#3792/5495 長編
★タイトル (AZA ) 97/ 3/18 13:19 (200)
十三・復活 1 陸野空也
★内容
峰川美沙が、音を上げたようなくたびれた調子で言った。今やタレントとし
て鳴らす彼女だが、元は局属のアナウンサーとして人気を博しただけに、いか
に疲れようとも美声の下限ラインは保っている。
「あれね? あの小屋」
助手席の彼女が顎で示す先には、ブロック建築の小さな小屋と、その横にや
や大きめのペンション風建物。湖畔に建つバンガローと言ったところか。
「ああ。そうですよ」
運転席の生島勝は丁寧な物腰で、年下の峰川に応じた。
「行ける景色でしょう?」
「まあね。でこぼこ道をずーっと来た甲斐があったってところかしら」
腰の辺りをさすりながら、峰川は横手にあるウィンドウを下げた。
「空気もいいようだし」
「それはいいけど、肌寒いわ」
二列ある後部座席の中程に座る堀田真奈美が、ロングヘアを風に乱され、鬱
陶しそうに捌いている。
「ふん。エアコン人間なんだから」
「繊細と言ってもらいたいわね」
「まあまあ、よしましょうや」
女性二人の言い争いが本格化する前に、のんびり口調で割って入ったのは塚
俊太郎。丸っこい鼻に大きな伊達眼鏡を掛けて、その奥で目玉をきょときょと
させている。
「折角の休暇に、一泊二日とは言え旅行と洒落込んだんですから、存分に味わ
わなければ損。そういうもんではないかな、ご婦人方」
気勢をそがれたのか、峰川と堀田は静かになった。
「そう、仲よくやりましょう。今後もうまく番組が回転するように」
場を取りなすように言ってから、ハンドルを右に切る生島。六人乗りのワゴ
ンは、湖の沿道へと入って行った。
「他に旅行客はいないようだな」
窓ガラス越しにじっと景色を眺めていた風の江藤博彦がつぶやいた。低い声
だったが、車内の全員に聞こえただろう。
「それはまあ、季節外れと言えば季節外れだからね」
幾分、砕けた口調になる生島。
「夏は終わったし、秋の行楽シーズンにしては早すぎる」
「生島さんたら去年か一昨年なんて、お正月に夏休みを使ったんですってえ?」
六人目の人物−−久山理恵子が運転席の背もたれを引っ張りながら、気怠く
問いかける。車の振動のためか、丸眼鏡が若干、ずれていた。
「夏休みなんて、小学生じみた言い方は勘弁してもらいたいなあ。暑中休暇と
かサマーバケーションとか」
「一緒でしょお?」
「そりゃまあ意味は同じ。でも、本当に夏に休めることなんて、ここ数年、な
いんだよなあ」
「そういう意味じゃ、人気放送作家四人と売れっ子タレント、そして敏腕プロ
デューサーが揃って休みを取れるとは、奇跡に近い」
塚が臆面もなく放言したところで、ワゴン車は砂利の敷き詰められた駐車ス
ペースに乗り入れた。
「『ワイド・サスペンス』御一行様、ご到着ーっ」
生島がふざけ口調で言った。
その声が聞こえた訳ではないだろうが、管理人用のバンガローから男が姿を
現した。袖を肘までまくり上げ、何か水仕事をやっていたらしい。
「ようこそ、生島さん! ご無沙汰ですなあ」
「よう! 梨本さんも元気そうだ。相変わらず、そのスタイル。安心するなあ」
生島に指差され、梨本は人懐っこい笑顔を見せた。
梨本の格好は、白のテンガロンハットに赤いスカーフ、ジーンズの上下、黒
のブーツ。これでチョッキでも引っかけ、馬に跨れば、まるっきりカウボーイ
である。ただし、白髪混じりの中年カウボーイだ。
「千春達は今、食事の準備をやってるんだが、呼んで来た方がいいかな?」
「いや、いいよ。また機会はあるだろ。とりあえず、みんなに」
生島が梨本の背に手を当て、五人の前に押し出す。
「紫鏡湖キャンプ場へようこそ。ここでお世話させてもらってます、梨本光治
というもんです」
帽子を取り、深々と頭を下げる管理人。白髪の多さが明白になった。
「どうぞ、楽しんで行ってください」
次に生島が連れて来た仲間を一人ずつ、梨本へ紹介した。
「放送作家さんのお名前はとんと分かりませんが、峰川さんのお顔はテレビで
拝見した記憶がありますよ」
「それはどうも」
特に嬉しがる様子もなく、峰川はうなずいた。
梨本はにこやかなまま、帽子をいくらか阿弥陀に被り直しながら言った。
「まあ、私はお客様の顔と名前は一度覚えたら忘れませんから、次からは放送
作家さんのお名前もチェックさせていただきますよ」
来る前からセットされていた大型テント二つに分かれて、荷物を置く。
「広さは充分。緑色の空間だ」
口髭を指でこすりながら、江藤は見上げた。テントのビニールはダークグリ
ーンで、そこを通ってくる太陽光のため、内部は全体的に緑がかっている。
「男と女を分けられたら、何にもできません」
堀が言った。本気とも冗談ともつかぬ、曖昧な笑みを浮かべている。
「もっとも、こんなテントでは、筒抜けもいいところですねえ」
「あんたには妻ってもんがあるでしょうが」
苦笑を混じえて生島が言ったのを機に、外に出る。
「今日の昼飯は、用意してもらってるんだったね」
「もちろん、言われた通りに。入って、待っててもらえますか」
生島に対して梨本はうなずくと、そのまま六人を案内する。
管理人小屋よりは立派なログハウスが食堂代わりだ。
「利用客はどうだい?」
「八月末までは結構繁盛していたんだがね。現在はご覧の通り、閑古鳥が鳴い
てるよ。こうしてログハウスの一つを私用に使えるほどだ。今の季節、平日に
来るのは生島さん、あんたぐらいものだね」
「生島さんと梨本さんが知り合ったいきさつ、聞かせてもらえませんかな」
軽口を叩き合う二人へ、堀がのんびりと割って入った。
「いきさつも何も、簡単なんだよ。堀さんには話してなかったかな。ここ紫鏡
湖をロケ地に選んで、ドラマを撮ったんだ。十年ぐらい前になる」
「あのときは、テレビの仕事をしている連中は何て無礼なんだろうと思ったも
んですよ」
肩を揺らして梨本が笑う。
「ほう。そんなのでどうやって親しくなれたんです?」
「生島さんだけが腰が低かったんで、いい感じを持ったんでしょうねえ」
今度は苦笑を浮かべた梨本。冗談めいた口調で続ける。
「腰の低さは、単に地位が低かっただけだと知るのに、二年を要しました」
「ひどいねえ」
「事実だから、仕方あるまい。−−お、できたようです」
台所らしき方へ向かう梨本。呼応するように、皿を満載したトレイを両手に、
大柄な男が出て来た。二メートルはありそうだ。
「おお、吉河原君。私も運ぼう」
「これぐらいなら平気です」
抑揚に乏しい声で答えると、大柄な男はしっかりした足取りで生島達のいる
テーブルに近付き、今度は慎重な手つきでトレイを降ろした。
「すみませんが、奥へと回していただけますか」
「ああ、いいとも」
引き受けてから、皿を受け取る梨本と堀。フライの盛り合わせとライスの二
皿が六人の前に並んだ。
「飲み物は何にしましょうか。アルコール類もあります」
「いいね。いきなりダウンする訳にはいかないから、軽く、ビールの小瓶」
生島が言うのに続いて、皆、めいめいに注文する。それらを聞いて奥に引っ
込んだ大柄な男に代わり、今度は小柄な女性が卵スープと野菜サラダをそれぞ
れ六皿、運んできた。
「どうぞ。あ、召し上がってください」
食事にまだ手を着けていないのを気にしてか、焦った風に付け加えた。
「ああ、千春ちゃん。天気予報はどうなってるかな」
なれなれしい調子で生島が言った。
「今日明日とも、快晴ですって」
セミロングの髪を三角巾でまとめた千春は、空になった盆を小脇に抱えた。
「そりゃ結構。みんなに紹介しておきたいから、ちょっと待ってよ。さっきの
青年も呼んでくれないか」
「はい。吉河原さーん」
よく通る声で名前を呼ぶと、先ほどの大男が存外、きびきびとした動作で現
れた。その背中に隠れる形で、梨本が飲み物を運んでくる。
「どうかしましたか」
梨本が生島にと言うよりも、全員に聞く。
「食事をもらう前に、互いの顔と名前を知ってもらいたくてね」
「なるほど。千春は、生島さんはご存知だね」
「ああ。みんな。この子は若海千春さんと言って、梨本さんの姪に当たる」
「よろしくお願いします」
お辞儀する千春。
「この時季、ここでアルバイトをしています。二日間、楽しんでってください」
「学生さんですか」
若さが羨ましいのか、塚が目を細めながら言った。
「はい。S大の一回生です」
「塚さん、質問はあとで個人的にやってくれよ。さて、そちらの立派な体格の
彼は、初めて会うと思うんだが」
生島が手を向けると、吉河原は、今度はのっそりとうなずいた。前髪が目の
辺りまで垂れて表情を隠しており、年齢を掴みにくい容貌をしている。
「吉河原……隆介と言います」
何故か、名前を区切って返事した。
「君も学生かね」
江藤が尋ねた。
「ええ、まあ。アルバイトしています」
「二人の他に、もう一人、いるんですよ」
吉河原の台詞に被せるように、梨本が早口で言った。おもむろに千春へと振
り向き、話しかける。
「千春、芹澤君はどこだ?」
「ボート小屋の方よ。言ったじゃない」
「そうか。−−いっぺんにご挨拶できないとは、何とも間が抜けていますな。
まあ、あとでいいでしょう。ささ、どうぞ、召し上がってください。遅い昼食
に、さぞかしお腹も空いていることでしょう」
梨本は生島達をそう促すと、バイト二人の背を押し加減に、厨房の方へと消
えていった。
「何だか忙しないわね」
堀田はすでに食べ始めていたが、長い髪が邪魔になっているようだ。
「愛想がいいんだか悪いんだか、分かりゃしない。……ん、味はまあまあ、い
ける」
「生島さんが梨本さんと知り合ったきっかけについてですけれどぉ」
機械的に食べ物を口に運びながら、レンズ越しの眠たそうな目をよこす久山。
「ここを舞台にしたドラマって、どんなのですか? 私の記憶にないんですよ
ねぇ」
「ドラママニアの久山さんが?」
峰川が意外そうに声を上げた。
生島は口の中をすっきりさせるためか、ビールを呷ってから苦笑混じりに答
える。
「そりゃ当然だよ。ドラマじゃないんだ。その頃の僕は、ドラマ畑じゃなかっ
たんでね」
「え? 生島さん、ドラマの他に何か手がけてましたっけ」
「だから、その当時、僕は下っ端だったの。番組はいわゆる旅物でね、取り上
げたおかげで一時はかなりの人がここへ押し掛けたそうなんだが、作る身から
すればつまらなかったな、ここだけの話」
「確かに、生島カラーじゃありませんね。似合いません」
堀田が断定調で言った。
「番組作りで思い出したんだが」
手に持ったスプーンを宙に浮かせ、記憶をたぐるように上目遣いで始めたの
は、江藤。
「あれは……東洋テレビだったか。ドキュメントか何かを撮りに山へ行って、
全員死んじまったのがあった」
彼の言葉に、残りの五人は皆、互いに顔を見合わせる仕種から、うんうんと
うなずいた。
「それこそ畑違いだからよく知らんが、確か、殺人鬼の正体を追うという趣旨
の絵を撮影したかったのが、逆に殺人鬼の餌食になったんじゃなかったっけな」
「その通りですよ、江藤さん」
塚がことさらに大きくうなずいた。
「えーっと、九人皆殺しだったな。犯人はジェイソンみたいな奴らしくて。そ
いつ、ニックネームまで持ってるんですよ、ジュウザってね。いやあ、奮って
ますねえ」
「ほんとですよね、怪盗ナントカみたいなセンス」
同調するのは峰川だが、どこまで本心から言っているのか分からない感じが
あった。ニュースを読み上げているときに似た、感情の乏しさや強弱のなさの
せいかもしれない。
「何で思い出したかと言うとだ」
江藤は自分のペースで話を再開した。
「記憶が間違ってなけりゃ、事件が起きた現場は緋野山だった。すぐそこだ」
−−続く