#3394/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/ 1 0:19 (200)
化石の鳴き声 5 永山智也
★内容
「分かるよ、もちろん。それで、何?」
「あれからおじいちゃん、専門家の人を呼びに、出かけていったの」
「素早いなあ」
「それで、帰ってくるまでは無茶なことしないようにって言われてるんだけど、
やっぱり、心配になってきちゃって」
「太田って人が、予定を早めるかもってことかい?」
「そう。だけど、ずっと見張るわけにもいかないでしょ。どうすればいいのか
なって、相談したくて」
ここで純子は、一度、お母さんのいる部屋の方を振り返りました。何も気付
いた様子はありません。これで安心して、話を続けられます。
「相談と言われても……難しいなあ。でも、多分、大丈夫だよ」
「どうして、そう言えるの?」
「だって、太田開発の人は、僕らが大人しく引き下がったと、信じていると思
うんだ。信じている内は、予定を早めるなんて、しないんじゃないか」
「言われてみれば……それもそうね」
目の前に中森君がいるかのように、純子はうなずきました。けれど、少しだ
け、不安は残ったままなのですが。
「あんまり、心配したって、しょうがないよ。今はさ、君のおじいちゃんが専
門の人を連れて来てくれるのを、待つしかないと思う。そのあと、工事中止に
なるように、僕らも力を合わせなきゃ。ね?」
「うん、そうよね」
純子が言ってから、しばらく静かになりました。
「……石原さん、もう、慣れた?」
「え?」
「い、いや、学校には慣れたのかなって」
電話を通じて、中森君の照れた様子が伝わってくるようです。
ほほえみながら、純子は答えます。
「ありがとう。うん、もう慣れたよ。もう少し、友達、増やしたいんだけど」
「僕らがいる」
「あは、そうじゃなくて、女の子の方の友達。何だか知らないけど、うまくい
かなくて」
「女子のことは……分からないや」
多少、ぶっきらぼうな台詞。でも、こちらのことを考えてくれる気持ちは、
充分、伝わってきました。
「まあ、もうしばらく、がんばる。友達は作るんじゃなくて、なるものだって、
テレビのドラマでやっていたし」
「あ、そのドラマ−−」
中森君も同じドラマを見ていたようです。それからしばらく、ドラマの話題
で盛り上がってから、話は終わりました。
最初、かけようと思った目的とは別の意味で、純子は、電話してよかったと、
楽しい気分になれたのでした。
そのあと、純子は、わずかに残っていた不安を吹き飛ばそうと、頭を強く振
りました。
夜です。純子みたいな小学生にとっては、もう寝る時間。
ここに越してきたばかりの頃、純子はなかなか寝付けない夜が続きました。
前と比べて、あまりにも静かすぎるからです。意識していなかったのですが、
少しぐらいの騒音があった方が、ぐっすりと眠ることができるみたいなのです。
それも、最近になって、純子も慣れました。以前と同じように、普通の日な
らば、ベッドにもぐり込んでから十分以内に、たいてい眠たくなってきます。
ところが、今夜は違いました。なかなか、眠たくなりません。夏休みに入っ
て、少し不規則な生活になっていること、それに恐竜の化石のことの二つが、
眠れない原因なのでしょう。
それでも、目をつむっていると……。
(何、これ?)
純子の目の前に、白い、大きな物がありました。とても近くにあるので、何
なのか、さっぱり分かりません。
純子は、その白い物を遠ざけようと、ぐっと押してみました。でも、びくと
もしません。両手で力一杯、一生懸命に押しても、同じです。
(あ、そうか。私が下がればいいんだ)
簡単な解決方法を思い付くと、純子はすぐに実行しました。そろりそろり、
後ろ向きに下がります。
ところが、下がっても、下がっても、なかなか、白い物の全体は見えません。
どうにか、白い物がいくつもあって、それらが組み合わさっているとだけ分か
りました。
かなりの距離を歩いて、やっと、純子は全体像を見ることに成功しました。
「あ!」
白い物の正体を知ったとき、そんな驚きの声が、勝手にこぼれます。それほ
どの感動を与えてくれるのは……。
「恐竜の化石! すごい!」
それは首長竜の化石でした。何という名前か分かりませんが、長い首に、大
きな前びれ、カメのような胴体は、首長竜に違いありません。
(おじいちゃん、首長竜とか海竜は、恐竜じゃないって言ってたっけ。恐竜の
仲間なんだって。でも、首長竜だって、立派な恐竜だと思うわ)
そんな言葉を心でつぶやきながら、純子は再び、化石へと近付きました。手
でなでてあげたくなったのです。
あと少しで手が届こうかというとき−−。
「あ、あっ」
首長竜の左前びれに、ひびが入ったのです。あわてて、純子は駆け寄りまし
た。そっと両手で、ひび割れた部分を包みます。
でも、でも……。
ぱらぱらと音を立て、純子の手から、細かくくだけた骨がこぼれ落ちました。
「……」
言葉をなくし、首長竜を見上げる純子。
次の瞬間、化石全体に、ひびが入り始めました。細かな粉があちこちから降
ってきて、純子の肩にもかかります。もう、どうすることもできません。
純子は泣きそうになりながら、何とかその場を離れました。
そして、崩壊。
首長竜の化石は、今や、粉々に砕け散って、元あった場所に、うず高い山を
作っていました。
「首長竜が……死んじゃった」
ぼう然。次に、自分の身体が痛みを受けたように、純子の気持ちは、張り裂
けそうになっていきます。
「いやあっ!」
身体を起こすと、真っ暗な部屋の中にいるんだと、純子は気付きました。
目は覚めました。そう、夢だったのです。
「夢……」
胸の前で掛けぶとんの端っこを握りしめながら、純子はぽつりとつぶやきま
す。
「夢で……よかった」
安心できたせいでしょう。深いため息をつくと共に、純子の右目からは一粒、
涙がこぼれていました。こぼれた涙は、ふとんの布に、小さな染みを作ります。
(嫌な夢……。どうして、あんな悪い夢を見たの?)
純子は、自分に腹が立ってきました。好きな化石の夢を見るのはいい。だけ
ど、それが壊れるところなんて、見たくない。
(もしかして……正夢?)
よくない想像が、純子の頭に浮かんでしまいました。いくら彼女自身が打ち
消そうとしても、それは勝手に、どんどん悪い方へと広がっていきます。まる
で、大雨の前の黒雲のように。
「いけない!」
一声、短く叫ぶと、純子はベッドから飛び降りました。そして、そのあとは、
音を立てないように、準備を始めました。
何の準備?
(あそこに行ってみないと……)
そうです。この夜中、純子は秘密の場所に行こうと決めたのです。
着替えてから、純子は懐中電灯を探しました。部屋の明かりをつけては、お
母さんやお父さんに気付かれるかもしれないので、暗いまま探します。机の隅
っこに、懐中電灯はありました。
「電池、よし、と」
ほんの一瞬、試しにスイッチを入れてみると、ちゃんと明るい光が出ました。
懐中電灯をしっかりと両手で握り、純子は部屋を、そっと抜け出しました。
思ったより、夜道は暗くありませんでした。懐中電灯はもちろんのこと、外
灯がある上に、天には自然の明かりがあるからです。空に輝く星々は、都会の
夜空とは比べものになりません。銀色にきらめく星に、手が届きそうなぐらい。
純子は、後ろの方を、ずっと気にしています。両親のことも気になりますし、
誰かにつけられているのでは、という恐怖心もあるかもしれません。
秘密の場所は、昼間よりも、ずっと遠くにあるような気がしてきます。歩い
ても歩いても、見慣れた光景は目の前に現れません。
実際、いつもより時間がかかって、純子は目的の場所にたどり着きました。
転ばないよう、慎重に坂を歩き、とげとげの針金で囲われた土地の手前に来ま
した。
がさっ!
不意に、そんな音が。
全身を震わせた純子は、声を上げそうになりました。けれど、何とか声を飲
み込んで、しゃがみ込みます。
立入禁止になっている土地の中に、誰かいるらしいのです。でも、暗くて誰
なのかは、分かりません。かといって、懐中電灯を向けては、こちらのことを
気付かれてしまうでしょう。気付かれてはいけないと、純子はじっと闇を見つ
めました。
星のおかげで、ぼんやりと、人影が浮かんできました。何かの道具を持って、
地面を掘り起こしているみたいです。さっきの音も、地面を掘る音だったので
しょう。
(……太田……さんだ)
純子は、人影の正体を知りました。
まず最初に、あの人がここにいるのなら、何も不思議じゃないなと思いまし
た。自分の土地に入っても、誰も文句を言うはずありません。
でも、すぐに変だなと、純子は感じました。
(どうして、あの人が地面を掘っているのかしら? こんな夜中に、一人で…
…。工事を始めた? まさか。あの人自身が働くんじゃないんだろうし、こん
な夜に掘り返すなんて、信じられない。
だったら……。あの人、口ではあんなことを言っておきながら、本当は化石
もほしかったのかな? だから、こんな夜、こっそり、堀に来た……)
そこまで考えた純子でしたが、すぐに首を振りました。
(ううん、そんなのって、ないわ。それなら、この場所を工事するのをやめれ
ばいいのよ。たとえ、化石を自分一人の物にしたいとしても、工事さえ中止す
れば、こんな真似しなくてすむもの。絶対、おかしい)
どう考えても、太田がこんなことをする理由が見つかりません。純子は、わ
けが分からなくなりました。
頭の中が混乱してしまったためでしょうか、ふっと、心にすきが生まれてい
ました。かすかに動かした左足が、小石を蹴飛ばしてしまったのです。
(また、やっちゃった!)
心の中、叫ぶ純子。
運悪く、小石の音は、太田に気付かれてしまいました。
「誰だ? 誰かいるのか?」
太田は、意外と低い声で言いました。人目を気にしているのかもしれません。
そして、言いながら、懐中電灯を向けてきました。
純子は身体を小さくしたつもりでしたが……。
「おい、そこにいるの、誰だ?」
簡単に見つかってしまったようです。
身体が震え始めました。我慢しようと思っても、できません。かたかた、音
が聞こえてくるほど、震えが続きます。
「顔を見せろ」
冷たい声がしました。
純子は、叫びたくてたまりません。だけど、声が出せないのです。
(逃げなきゃ。とにかく、ここから逃げないといけない!)
強く念じる純子。それがおまじないとして効いたのかもしれません。身体の
震えは収まり、自由に動けるようになったのです。
ばっ、と、一気にかけ出す純子。
その背中で、何か金属的な音がしました。続けて、あわてたような声で、
「ま、待て!」
という叫び。
高いところと低いところとの差が激しい坂を、純子は転がるように上り下り
し、必死に逃げます。そのすぐ後ろ、足音がどんどん近付いてくるようで、た
まりません。
その恐い気持ちをおさえて、あそこを越えれば、という位置まで来た純子。
ところが、大人の歩幅は、やはり違います。
「きゃっ!」
急に、右足を引っ張られるのを感じました。純子が恐る恐る振り返ると、太
田の手が、純子の足首をつかんでいるのです。
「いや、放して!」
「おまえは……昼間の子供だな」
太田の顔が、みにくくゆがんだようです。と同時に、純子の足首をつかむ手
に、一気に力が加わりました。純子の身体は引っ張られ、ずるずると下ろされ
てしまいました。
太田は顔を近付けてくると、気味の悪い笑みを浮かべて言いました。
−−つづく