#3393/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/ 1 0:16 (200)
化石の鳴き声 4 永山智也
★内容
そのとき、我慢できなくなったかのように、中森君が叫びました。
「化石だよ! 恐竜の化石があるんだ」
「化石だって?」
理解できないという風に、太田は首を何度も横に振っています。
「あんた、学者か何かか?」
「学者には違いありませんが……化石は専門外でして」
素直に、おじいちゃんは打ち明けました。
太田は、ほっとした表情になって、声を大きくしたようです。
「はっ! 素人か。全く、あんたらみたいなのが、一番、質が悪い。−−大昔
の動物の骨なんか、探してどうするんだ?」
「それだけで、充分に素晴らしいことじゃありませんかな」
おじいちゃんは、両手を広げました。
「太古、我々の全く知らぬ巨大生物が生きて、この地球を我が物顔に独占して
いた。その証拠である化石が、この下に眠っているかと想像するだけで、楽し
くなってくるんですがね、私なんかは。この子供達だってそうですよ」
純子達五人を示すおじいちゃん。
「どうか、ここを発掘する許可をいただけないものでしょうかな」
おじいちゃんが頭を下げました。
ところが、太田は鼻で笑ったのです。純子は、ますます腹が立って、仕方が
ありません。
(何よ。どうして、分からないの。恐竜や化石の素晴らしさを
「残念ながら、私は現実主義でね」
口元をゆがめながら、太田は続けます。タバコを取り出すと、口にくわえて
から、火を着けました。
「そんな金にならない化石なんて物に、興味はない」
「恐竜の化石が見つかれば、この町も有名になりますよ、きっと」
「見つかればの話じゃないか。あやふやな話に、耳を貸す余裕はない」
「根拠はあるんですぞ」
さすがのおじいちゃんも、段々と熱くなってきたみたいです。表情が厳しく
なり、額に浮かぶ汗は、夏の日差しのせいばかりではないでしょう。
「ここで見つかったアンモナイトの化石……そこには、恐竜の歯型と思われる
穴があったのです」
「いい加減にしてくれ」
有無を言わさぬ態度とはこのことです。太田は、一喝してきました。
「何と言われようとも、ここは私の土地だ」
タバコの灰をまき散らしながら、太田は強く主張します。
「私が全ての権利を握っているのだ。その私がだめだと言ったらだめなんだ。
いいですかな、今後、ここへの立ち入りは一切、認めない。まあ、すでに持ち
出した、アンモ何とかの化石ぐらい、差し上げましょう」
これで充分だろう。太田の表情は、そんな風に見えました。
「どうしても、ですか」
おじいちゃんは粘ります。背中から、純子達も応援です。
「どうしても、だ」
太田はタバコの吸殻を地面に落とすと、足で踏み消しました。
「そんなに反対するからには、この土地には、差し迫った開発の予定があるの
ですか?」
おじいちゃんは顔をしかめながら、聞きます。
「……いや、差し当たってはない。いずれ、立派な建物を建てるつもりだがね。
何にしても、あんたらみたいな素人に掘り返されるのは、我慢ならないんだよ。
昔、開発中に、こんなことがありましてねえ。土地をならしているときに、何
とか時代の古ふんが見つかって、そこの教育委員会が開発にストップをかけて
きた。おかげで我が社は大損害をこうむった。もう二度と、あんな目にあうの
はごめんだね」
「文化、あるいは社会に貢献したことは、世間が認めていますよ」
「そんなこと、一文にもならない。百の尊敬よりも、一円の方がありがたいね、
私にとったら」
とりつく島がありません。太田は、純子達を追い払う仕種を始める始末です。
「さあさあ、帰ってくれ。あんまりしつこいと、警察を呼びますよ。不法侵入
には違いないんだ」
「何よ、人を泥棒みたいに!」
とうとう、純子も堪忍袋の緒が切れました。
「あなたなんか、偉そうにしたって、本当はちっとも偉くないって分かるわ。
恐竜の化石が見つかるなんて、特に日本では、すごいことなんだから。それが
分からないなんて!」
太田の顔色が変わりかけました。
そのとき、おじいちゃんが−−。
「やめなさい、純子」
「だって」
純子は意外に思いながら、おじいちゃんの顔を見上げます。
おじいちゃんは、だまって首を振りました。そして、太田へ視線を向けます。
「分かりました。完全にあきらめたわけじゃありませんが、今日のところは帰
ります」
「完全にあきらめてくれなきゃ、困りますな」
あきれたような太田。
「まだ手段はありますぞ。脅すようで気が引けるが、あなたのお嫌いな教育委
員会を動かすという手が」
おじいちゃんは、低い声で言いました。
太田は、ふんと鼻を鳴らしただけです。
「地主と喧嘩したくないので、もう一度、考えてくれるよう望みます」
「……本当にしつこいね。まあ、いいさ。ここは私の土地だ」
そう言って、また、追い払う手つきをする太田です。
純子達は、渋々、坂を上り始めました。
「太田のおじさん!」
坂を上がりきったところで、純子は叫びました。わざと、嫌味たっぷりな調
子です。
下で仁王立ちしている太田が、何だという感じに見上げてきます。
「タバコの吸殻、投げ捨てたらいけないんだから!」
純子はそう言って、思い切り舌を出してやりました。少しだけ、胸がすっと
したような気がします。
隣では、中森君達男の子も、純子と同じようにしていました。
秘密の場所への出入りを禁じられてから二日後のことです−−。
「あ!」
再度、話を聞いてもらうため、とりあえず、あの場所へ向かった純子や中森
君達、それにおじいちゃんは、思わず、声を上げてしまいました。
いつの間にやったのでしょう。秘密の場所は、とげとげのある針金で囲われ
ていたのです。手前には、何かの立て札が見えました。
「何て書いてあるの?」
純子が聞くと、おじいちゃんはしばらく立て札に目をこらし、やがて、
「ここは太田開発の持ち物だから、入るには許可を得ること。そういう意味の
ことが書いてある」
と、教えてくれました。
「その上……何てことだ」
続けようとしていたおじいちゃんが、だまってしまいました。
「どうしたの?」
「……いや、よくない話だよ。えーっと、十二日後か。十二日後に、ここに建
物を建てるための基礎工事を始めると、書いてあるんだ」
「ええっ?」
みんな、いっせいに声を上げます。
「ここ、壊されちゃうの?」
「あ、ああ。恐らく、鉄の柱を何本も、土に突き刺すだろうから……化石が傷
つけられる可能性は大きいな……。運よく、化石が無事だったとしても、発掘
を続けることは、ほとんど不可能になってしまう」
苦しそうに、うめくように、おじいちゃんは言いました。
「そんな! 前は、工事する予定なんかないって、言っていたのに」
「分からないな……。嫌がらせとしか思えんよ。ひどいことをする」
「何とかならない?」
子供達みんなで、おじいちゃんを取り囲むようにして、頼みます。
おじいちゃんは、あごひげを触りながら、思案げです。
「うーむ、難しいな……。だが、私もこのままだまっている気は、毛頭ないよ。
もう、知り合いの専門家に電話連絡もしたんだし」
その専門家の人が来るまでは、もう少し、日にちがかかるそうなのです。
「それまで、工事を中止させないといかん」
「乗り込むとか?」
木下君は、やる気満々のようです。
それを、おじいちゃんはおだやかに押しとどめます。
「いやいや。この間の太田さんの様子じゃあ、これから押しかけて、話し合い
をしたところで、いい結果は導き出せんだろうな。それよりも、なるべく早く、
知り合いの専門家−−谷林と言うんだが、彼に来てもらって、正確かつ正式な
判断を示してもらおうと思う。それを材料にしてだね、この町に関わっている
教育委員会なり何なりを動かし、工事中止命令を引き出したいと考えておる」
「それに成功すれば、化石は発掘できるんですね?」
川上君は、元気を取り戻したような声で言います。
「そういうことになるな。なあに、心配はいらんよ。十二日間もあれば、充分、
間に合うはずだよ」
おじいちゃんは、胸をどんと叩きました。
おじいちゃんは、予定を変更して、一度、純子の家を離れることになりまし
た。もちろん、専門家の谷林という人に会うためです。谷林さんは忙しくてこ
ちらに来れそうもない。ですから、おじいちゃんの方から出向くことにしたわ
けです。
「何を一生懸命になっているんです?」
あきれ顔なのは、お母さんです。それはそうでしょう。お父さんがいない昼
間に、突然、おじいちゃんが帰ると言い出したのですから。理由をたずねてみ
ても、あまりはっきりしませんし、お母さんにはお母さんの事情があったに違
いありません。
だけど、今はそんなこと、気にしている場合ではありません。純子は、おじ
いちゃんの味方です。
「すっごく、大事なことよ。お母さん、前に言ってたよね。『自然がいっぱい
あって、いい町ね』って」
「言った覚えはあるけど、それが何か、関係があるの?」
やれやれという風に、お母さんは純子を見てきます。
純子は、自信を持って答えました。
「その自然を守る意味もあるのよ、おじいちゃんや私達がしようとしているこ
とって」
「とても、そうは思えないんだけど」
ため息まじりに言ったお母さん。どうやら、とうとうあきらめたようです。
腰に両手をあてると、
「止めたって、むだみたいですわね。分かりました。おとうさま、純子に無茶
をさせないでくださいよ」
と、お願いを始めます。
「分かっとりますよ」
陽気に受け合うおじいちゃんです。
「それに、今のところ、私一人が動き回るだけですからな。安心しといてくだ
さい。純ちゃん、おじいちゃんが帰ってくるのは明日になると思うけど、それ
まで、無茶はしないようにね」
「うん」
おじいちゃんに余計な気をつかわせたくないこともあって、純子は元気よく
返事。でも、心の中では、ちょっとぐらい、あの秘密の場所へ様子を見に行き
たいなと考えているのですが。
電話で呼んだタクシーに乗って、おじいちゃんは駅へと向かいました。
その車を見送ってから、純子は一人、部屋に入りました。おじいちゃんに言
われた通り、大人しくしていようと思うんですが、どうにも落ち着きません。
その内、居ても立ってもいられなくなってきました。
(こうしている間も、あそこの土が、もう掘り返されてるんじゃないかって、
思えてきちゃう)
学級名簿を調べて、純子は一人の名前を見つけました。中森明弘君の名前で
す。指をすっと横にずらし、電話番号を確認。その数字を暗記してから、純子
は、そっと電話のある廊下へと出ました。お母さんに内緒で、電話したい。話
を聞かれると、ややこしいかなと考えたからです。
受話器を取り上げ、ゆっくりとボタンを押していきます。ボタンを押すたび
に、小さな音がします。聞こえるはずないんですが、その音さえお母さんに聞
こえるんじゃないかと、びくびくしてしまいました。
加えて、初めての家に電話するというのが、緊張を呼びます。
とぅるとぅる。呼出し音が何回か続いたあと、がちゃっ耳障りな音が。
「あ、あの、中森さんですか」
あわてて言った純子の言葉と、向こうの、
「はい、中森ですが」
という言葉が重なって、わけが分からなくなります。その次の瞬間には、つ
い、二人ともだまってしまいました。
「……あの、中森君?」
さっきの聞き覚えある声から、中森明弘君本人が出たのだと判断し、純子は
そう聞いてみました。
「そうだけど……」
すぐに返事がありました。そして続けて、聞いてきます。
「……ひょっとして、石原さん?」
「あ、そうよ。分かる?」
声だけで気付いてくれた。純子はうれしくなりました。
−−つづく