#3391/5495 長編
★タイトル (AZA ) 96/ 9/ 1 0:10 (200)
化石の鳴き声 2 永山智也
★内容
「ふうん」
純子は、他の三人の顔を、一通り見渡しました。みんな、得意そうな顔をし
ている感じに見えます。
「でも……あ、怒らない?」
途中でせりふを止めて、純子は男子達の顔色をうかがってみました。
「怒らない、よっぽどじゃない限り」
代表する形で答えたのは、中森君。
「ほんと? じゃあ、言うね。このアンモナイトだけで、いきなり恐竜の化石
を目標としているの?」
「無茶だと思う?」
と、中森君。
「無茶とまでは言わないけれど……。恐竜の化石って、そう簡単に見つかる物
じゃないって、本に書いてあったから」
純子は中森君の顔を見ました。どうしたことでしょう、彼は口元に笑みを浮
かべているじゃありませんか。いいえ、彼だけじゃありません。川上君、木下
君、鳥井君もゆかいそうなのです。
純子は、不思議に思って、重ねてたずねました。
「何かおかしいこと、私、言った?」
「そうじゃなくて」
中森君は、常にやさしい口調です。
「川やんに、もう一度、アンモナイトの化石を見せてもらいなよ。そうしたら、
多分、分かるからさ」
言われるがまま、純子は川上君に化石を出してもらいました。
「持ってみていい?」
「落とさないで」
そう言われると、かえって緊張してしまうもの。そこで純子は、手にした化
石をすぐに地面に置きました。こうすれば、手が震えても関係なく、化石を観
察できます。
じっと見ている内に、純子はあることに気付きました。アンモナイトのとこ
ろどころが、欠けているのです。それも、小さな穴がいくつか開くような感じ
なのです。
「−−この穴、ひょっとして、歯のあとじゃないの? 恐竜の歯型……」
「ぴんぽーん」
木下君と鳥井君が、声を揃えて言いました。実に、にぎやかな調子です。
それを受けて、川上君。
「僕らもそう思っているんだ。ちゃんと調べたんじゃないんだけど、その穴が
恐竜の歯型だと信じて、こうして掘ってる。いつか、恐竜の化石を見つけるん
だぞってね」
説明を聞いて、純子も、とてもわくわくしてきました。今、自分が踏みしめ
ている大地の下に、恐竜の化石が眠っているかもしれない。大昔、自由に動き
回っていた、大きな生き物が……。
「ね、ね。アンモナイトをかんだってことは、えーっと、モササウルスだった
かしら? そういう名前の恐竜になるのよね」
「それか、イクチオサウルスのような種類かもって、僕らは考えてるんだ」
胸を張るように言う中森君。その一方で、純子が恐竜について思いのほか、
くわしいことに、おどろきをかくしていません。
「お昼、食べたの?」
純子は、自分がまだお昼ご飯を食べていなかったことを思い出して、みんな
に聞いてみました。
「あ、そろそろ、家に一回、帰らないと」
鳥井君が叫びました。どうやら、お母さんが恐いみたいです。
他の男の子達も似たようなものらしく、あわてて、放り出していたかばんと
か手提げに飛び付きます。
「石原さんも、帰るんだろ?」
純子はうなずきました。
「今日は、二時ぐらいにまた集まるつもりなんだ。よかったら、見に来ない?」
「ぜひ!」
中森君がさそってくれて、純子は思わず、大きな声で返事しました。
(化石かぁ……何だか、面白くなりそう)
色々と空想しながら、純子はみんなと一緒に、坂を上り下りし始めました。
その日の夕方、純子はお母さんから、しかられてしまいました。
「珍しく、外で遊んできたかと思ったら、こんなどろんこにしてくるなんて。
いったい、どうしたの?」
そうです。お昼ご飯を食べてから、すぐにまた、化石があるかもしれない、
あの秘密の場所に行った純子は、一緒になって掘ってみたのです。
最初、服が汚れないように注意していたんですが、だんだんと夢中になって、
気にしなくなったのです。というのも、化石が見つからなくても、ミミズとか
虫とか、前の街では簡単には見られなかった生き物が出てきて、あきが来ない
というわけです。
このことを話せば、多分、許してもらえるでしょう。だけど、話してしまう
と、秘密の場所がどこなのかも言わなくてはならないかもしれません。そんな
考えがあったので、純子は言い出せないでいました。
「どこで何をしていたの?」
さっきから、お母さんは同じ質問ばかりくり返してきます。お母さんは純子
に、「元気よく遊びなさい」と「女の子らしくなさい」という、同時にやるの
はとても無理な言いつけをしてくるのです。
「なぜ、答えられないの、純子。だまっていないで、何とか言いなさい」
「……」
純子がだまり続けていると、助けの声が入りました。
「いいじゃないか。ちゃんと約束の時間には、家に戻って来たんだろう?」
お父さんです。いっつも、つかれたつかれたと言っていますが、こういうと
き、純子の味方になってくれるから、大好きです。
「それはそうですけど……」
「ここは車も前ほど多くないし、外で遊んで、どろんこになって帰ってくるぐ
らいが、ちょうどいいんじゃないか。君だって言ってたろ、引っ越してくる前
は、環境がよさそうで気に入ったって」
「……まあ、いいですわ」
お母さんは、めんどうになったのか、途中であきらめてしまいました。
純子とお父さんは、顔を見合わせて、にっこり。
夕食の時間になりました。こちらに越してきてからは、三人そろって食べら
れるようになりました。純子だけでなく、みんなうれしいと思っているに違い
ありません。
「そうそう、おとうさまが来るの、今度の土曜日に決まったわ」
お母さんが箸を止めて言いました。
純子はいつもおかしく思います。お母さんが言う「おとうさま」とは、純子
にとってはおじいちゃんなのです。それなのに、お母さんは「おとうさま」と
言ったり、「おじいちゃん」と言ったりする。ときどき、純子は頭がこんがら
がってしまいます。
「そうか。元気にしてたかな?」
お父さんがお母さんに聞きました。お父さんは、食べながら話をします。
「電話がふるえるくらい、大声だったわよ」
「はは、相変わらずだな。まあ、何よりだ」
「おじいちゃんが来るのね?」
割って入る純子。二人で勝手に話をされて、少し、面白くなかったせいもあ
ります。だけど、おじいちゃんが好きだから、早く、そのことを確かめたい気
持ちもありました。
「おお、そうだよ。いつもの通り、一週間ぐらい、いられるはずだ。だから、
精一杯、甘えなさい」
お父さんは笑っています。
(おじいちゃんにとっては、いい迷惑じゃないかしら)
と、純子は覚えたばかりの言葉を、心の中で使ってみました。
それはともかくとして、おじいちゃんが来るなんて、タイミングがいいわと、
純子は思いました。
なぜって、おじいちゃんは、色々と古い物について知っているのです。若い
ころ、「いせき」とか「古ふん」とかいう勉強もしていたんだと、教えられて
います。
「古ふん」と化石は違うことぐらい、純子も分かっていましたが、同じ地面
を掘り返すのだから、何か教えてもらえるかもしれないと、今から期待してし
まって仕方がありません。そもそも、純子が化石や恐竜に興味を持ったのだっ
て、おじいちゃんが話をしてくれたからなのです。
土曜日が来るのが、待ち遠しくてたまらない。純子は、その日まで、中森君
達には内緒にしておこうと、決めたのでした。
金曜日、別れ際に、純子は中森君に断っておくことにしました。
「今度、大人の人を連れて来てもいい?」
「大人?」
手をはたいていた中森君は、その動きを止めました。そして、視線を向けて
きます。いつもより、ちょっとだけきびしいように感じられました。
「誰だい、その大人って」
「私のおじいちゃん」
視線をそらして答える純子。そして、そろそろと視線を戻し、相手の顔色を
うかがってみます。
「おじいちゃん……。どうして、石原さんは連れて来たいの、その人を?」
「私に恐竜とか化石のことを教えてくれたの、おじいちゃんなの。川上君が持
っているアンモナイトの化石を見てもらったら、何か分かるかもしれないし」
「そういうことなら、いいと思う。他のみんなも文句ないだろう」
中森君が笑って受け入れてくれたので、純子もほっとしました。どたんばぎ
りぎりだったけど、確認しておいて、やっぱりよかったと思います。
そして、待ち望んでいた土曜日が来ました。その朝、約束していた九時ちょ
うどに、純子のおじいちゃんは、純子の家にやって来たのです。
「大きくなったなあ」
純子が姿を見せると、おじいちゃんはそう言って、手を大きく広げました。
胸に飛び込むと、軽々と抱きかかえられてしまいます。六十いくつになるおじ
いちゃんですが、元気いっぱいで、髪もひげも黒々としています。特に、ひげ
はお父さんのと違って、ふわふわしていて、くすぐったいくらい。
「おじいちゃん、お願いがあるんだけれど……」
来たばかりなので、さすがに遠慮がちに純子は言いました。
「ほお、何だね?」
純子を下ろしてくれながら、おじいちゃんは笑みを浮かべて聞いてくれます。
「これ、いきなり何を、わがまま言ってるんです」
お母さんから注意されてしまいました。味方になってくれるお父さんは、今
日も会社で、今はいません。
「休んでもらわないと、おじいちゃんが疲れちゃうでしょうが」
「私はかまわないんだが、礼子さん」
おじいちゃんは、純子のお母さんを名前で呼びました。このときも、純子は
何か変に感じてしまいます。ですが、今はそれどころじゃありません。
「おじいちゃんも言ってる」
お母さんへ抗議。
でも、今朝のお母さんは、簡単には引き下がりませんでした。
「休んでいただかないと、あとで何を言われるか分かりませんから。さあ」
お母さんはおじいちゃんの肩と手をにぎると、強引に家の中へと招き入れて
しまいました。
「もうっ」
玄関先に一人残された純子は、ほっぺたをふくらませました。けれど、もう
どうしようもなかったので、仕方なく、自分も家の中へと戻りました。
お母さんが家事に取りかかるまでの間、それは長かったです。お茶を出した
り、世間話というものをしてみたりと、おじいちゃんと一緒にいようとしてい
るみたいに思われてくるほどでした。
お母さんが部屋を出て行き、おじいちゃんが一人になったところを見はから
って、純子は行動を開始しました。
「おじいちゃん、さっきの続きだけど……」
「おお、純ちゃん」
おじいちゃんは、純子のことをいつもそう呼びます。
「聞いてあげるよ。さあ、話してごらん」
そしておじいちゃんは、いつまでたっても純子を、小さい小さい子供だと思
っているみたいです。純子は、小学校に入る前から、ずっと同じような口の聞
き方しかしてもらえません。
(小学四年生になったんだから、もう少し、『おとな』として扱ってほしいわ)
純子はよく、そんな願いをします。口には出しませんが。
「これね、内緒なんだけど」
「内緒なら、おじいちゃんも誰にも話さない。約束しよう」
「ここって、近くに山がいっぱいあるでしょう?」
「うん、あるねえ」
おじいちゃんは、窓の外の景色を眺めました。
「それで、その中の一つの、ある場所で、私達、化石を掘ってるの」
「化石だって。そりゃあ、すごいなあ」
目も口も丸くして、驚いている様子のおじいちゃん。
純子はうれしくなって、続きをしゃべろうとしました。けれど、おじいちゃ
んの口の方が早かったのです。
「先に、聞かせておくれ。今、『私達』と言ったね。純ちゃんの他に、誰々さ
んがいるのかな?」
「えっと、中森君に川上君、木下君、鳥井君。私を入れて五人だけの秘密なの」
「ほほう、純子の他は、男の子ばかりなんだ。ずいぶん、活発に遊んでいるみ
たいで、結構結構」
女の子らしくしなさいと口うるさいお母さんと違って、おじいちゃんは感心
してくれました。こんなところも、純子がおじいちゃんを好きになる理由の一
つです。
−−つづく