。これ、もらえるのかい?」
「どうぞ、ご自由に」
塚に地図を渡した芹澤は、いくらか機嫌が直ったらしく、笑みを見せていた。
梨本が煙草を吹かして一休みしているところへ、生島は現れた。
「いいかな」
「当然、歓迎しよう」
座る場所を用意して、促す梨本。
「飯には満足してもらえたろうか」
「うまかったよ」
「夜のバーベキューは質は上等、鮮度もまずまずだから、これも期待しておい
てくれ。あとは焼き加減だ。ははは」
「楽しみにしとくよ。−−さっき、江藤さんが来たと思うんだが」
「ああ、電話と自転車を借りに来た人か。レンタカーの予約をして、さっさと
行ってしまったよ。サイクリングじゃ飽き足らず、ドライブする気かねえ?」
「まあ、そうとも言えるかな。緋野山へ行きたいんだと」
「……何でまた、あんな場所へ」
地元で暮らすせいか、梨本の口は重くなった。煙草を灰皿に押し付けた。
「作家根性ってやつらしい。取材だよ」
「そんなつもりで行って、人殺しの犠牲になった連中は数知れん」
「物騒なこと言うなあ、おい」
生島は声を立てて笑ったが、梨本はすぐには反応しない。
「おいおい、冗談だろう? そんな恐ろしい奴がいるなら、本格的に山狩りす
るだろう」
「したさ。知らないのかい? ニュースでやってたはずだ」
「あいにくと、テレビ番組を作る人間の中には、テレビ番組を全く観ない人種
もいるんだ。俺もその一人。ニュースも新聞で済ませちまう」
「山狩りの結果は空振りだったんだよ。その様子だと生島さん、あれも知らな
いな」
「あれって何だ?」
煙草片手に、肘を突いた生島。じっくり聞く気になったのだろう。
「緋野山に出ていた人殺しだがな、この夏、どうやら本拠地を移したようなん
だ。緋野山と隣り合う朱寿山にな」
「へえ……待てよ。聞き覚えがあるぞ、朱寿山。やくざ崩れと学生何人かが死
んだんじゃなかったか?」
「何だ、知ってるじゃないか。一人だけ、女の学生が助かった」
「それよりも、あれも緋野山の殺人鬼、ジュウザの仕業なのか?」
「さあなあ。こっちも噂の形で聞いただけだよ。難を逃れた学生も、直接犯人
を見た訳じゃないそうだ。ただまあ、場所が近いから、同じ奴の仕業と考えた
って無理なかろう」
「……殺人鬼が場所を移したとしたら、江藤さんは安全だな」
こじつけるように、生島。彼も煙草を消した。それから軽口を叩く。
「はは。ひょっとするとジュウザの奴、この付近まで降りて来るんじゃないの
かい? 江藤さんの心配よりも、自分達のことを−−」
「それはない」
梨本は断言した。
「下に降りてくるまで、人目に付かないはずがないんだ。それに、身を隠す場
所がない。どこか廃屋なり何なりを確保できたとしても、今度は食糧の問題が
あるんじゃないか。何を食ってるか知らんが、山奥ならともかく、人は多くな
いとは言え街まで来て誰にも見られないなんて、あり得ん」
「ジョークだよ。それより聞きたいことがあったんだ。あの吉河原って男だが」
「新しく雇ったんだよ」
「とぼけるなって。いつから方針替えした? 知ってる奴しか雇わないって言
ってたよな、梨本さん」
言いながら相手の肩を叩く生島。梨本はその手を邪険そうに払った。
「知ってる奴だよ」
「千春ちゃんの知り合いか? とてもそうは見えないね。吉河原って男は、芹
澤君のようなタイプと正反対と言っていい」
「……観察眼は衰えていないようだ」
頭を左右に振る梨本。
「当たり前だ。一線で働いてんだ、人を見る目をそう簡単になくしちゃ、話に
ならない」
「参った」
両手を小さく万歳させると、梨本は再び煙草を吸い始めた。
生島が姿勢を改めると、梨本は紫煙を吐き出し、そして始めた。
「……ちょいと訳ありでな、あいつ」
久山と峰川は連れ立って散策をしていた。湖やキャンプ場から少し離れ、林
道を行く。
「骨休めには最高かもしれないよね」
先を行く峰川は、両手を左右に広げ、景色を見渡す素振りをした。遠くに見
える山林はまだまだ緑色をしており、紅葉のシーズンではない。
「そうですねえ、何にもないから、本当に休むだけ。集中できますね」
久山の方は、ゆっくりとした歩み。普段外へ出歩くことが少ないから、たま
には自然を満喫しようという魂胆かもしれない。
「真夏なら泳げるんでしょうけど」
と、首から提げたコンパクトカメラを持つと、シャッターを押す峰川。
「人が少ないのもいいじゃないですかあ。峰川さん、すっかり有名人だものね。
こんな場所じゃないと、のんびりできない」
「さほどじゃないのよ。名古屋から向こう、西日本の方ではまだまだ。だから、
これからも売り出していくみたい、事務所」
「首輪がなくなってから走り続けのせいで、お疲れ? なんて」
峰川に追い付くと、首を斜めにしながら久山が尋ねた。元々ちょこんと乗せ
た感じだった黒い帽子が、大きくずれた。
「いえいえ、とんでもない」
「そうですよねえ。仕事が来る内が華ですから。脚本屋さんもタレントさんも」
「聞いていいかしら」
わずかに口調を改めると、峰川は久山の真正面に立った。
「はい?」
「四人の中で、誰が一番、仕事をこなしてる?」
「四人というのは、私と堀田さん、江藤さん、塚さん?」
「そう。一番の売れっ子放送作家はどなたかしらね」
問いに対し、久山は顎先に人差し指を当て、考えるポーズをしてから答えた。
「さあ。原稿一枚の単価がまちまちでしょ。だから、単純には。でも、注文量
から言えば、堀田さんじゃないですかあ」
「あ、そ。やっぱり、あの人なのね」
「堀田さん、ワイ・サス(=『ワイド・サスペンス』)枠だけじゃなく、ゴー
ルデンの一時間単発にもちょくちょく書いてます。その内、一クール物を任さ
れるんじゃないかなあって噂です」
「あんな人が書いたのが受けるなんて、分かんない世の中」
「前から思ってたんですけどお、峰川さんは堀田さんをお嫌いなんですね」
−−続く