#3395/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/ 1 0:22 (200)
化石の鳴き声 6 永山智也
★内容
「一人だけで来たのか。恐いもの知らずだな。まあ、好都合だが」
「……な、何をしてたのよ!」
必死に声を振り絞る純子。だけど最後の方は、かすれてしまいました。
「さあてね。何かな。君らみたいに、化石を探していたんじゃないことだけは、
確かさ」
純子は、だまって考えました。何か知らないけれど、悪いことをしている!
そんな直感がありました。どうにかして、逃げ出さないと。
「……一人で来たんじゃないもん」
「何だと?」
純子が考え抜いた台詞に、太田は面食らった様子です。
「そ、そうよ。お、お父さんやお母さんが、許してくれるわけないでしょ。一
人じゃない。ちゃんと、大人も一緒よ」
「くそっ。本当か? どこにいる?」
太田は、純子の服の胸の辺りをつかんできました。まるで、引きちぎらんば
かりの力です。何をこんなに焦っているのでしょう?
「知らないわ。で、でも、私の声を聞いて、すぐに来る、きっと」
太田は舌打ちすると、少し、思い悩む顔つきになりました。
「……悪く思うな。こうするしか」
太田は純子の服を手放したかと思ったら、いきなり、その手を今度は、純子
の首に持って来ました。
(こ、殺す気?)
瞬間、純子は判断しました。懐中電灯のスイッチを入れ、遠くの方を照らす
と同時に、声を限りに叫びます。
「あ、おじいちゃん! 助けて!」
それを聞いて、太田は気を取られたのでしょう。純子が照らした方を振り向
きました。もちろん、おじいちゃんがいるはずありません。
でも、太田にすきができました。そのすきを突いて、純子は太田の指にかみ
つくと、そのまま最後の坂をかけ上ります。下の方で、太田のうめき声がして
いました。
(は、早く、誰か、人がいるところに行かないと)
息を切らしながらも、純子は懸命に考えています。どうすればいいのか。早
くしないと、また追い付かれてしまいます。そして、もう二度と、同じ手は通
用しないことでしょう。
「見つけたぞ!」
太田の声。もはや、普通の大人の声じゃありません。何かにとりつかれたよ
うに、鬼気迫る響きがあるようです。
「車の事故に見せかけてやるからな。せいぜい、逃げることだ!」
恐ろしい宣言すると、太田は坂のすぐ横にとめてあった乗用車に乗り込みま
した。そして、ドアを閉めようとした−−。
ドアは閉まりませんでした。急に現れた、新たな人影が、それをさせなかっ
たのです。
「だ、誰だ?」
「もうお忘れですかな」
奇妙に落ち着いた、けれども、安心できる声。
「おじいちゃん!」
その姿を確認した純子は、すぐに叫びました。
「お、おまえ……本当にいたのか?」
自動車を発進させようと、太田は鍵を差し込もうとします。が、おじいちゃ
んの手が一瞬早く、鍵をつかみ取りました。
「返せ!」
「太田さん、あなたが何もせず、このまま帰ってくれるなら、返してもいいが」
「ふざけるな」
太田は息を荒くしながら、運転席から飛び出してきました。そして、おじい
ちゃんめがけて、こぶしをふるってきたのです。
「危ない!」
悲鳴にも似た声を上げる純子。とても見ていられず、顔を両手で覆いました。
(おじいちゃんを殴るなんて……)
しーんとなりました。次に、いたたたといううめき声。
純子は、その声がおじいちゃんのものでなかったので、おかしく思って、指
のすき間から様子をうかがいます。
「あ。あれ?」
見ると、おじいちゃんは太田の腕をねじりあげ、相手の自由を奪っているで
はありませんか。太田は地面に押し付けられるような格好で、情けない声を上
げています。
「痛い。た、頼むから、放してくれ……」
「だめだなあ」
実にのんきな調子で、おじいちゃんは答えています。
「あんたはもう、信用できん。せいぜい、この柔術をたっぷりと味わうことで
すな! はははは!」
元気のいいおじいちゃんの声が、夜の空気に響きました。
気が付くと、遠くでサイレンが。パトカーの音のようです。
「お、来た来た。谷林め、意外と素早かったな」
状況が分からず、ただただ驚いている純子の前に、やがてパトカーが到着し
ました。何人かの人が下りてきて、太田の腕に手錠をかけ、連れて行きます。
刑事さんの一人が、おじいちゃんに、事情を聞きたいから来てくれと言って
いるようです。
「その前に、ちょっと」
と、おじちゃんは純子の方へと近寄ってきました。その横には、知らないお
じさんも一緒です。
「おじいちゃん、帰っていたんじゃなかったの? これって……」
「こら!」
大きな声でしかられてしまいました。純子は目をつむり、首をすくめました。
「純ちゃん、無茶なことはするなって、言ってたろうに。忘れたのかい?」
「わ、忘れてなんか……」
突然、のどの辺りが痛くなってきました。かと思ったら、両目に涙が浮かん
できて、勝手にぼろぼろとこぼれ始めます。
「で、でも、恐竜の化石が、こわれる夢を見て、私……とても心配で」
「おお、そうか」
急に優しい声になるおじいちゃん。純子の泣き顔に、弱ってしまったのです。
「泣かないでおくれ。ますます、おじいちゃんはお母さんにしかられるよ」
純子はそう聞かされて、懸命に涙をこらえました。
「おじいちゃんはね、専門家の人を連れて来たんだよ」
「え……だって、もっと時間がかかるって」
しゃくりあげながら、純子はがらがらになった声で聞きます。
「それが、こいつ」
と、おじちゃんは、横にいた、純子の知らないおじさんを指差しました。こ
の人が化石の専門家で、谷林という人みたいです。
谷林のおじさんは、まん丸の眼鏡をかけた顔で、にっこりと笑いました。
「谷林のおじさんが、急に予定が空いてね。こちらに来ることができるとなっ
たんだ。それで、列車を乗り継いで、純ちゃんのお家に来てみたら、純ちゃん
がいないと分かった。靴がなかったからね。それはもう、大騒ぎだよ」
純子は、自分の足下を見つめました。
「それで、すぐに純ちゃんの部屋を見てみてら、ちゃんと着替えた様子がある。
これは自分から家を出て行ったんだと判断して、おじいちゃんと谷林のおじさ
んが、外に探しに出たんだよ。お父さんとお母さんには、念のために家に残っ
てもらったんだ。誘拐かもしれないと、あわてていたからね」
「ご、ごめんなさい。心配かけちゃって……」
「今はいいんだ。あとで、お父さんお母さんに謝りなさい。さて、話の続きだ
が、私が真っ先に思い付いたのは、化石のことだった。だから、すぐにこちら
へ来たんだ。そうしたら、純ちゃんの悲鳴が聞こえるじゃないか。かすかだっ
たけど、絶対に間違いない。だから、谷林のおじさんに警察への通報を頼んで、
私は純ちゃん、おまえを助けにがんばったというわけさ」
「……おじちゃん!」
おじいちゃんに抱きつく純子。ふわっと、だけども、しっかりと受け止めて
もらえました。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
「いいんだ、いいんだ。さあ、もう泣きやんでおくれ。もうすぐ、お母さん達
が来るはずだからね」
それを合図にしていたかのように、もう一台、パトカーがやって来ました。
その車の中に、お父さんとお母さんの姿が見えました。
最初に思っていたほど、お父さん達からは怒られませんでした。逆に、お父
さんやお母さんが泣くのを初めて見て、純子の方がびっくりしてしまったぐら
いです。お父さんとお母さんがどうして泣いたのか、まだよく分からないので
すが、とにかく、純子は謝っておきました。
「大丈夫だったの?」
中森君が聞いてきました。二回目の登校日の帰り道です。
「うん。ひざをちょこっと、すりむいただけ」
スカートのすぐ下のひざ小僧に、少し茶色くなった、けがのあとがあります。
「結局さあ、あの太田って奴は、何をしていたんだ?」
木下君が、不思議そうに聞いてきました。その隣の鳥井君も、それを教えて
ほしいとばかり、首を何度も縦に振っています。
「おじいちゃんから聞いただけなんだけど」
そう前置きして、純子は始めました。
「化石のあるあの場所にね、昔、人の骨を埋めたんだって、あの太田って人」
「人の骨……がい骨のこと?」
ぎょっとした表情になる男の子達。何となく、純子はおかしくなりました。
「うん、そうみたい。昔ね、太田は嫌いな人を殺しちゃって、その人をどこか
に隠そうとして、あの土地に埋めたんだって。それを、私達が掘り返していた
でしょ。あわてちゃったみたい」
「そうかあ、その人の骨が見つかったら、問題になるもんね」
川上君は、納得した風にうなずきます。
「だからこそ、太田はあの土地を発掘させないようにと、あんな囲いをしたん
だって。それで、私達やおじいちゃんが、無理にでも掘り返そうとするような
態度を見せたから、向こうもあせったのかしら。工事の予定を無理に入れてき
たでしょ。工事して、建物の土台を作ってしまったら、人の骨はもう見つから
ないんだから」
「なーるほど」
「それでも安心できなくて、あの夜、こっそりとあそこに行って、人の骨を掘
り返そうと考えたみたい。それでまた、別の場所に埋めるつもりだったのよ」
「ふーん」
「警察の人達も、あきれてたみたい。あのままにしておけば、見つからなかっ
たろうに、わざわざ掘り返すなんて、よっぽど恐がっていたんだろうって」
「とにかく、何もなくてよかった」
中森君が言いました。
「ところで、あそこはどうなるんだろう? また掘れる?」
「それがねえ」
含み笑いをする純子。まだ、新聞やテレビにも出ていない、ニュースがある
のです。いいニュースが。
「事件なんだから、当然、警察が、あそこを調べるでしょう。それで、死んだ
人の骨を取り出すために、立入禁止になっちゃってるの」
「それじゃあ、だめじゃないか」
男の子達は、一様にがっかりした顔になります。
純子は、いよいよ、いいニュースを話そうと決めました。
「そうじゃないったら。いい? その作業をしている途中で、すごい物が見つ
かったんだから」
「すごい物って?」
「今は写真だけだけど……」
胸ポケットにしまっておいた、一枚の写真を取り出す純子。白黒写真ですが、
何かとがった、三角状の物が写っています。
「これ、何だ?」
木下君が首をひねっています。
「ちっぽけな石ころにしか見えない」
鳥井君が、不満そうに純子の顔を見てきます。
「これがすごい物って言うんなら、多分、恐竜に関係してるんだろうけど……」
川上君は思案顔です。
そして、最後に中森君。
「……よく分からないけど、これって、歯じゃないのか? 恐竜の歯!」
「当たり!」
拍手しながら、純子は飛び上がりました。
他の四人は、最初、驚いた顔をして、それから興奮してきたようです。
「まじ? すごい!」
「本当に、恐竜、いたんだ」
「アンモナイトにあった歯型と一致するのかな?」
そんな声が飛び交います。
「よく見つけたなあ、こんな小さい物」
中森君が、感心した風に言いました。
「それはね。おじいちゃんと谷林のおじさんのお手柄なの。特別に、調査の現
場に立ち会わせてもらって、警察の人が掘り出した土とか岩のかたまりの中か
ら、これを見つけたって。これが出てきたおかげで、事件の調査がすめば、本
格的に発掘できるみたい」
「へえっ。石原さんも、恐い目をしたかいがあったんだ」
「そうよ」
きっぱりと、純子は言い切りました。
「この化石が、夢の中で、私に教えてくれたの。悪い奴をやっつけて、恐竜の
化石を見つけてくれってね!」
そうして、五人の頭の中で、恐竜の勇姿が、どんどん大きくなっていくので
した。
−−おわり